八羽目☆これが僕たちのコンビネーション!!
「うさ☆うさコンビネーション!!」完結!
続編の構想とかあったけれど、たぶんこの物語の続きを書く機会はもうないでしょう(児童文学の新人賞に見事ずっこけたからね!)。
振り返ってみたら「これが児童小説かよ……」という箇所がちらほら(いや、たくさん!?)ある作品でしたが、ここまでお付き合いくださった方々、ありがとうございます。どうか最後までご覧ください……。
八羽目☆これが僕たちのコンビネーション‼
コケ、コケ♪ コケケのコー♪ コーコケキョ♪
獣人の音波攻撃が発動した。優兎たちにそれを防ぐ方法は無い。危機一髪という時に、山のように巨大で黒々としたかたまりがズゴゴゴゴ! という地響きを立てて優兎たちの前に転がって来たのである。
「ぼ、僕だって、足手まといになってばかりじゃないんだよーっ‼」
「し、真一⁉」
優兎はおどろいた。合体を失敗して大玉転がしの玉みたいな姿になり、身動きひとつとれずにいた真一がふんばって自力で球状の体を転がし、優兎たちの楯になってくれたのだ。これは、真一と合体しているクロのアドバイスだった。
――真一。二度も合体を失敗して、みんなの力になれず、君はくやしくはないのか? まともに立つことすらできない巨体になってしまったとはいえ、今の君の体は球状だ。学校で合体失敗した時にもそうしていたように、ごろごろと転がることによって移動ぐらいできるだろう。やってみろ。
「む、無理だよ……。あの時はうさずきんとアリスの手助けがあって、転がることができたんだもの。それに、一度目の合体失敗よりもさらに巨大化しちゃって、体をピクリとすら動かせないよ」
――前にも言ったが、無理だと思ったら君は逃げるのか? ゴー・フォー・ブロック。当たって砕けろだ。無理だと弱音をはくのは、チャレンジしてみた後でも遅くはないぜ。
「……わ、分かったよ!」
そういう真一とクロのやりとりがあり、真一が必死になって巨体を動かそうとしていたちょうどその時、獣人が音波発動の準備を始めたのである。
「あの技がユウ兄ちゃんたちに直撃したら、やばい! な、何とかしなくちゃ! ぐ、ぐぬぬぬ~!」
火事場の馬鹿力というやつだろうか、真一が鼻から鼻血が飛び出るほどふんばり、巨体に全身全霊の力をこめると、ぐらりと体が動いた。一度動いてしまうと、キレイな球状をした玉なので、さっきまでビクともしなかったのが嘘みたいに転がり始めた。そして、何とかぎりぎりで優兎たちの前まで転がり、巨体におまけみたいについている普通の人間サイズの両足で急ブレーキをかけたのであった。
「真一ーっ‼」
ニワトリの獣人が発した音波が真一の巨体に直撃し、真一は「うぎゃぁぁぁ⁉」と断末魔の悲鳴をあげた。クロも同様のダメージを受け、あまりのショックに真一とクロの合体は解けてしまったのである。
「シンちゃん!」
普通の小学生の姿に戻り、体力尽きて倒れかかった真一を美兎が支えた。同じくウサギの姿に戻ったクロも地面に落下する前に優兎がキャッチした。
「しっかりして! シンちゃん!」
「ぼ、僕……。ち……ちょっとはみんなの役に立てたかな……?」
「うん! みんなをかばってくれて、ありがとうね! おかげで助かったわ!」
「良かった……。僕……何だか眠たくなってきたよ……」
「シンちゃん、しっかりして!」
「今なら……今ならミーちゃんに大切なことを伝えられるような気がするんだ……」
「え? 大切なこと? な、何? も、もしかして、こくは……」
「ミーちゃんが大事にとっておいた給食のプリン、こっそり食べたの僕なんだ。ごめんね。がくっ……!」
「…………シンちゃんのアホーーーっ‼」
深夜の神社に美兎の悲痛の叫びがこだますのであった……。
「よくも真一をやってくれたな!」
「私、もう怒ったわ! 弟の弔い合戦なんだから!」
激怒した優兎と遥が、それぞれの武器である忍刃(例のニンジンの刀。優兎が命名した)と破魔の弓矢をかまえ、獣人を操る邪神をにらんだ。美兎も、「シンちゃん、いちおう死んでないから……」と遥にツッコミを入れながら、ボクシングのファイティングポーズをとる。
「オレたちも戦うぞ!」
「はるかーちゃんは私が守るもん!」
武蔵と桜もやる気満々である。邪神はそんな人間の子どもたちの生意気な態度が気に入らないらしく、『獣人よ! 今度こそ、あいつらをやっつけるんだ!』と語気も荒々しく命令するのであった。
いざ決戦である。優兎たちと邪神は、少しずつ距離を縮めながらにらみ合いを始めた。
「……それにしても、さっきから神社の本殿の上でぷかぷか浮いている紫の火の玉がまぶしくて、戦いにくいな……」
獣人と対峙しながら、優兎がそうつぶやくと、遥は「え? 火の玉? まぶしい……明かり……」とぼそぼそ言い、本殿から神様の力を吸い続けている火の玉をじっと見つめた。
「あ! そうだ! ひらめいたっ‼」
「うわっ⁉ ビックリした! いきなり大声を出すなよ、遥ぁ……」
「ご、ごめん……。あの火の玉を消して真っ暗にしちゃえば、私たちにも勝機があるかも」
「どういうことだよ?」
「ニワトリさんはね、夜目がまったくきかないんだよ。闇の中ではほとんど何も見えないの。それに対してウサギさんはもともと夜行性の動物で、わずかな光でも物を識別できるのよ」
「そうか! あの火の玉を消しさえすれば、こっちが断然有利というわけか! さっすが動物博士! ……でも、どうすれば、あの火の玉を消すことができるんだ?」
「あの火の玉、神社の本殿から吸い取った神様のエネルギーなんでしょ? だったら、本殿に戻しちゃえばいいんじゃないの?」
そう提案したのは美兎である。優兎は眉をしかめた。
「適当なことを言うなよ。戻す方法、知っているのか?」
――物理的にさわって、戻せるぜ?
シロの予想外な回答に、優兎は「はい⁉」とビックリした。
――神使であるオイラたちウサギと合体しているんだ。神様のエネルギーだって、手づかみできるさ。
「手づかみできるの? ……あれ。神様のエネルギーって、いったい……」
「ほら! 私の言った通りじゃん! じゃあ、私がやってみるね!」
そう言うが早いか、美兎はウサギの驚異的なジャンプ力で、火の玉めがけて天高く飛ぶのであった。
『そうはさせるか!』
火の玉が狙われていることに気がついた邪神は、獣人を操り、美兎を追いかけようとした。しかし、飛行が苦手なニワトリでは、ウサギと合体している美兎のスピードに追いつけない。そのうえ、優兎が獣人の前に立ちはだかり、
「邪神! 僕が相手だ! ピヨ先生、アネゴ、目を覚まして!」
と、忍刃を獣人に突きつけた。『ちっ! 面倒くさい武器を持っていやがる!』と邪神は舌打ちし、うかつに身動きがとれない様子である。このニンジンでできた刀である忍刃を食べさせられると、獣人は神の力で合体の呪いを解かれ、元の人間と動物に戻ってしまうのだ。
「美兎! 今のうちに早く! ……って、美兎? うわっ、あいつ、ちょっと高く飛びすぎじゃないのか⁉」
全力の大ジャンプにより、美兎は、本殿の屋根よりも、本殿の上に浮かぶ火の玉よりもさらに高い、神社の森全体を見渡せるほど上空まで飛んでいた。そして、上昇が止まって落下が始まると、美兎は頭のゴーグルを目に装着し、右のこぶしをぐっと突き出して火の玉めがけて急降下したのだった。
「いっくよー! 流星アタック‼ とおぉぉぉぉぉぉ‼」
まるで落下する隕石のような勢いである。神使であるうさずきんのパワーが美兎の体から放出して、キラキラとした輝きにつつまれた美兎は文字通り流星と化していた。
ズバーーーンっ‼
流星アタックの衝撃により、空中に浮いていた紫の火の玉は叩き落され、真下の本殿へと吸い込まれたのである。
すると、一瞬だけ本殿が黄金の輝きを放ち、それと同時に優兎、遥、美兎の体がカッと熱くなった。体中に不思議な力がみなぎっていくのである。
「え? 何なのこれ?」
遥がおどろいてそうつぶやくと、ソコツツ様がテレパシーで、
――私の力を取り戻すことに成功したのだ。神の使いであるウサギたちと合体しているそなたたちも、さっきよりパワーアップしているはずだ。
と教えてくれた。
「あれ? 昼間みたいに明るかったのが、だんだん暗くなっていくよ?」
桜が周囲をきょろきょろ見回しながらそう言った。神のパワーが戻って来て本殿がほんの数秒光った後、住吉神社は真夜中の闇につつまれ始めたのだ。
『こ、コケー⁉ 真っ暗で何も見えないコケー‼』
『こ、こら! 落ち着け、獣人! 言うことを聞くんだ!』
遥が言った通り、ニワトリの獣人は暗闇の中では何も見えなくなっていた。パニックにおちいり、あっちへうろうろ、こっちへうろうろとひどい動揺である。一方の優兎たちはというと、夜目のきくウサギの視力を身につけているため、獣人の動きが手に取るように分かった。
――優兎! 今こそチャンスだぜ! 獣人の呪いを解くんだ!
「分かった! シロ!」
優兎は忍刃をまっすぐ前に突き出してかまえると、その態勢のまま地面をダン! と蹴り、いっきに獣人との距離を縮めた。邪神は優兎の動きを察知したが、獣人が言うことを聞かないため、どうすることもできない。
『まずい! やられる! 獣人、よけるんだ! ああ、くそ! 私の命令を聞け!』
「もう遅い! 美味しいニンジン、残さずに召し上がれ!」
優兎は、ニワトリの着ぐるみを着ている陽世子の口にニンジンを突き入れた。
『こ、コケ⁉ ぱくっ! かりかりかり……ごっくん!』
『ええい! 人間のガキめ! やめろ! それ以上、そいつを食べさせるなー!』
激怒した邪神は、オコジョの口から紫色の炎をふき出したが、優兎を加護する住吉大神の神力がそれをはじき返し、自分の炎を食らった邪神は『ぎゃぁぁぁ‼』と悲鳴をあげて獣人の頭から転げ落ちた。
『かりかりかり……かりかりかり……ごっくん! お、おいしいコケー!』
「これにて完食! お粗末様でした!」
獣人の変化は、ニンジンを食べ終えてすぐに現れた。獣人は温かな光につつまれ、やがて、陽世子とアネゴに分離したのでる。
「ピヨ先生!」
「アネゴちゃん!」
優兎が陽世子、遥がアネゴのもとに駈け寄った。美兎、武蔵、桜も陽世子とアネゴの名前を呼びながら走って来る。
「ピヨ先生、しっかり! まったく起きないけれど、どうしたんだろう……?」
――心配するな。長時間にわたって、むりやりな合体をさせられていたから、疲れて眠っているだけだ。ピヨ先生も、アネゴも、しばらくしたら目を覚ますさ。
「そ、そうか。良かった……」
シロの言葉を聞き、優兎はほっとした。陽世子とアネゴを取り戻し、これで無事、大団円だ。そう思ったのだが――。
「あれ? アッキーちゃんは⁉ 邪神さんはアッキーちゃんも誘拐していたはずだよ! アッキーちゃんはどこに隠されているの⁉」
遥がそう言い、優兎たちも「そうだった! アッキーも助けなきゃ!」と口々に言った時だった。
『はっはっはっ! そのアッキーなら、ここだ!』
甲高い笑い声がして、優兎たちが振り向くと、オコジョ――邪神がアッキーを足で踏んづけて、こちらをにらんでいたのである。
『う、うえ~ん! 痛いよ~! 踏まないでってば~!』
アッキーは邪神に踏まれて、えんえんと泣いていた。戦闘中、神社の森の中に隠されていたのだが、邪神は形勢不利になった時にアッキーを人質にしようと考えていたのである。
「こらー! うちの学校のウサギにひどいことをするなーっ‼」
「邪神さん。獣人は私たちが退治したわ。大人しく降参して!」
怒った優兎が怒鳴り、遥が降伏を勧告すると、邪神は『クケケ』と不敵に渡った。そして、
『こいつは、お前たちにとってそんなに大事なウサギなのか? だったら、このウサギに乗り移ってやる! アッキーに乗り移った私を果たして攻撃できるかな? クケケ!』
邪神がそう宣言した直後、オコジョの体からもわもわと黒い霧のようなものが出てきて、オコジョはバタリと倒れた。さっきまで乗り移っていたオコジョの体から邪神が出たのである。黒い霧は泣きべそをかいているアッキーへと近づいていき……。
――まずい! あれだけ衰弱しているのに、邪神に乗り移られたりしたら、アッキーの命が危ないぞ!
シロのテレパシーによる言葉を聞き、優兎は「え⁉」とおどろいた。アッキーをよく見ると、体をぷるぷると震わせている。ウサギは非常にデリケートで、ストレスを感じやすい動物である。邪神にさんざん連れまわされた挙句、恐い目にあわされ、このようにイジメを受けて、アッキーのガラスのハートは粉々に割れてしまう寸前なのだ。そんな時に邪神が乗り移ったりしたら、アッキーは死んでしまうかも知れない。
――優兎。悪いが、ここで合体を解除しよう。そして、オイラがアッキーの身代わりになる。
「は⁉ 急に何を言っているんだよ、シロ」
――神使であるオイラなら、邪神に乗り移られても、しばらくの時間、邪神に完全コントロールはされないはず。オイラが邪神に体を奪われないように抵抗している間に、遥の破魔矢でオイラを射抜くんだ。
「そんなことをしたら、シロまで……」
――大丈夫。破魔矢は心の汚れた者だけを射抜く聖なる矢だ。純情なウサギちゃんであるオイラにはちっともきかないから。
「で、でも……」
――心配してくれるのか? サンキューな。けれど、オイラたちは一心同体のコンビなんだぜ。相棒のことを信じてこそ、初めてコンビネーションが発揮されるんだ。優兎、オイラを信じてくれ!
そう言い残すと、シロは優兎との合体を解き、猛スピードで走り出した。元の姿に戻った優兎は「シロ‼」と叫ぶ。
『邪神! お前の好きにはさせねー!』
『な、何⁉ 住吉のウサギめ、何の真似だ! ふん……! こうなったら、お前の体を乗っ取ってやる!』
『う、うわ~‼』
黒い霧がシロをつつみ、邪神はシロの体を占領しようとした。しかし、簡単に自分の体に入れてたまるかとシロはもがき、抵抗し続ける。
「し、シロちゃん!」
「待て、遥! 破魔矢で邪神を倒すんだ!」
今にも邪神に体を奪われそうなシロを何とかして助けなくてはと、遥はシロのもとに駆け寄ろうとしたが、優兎に止められた。そして、優兎は、シロが話した邪神退治の作戦を遥に説明したのである。その内容を聞き、遥は顔を真っ青に染めた。
「わ、私がシロちゃんを射るの? そ、そんな……」
「恐い気持ちは分かる。けれど、シロは『破魔矢は、オイラにはきかない』と言った。もしもそれが嘘なら、シロを死なせてしまった僕たちは一生後悔し、苦しむことになるだろう。シロはそんな残酷な嘘をつくやつなんかじゃない。今日出会ったばかりだけれど、一緒に戦って、体と体を一つにして、シロが短気だけれどまっすぐで優しい性格だと僕には分かるんだ。シロの言うことを信じてやってくれ」
「……シロちゃんを……信じる……。うう、でも……」
「遥、頼む! 早くしないと、シロの体が完全に乗っ取られる!」
「…………」
遥は、邪神と苦闘しているシロの姿を見て、葛藤の末、両目をぎゅっとつむって首をたてに振った。すると、遥の脳内にソコツツ様のテレパシーが伝わってきたのである。
――よく決断した、遥よ。私のお使いであるウサギは聖なる存在だ。破魔矢で傷つくことはない。……いいか、今から教える呪文と印(指で輪や複雑な形をつくり、護身や除霊などをすること)を覚えなさい。伏敵印という、魔や悪鬼を退治するための印だ。これをすれば、破魔矢の威力が大幅に増大する。
遥はソコツツ様に教えられた通り、伏敵印を結んだ。まず両手の小指と薬指を内側に折り曲げる。それから左手の人差し指と中指、右手の中指を立て、左右の指先を合わせる。右手の中指は左手の中指と薬指の間に置く。左右の親指は右手の親指を上にして交差させる。これで伏敵印の完成である。そして、遥は印を結びながら呪文を唱えた――。
『御恵を 受けても叛く敵は 籠弓羽々(かごゆみはは)矢 以ぞ射落とす』
突如として遥の足元から黄金の風が巻き起こり、彼女の身長ほどある長い黒髪をはためかせた。風舞う中、遥は破魔の弓を左手に持ち、破魔矢をつがえる。そして、弓をきりきりと引き絞り、狙いを定めた……。
「す、すごい……! これが神様の力なんだ!」
優兎はおどろき、圧倒された。しかし、そばにいた美兎が耳打ちしてくれたおかげで、ある異常に気がつくのである。
「ユウちゃん。遥お姉ちゃんの手……震えているよ?」
「え? ……あ」
そうだ。誰よりも心が優しく、誰よりも動物のことを愛している遥が、仲良くなったウサギに対して矢を放とうとしているのだ。絶対に傷つかないと神様に保証されても、遥は不安で仕方ないのだ。悲しくて仕方ないのだ。本当はこんなこと、したくはないのだ。
「……遥。僕も一緒にやるよ」
意を決した優兎は、遥に歩み寄り、彼女の左右の腕にそっと手をそえた。
「……え? ゆ、ユウくん?」
おどろいた遥が優兎の顔を見た。たがいの息がかかるほど近くにある優兎の笑顔は、苦悩する遥の心を解きほぐすような温かくて優しい表情だった。
「遥ひとりを苦しませたりはしない。僕と遥は、ずっと昔からのコンビじゃないか」
「ユウくん……。ありがとう……」
「よし! いくぞ!」
「うん!」
体と体を寄りそわせ、心を一つにした二人が、ついに黄金の破魔矢を放った。
「破魔矢よ! 魔をはらえ!」
放たれた矢は形を変え、黄金のウサギとなった。黄金のウサギは光の速さで飛び、邪神が逃げるひまをまったくあたえず、シロの肉体を貫いたのである。
『う、うぎゃぁぁぁぁぁぁ‼ お、おのれー‼ こんなところでやられてたまるかー!』
邪神の絶叫は、後半になるにつれて小さなものになっていき、最後は壊れたラジオのようにブツンと途絶えた。
――邪神の気配が消えたな。
――私たちの勝利よ!
ソコツツ様とうさずきんが遥と美兎にそれぞれ教え、二人がほっとした表情をすると、優兎も一件落着したことを察した。
「シロ! 大丈夫か⁉」
「シロちゃん!」
「シロ!」
「犬飼。オレたちも行くぞ」
「うん!」
邪神が消え去ると、優兎、遥、美兎、武蔵、桜はシロのもとに駆け寄った。破魔矢に射抜かれた後、シロは倒れたままピクリとも動かない。気絶から目覚めた真一とクロも、ダメージが大きくて立ちあがることができないが、心配してシロを見つめている。
「おい! シロ! しっかりしろ!」
『…………』
「お前、破魔矢は自分にはきかないって言ったじゃないか! 頼むから起きてくれよ! なあ、シロってば!」
優兎が抱きかかえてシロの名前を必死に呼ぶと、シロのひげがピク、ピクと動いた。
『う、う~ん。……はっ⁉ しまった! おやつの時間⁉』
「し、シロ‼ 良かったー‼」
『う、うわっ。何だよ、優兎。急に抱きつくなってば。……あれ? おやつは?』
いまだに寝ぼけているシロがきょろきょろしながらそう言うと、美兎との合体を解除したうさずきんがハリセン(どこから出した?)でパシーン! とシロの頭をはたいた。
『いつまで寝ぼけてるのよ! みんなを心配させておいて!』
『痛っ~! 何するんだよ! 兄貴をなぐるな!』
短気なところがよく似ているシロとうさずきんの兄妹はタックルのやり合いを始めた。優兎たちは、二羽のケンカを見ながら、「あははは!」と大笑いするのであった。
翌朝の菜花小学校。
優兎たちいとこ四人は、ものすごく眠たそうな顔をして、学校の正門をくぐっていた。
「ふあぁ~。眠い……。何とか父さんと母さんが帰宅するまでには、家に戻れたけれど……」
「昨日はいろんなことがありすぎて、ベッドに入った後も興奮してなかなか眠れなかったね……」
優兎、美兎の兄妹がそんな会話をすると、歩きながらこくこくと舟をこいでいる遥が「そうなんだ……」と言った。
「私の場合、疲れてすごく眠たかったんだけれど、シンちゃんが学校の宿題をやってないって寝る間際に騒ぎだして、シンちゃんに勉強を教えていたから……」
「あはは~。お姉ちゃん、ごめんね」
あまり反省をしていない様子の真一が頭をかきながら遥に謝った。すると、美兎が真一をじとりとにらみ、「宿題ぃ~⁉」と言った。
「シンちゃん。昨日、宿題なんて出てないわよ?」
「へ? そうだっけ⁉ ……あ、そういえば、そうだったかも」
二人のやりとりを聞いて、「ふえぇぇ~?」と情けない声をあげたのは遥である。
「つまり、私は、ありもしない弟の宿題のために徹夜をしたってことぉ~? ひ、ひどすぎるよぉ~! ユウくん、シンちゃんを叱ってあげてよ~!」
「え? 僕に振るのかよ⁉」
などと、四人が眠たげながらもわいわいと話していると、
『コーコケキョ!』
菜花小学校の生徒たちが毎朝聞くのが日課となっている、あの鳴き声が聞こえてきた。
「あ! アネゴ! おはよう! 今日も元気いっぱい、素敵な声だね!」
真一が真っ先に飼育小屋へ駆け寄った。飼育小屋には陽世子もいて、
「吾妻君たち、おはよう。昨日は助けてくれて、ありがとうね」
と、優兎たちにニコリと微笑んだ。共鳴丹を食べて動物とコミュニケーションをとれるようになった人間を元に戻すのは、ソコツツ様でも難しいということなので、わけが分からないまま動物たちの声が聞こえるようになったら陽世子がパニックになると優兎たちは考え、陽世子に事情を話したのである。その時に、一緒にその場にいた武蔵と桜にも説明をした。
最初はおどろいていた陽世子だが、意外とこういう非常事態への適応能力があるらしく、一晩寝たら気持ちも落ち着いたようだった。
「ピヨ先生、おはようございます。飼育小屋で何をしているんですか?」
優兎がそうたずねると、陽世子は「アネゴちゃんたちとお話ししていたんだよ。昨日は大変だったね~って」と答えた。すると、小屋の中の動物たちも優兎たちに話しかけてきた。
『あんたたち、朝っぱらから、眠たそうな顔をしていたらダメよ。アタイの鳴き声を聞いて、元気を出しなさい! コーコケキョ!』
「ありがとう! アネゴの元気をもらったよ!」
真一がそう言うと、アネゴはフフンと満足そうに笑った。
『昨日、助けてもらったお礼よ。アタイ、自分の鳴き声が変じゃないかって、一時期は悩んだけれど、生徒たちの元気の源になっているって知って、自信を取り戻したわ。これからも、堂々とコーコケキョって鳴いてやるんだから!』
そんなアネゴの様子を見て、遥が優兎にうれしそうに耳打ちした。
「良かったね。アネゴちゃん、すっかり元気になったわ」
「あ、ああ。そうだな」
いきなり遥に接近されて、優兎は緊張した。昨晩、体と体を寄りそわせて矢を射たことが、今さらになって恥ずかしくなってきたのである。
「そういえば、ピヨ先生の音痴は治ったんですか?」
音楽教師なのに真一のせいで音痴になってしまった陽世子のことを心配していた美兎がちょっと言いにくそうにたずねると、陽世子はがくりと肩を落とした。
「それがね……。まだ治らないのよ……」
「え、えええ‼ これからの授業、どうするんですか?」
「し、心配しないで? みんなのためにも、必ず今日中に治すから! 一に特訓、二に特訓、三、四も特訓で、五も特訓よ!」
「私、その特訓に付き合います! 協力させてください!」
「あ、ありがとう! よーし! がんばるぞー! ファイト、オーッ‼」
陽世子と美兎が手を取り合って気合を入れると、優兎と遥、真一もその特訓に参加すると申し出るのであった。ただし、「元凶となったシンちゃんが特訓に参加したら、ピヨ先生の音痴が悪化する可能性があるからダメ!」と美兎が拒絶したため、真一は不参加となった。
『あ、あの~』
優兎たちが陽世子やアネゴと騒いでいると、アッキーがアリスと一緒に小屋のはしっこからやって来て、優兎たちに話しかけた。
『みんな、悪い神様から助けてくれてありがとうね。昨日は恐くて、恐くて……。死ぬかと思ったよ。君たちは僕のヒーローさ』
『私からも礼を言うわ。私の相棒を助けてくれて、ありがとう』
そう言うと、アッキーとアリスは人間みたいにぺこりと頭を下げたのだった。「ヒーロー」と言われて、気を良くした美兎が「えへへ。そ、それほどでも~」と満面の笑みで答えた。
『僕、神様のお使いのウサギたちにもお礼が言いたいんだけれど、今どこにいるの?』
「シロたちなら、邪神に操られていたオコジョを住んでいた山まで送って行くとか言っていたから、数日は持草市には戻ってこないかもな……」
優兎がそう教えると、アッキーは残念そうに『そうなんだ……』とつぶやいた。
『オイラたちなら、もう帰って来たぜ』
「え⁉」
優兎たちがおどろいて振り向くと、そこにはシロ、クロ、うさずきんがいた。オコジョを連れて持草市を出て、まだ数時間しか経っていない。
「いくら足が速いからって、遠くの山と持草市をこんな短時間で往復できるのかよ?」
『優兎。これから長い間、オイラとお前はコンビを組んでこの持草市の平和を守っていくことになるから、いいことを教えておいてやる。オイラの好きな言葉は、そっこー(速攻)だ』
「持草市の平和って……邪神は退治したじゃん。ソコツツ様の話では、あの邪神のやつ、死者が住んでいる黄泉の国っていうところに帰ったんだろ?」
『それがなぁ。大変なことが分かっちまってさぁ……。あの邪神がどこぞの神様が落とした共鳴丹を拾ってイタズラをしていたことは話しただろ? 邪神のやつ、共鳴丹をイタズラに使うだけでなく、金もうけにも使っていたんだ。善悪問わず神様たちに大人気のネットオークション、略してカミオクに共鳴丹を出品していたんだよ』
「か、神様もオークションとかするのか……?」
『まあ聞けって。カミオクに大量の共鳴丹が出品されて、そのほとんどをこれまた悪い神様たちが落札していたことが判明したんだ』
「そ、それって、つまり……?」
『これからも、昨日みたいな動物の騒ぎが起こる可能性があるということだ』
「ええええー⁉」
大声で絶叫したのは、優兎の隣にいた遥である。いつものように近くで大声を出された優兎は「うぎゃ⁉」と言いながら耳をおさえた。さらにその横では美兎が鼻息を荒くしていた。
「じゃあ、これからもうさずきんと合体して、正義のヒーローになれるってこと⁉ よーし! どんどん困った人や動物たちを助けて、活躍しちゃうぞー! うさずきん、これからもよろしくね!」
『いいわよ。美兎のそういう強気なところ、嫌いじゃないわ。こちらこそ、よろしくね』
美兎とうさずきんが仲良くやっているのを見て、真一も負けじとクロに話しかける。
「クロ! 僕たちもコンビとしてがんばろうね!」
『…………はぁ~』
「え? 何? どうして盛大にため息をつくのさ⁉」
『真一。君はまず合体の呪文を完璧に唱えられるようにする修行が必要だ。これから毎日、合体の呪文をノートに千回書くように!』
「き、厳しいっ⁉」
真一がクロに叱られると、優兎たちは声をあげて笑った。
『あっ。そういえば、ソコツツ様から遥に伝言があるんだった』
「か、神様から私に伝言⁉ な、何かな、シロちゃん」
『遥のことを気に入ったから、たまに遥の家に来て、あの子ウサギに乗り移ってもいいかってさ。本当はイケメンな自分の本当の姿を遥に見せたいけれど、邪神との戦いでパワーをだいぶ使ったから、当分の間はウサギに乗り移ることでしか人間界に干渉できないって愚痴を言っていたぜ』
「そ、そうなんだ……。いいですよって伝えておいてくれる?」
可愛らしいメスウサギのにゅーの口から渋い男性の声が聞こえるのは、どうにも抵抗があるが、神様の頼みなので無下にはできない遥であった。
(ソコツツ様が、遥のことを気に入っただって? ……ま、まさかね)
シロの話を聞いて、優兎は何やら心穏やかではなくなっていた。何というか嫌な予感。そんなまさか、神様が人間の女の子を好きになるなんてことはない……はずだけれど?
『おい! 優兎! なーに景気の悪い顔をしているんだよ。今日、学校から帰ったら、お前には大事な仕事があるんだからな?』
「だ、大事な仕事って何だよ、シロ」
『今日からオイラとうさずきんは、優兎と美兎の家で住むことにしたから。あ、真一とコンビのクロは遥と真一の家な。いつも一緒にいたほうが、獣人がからんだ事件が発生した時、何かと便利だろ? だ・か・ら、お前は今日、両親にウサギを家で飼っていいという許可をもらうんだ!』
「え! うちの父さん、動物アレルギーなんですけれど⁉」
『そんなの関係無い! 頼んだぜ、相棒!』
そう言うと、シロはアッハッハッハッとウサギらしからぬ大笑いをした。どうやって両親を説得するか、その方法がまださっぱり分からない優兎だが、これからの毎日、このやんちゃなウサギたちのせいでずいぶんと騒がしくなるだろうことだけは、はっきりと予想できるのだった。毎日がお祭り騒ぎと言えるぐらいに……。
おしまい☆
これにて終了です。
犬飼さんが犬と合体したり、狼森くんが狼と合体したり、色々と続編のアイディアがあったのですが、いちおうこれにて完結です(涙)
拙作を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。他に投稿できる小説ができたら、また投稿しますので、その時は再びお付き合いください……。




