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1 テロリストG、仮装舞踏会で指令を受け取る

 何はともあれ、彼は目を引いた。


 その会場に集まる紳士淑女、またはそうでない者も含め、彼を視界に入れたが最後、目を離せないことに気付いた。

 そして一様にため息をつき、あのような者もこの世に居たことを神に感謝するのだ。無論その際、それを目にした者の普段の生活に信仰が定着しているかどうかなど大した問題ではない。

 端正な顔と、それを包むさらりと流れる長い黒髪。飛び抜けて長身という訳ではないが、均整のとれた体つき。そしてそれを包む白と黒を基調にした衣装。

 それは軍服だった。少なくともそう見えた。だがそれが何処のものであるか、知っている者はその会場には存在しなかった。


 …何処の方かしら?


 令嬢達は囁き合う。


 きっと名のある所の方に違いない。


 紳士達は噂する。

 だが、当の本人はそんな周囲の視線を決して好ましくは思っていなかった。そこに居たのは、決して彼の本意ではなかったから。

 仮装舞踏会。

 旧時代の残物、と彼は軽蔑と共に口にする。

 宇宙に植民星が多々生まれ、またその中で多々の国家が生まれ、消え、混乱を極め、そしてようやくある一つの統一国家ができたという、こんな世知辛い世の中で、好きでこんな悠長なことをしようという人種の考えなど彼には全く理解できなかった。

 とは言え、彼はその時点では、そこに居なくてはならなかった。繰り返すが彼の本意ではない。それが彼に下された命令だったからだ。


「綺麗なお兄さん、お飲物は如何です?」


 赤と紅と朱を取り混ぜたエナメルの衣装に身を包んだ道化師が、重さを感じさせない足どりで近寄ると、彼に幾つかの色のグラスを勧める。

 彼は道化師の服にほんの数滴青を垂らした様な色合いのグラスを手にした。


「学生さんですかい? お若いの」

「そうだ」


 彼はグラスを口にしながらそう答えた。


「帝立大学の学生だ」

「そう見えますよ」


 道化師は声を立てずに笑う。彼はつられて笑った。

 まあ嘘ではない。彼の籍は確かにまだ学生のままだった。少なくとも自分からそれまで居た学校を除籍した覚えはない。

 学生という立場は曖昧である。授業の場に必ず居るという保証はなくとも、学生としては存在している。一度名乗ってしまえば、ある程度の年齢の人間なら、それで通すこともできる。まあ有利な身分と言えば言えるだろう。

 とは言え、一年程前から、彼は実質的にはその場を離れていた。一つの集団に身を投じていたのだ。

 彼はとある反帝国組織に組みするテロリストだった。



 人類の居住地が地球ただ一つだった遠い昔の時代にも、類似の組織は最低、国の数だけ存在した。

 その集団が銀河帝国において存在を主張し始めたのは、およそ三十年程前のことである。既に成立から三世紀近く経った帝国の歴史においては、さほど遠い過去ではない。

 だがその時間は、彼らが勢力を拡大していくには充分だった。

 その集団が存在を主張した当初、帝国内務省国家公安局は、その集団の存在を認めようとしなかった。そもそも認めることのできない存在だったのだ。

 だが、顔を背け続けることはできないことに気付いた時には既に遅かった。

 その集団の構成員は、様々な所から帝国の内部に入り込んでいると言われている。帝国屈指の財閥も手を組んでいるとも噂されている。

 ただし、それは、全て噂に過ぎない。

 実際にその集団について「本当に」記されたものは存在しなかった。

 当の構成員にしたところで、集団の本体が何処にあるのか、集団がどのような構成をしていて、自分がどの位置に居るのか、そして何のために自分がそういう位置におかれ、そう動かされているのか、大して知ってはいないのだ。末端へ行けば行くほど、その傾向は大きい。

 極端な話、彼らはその組織の正式な名前すら知らされていないのだ。

 ただ、構成員の間では一つの名称がまかり通っていた。「MM」と―――


 彼がその集団の下部構成員の一人となったのは、帝立大学の芸術専攻科において音楽を学んでいる時だった。

 その時期の青年の多くがそうであるように、彼もまた、帝都の最高学府にて、疾風怒涛の時代を送っていた。少なくとも、彼はそう思っていた。

 普通の学生なら、その嵐は自分の裡だけに閉じこめ、それまでに手にしたものを守るべく、その時代を後にするのだろうが、そうしてしまうには彼の裡なる嵐は強く吹き荒れ過ぎていたらしい。

 どの時代のどの集団でもありがちな様に、学校はそういった集団の構成員の供給源だった。

 血の気の多い学生は、その集団の持つ破壊のエネルギーを好んだ。集団はそれを利用し、学生もそれを口実に裏の顔を持った。

 そんな構成員の一人に彼が接触したのは偶然だった。少なくとも偶然だと彼は思っていた。

 参入してから一年あまりの短い時間で、彼はその自分の中に隠されていた、自分自身でも未だ知り得ない才能を次々と開花させて行った。それは彼にとっても新鮮な驚きだった。

 そんな折に、下部構成員の一人が彼に耳打ちした。自分の名が集団幹部に知られる所となっているらしいと。

 彼は戸惑った。自分はあくまで下部構成員の一人のはずだった。それもまだ経験の少ない、失敗の多い未熟な。少なくとも彼はそう思いこんでいた。

 もっともそう思いこんでいるのは彼だけだったかのかもしれない。彼の周囲の人間はこう彼を判断できた。

 確かに彼は、未熟であったかもしれない。基本的に上部が指令してきた指令を遂行することに関しては。失敗は確かにあった。だが彼は、その際必ずフォローをしていた。それはほとんど無意識だった。そして結果として、上部が望んでいた以上の効果を上げたことも多いのだ。

 彼を知る同じ下部構成員は、まずそう評価をする。何故かねたまれることもなく、そういう評価を上層部に持ち込まれるのだ。

 だが知らされることはないので、彼は自分の行動の価値を知らなかった。また知る気もなかった。

 彼はあくまで一つの道具のつもりだった。この集団に入ることで、道具になりたかったのだ。噂など聞き流していた。

 だが今回の指令である。彼はそれまでと何やら規模の違うその内容を訝しく思った。


「辺境の避暑惑星アルティメットへ赴き、一人の構成員と接触せよ」


 本当の指令はそこで接触するはずの構成員が知っている、ということだった。

 無論彼はそれに応じた。集団のもくろみがどうであろうと、道具であることを自らに課した彼にとって、上からの指令は絶対だった。

 パスポートには彼の、既に慣れ親しんだ偽名が記されている。本当の名は公式に使われなくなり久しい。「G」というその名を知る者はすなわち、彼の闇に面した顔を知るに等しいのだ。


「あ、ごめーん!」


 肩に衝撃を受け、Gは手にしたグラスを揺らせてしまった。

 ふっと中の液体が跳ねて、彼の白い軍服に降りかかる。血よりやや優しい色あいの赤が、玉になり、やがて吸い込まれていった。


「大変だ! ちょっとじっとしててくれよ」


 けたたましい声に顔を上げると、羽根を付けた大きな仮面がぬっと現れた。彼は驚いた。その半顔の仮面にではない。ここは仮装舞踏会なのだ。どんな者が居ても決しておかしくはない。おかしいのは、別の所にあった。

 気配が感じられなかったのだ。

 仮面の青年は、その下から腰まで届くくらいの、長い栗色の髪を流していた。そしてやや崩した感じの黒い礼服のポケットからハンカチを取り出すと、近くにあったミネラルウォーターのびんを取り、その中身を空けた。


「すぐに何とかすれば、染みにはならないと思うけど」


 染みの上を軽く叩きながら、青年は低くも高くもない早口で言った。処置が速かったためか、赤の染みはすぐに見えなくなった。


「ありがとう。もういいですよ」  


 彼は軽く制する。低く、軽く甘い声だった。


「いや本当に悪かった。慌ててたからさあ」


 そう言って青年は、握手しようとして手を出した。謝罪に伴う握手は、こういったパーティに出る有閑階層の人間にとって日常の礼儀だ。決まり事だ。

 だが、濡らしたハンカチのせいで、手袋が湿っているのに気付いたのか、青年は慌てて左手からそれを外した。

 Gはそれに応じて左手を出した。

 次の瞬間、手に軽い電気的衝撃が走った。

 彼は軽く右の眉を上げた。覚えのある衝撃。それは、構成員同士の判別に使われる相互接触式信号だった。


「…では君が」


 長い髪の青年は、にっと笑った。


「キムだ。ようこそ惑星アルティメットへ」



 陽気そうな男がGに近付いたことで、それまで彼を遠巻きに見つめていた紳士淑女達が、次第に群がり始めた。


「帝都からいらしたの? 学生さん?」


 それでもその中で、一番物怖じしないのは子供であるらしい。作り物の長い白いふわふわした耳をつけ、ルビーのような真っ赤な目をした少女は彼に近づき、訊ねる。


「そうだよ。夏休みなんだ」


 そして彼も、そんな邪気の無さそうな少女には軽く微笑みすら見せる。


「それはそれは。惑星アルティメット。ここはいい所だ」


 そして、やや小柄な紳士の一人が不安定で奇妙な曲線形のグラスを手に、歌うような口振りでつぶやく。


「美しい花を散らす冷たい風も、大地を凍てつかせる氷も無い。一年中爽やかな風が緩やかに大地を吹き抜ける。陽射しが皮膚と目を灼くことも無い。雨もまたよし…」

「また伯爵の独り言が始まったわ」


 ルビーの目の少女は、肩をすくめると、彼に向かってころころと笑いかける。頭の上で二つに分けた長い髪が、そのたびにふわふわと揺れた。

 言い様によっては嫌味にしか取れない台詞なのに、妙に邪気がない。そういうものかな、とGは軽く目を細めた。

 そしてそんな少女に向かって同じ色のカクテルを手渡しながら、キムはこつん、と少女の頭を軽く弾くと、揶揄うもんじゃないよ、と片目をつぶった。

 はあい、と少女はぺろりと舌を出した。可愛らしいものだ、とGは思い、口の端を軽く上げた。

 そんな会話が聞こえたのかどうか定かではないが、「伯爵」と呼ばれた紳士はつと席を立った。

 キムはちら、とその方向に視線をやり、軽く肩を竦めた。


「もしかして俺、変なこと言った?」

「君のせいじゃあないだろう」

「そうよ、いつもあのひとはそうなのよ」


 少女が口をはさむ。


「君は今の紳士をよく知っているようだね。伯爵というのは本当の名?」

「さあどうかしら」


 少女はふらふらと首を横に振る。その拍子に大きな耳も長い髪も一緒に揺れた。


「ここでは毎晩の様に仮装舞踏会が開かれているのよ。そしてここに居る人達は、その時に名乗った名が全て。あたしだってそうよ。あたしが今ここで、何処かの国の公女さまとでも名乗ればそれもまたここでは本当のことなのよ」

「なるほどね。ここではここなりの役割が皆あると」


とキムは頬に指をちょいと当て、面白そうに話に耳を傾けた。


「そ。だから今日のあたしはここではアリスの兎よ。貴方がたはだあれ?」

「僕達?」


 彼らは顔を見合わせた。


「考えてこなかった?」


 くすくす、と少女は笑う。


「じゃああたしが付けても構わない?」


 二人は同時にうなづいた。少女はそれではまず、と前置きをすると、Gの方を向いた。


「あなたはその白の軍服がとてもよく似合うから、『大佐』なんてどお?」

「悪くないな」

「俺は? 俺は?」

「あなたは…」


 自分を指差し催促するキムに、うーん、と少女は唇に人差し指を当てると、やや上目づかいに見据えた。


「笑い猫、なんてどう?」

「笑い猫ねえ… 猫は俺の柄じゃあないと思うけど…」


 青年は栗色の長い髪をざっとかき上げる。確かにそうだ、とGも思う。猫よりは犬のような気がする。


「でもいいさ。そうそう悪くはない」

「決まりね」


 少女は紅の瞳を輝かせた。


「ところで君は、誰の兎なの?」

「あたし?」


 白いレースにくるまれた少女の手がつ、と人差し指を立てた。何かを捜すかのようにその指は人混みをたどっていたが、やがて一つの場で止まった。


「見て」


 少女は絶対の命令であるかのようにそう告げた。


「あそこにあたしの御主人様がいらっしゃるわ」


 Gは少女の指の向く方向へつ、とその視線を向けた。は、と目を見開く。


 あれは人間か?


 彼の脳裏に、反射的にひらめいたのはそんな問いだった。

 それは大きなビスクドールだった。少なくとも彼の目にはそう映った。

 どっしりとした光沢のあるエリザベス朝風の蒼の衣装に全身をくるまれたそれは、そこにそうして立っているだけで、周囲を息苦しくするくらいの強烈な存在感があった。

 だがとても人間とは思えなかった。それが呼吸していると考えることができなかった。例えそれが、たっぷりとした孔雀の羽根の扇を心臓の鼓動くらいのテンポで緩やかに揺らせていたとしても。

 あれを知っているか、とGはキムに目配せをした。彼は曖昧に肩を竦めた。


「女王様」


 兎の少女は名乗った名さながらに軽い足どりで、彼女の主人の元へ駆け寄った。

 回転数を間違えた映画のフィルムのように、蒼の女王の首が軽く角度を変え、召使いの少女に向かってゆっくりと手をさしのべる。


「女王様、ね」


 ふとキムがくす、と笑っているのにGは気付いた。


「何がおかしい?」

「いや、仮装舞踏会って楽しいな、とね」


 そしてくく、と含み笑いをすると、彼はGの肩を急に引き寄せ、唇を重ねた。

 Gは彼の唐突な行動に驚きはしたが、それを態度に表しはしなかった。

 腕を回し目を閉じ、むしろそれに積極的に応えた。瞬間的に彼は、青年の意図を悟ったのだ。

 周囲に集まった紳士淑女達は、ああそういうことね、と意味ありげに囁き、微笑むと、ある者は静かに、ある者はなあんだ、と含み笑いを残し、またある者は恰好にそぐわない罵倒を口にして去っていった。

 気配が消えた頃、彼らはようやく身体を離した。


「意外に情熱的じゃないの。氷のようだと思っていたけど」


 キムは含み笑いの続きを口にする。一方Gは、彼は彼で、元の穏やかな表情に戻る。だが口に出した言葉の内容は決して穏やかではなかった。


「ふざけるな。指令は何だ。そのためにここに居るのだろう?」

「そう、そのことなんだけどね。…ああ嫌だね、殺気がにじみでてるよ」


 さらりとキムは言う。Gは微かに眉を顰めた。


「恋人にそういう態度ってないんじゃないの?」

「悪かった」


 連絡員の言葉は、Gが無意識に醸し出してしまっていたその隠された素性を非難していた。


「ねえ、ここは仮装舞踏会なんだよ? ここでは楽しまなきゃ損なのよ。ほらほらそこに道化師が居る。あれでも見て機嫌治して」


 キムはそう言うと、ふらりと長い手を上げると、視線の矛先を変えた。つられるように、Gも視線をずらしてみる。

 そこには先程カクテルを手渡してくれた赤の道化師が居た。ひどく軽い足どりで、訳の判らない恰好をした人の海を泳いでいく。その道化師の回りだけ、重力が切り離されている。そんな気がした。

 その様子を見て、機嫌直した?と言いたげに、キムは再び彼を引き寄せる。Gは耳元に連絡員の唇があるのに気付いた。

「SERAPHのことは聞いたことがあるだろ?」

 わりあいとにこやかな顔のまま、殆ど唇を震わせることなく、キムは言葉を発した。訓練を受けた人間のする、特殊な喋り方だった。そしてまたGも、同じ方法で返す。

「天使のことだろ? 古典の昔から。最高の天使」

「あたり。正しくは最高の天使達、って方がいいよね。崇高な理念により我らが悪意と悲劇の活動を妨害せんとする、とぉっても心正しい方々」

「全くだ」

「あれがどうやら、アルティメットに『悲劇』の機密文書を隠したらしくてね」

「『悲劇』のか?」

「そう。『悲劇』の方」


 集団「MM」。この名前の本当の意味はGも知らないが、構成員達の中で推測されるものはあった。誰が言い出したものかは既に時間と空間の海の中に沈み込み、決して浮かび上がることはないが、言葉は残った。

 彼らは、集団の活動の理念を「悪意」と呼んだ。そしてそれを、実際の行動―――結果としてそれは戦闘行為に発展することが多い――― に移した時、「悪意」は「悲劇」となる。

 この二つの言葉の頭文字はどちらもM。だから―――

 だがその答が上から来ることは無い。


「お前先日の惑星『泡』の事件を覚えている?」

「噛んでいた?」

「無論」


 キムは当然、と言いたげにうなづく。Gは直接関わった訳ではないが、その惑星「泡」における騒乱の話は聞いていた。

 「完全なる辺境」とまではいかない星域に、さほどの感慨もなくぽつねんと置かれているような惑星「泡」は、豊富な鉱物源だけによって潤う小さな惑星だった。

 自治府は最もお得意先である帝都本星に忠実だった――― その時までは。

 何が原因であったかは判らない。だが確かにそれは起こったのだ。大人しい「泡」の市民達はその日、怒れる人民と化した。

 さすがに帝都側も見過ごしてはおけず、そこに最寄りの惑星から軍が派遣され、鎮圧を試みたのだが、交差する情報の末に到着の遅れた軍が見たものは、眠る市民の姿だった。

 死んではいない。だが意識を取り戻す者もいない。

 居住区の透明な半球の中で市民は、家の中、柔らかいベッドの中から、道端の側溝の上に至るまで、老若男女、貧富の差も全て蹴散らして、皆平等に、誰一人として目を開けてはいなかった。


「あれにうちが噛んでいること自体はまあいいんだよ。ただ方法がまずかったのさ」


 キムは肩をすくめる。


「方法が?」

「FMN種の生物兵器をばらまいた」

「FMN? それって生物、というのはやや違うんじゃないか?」

「まあね… でも極小生体機械までいっちゃうと、そのへんの定義は曖昧だろ?それにどっちにしろ、あれは有効だけど、ルートが限られている。まあさ、今の所我々が原因とは公にはされていないけど――― どうやらその文書には、その時の様子が一部始終書かれているらしいんだ」

「だけどそんな文書がよく存在したな」

「まあね。まあ文書、と言うのは差し当たって上手い言い方がないからであってさ。本当は紙だかディスクだか、はたまたもっと別のものなのか――― とにかく記録した『何か』。それを見つけだし、情報を引き出してしまうか、破壊するのがお前に中央が下した命なの」

「なる程ね」


 彼はゆったりとうなづいた。訓練とは無関係の優雅さがその何気ない仕草にはあった。


「用意された身分は?」

「避暑の学生だろう? だったらアルバイトくらいしてもおかしくはないな。アルバイトは裕福な学生の特権だ」

「それはそうだ」


 くく、とキムは彼に向かって笑いかける。やや苦笑いをそれに返すと、Gはするりと彼の腕の中から抜けだした。

 キムは急に口を大きく開け、オーヴァアクション気味に手を広げた。


「おやもう行ってしまうのかい?」

「そうなんだよ。そのアルバイト先から呼ばれていたことを思い出してね」


 負けず劣らずの演劇がかった声で、なおかつクールに彼は答えた。


「名残惜しいなあ。また今度会った時にはもう少し打ち解けてくれてもいいんじゃないの?」

「考えとくよ」


 そして彼は再び古典演劇的な優雅さで手を上げた。


* 

 Gがその場から立ち去ってからも、しばらく連絡員はその席に留まっていた。半顔の仮面を頭の上に乗せ、傍目からはぼんやりとしているように見える。

 やがて、重力の無い足どりが音もなく、彼の背後に近付いてきた。

 キムはふっともたれたカウチの背から見上げた。するとそこには赤の道化師がぬっとカードを手にしていた。


「抜けって?」


 道化師はバネ人形のような動作でうなづく。彼は言われた通りにカードを引いた。そして一瞬じっとそれを見ると、ゆっくりと裏返した。


「このカードは変わってるな。女王様が蒼いぜ」


 すっと、芝居がかった手つきで、道化師はそのカードを取り戻した。だが何処へ隠したのか、それはすぐに見えなくなった。キムはその様子を見て笑った。


「相変わらずいい腕だ。そっちを本業にしたらどう?」


 それを聞くと、道化師は大げさに腕を広げ、背中から青年の首に腕を巻き付けた。ほとんど頬をすりつけるくらいの勢いは、端から見れば実に微笑ましい光景ではあった。

 だが。


「何だよ」

「あれはどうだ?」


 道化師の唇もまた、殆ど動いてはいなかった。


「上々」


 くくく、と彼の背中で、笑い声が聞こえた。

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