灰猫族0-6
「あ、いえシェルビーナ殿、そんなに気を落とさないでください!ま、まだお若い方なんでしょう!?」
「…まあそうなんですけど、時間感覚が、皆さんより違うっていうんでしょうかね…。何せ100年以上も私は生きているわけですから。ですから、滅んでしまった動物や植物や、その時有名だった偉人の話とか灰猫族は知っている訳なんです」
「それで灰猫族はリンクスにとって貴重な種族として王族にも通用するんですね」
「はい、国の歴史についても知っているので灰猫族は貴重な存在として大切にされてきた存在なんです」
すると客室の扉が開かれた。そこにはリンクスの王――――シュナル・リンクスが従者とともに立っていた。
「シュナル陛下!お会いできて光栄です」
「ああ、キミがヤーグくんだね?今回の件はどうもありがとう、そしてシェルビーナくんも。今回のことは改めてお礼させておくれ」
「はっ」
「それで、セイラは?」
「ここにいます、シュナル王」
シェルビーナがそう言うと、背中からひょっこりとセイラが顔を出した。それを見たシュナル王が、石のように固まったかのように彼女を見る。
「!! セイラ…?セイラなのかい?」
「―――お、おとう… さん…?」
「ああ、そうだ。お父さんだよ」
「おとうさんっ…!」
二人はお互いのもとへ駆け寄り、抱きしめあった。
「よかったね、本当のお父さんに会えて」
「うん!お姉ちゃんたちのおかげだよ!本当にありがとう」
「どういたしまして、セイラ『様』」
「セイラ…さま?…お姉ちゃん、セイラには「さま」なんて付けなくていいんだよ?」
するとシェルビーナはセイラに対してしゃがみ、頭を下げた。
「いえ、セイラ様。この城へ戻ってきた今、あなたはリンクス城の王女―――セイラ・リンクスなのです。私に対しての呼び方はそのままで構いませんが、あなたは王族。ご友人のような態度を取れば、私はいつ首をはねられてもおかしくはありません」
「おうぞくって言っても、お姉ちゃんはお姉ちゃんだもん。うーん、じゃあセイラとお姉ちゃんが二人っきりの時は、その喋り方はなしね!いいでしょ、お父さん!」
「ああ、セイラ。君の好きにしなさい。ところで、ヤーグくん」
「何でしょう」
「彼はいつ来るんだい?お礼にとでも思って、うちで晩餐会を開こうかと考えていたところだ」
(―――彼?彼って誰のことだろう)
「レアン・テッド王子殿は、ただいま『エデン・ロイヤル号』に乗って数時間前にテッドから出港なされています。着くのは夕方ごろになると連絡をいただきましたので、間に合うかと」
「うむ、それなら安心だ。レアンくんにはとてもお世話になったからな」
「あの、レアン・テッド王子とは?」
「ああ、シェルビーナ殿にはお話していませんでしたか。私が仕えている、テッド王国の王位継承者候補である、第十三代目第一王子―――レアン・テッド様のことです」
***************
そしてリンクス城に、テッドからレアンが到着した。レアンは後ろに何人もの兵と側近を連れて、城の入り口まで馬で近づいてきた。初めて見る人物に、レアンはヤーグに問いかける。
「おい、ヤーグ。その隣の女性は誰だ。報告にはなかったようだが」
「申し訳ありません。彼女は例の事件の被害者の一人になりかけた、灰猫族のシェルビーナ・レフというお方です。此処、リンクスでは灰猫族は貴重な存在。灰猫族は通常のリンクス人より、成長が遅く長寿であり、リンクスの歴史を知る一族の一人でございます」
「知ってる、確か俺の城にある本にもそう書いてあった。実に興味深い」
レアンは乗っていた馬から降りると、シェルビーナの前に近づいた。想像していたよりも整っている顔をしていることに驚いたシェルビーナは、緊張のあまりカチコチに固まってしまう。エバン地方に生を受けて何百年と経つが、王族の同じくらいの男性に会ったのはこれが初めてということも理由に含まれている。
「初めまして、シェルビーナ。俺の側近であるヤーグの手助けをしてくれたそうだな、有難く思う」
「いえ、こちらこそっ…!私こそお礼をさせてください、彼が来なかったらきっと私はこの世には居ません。貴方とヤーグさんは私の命の恩人です」
「ははは!面白いな、お前。じゃあお礼として晩餐会の準備が出来るまで、話でもしないか?灰猫族の話を聴きたくてね。俺はあまりテッドから出たこともないし、リンクス人に会うのも初めてなんだ」
「わ、私と話などご期待に応えられますでしょうか…」
「そんなに緊張するな、肩の力を抜いてくれて構わないよ。じゃあ、まずはシュナル王に挨拶にでもしてからだな」
「は、はいっ…」
そして晩餐会の準備中、シェルビーナとレアンは薔薇の咲く庭園で待ち合わせし、使用人に用意された紅茶を飲んで会話を楽しんでいた。
「シェルビーナはどこから来たんだ?城の者ではないのだろう」
「わ、私はハイネスという村から来たんです。ハイネスは殆どの灰猫族が暮らしていた村だったんです。私はその村の村長の娘で、あまり世間知らずだったんです」
「そうか、俺は王族になってから王位継承者候補になるまでは城の外には出ていけないと父上からよく言われたからなー、似たようなものかもしれん」
「すごいですね、王位継承者って」
「そんなことは無い、他のものから期待されるだけで楽なものなんかではないよ」
「そうですか」
「ところで一つ気になるのだが、どうしてハイネスの話は過去形なんだ?」
「えっ」
「灰猫族が暮らしていた村だった――――ということは、今はそうじゃないのかい?」
ドクン、とシェルビーナの中で心臓が跳ね上がった感覚がした。シェルビーナの中で、あの光景が再び再生される。シェルビーナはカタカタと肩を震わせた。
「………」
「―――もしかして、聞いちゃまずかったか?」
「い、いえ…、あの…。えっと、この話はまだ誰にもしたことがなくて。それで…」
「俺になら、話せるか?」
「え?」
(レアンさんに?)
「俺はお前に興味を持っている。そうだな、持ち帰って、城で俺のボディーガードとして働かせようかってぐらいは考えてる」
「そっ、そんな!私、世間知らずだしっ…」
「関係ない」
「えええええぇぇ…」
レアンはシェルビーナを見て、「うーん」と唸りながら考え事をしている。どうやって口を割らせて、彼女の村のことについて吐かせようか考えていた。一方、シェルビーナはもし、持ち帰られたとして、どうすれば城から抜け出して旅を再開できるか、滝といっていいほど汗をかきながら必死に考えていた。おたがい、目をそらし考え事をする。
「…………わかりました、話します」
「本当か!?」
「は、はい…。どうせ、言わなきゃ貴方は私を本当に持ち帰りそうですので」
「もしかして本当に持ち帰られると思っていたのか、冗談に決まってるだろ」
「ううっ…、からかったんですか?」
「からかってなどいない、さあ話してみろ。ハイネスはどうなってしまったんだ?」
そう聞かれてシェルビーナは黙って俯いてしまう。この人を信じて、話したら信じてもらえるかどうか不安だったからだ。先ほど、シェルビーナがヤーグやセイラたちに話したとおり、灰猫族は他の人とは時間の流れが違い、身体の成長が遅い。その分だけ、年を取る灰猫族。
「…ハイネスは焼かれて、無くなったんです。その村人たちも犯人に殺害されたり、火事で亡くなって。生き残ったのは私だけだったんです」
「そうか、ではいつ無くなったんだ?お前にとっては最近のことなのだろう」
「……………………八十年前のことです」
「ぶっ!!!!」
驚いたレアンが、口に含んだ紅茶を吹き出しむせてしまう。それを見たシェルビーナは慌てて「大丈夫ですか!?」と心配をする。
「はちじゅっ…!?そ、そんな前のことなのか!?」
「灰猫族にとっては最近のことです。でもやはり―――他のものたちはそう感じるのですね」