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小噺

ボクと彼女と睨めっこ

作者: 月野 嘘
掲載日:2014/10/30

ボクは彼女を見つめ続ける。

今日も『彼女』はそこにいた。墨のような暗闇に飲み込まれ塗りつぶされた町並みが『彼女』の後ろで流れていく。じっと『彼女』を凝視する『ボク』を、周りの乗客は心持ち気味が悪そうにしながら微妙に距離をとる。少し離れた所にいる今をゆく女子高生のグループの黄色い声しかない静かな車両の中。足許から伝わる振動は妙に心地が良い。

他にすることもない『ボク』は『彼女』を観察することにする。つけるのは『あさがお観察日記』ならぬ『かのじょ観察日記』。あぁ、全くに笑えない。全然嗤えない。

そんなつまらないブラックジョークを心の中だけで自分に聞かせたあと、『ボク』は『彼女』の観察を今日も飽きもせずに始める。

……伸ばしっぱなしの前髪に片目が隠れている。観察開始当時よりも少し伸びたかな。それにしても、いつもながらなんて陰気な顔なんだろう。血の気が失せたような頬、何事にも文句があると言いたげな口。苛立ったように寄せられている眉根。根暗を強調させているのかというほど野暮ったいだけの長い黒髪。それによってできる日常を侵食するかのような冷たくて暗くて、でもとても小さい陰。隠れていないほうの眼球はまるでこの世の不幸は自分が全て背負っているとでも言いたげな、そんな色を湛えて『ボク』をじっと見つめ返してくる。それは『ボク』みたいな『彼女』の可哀相な可哀想な可愛そうな表情。カリカリカリカリと何処かが細かく引っかかれているような気分。継続するのは痛みよりむしろただの不快感だ。昨日も見て感じたそのまま全く同じと言っていいほどの感情が今日も湧き上がる。

あぁ、何て不毛な睨めっこ。あぁ、なんて無意義で非生産的な行為。だが『ボク』はその眼から、『彼女』の表情から目を逸らさない。

「△△△、△△△~」

ガタンと一際大きい揺れを伴って電車が駅に止まる。『ボク』の背のほうにある扉が数人の乗客を吐き出し、同じぐらいかそれ以下であろう人数のの乗客を飲み込んだ。肌寒さが一緒に侵入してくる。剥き出しの耳が一番敏感に冷気を感じ取った。寒い。電車の暖房に感謝をしようとほんの少しだけ思った。

ゴトンゴトンと電車が再び揺れはじめる。意識を暖房から目の前の『彼女』へと戻すと、見詰めてくる向こう側の『彼女』の耳に突っ込まれた白いイヤフォンから伸びているコードも揺れているのが見えた。ゆおん、ゆあん、ゆら、ゆうらり。同時にそれを接続してある携帯音楽プレイヤーを持つ手も視界に入った。深爪ぎみの爪ははギザギザになっている。

――あぁ、『彼女』も爪を噛む癖があるのか。

ゴトンゴトン。

……確か次は『ボク』の降りる駅だった。

ゴトンゴトン。

電車の振動と共に『彼女』のコードが揺れる。ふと、『彼女』がつけるのならイヤフォンよりもヘッドフォンのほうが確実に似合うだろうなと思った。それも真っ黒いやつ。そう、ラインとかもなしで、暗闇のような漆黒の綺麗さや純粋さやなんかは求めない、ただただ汚くて狂ったような真っ黒い色のものが。具体的に例を挙げるのならば腹黒い人ののお腹の黒といったところか。……それが汚くて姑息で矮小な『ボク』にも卑怯で根暗で嘘吐きな『彼女』にも似つかわしい。黒、黒、不純粋な不純物の為の黒。

ゴトンゴトン。

電車が揺れる。

揺れる視界でいろいろなどす黒い感情をかき混ぜて濁りきらせたような淀んだ、そして光の点っていない『彼女』の瞳は依然として『ボク』をじっと見据えていた。――あぁ、この黒さでも良いな。

一瞬横切った光に『彼女』が何か物言いたげに目を細める。

しかしそこから声に、言葉に繋がることはやはりなかった。

何故だろうか……声を、言葉などを交わしたことは一切ない、だが見詰め合った、視線をかち合わせあったことのある回数は誰よりも多いと確信できる相手である『彼女』は今日も口を開かないのだ。それは『ボク』にもいえることだけども。

そう、いつも通り『ボク』らはただただ見詰め合うだけ。見据えあうだけ。そして険しい目付きをしている『ボク』に今日も乗客たちは少しだけ間隔を開ける。彼らには『ボク』達がアブナい人に映って見えるのだろう。……いつもの風景、いつもの時間、いつもの行動、いつもの扱い、お約束のいつものオンパレード。きっと、多分それは安定した正しい判断、行動なのだろうが。

「××、××~」

『ボク』の降りる駅の名前が電車内に放送される。

イントネーションがいつも違うような気がするのはやはり人には何かものを言う時のイントネーションの癖があるからだろうか。

ガタンと車内が揺れる。

『ボク』はあれほどの凝視が嘘のようにあっさりと『彼女』から視線を逸らした。視界の隅っこで白いイヤフォンコードが揺れる。『彼女』も『ボク』から視線をあっさりと逸らしたに違いない。……見えてはいないけれど。

電車は駅のホームに滑り込む。毎度毎度同じところに止めるのは大変なことなのだろうかとふと思った。

耳を完全に素通りしていくいつも通りの放送の後で、ぷしゅっと間抜けというか、気が抜けるというか、まぁ、そんなような毎度毎度お馴染みの聞き飽きた音がして扉が自動的に開く。『ボク』はずり落ちそうになっていた肩掛け鞄を元の位置に戻すと駅に降り立つ群集の、……とはいってもそんなにはいない人波の一部となった。

ヒンヤリとした空気が『ボク』を包み、僅かに纏っていた暖房の残りを奪い取っていく。


ふと、思った。


『ボク』はきっと明日も明後日もそのまた次の日も『彼女』を見詰め、見据えるのだろう、と。

『彼女』はきっと明日も明後日もそのまた次の日も『ボク』を見詰め、見据えるのだろう、と。

『ボク』達は、言い換えれば『彼女』達はきっと明日も明後日もそのまた次の日も見詰め、見据えあうのだろう、と。

そんな思い付きを胸に『彼女』みたいな『ボク』は前の人の背中を下から見上げながら階段を上っていく。

白いイヤフォンのコードと根暗を強調させているような野暮ったいだけの長い黒髪を、揺らしながら。世界の終焉の淵を見てしまったような瞳を伏せながら。

何も流していなかった携帯音楽プレイヤーの再生ボタンを押すと自己否定の歌詞が勢いよく流れ出した。




意味もない与太噺。

電車通学だったあの頃を懐かしんで。

小説とよぶのもおこがましいこの小さな噺が誰かの目に触れることを祈って。

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