灰猫族 0-7
「すまない。お前にとって辛いことなのに取り乱してしまった、そうか八十年前…」
「構いませんよ、レアン様がお気になさることではありません」
「いや、気になるな。犯人の目星はついているのか?」
「……はい、一応は。でも、何処に居るのか…」
「誰なんだ、それは」
「私の兄です。キゲルという名前で、同じ灰猫族なのですが、灰猫族は400年も生きるといわれている戦闘民族…、簡単には死なないはずだし、絶対どこかにいるはずなんです」
キゲル・レフ。シェルビーナと同じ灰猫族で、実の兄であり、ハイネスの村を滅ぼした男――そう世間では言われていた。世間といっても今のエバンでは彼は歴史上の人物として語られているに過ぎない。『貴重な灰猫族が住む村を滅ぼしたとされている恐ろしき化け猫』と書物にはそう書かれているらしい。
シェルビーナはその兄が村を滅ぼした理由を知っている。その理由を話せば、世界も聞き入れてくれると思っていた。しかし、村が滅んでしまってから大分時間が経過してしまっている。今、この世界で生きている者たちが信じてくれるとは限らない。だから、シェルビーナは一人で兄を見つけようと旅に出たのだ。
「兄は、村長の跡継ぎでした。幼い頃からずっと机に向かって勉強ばかりしていたので、村に嫌気がさしたんだと思います。そして今も、これからも。きっと私のことも…」
「どうしてそういえるんだ?」
「私は灰猫族の生き残りですから。私を見れば、きっと村のことを思い出してしまうかもしれません」
「シェルビーナ…」
「でも、それでも話がしたいんです、会って話がしたい。兄に会って、それから…」
「それから、お前はどうしたいんだ?」
「えっと…」
「お前は兄に会うことを最終目標にしてしまっている。会って話がしたいんだろう?そしてその後もきちんと考えるべきだと思う」
「そ、そうですね。ありがとうございます、レアン様」
****
予定通りに晩餐会は行われた。会場の中にはシェルビーナだけではなく、他国の王族や貴族がたくさん招待されているようだった。
「これはこれはどうも、シュナル王。今回はおめでとうございます。」
「ああ、どうも」
「セイラ王女のご生還を祝ってのことです、今回は存分に楽しませていただくよ」
見慣れない貴族を前に、シェルビーナは興味を示す。ビアララと同じように着ている服もやはり高価なものだ。いったい作らせるのにいくらするのだろう、とその風船のような大きな腹を見つめていた。それに気がついた痩せた貴族の一人がシェルビーナに興味を持ち、駆け寄ってくる。
「もし、貴女様は灰猫族のお方かな?」
「えっ、わ、私のことでしょうか」
「君以外に誰が居るんだね!いやぁ、こりゃあ驚いた。本物を拝めるなんて今日は運がいい。君、名前はなんというんだね?」
「え、えっと私は――――…」
シェルビーナが自分の名をかたろうとしたその時、他の貴族達もシェルビーナのもとへ群がり始めた。「ずるい!」「話すのは私からだ!」などと取り合いっこをしている。それにシェルビーナは苦笑いをするしかなかった。
―――――どうしよう、このままじゃ抜け出せない。
そう思ったその時、向こうが何やらワッと騒がしくなった。
「ぶれいものっっ!!」
聞こえたのは幼い少女の声。その少女はピンクのレースが飾られた可愛らしいドレスを着ている。ベールからはみ出た紫の耳がとても小さくて可愛らしい。
「そのお方はわたしのお友達なのっ!セイラが話すのが先ぃーっ!」
「も、申し訳ありませんセイラ王女!」
「わかったらお姉ちゃんとセイラのご飯取ってきてよ!!」
「しょ、承知いたしました…、何がよろしいですか?」
「うーんとね、いのしし!」
「いっ、猪…!?」
「なかったら美味しいものならなんでもいいよ!」
シェルビーナに群がっていた貴族たちは深く頭を下げて、料理が配られているところへと小走りで向かっていった。この出来事で、セイラとシェルビーナは殆どの参加者から注目を浴びてしまっていた。
「大丈夫?シェルお姉ちゃん」
「あ、あ…、ありがとうセイラ…、だ、大丈夫なの?お友達とかいっちゃって」
「いーのいーの!そうした方がお姉ちゃん変な目で見られないもん」
「そ、そうかな…?」
実際にシェルビーナが辺りを見回してみると、ひそひそと話し合う貴婦人の姿が見受けられた。先ほどの出来事を微笑ましいと話すものも居れば、セイラに対して馴れ馴れしく晩餐会にふさわしくないと話す者もいた。灰猫族は国家に通用する民族であると知られているが、どうでもいいと思っている輩も居るのだろう。
「やあ似合っているじゃないですか、セイラ殿」
「あっ、兵士のお兄ちゃん!!」
「ヤーグさん、もしかして巡回ですか?」
「ああ、不審者がいたら危ないですから。楽しんでいますか?」
「え、ええっとまぁ…?セイラが来てくれたし」
「嘘をつけ、さっきまで窓の端っこで飲んでいたくせに」
そこへやってきたのは、レアンだった。手にはぶどう酒の入ったグラスがある。
「み、見ていたんですか…」
「そりゃあ見るさ、この中で灰色はお前だけだしな。…おっ、君がセイラ王女かな?」
「そうだよ!」
「美しい毛並みだ、成長したらさぞ美しい女性になるのだろうな」
「それは私も思います。生みの親に、似たのかもしれませんが――――…」
生みの親。それはビアララ・レルナージェのことだった。悪魔に魂を売った時点で、もう『普通』には戻れなくなった彼女。その悪魔を祓ったのは、シェルビーナの召還獣・ファイアウォルフだが、それを呼び出したのはシェルビーナ本人で、自分が殺したのと同じだと思っていた。
(もっと魔術の腕さえあれば、救えたのかな)
「ところで俺は挨拶も兼ねてお前を呼びに来たんだが」
「はい?」
「シュナル王がお前に称号を与えたいそうだ、今から授与式だから着替えて来い」
「えええええっ、今から!?」