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3 サンド(仮)君、ルビイの捜索をしつつ、ちょっとした危機に出会う

 いずれにせよ、ルビイがこのグラース市から出ていないことは確かだった。

 現在、惑星アルティメットは「夏」である。

 「夏」とは、この避暑惑星において、閉じた都市が活動する唯一の季節である。

 アルティメットは、そもそも決して住み易い惑星ではない。都市でのみ、人々は快適な生活を保証されるのだ。ある季節のみ開かれる都市。それがグラースであり、この惑星の他の都市群であった。

 無論、都市以外の地域にも住人は存在する。彼らはやせた土地にしがみつき、過酷な気候にぎりぎりの生活をしながらも、そこにしがみつくしかない者達だった。

 元々アルティメットは、そういう者だけが住む惑星だったのだ。彼らは近隣の環境の良い植民星に住むだけの余裕すら持てず、貧しい辺境の移民星へと流れてきた者達だった。

 ところが帝国も安定し始めた120年程前、一人の技術者がある企業に働きかけて、その惑星の資源を利用した「快適な」コロニーの建設を提案した。

 生活に不自由しない環境で育った理想主義のこの青年技術者は、卒業旅行に立ち寄ったこの惑星の状況を憂え、彼に出来ることをしようと思った。

 この惑星の貧しい土地を富んだものに変え、少しでも彼らの生活が向上するようにと願ったのだ。

 ところで企業は、彼の理想は聞き飛ばしたが、開発には賛同した。そして彼を中心に、グラースを始めとする地上型コロニー都市の建設計画が始まった。

 それは「閉じた」都市だった。

 地上にありながら地上の風を通さず、空の下にありながら、雨の進入を許さない都市は、彼の中では、全ての気象をコントロールし、大地を豊かにするための一つのステップの筈だった。彼にとってこのコロニーはそこにへばりつくしかない住民のためのものだった。

 だが当然の如く、企業の思惑は違った。

 「地域資源を利用した低コストの全天候型都市」。企業は彼の構想した都市をそうとらえていた。

 結果として、そこは別の使われ方をすることとなった。

 すなわち、「世知辛い世の中/帝都を遠く離れた一時の夏を」避暑地として。

 技術者は、当初の思惑とは外れていく都市の姿に絶望し、企業から受け取った多額の報酬を持ってそのまま決してアルティメットには近付かなかったという。

 先住の人々は、企業からの恩恵を単純に受け取って、都市の最下層の労働につくか、さもなければ土地にしがみついて消えていった。


 ありがちな話だ、とGはこの惑星に来る前に検索した歴史を反芻する。 


 ただ、その全天候型都市も永遠ではなかった。ある年行われた調査隊は、企業にとって非常に聞き苦しい結果をもたらした。

 年を追う毎に貪欲になる滞在者の好みを反映しすぎた結果、この都市は、当の低コストの筈の動力源、地下資源を食い過ぎてしまった。

 このままフル稼働して行ったら、あともう短期間の間にオーヴァヒートするのは目に見えていた。

 そこで企業は、対応策として、その避暑地自体の価値を吊り上げた。

 季節の限定、滞在者の限定、そこに滞在できるのは、広い世界の中でもほんの一握りの人々だけ。そんな方向転換が功を奏した。

 ステイタスシンボルとしての避暑地。

 結果として、アルティメットは一握りの人々のために、わずかの「夏」、都市を開くという惑星となった訳である。

 無論、他の惑星にも地上用全天候型コロニーはある。だが大抵が官給のものであったので、決してそのサーヴィスは良いとは言えない。

 この惑星には、そのサーヴィスが徹底していた。ほぼ完璧であったと言える。

 だからGは火事に関しては、そう心配はしなかった。燃えている森を放っておいて、この館内にあるコンビュータの検索に手を出しているのはそのせいである。

 とりあえず、彼は手探り状態だった。情報が欲しかった。

 ルビイが消えた、と言っても彼にはまず何処を捜していいのか想像もつかなかった。何よりまず、情報が足りなかった。

 「蒼の女王」の秘蔵っ子として誘拐されたと「伯爵」は言う。女王はこの地に来る人々の中では重要人物らしい。

 では女王とは敵対関係にある者だろうが。だがそもそも女王自体、彼はつい最近知ったばかりである。

 連絡員のキムに聞いても良かったが、昨夜の今日である。それにルビイを捜すことはキムとは直接関係はない。

 Gは寝直す間もなく、館の端末から取り出せるだけの情報を取り出していった。

 だがその努力はごく短時間で無駄なことが判った。

 当の蒼の女王に関する情報が、何処にも存在しないのだ。どれだけ疑わしい者が居たとしても、つながりが何処にも見受けられない。

 彼は少女の真っ赤な宝石のような瞳を思い出していた。彼の中で何かが引っかかっていた。


 ノックをすると、どうぞ、と礼儀正しい声がした。

 扉を開けると、声と同じ態度で執務をしている伯爵の姿が彼の目に飛び込んできた。

 午後の陽射しの中、その光景は一つの美しい絵画のようにも見受けられた。Gが入ってきたことを認めると、伯爵は視線を彼の方へ向け、やや神経質そうに眼鏡の縁に触れた。


「リヨン君、君か… あの子の居場所は判ったかね?」

「居場所はまだ掴めません」

「何とかしてくれ」

「それは無理でしょう。伯爵、あなた自身、彼女を捜す気がないのだから」


 伯爵はペンを置き、眼鏡を取った。


「奇妙なことを言う。私が彼女を捜す気がないと?」

「そうです。何故なら伯爵、あなたは蒼の女王の崇拝者ではない」

「無論私は崇拝者ではない。だが大切な知り合いであることは確かだ。大切な知り合いから託された少女をさらわれたなら捜すのが当然だろう!」

「ええ当然だ。だからあなたはそうではない、と僕は言っているんですよ」

「何」


 ガタン、と音をさせ、伯爵はデスクに手をつき、立ち上がった。す、とGはすべるような足どりで伯爵に近付いていった。

 流れる光沢のある黒髪に縁取られた整った顔は、その美しさゆえに壮絶な程の凄みを浮かべていた。


「蒼の女王に関する情報を消去したのはあなただな、伯爵」

「何のことだ」


 そうだ、この平然とした顔だ。Gの中でつぶやく声がする。この平然とした、いつの時にも礼儀正しいこの態度が、まず引っかかっていたのだ。


「とぼけなくともいい。この館のメイン・コンピュータは基本的に書き換えが効かないようにされているが、一ヶ所だけ可能な所がある。ここだ」


 彼は伯爵のついている支那趣味のデスクを飛び越えると、勢い良くその引き出しに手をかけた。


「有線の端末か――― 確かに情報保護にはその方が安全だな」

「君、失礼じゃないか」

「自分で依頼したことを自分で妨害することの方がよっぽど失礼だと思いますよ」


 近付くとその分伯爵は彼から逃れようとする。

 そういう所が気に障るのだ。Gは手を伸ばした。肩を掴んだ手には、そのまま骨の存在が感じられる。思ったより肉付きが良くないのだ。

 そして彼は、そのまま肩と腕を掴み、その身体をデスクに押し付けた。


「何を」

「言ってもらいますよ」


 もう一方の手で掴んだ伯爵の手のひらは柔らかい。

 それはGが厭い、飛び出した特権階級の人間の手だった。礼儀正しく手を振られた最初から、気付いていた。それ自体ではないかもしれないが、少なくともそれに近い場所に居る人間の。それを彼はひどく苛立たしく感じていた。

 墜ちろ、と昨夜キムは彼に言った。同じ言葉をこの自分の組み敷こうとしている相手に言ってやりたかった。


 と。


 しゅ、と空を切る音がした。

 反射的に彼は顔を上げた。左の手首に冷たいものが巻き付いている。

 巻き付かれたものの出所を探るように視線をずらしていくと、自分が開けた扉から、目の覚めるような赤の髪の男が長い鞭を投げていた。


「だから俺は学生は嫌いなんだよ」

「中佐か!」


 くくく、とコルネル中佐は笑いながら鞭を巻き取ろうとしていた。


「あんたはこの場には関係なかろう中佐? これは軍警の管轄外だ」

「そりゃあそうだ。俺は管轄外のことなんかどうだっていい」

「じゃあ放っておけばいい!」

「そうもいかないさ。これは純粋に趣味だ。獲物を横からかっさらわれるのは俺の性分に合わないんだよ」


 舌なめずりでもしているかの表情で、中佐は彼に向かってそう言い放った。

 負けずに彼も、自分の左手を拘束している鞭に、懸命に力を込める。きりきり、と彼らの間に伸びた鞭が鳴った。

 しばらくその状態が続いた。だが相手の力は思いの他強かった。一見自分よりも華奢にも見えかねないのに、何って力だ、と。


 どうしたらいい?


 そう考えた時だった。その思考が彼に一瞬の隙を与えた。

 組み敷いた体勢のままだった伯爵は、急にそこから逃れようと身体をよじった。

 Gはバランスを崩し、デスクの上に腕を伸ばした形で腹這いになった。書類が床に散らばった。

 それを見た中佐は鞭を一旦手元に引き取った。手の戒めが無くなったことにGは気付いた。だがそれは一瞬のことだった。

 極上の笑みを浮かべた中佐は、素早くその手を振り上げた。

 次の瞬間、Gの背に痛みが広がった。空気の塊が勢いよくぶつかったような音が、耳に容赦無く飛び込んできた。

 その音が何処で鳴っているのか、彼はすぐには理解できなかった。背と言わず顔と言わず腕と言わず、その音は自分の身体を楽器にして鳴り続けた。


「あいにく俺はね、キムほど優しくはないんだ。このままお前を探してる特高に突き出してもいいんだぜ、テロリスト」


 彼の中で、何が再び引っかかった。だが、その引っかかりをこの場で見極めるのは危険だった。ここで考えている余裕はなかった。

 Gは自分に襲いかかる鞭のリズムを計った。

 そうだ俺は、リズムを取るのは得意だろう? 彼は自分に言い聞かせる。

 ひゅ、と鞭が再び空を切った。

 その瞬間、彼はそれを掴んでいた。

 真っ赤な髪が一瞬びく、と跳ねる。


 瞬発的な力なら、負けない!


 Gは力一杯掴んだそれを引っ張っていた。


「お」


 バランスを崩したのは、今度は中佐の方だった。Gの手には鞭が残った。

 だがここで相手を構っている余裕はなかった。とにかくこの館から離れた方がいい。彼の頭にはその瞬間、その考えしか浮かばなかった。

 入ってきた所から出るのは危険だった。とにかくこの建物の中から出た方がいい、と彼は思った。

 彼はデスクの後ろのフランス窓を勢いよく開け放った。そこは三階だったが、飛び降りられないことはない。

 だがこのままではダメージが大きい。


 大丈夫か?


 彼は手にした鞭を反動をつけて大きく巻き付かせた。

 そしてそれを手にしたまま、ベランダからふっと身を躍らせた。



「すまなかったな」


 伯爵はふう、と息をつくと告げた。

 愛用の鞭をベランダから巻きとっていた中佐の表情は、獲物に逃げられたにしては、妙に楽しそうなものだった。


「なあに、手込めにあいそうになってる自分のものってのはやっぱり放っておけないでしょうに」

「いつ私がお前のものになった」

「さあいつの未来かな」


 くくく、と中佐は楽しそうに笑った。

 だがそれは一瞬だった。やがてその笑いは冷ややかなものに変わっていった。声も同様に、その温度をひどく下げていた。


「真面目な話、あいつの言ったことは本当か? 伯爵」

「本当だ。あの方の情報など、残して良いものではなかろう? 我々にとって」

「確かにな。この分だと、我らがサンド・リヨン君ならぬG君は果たして何処へ向かうのかな?」

「気になるか?」


 ちら、と伯爵は中佐の表情を探った。この男にしては珍しく、「本当に」楽しがっている。


「俺はともかく、キムが気にしてる」

「ほお」

「何がおかしい?」

「いや、お前にしちゃずいぶんと優しいことだと思ってな」

「俺はいつだって親切だが?自分のものにはね。奴はとぉっても可愛いではないの」


 ふう、と伯爵は呆れたように手を広げた。


「まあな、いずれにせよ、都市の中心部へ行くしかなかろう?ここの端末は役に立てないようにしてあった訳だし。お前がヒントを出したから特高が追っていることくらい彼も気がつくだろうし」

「は。あれで気付かないようなら、俺達が動く意味もないな」

「全くだ」


 二人はうなづきあう。そしてふと気付いたように、中佐は訊ねた。 


「で伯爵よ、ルビイは何処にいるんだ?」

「お前も思っている通りだ。上手いこと向こうを挑発したな」

「おほめにあずかって恐縮」


 中佐は嫌味な程丁寧な礼をし、伯爵はひどく表情を歪めた。


   *


「目標は?」


 アルティメットの特高警察局長は、通信機の向こうの生体機械秘書に訊ねた。


『グラース市中心部に向かい逃走中』

「よし。必ず生かして捕らえろ」

『了解』


 生体機械秘書の、張りはあるが抑揚のない声が途切れる。小心者の局長は、自分の掛けた罠の中へ、獲物が上手く引っかかってくれるのを心の底から願った。


   *


 首府グラースの都市中心部にGが入り込んだ時には、既に陽が落ちかけていた。

 彼はその足で図書館へ向かった。

 どんな形であれ、都市のメイン・コンピュータとアクセスできる端末が必要だった。そしてどんな都市にも、そこが「都市」という名が付けられている以上、図書館は常備されていたし、そこが図書館である以上、コンピュータも常備されていた。

 静かな館内にキーボードを叩く音だけが響く。彼は他の下部構成員同様、音声入力は回避していた。そこに自分の居た証拠を残すことになるのは望ましくない。古典的な入力方法というのは、そういう利点がある。

 広大な室内には、時間帯のせいもあるのだろうか、彼以外の姿は見られなかった。

 一般市民用に調整された検索用コンピュータを別の目的で使用する場合、まずその「市民のための優しい」表向きの顔を隠す必要がある。その操作一つでエラーとなりかねない作業である。

 だが帝都近郊の最大情報ネットワーク「華中有線」の網さえも突破したことのある彼には雑作もないことだった。コンピュータはすぐにその素顔を曝した。

 引っかかっていたことが幾つかあるのだ。

 彼はまず、惑星「泡」の事件についての資料を呼び出した。

 事件の時間的なあらましから、その時点時点で関わっている人間、その人間一人一人の公的データ、現在時点での状況etc.が次々に画面に映し出される。

 彼はスピードを上げてそれらを視界に入れていった。必要な情報以外に気は使う必要はなかった。

 無意識に自分に命令は既に下してある。必要とされるポイントを見つけたら止まれ。

 それ以外の部分で、彼はその瞬間、空白の存在だった。大量の情報が目から脳に流れ込み、彼の無意識の部分がそれを必要/必要でないを選別し、処理する。

 ―――ふと、それまで彫像と化していた彼の左手が動いた。

 視線がある一点に止まった。


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