四羽目☆やんちゃウサギとコンビネーション!?
「うさ☆うさコンビネーション!!」の第四話です!
この児童小説(?)は、人間の子どもたちがウサギをはじめとする動物たちと合体して、動物の能力を活かしたバトル(?)をするというのがテーマだったのですが、新人賞で見事にずっこけ(落選)たので、ウサギとニワトリ以外の動物が人間たちと合体することはありませんでした。誰がどの動物と合体するのかは、キャラの名前でだいたい察しがつくようになっています。
それでは、ご覧ください!
四羽目☆やんちゃウサギとコンビネーション⁉
「……つまり、あのオコジョは、悪い神様にとりつかれて、操られているということか。そして、あいつは、虹色のアメ玉を食べた人間と動物を合体させて、すごいパワーを持った獣人というのにしてしまうんだな? 獣人は人間としての理性がほとんど無く、見境なく暴れまわる危険な存在だけれど、この勾玉の首飾りを持っていたら、むりやり合体させられて理性を失うことも無いと……」
シロから説明を受けた優兎は、手渡された緑色の勾玉をしげしげと見つめた。勾玉は、生まれる前の赤ちゃんがお母さんのお腹の中で丸まっているような、曲がった形をしている玉だ。ちょうど今日の社会科の授業で、縄文時代の遺跡から発掘されたという勾玉のレプリカを社会科の先生が持って来て説明してくれたため、勾玉というのが一万年以上前から日本人がアクセサリーや神様をおまつりする道具として使っていたことを優兎は知っていた。大昔の日本人たちは、この首飾りのように、玉に穴を空けてヒモを通し、首にかけていたのだろう。
優兎はどちらかというと、慎重な性格だ。だから、普通なら、いきなりあらわれた不思議なウサギの言葉を簡単には信じなかったはずだ。しかし、今朝からあれだけ奇妙なできごとに振り回されたため、(このウサギの言う通り、そういうこともあるのだろう)と、すんなりと受け入れることができたのである。
「いったい何が目的なんだよ? そもそも、君たちウサギがどうしてオコジョの悪だくみを阻止しようとしているんだ?」
『そういう細かい説明は後だ。優兎と真一には勾玉を渡したから安心だけれど、遥っていう子にはまだ勾玉を渡していない。それに、オコジョが他の人間にもアメ玉を食べさせている可能性もある。だから、動物たちを早く見つけ出して飼育小屋に戻さないと、人間と合体させられちまう。特に、あのアネゴという名前のニワトリは、オコジョの邪神ビームをあびて、普通のニワトリの十倍近くの身体能力を手にしている。もしもアネゴと人間が合体して暴走したら、大ケガをする奴が何十人も出るおそれがあるぞ』
「そ、そうか! 遥がやばい! 勾玉を渡さなくちゃ! それに動物たちも捜さないと! ああ、どっちを先にすればいいんだ⁉」
あせった優兎が取り乱すと、クロが落ち着いた声で「冷静になるんだ」と言った。
『ここは手分けして行動しよう。シロと優兎は、遥のもとへ。私と真一は動物たちを捜す』
『ねえねえ、クロ様。私はぁ?』
『学校の外に動物が出ないように張っておいた結界が、オコジョによって破られないように、見張っていてくれ』
『ああ。運動場のでっかいムクノキにくっつけておいた結界用のお札のことね? オーケー‼』
元気はつらつにそう言うと、うさずきんはダッと地を蹴って、あっという間に姿を消した。さすがはウサギ、めちゃくちゃ速い。
『よーし! オイラたちも行動開始だ! 行くぜ、優兎!』
「お、おう!」
『真一。私たちも動物を捜すぞ』
「はーい!」
このとき、学校の裏側にいた優兎たちは、運動場でとんでもない騒ぎが起きていることをまだ知らなかったのであった。
「おーい、ちょっと待ってくれよ! 走るの速すぎだってば!」
『ウサギなんだから、速いのは当たり前だろ? ウサギ様をなめんなよ』
優兎は、猛スピードで走るシロを必死に追いかけ、遥と美兎が待機している飼育小屋に着いた時には息ぜえぜえ、心臓ばくばく、死にそうになっていた。
「ど、どうしたの、ユウくん⁉ 大丈夫?」
やって来るなり、バタンと前向きに倒れた優兎を遥があわてて助け起こす。そして、その横に今朝出会ったウサギがいることに気づき、ビックリした。
「あれれ? この子は⁉」
『よぉ! 数時間ぶりだな! オイラの名前はシロだ! よろしくな!』
「し、シロちゃん?」
『おう! 神様に名づけてもらったんだ。覚えやすい名前だろ?』
白いウサギだから、シロ。分かりやすすぎるというか、本当にそんな名前のつけかたでいいの? と聞きたくなる遥だった。
「は、遥お姉ちゃんが、さっきのシンちゃんみたいに動物と話してる……?」
アメ玉の秘密を知らない美兎が、困惑と心配がまざった表情で遥を見つめた。真一なら、人間の言葉が分かるはずがない動物と妄想の会話をしそうだが、常識人の遥がいくら動物好きだからとはいえ、こんな奇行に走るのはショックだったのである。
「は、遥。ぜえぜえ……。この勾玉を持っているんだ。これがないと、あの虹色のアメ玉を食べた人間は大変なことに……」
「え? よ、よく分からないけれど、分かったよ。……でも、この勾玉、どこかで見たことがあるような?」
「何だって?」
と、優兎がおどろいて顔を上げる。ちょうどその時、「おーい! ジェントルマンがいたぞー!」という野太い声がした。動物たちが学校の外に逃げた可能性を考えて、校外周辺を捜索していた熊太郎が戻って来たのだ。しかも、クジャクのジェントルマンを両腕で抱えていた。
「やったぁ! ジェントルマンが帰って来た!」
ようやく一羽が飼育小屋に戻り、真一と一緒に今回の件の責任を取らされかねない美兎が、大喜びでバンザイした。
「良かったね、ミーちゃん。轟先生、ありがとうございます」
遥がペコリと頭を下げ、熊太郎はワッハッハッハと照れくさそうに笑った。
「なぁに、たいしたことはない。学校を出てすぐ近くの交差点で通行人たちが騒いでいたから、様子を見に行ったんだ。そうしたら、ジェントルマンがいたというわけさ」
学校からすぐ近くの交差点?
おかしい、と思った優兎はシロと顔を見合わせた。シロも深刻そうな顔をしている(ように見える)。
「なあ、シロ。クロが、さっき、動物が学校の外に出て行かないように結界を張っているとか言っていなかったっけ?」
『ああ。鉄棒の近くにあるムクノキにお札を貼ってあるんだ。あのムクノキには、神聖な力が宿っているからな。……だが、どうやら結界が破られちまったらしい』
「うわぁ~。それじゃあ、まだ見つかっていないアッキーやアリスが学校の外に出ちゃって、行方不明になるじゃんか!」
『何とかしてオコジョをとっ捕まえて、飼育小屋の動物たちを一刻も早く保護するんだ。オコジョのやつ、町のあちこちに例のアメ玉をばらまいているみたいだからな。アネゴが学校から飛び出して、アメ玉を食べた人間と合体しちまったら、大事件や大事故を引き起こすぞ。そうしたら、合体して暴れた人間は犯罪者あつかいだ!』
「も、もしも、もう誰かと合体していたりしたら、どうすればいいのさ?」
『その時は、こっちにも奥の手がある。とにかく、急いで捜しに行くぞ!』
優兎とシロが、ほとんど鼻と鼻をくっつけるぐらい顔をつきあわせてひそひそ話をしている間、美兎は兄と謎のウサギをじろ~っとにらんでいた。
(遥お姉ちゃんやシンちゃんだけでなく、ユウちゃんまで動物と話し始めちゃったよ。頭大丈夫かなぁ……。ていうか、あのウサギ、うちの学校で飼っているウサギではないみたいだけれど、どこから来たのかしら?)
妹の冷たい視線を感じた優兎は、あわててシロとの会話を中断した。ただでさえあまり尊敬されていないのに、頭がおかしくなったと勘違いされたら、兄の威厳(元からほとんどゼロ)が最大の危機を迎えるだろう。
「お、おーい‼ た、大変だぁー‼」
「ぴ、ピヨ先生がぁ~‼」
優兎が美兎の視線攻撃にたえていると、陽世子と動物を捜していたはずの武蔵が、なぜか桜と一緒に猛ダッシュでこっちにやって来た。
飼育小屋の目の前まで近づいて、桜が小石にけつまずく。危うく前へ倒れそうになった桜の体を遥が支えて助けた。
「はわぁ。あ、ありがとう。はるかーちゃん」
「どうしたの? 桜ちゃん、狼森君。そんなに血相をかいて……」
「一大事なんだ、稲葉。優兎と轟先生も聞いてくれ!」
大混乱している桜よりもいくぶん冷静だった武蔵が、ついさっきムクノキの枝にとまっているアネゴを発見したこと、それを捕まえようとして木に登った陽世子が、いきなり生じた謎の光にアネゴとともに飲み込まれてしまったことを優兎たちに伝えた。そして――。
「次の瞬間には、ピヨ先生が空を飛んでいたんだ。コーコケキョ! って鳴きながら。そんでもって、今、運動場にいる生徒たちを次から次へと襲っているんだよ!」
「えぇぇぇぇ⁉」
ビックリ仰天した遥が、その華奢な体からは想像できない大声で叫んだ。すぐそばにいた桜は耳がキーンとなって、飛び上がる。
「で、でも、あれって、本当にピヨ先生だったのかなぁ? 頭にとさかみたいなのがあったし、羽でバタバタ飛んでいたよ? あのコーコケキョという鳴き声は、明らかにアネゴの鳴き声だよね?」
両耳を手でおさえながら桜が言う。武蔵と桜の証言を聞いたシロは、『こいつは手遅れになっちまったかも知れねぇ』と優兎にささやいた。
『そのピヨ先生……変な名前の人間だな。まあいい。その先生、きっとアネゴと合体しちまったぞ』
「……みたいだな。ていうか、お前、アメ玉を食べていない人間の言葉も分かるのかよ」
『まあな。オイラとクロ、うさずきんは、神の使いだからな』
「か、神の使いぃ⁉ 何だよ、それ⁉」
『説明は後、後。とにかく、運動場にレッツゴーだ!』
そう言うやいなや、シロは発射されたロケットのように駆け出し、運動場へと向かった。「あ! おい! 待ってくれよ!」と、優兎はそれを追いかける。
「さすがは優兎だ! 学校の生徒たちの危機に、真っ先に駆けつける気だな!」
大げさに感心した武蔵が、優兎の後を追って走り出すと、優兎のことが心配な遥も桜とともに運動場へと急ぐ。美兎は事情が全く飲み込めていなかったが、野次馬根性で遥たちについて行った。
「何が何だかワケワカメだが、せ、先生も行くぞーっ‼」
出遅れて一人取り残されそうになった熊太郎は、あわててジェントルマンを小屋の中に入れると、生徒たちを追いかけて走り始めたのだった。
一方、優兎たちが運動場での異変を知る少し前、真一とクロは、中庭の花壇にいた。
『真一、あそこを見てみろ。たくさん咲いているチューリップのかげに、白くてふわふわした生き物が隠れている。あれは、おそらく、逃げ出した二羽のウサギのうちの一羽だ』
「よーし! 捕まえるぞーっ‼」
『こら、大声を出すな。……しまった、こっちに気づいて逃げる!』
花壇の中に隠れていたのはメスのほうのアリスだった。真一のでかい声におどろいたアリスは、チューリップの隠れみのから飛び出し、体育館の方角へと脱兎のごとく逃げる。ウサギなだけに。
『へーい! そこの美しいお嬢さん! ちょっと待ってくれないかい?』
クロはアリスを追いかけながら、キザな口調で呼び止めた。読者のみなさんはすでにお分かりだと思うが、動物同士は普通に会話ができるのだ。
「美しいお嬢さん」という言葉にピクリと反応したアリスは、後ろを振り向く。すると、そこにはアリスが今まで見たことがないほどのイケメンなウサギがいたのである。
『まあ! なんて黒くて立派な毛並み! 耳もピーンと立っていて、凛々しいお姿! そして、超激シブのボイスにメロメロだわ! 飼育小屋で一緒に暮らしているアッキーとは大ちがい! あなたはだれ?』
『フフフ。私も可憐な君のことをたくさん知りたいと思っていたところさ。どこかゆっくり話せる場所は知らないかい?』
『それなら、私の家に来ない? 建てつけの悪い飼育小屋で、同居している動物が他にもいるけれど、ワラのお布団がぬくぬくなの♪』
クロのナンパに引っかかったアリスが、目をハートマークにしながらクロにすり寄ってきた。その光景を真一は、口をポカーンと開けてながめていた。クロを慕っているうさずきんが見たら、『この泥棒ネコがーっ‼』と激怒しそうだ。
『この泥棒ネコがーっ‼』
突然、うさずきんが鉄砲玉のように飛びかかってきて、アリスに襲いかかった。
『私はウサギよ‼』
アリスも相当気が強いメスウサギである。不意打ちをしてきたうさずきんに対して猛反撃し、タックルの勝負を始めた。恐いもの知らずの真一が「あわわわ……」と震えてしまうほどの壮絶なメスとメスの争いだった。
「クロ、止めないと大変なことになるよぉ」
『やれやれ。さっきのは、アリスを飼育小屋に連れ戻すための作戦だったのだが……。私がイケメンすぎること……それが裏目に出たようだな』
そう言って悩ましげにフゥとため息をつくと、クロはうさずきんとアリスに声をかけた。思いきり優しく、甘い声だ。
『二人とも、私のために争うのはやめてくれ。心が痛んで、胸がはりさけそうなんだ』
『はーい! クロ様!』
『分かったわ、ダーリン!』
うさずきんとアリスは、ピッタリと喧嘩を止め、おとなしくなった。
(真面目で説教くさかったり、女の子にモテモテだったり……。黒ウサギのキャラがいまいちつかめないなぁ……)
そう考える真一だったが、父親が大好きなスパイ映画のイケメン主人公も、毎回ゲストで登場する絶世の美女たちにべたほれされていたなぁと思い出し、(クロはもしかしたら、ものすごくカッコイイ、男の中の男なのかも!)と、ひそかに尊敬するのであった。人間が動物を尊敬するというのもおかしな話だが、あまり物事を深く考えない性格の真一には、人間と動物の分けへだてがほとんど無いのだ。
『そういえば、うさずきん。ムクノキの結界が破られないように見張っていろと言ったはずだが、どうしてこんなところに来たんだ?』
クロがそうたずねると、うさずきんはハッと重大なことに気がつき、
『い、いっけな~い! 大変なことを忘れるところだったわ! ムクノキに貼りつけてあったお札がビリビリにされていたのよ! きっとオコジョのやつがしたんだわ! そんでもって、人間みたいに大きなニワトリが、空をバサバサ飛んでいたのよ!』
と、それを忘れかけたらダメだろうとツッコミたくなるような、おどろくべきことを言ったのである。そして、クロが『なんだって⁉』とビックリした時だった。
「う、うわ~っ‼ ニワトリのお化けが出たぁ~‼」
「助けてー‼」
運動場の方角からたくさんの悲鳴が聞こえてきた。おそらく、オコジョによって合体させられた獣人が、生徒たちをおそっているのだ。
『おのれ、オコジョにとりついた邪神め! 罪無き人間の子どもたちに、なんということをするのだ! 真一、行くぞ! 暴走している獣人の合体を解き、元の人間とニワトリに戻すんだ!』
「そ、そんなこと、できるの?」
『奥の手がある!』
「奥の手って、何?」
『こっちも合体するのさ!』
「が、合体するって、誰と誰が?」
『真一と私が、だ!』
『ええぇ~⁉』
いつでもどんな時でもお気楽な真一だが、これにはさすがにビックリ仰天した。
「でも、動物と合体したら暴走しちゃうんでしょ?」
『暴走しないために、さっき勾玉を渡したではないか。安心しろ。神様の使いである私と合体しても、君の体に害は生じない。後でちゃんと元にも戻れる』
「本当?」
『ああ。神様に誓おう。ただし、合体して力を発揮するには、真一と私――人間と動物のコンビネーションが不可欠だ。おたがいに心を合わせ、どれだけ困難なことも一緒に乗り越えていく固い絆と友情こそが、パワーの源になる』
「人間と動物の友情? うちのお姉ちゃんが聞いたら、すごく喜びそうな言葉だ! 本当に友情が芽生えたら、素敵だと僕も思うなぁ!」
『友情が芽生えるかどうかは、これからの私たち次第さ。少なくとも、大昔のこの国の人々は動物たちと深い絆で結ばれていた。――さあ、勾玉を天にかざして、今から私が教える呪文を唱えるんだ』
コホンとせきばらいをすると、クロは重々しい口調でその呪文を口にした。
汝は天に愛されし獣
我は天を求むる人
ここに契りを結びて我ら合一す
平安楽土へと共に行かん!
「意味不明なんですけれど~」
『人間と動物が力を合わせて良い世の中をつくろうと約束しているのだ。いいか? 絶対に呪文の言葉を言いまちがえるなよ? 一言一句、正しく言うんだ。言いまちがえたら、合体は失敗する』
「ほいほ~い! じゃあ、いっくよー!」
そう言うと、真一は軽いノリで勾玉を空へとかざした。ちなみに、優兎が持っている勾玉は緑、遥の勾玉はピンク、真一は青色である。
『あ、待て。まだ勾玉をかざすな。一回ぐらい練習を――』
「なんじは天丼を愛せしケモノ! あれは天丼を盛る人! ココアミルクを飲みて我らゴーイングマイウェイ! 鳴くよウグイス平安京!」
『ぜんぜんちがうぞーっ⁉』
ピカッ! ドッカーン‼
勾玉から青い光が飛び出して真一とクロを包み込み、けたたましい爆発音がした。もくもくと煙があたりをおおい、うさずきんとアリスは『クロ様!』『ダーリン!』とそれぞれクロの心配をして叫ぶ。真一の心配はまったくしていない。
やがて煙の中から出てきたのは……。
大玉転がしの大玉のようにまんまるデカデカとふくれあがった球体の体にちゃんちゃんこを着た真一だった。頭には、申しわけ程度にちょこんと小さなウサ耳がついている。
「か……体が思うように動かないよ~」
失敗作の獣人の姿となった真一が泣きごとを言うと、テレパシーのように頭の中にクロの声が流れてきた。
――私の言うことをちゃんと聞かないから、こんなことになるんだ。仕方がない。もうこのまま行くぞ!
「こんなかっこうで戦えるの~?」
――無理だと思ったら、君は逃げるのか? 足は前へ進むためにある。いざ運動場へ!
クロにせかされるまま、真一は一歩を踏みだそうとした。しかし、巨体の重みにたえかねて、後ろにドテーン! とこけてしまったのである。
「た、立ち上がれな~い!」
――転がって行け! うさずきん、手伝ってやってくれ!
『はーい! クロ様!』
テレパシーを受け取ったうさずきんは、二足歩行になって真一のほぼ球状の体をごろごろと転がし始めた。アリスもそれをまねして、前足で真一の体をウサギパンチで前へと押していく。
そうこうしているうちに、運動場は大惨事になっていたのであった。
「こ……これが獣人なのか⁉」
運動場に駆けつけた優兎はがくぜんとした表情でその光景を見ていた。足元で二足歩行のシロが、『ああ。そうだ!』と力強くうなずく。
バサバサと音を立てて低空を舞い、逃げまどう生徒たちを追い回し、放課後の運動場をパニックにおとしいれている、その獣人の姿は……!
「ピヨ先生が、ニワトリの着ぐるみを着ているだけじゃんか‼」
そうなのである。ぶかぶかの着ぐるみに身をつつんだ陽世子が、「コケー! コケー! コーコケキョ!」と発狂しながら子どもたちを襲っているようにしか見えないのだ。頭を覆っているフード(ちゃんとニワトリのとさかや目、くちばしがある)の下で陽世子の目が光を放っているのが不気味なぐらいで、全体的に見たら可愛らしい姿だった。
「あれ、本当に危険なの⁉」
『ちゃんと見ろ。生徒たちがくちばしでつつかれまくって、泣いているだろ』
「あれは、ピカピカの一年生がビックリして泣いているだけなんじゃ……?」
『見た目にまどわされるな。獣人は、合体する人間の性格や美的センス、趣味などなど、色んな要素が影響して、その姿が決まるんだ』
つまり、場合によっては、ものすごく恐ろしい見た目の獣人が現れることもあるということか。それにしても、ピヨ先生のセンスっていったい……。
「ユウくん! 大変だよ! 小さな女の子が!」
追いついてきた遥が、指さして叫んだ。獣人につつかれて追い立てられていた生徒たちの中でも一番小さな身長の女の子が、目をつぶってわんわん泣きながら走って逃げている。このまま、まっすぐ逃げたら、サッカーゴールのゴールポストに全速力でぶつかりそうだ。パニック状態の女の子は、そのことにぜんぜん気がついていない。
「うおりゃぁぁぁぁっ‼」
桜が猛ダッシュして、女の子のもとへと駆けだしたが、かなり距離がある。学年で一、二を争う俊足の桜でも、女の子がゴールポストに衝突するまでに間に合わないだろう。
一足遅れて飛び出した武蔵と美兎が走りながら、
「おい! 止まるんだ! ぶつかるぞ!」
「危ない! 止まって! 止まって~‼」
一生懸命にそう呼びかけたが、女の子は逃げることに頭がいっぱいで、その声は届かなかった。
「シロ! お前、神様の使いなんだろ? 何とかして……って、あれ?」
さっきまで足元にいたシロが消えていたため、優兎はビックリした。もしかして――。
『言われなくても、何とかしてやるさ! オイラのモットーは、どんな時でもあきらめないことだ‼』
疾きこと風のごとし。
学校の図書館にある歴史人物の伝記をたまに借りて読んでいる優兎は、戦国時代の武将・武田信玄が使っていたという「風林火山」の旗に、そんな言葉が書かれていることを思い出した。シロの速さは、まさに風のごとし……いや、突風のごとしだった。
あっという間に武蔵と美兎、そして桜を追い抜かしたシロは、女の子の行く先――ゴールポストの前へと先回りした。そして、
『ちびっ子! 落ち着きな!』
おどろいたことに、シロは空気をたくさん吸い込んで、ぷくぅと風船みたいに体を大きくふくれあがらせた。そして、ちょっと高級そうなふわふわクッションのような見た目になったのである。
そのクッションに、女の子は突っ込んだ。
「きゃぁ⁉」
女の子は悲鳴をあげて尻もちをついたが、シロのクッションのおかげでケガはなく、いったい何が起きたのだろうと目をパチクリさせた。その時には、シロはすでに普通のウサギの体に戻っていた。
「コーコケキョ! 音痴で悪かったわねー‼」
安心しているひまも無く、獣人と化した陽世子が女の子に飛びかかってくる。シロは素早くジャンプして、陽世子の頭に体当たりした。
「こ、コケ~⁉」
フードがめくれて、陽世子はあわててかぶりなおそうとする。しかし、両手が羽のため、うまくできない。……それにしても、あのフードはどうしてもかぶっていなければダメなほど重要なのだろうか?
『この子にちょっとでも手を出してみろ! このシロ様が許さねぇ! さあ、ちびっ子、早く逃げな!』
シロは女の子の前で仁王立ちとなり、ブーブーと鼻を鳴らしながら後ろ足で地面をダンダンとたたいた。鼻を鳴らしているのはウサギが不愉快な気持ちになっている時、後ろ足でダンダンするのは仲間に警戒をうながしている時にする習性である。
「よくもやったわね! コケーッ‼」
ようやくフードをかぶりなおした陽世子が、バッサバッサと羽をはばたかせて、シロに襲いかかった。さすがのシロでも、人間とウサギでは体格差がありすぎる。
「シロ! 逃げろ! 危ない!」
そう優兎が叫んだ時だった。
「う、うわー⁉ 今度は大玉転がしの化け物が現れたぞー‼」
生徒たちの悲鳴多数。いったい何ごとだろうと、声がした方角を優兎たちは見た。
ごろん、ごろぉん! ごろん、ごろごろごろ!
大玉転がしの化け物とはよく言ったもので、とても大きな玉(?)のようなものが、砂けむりをあげて運動場に突入してきたのである。
「ね、ねえ、ユウくん。あれ……シンちゃんかも」
遥が顔をピクピクひきつらせながら言ったので、(そんなバカな)と思いながら優兎は目をこらしてその大玉(?)をもう一度見てみた。
「うひゃぁ~! 目が回る~!」
大玉が叫んでいる。よく見たら、大玉には顔があって、なるほど、目をぐるぐる回した真一だった。自分の弟があんなとんでもないかっこうで転がってきたのだから、普段おっとりしている遥でも顔をひきつらせて当然だろう。
合体に失敗して、自力で歩くことすら困難になった真一は、自分の重みで何とか転がり、うさずきんとアリスに押してもらって進路方向を調整していた。
「う、うさずきん! このままだと、運動場で逃げまどっているみんなとぶつかっちゃう!」
『ちぃっ! 世話の焼けるバカ小学生ね! あんたなんて、クロ様と合体さえしていなかったら、助けてあげないのに! ほぅら、行っけー‼』
飛び上がったうさずきんは、ひねりをきかせた華麗なジャンプキックを巨大な大玉となった真一の体に食らわし、うまいこと方向転換させたのである。
ごろごろごろー‼
転がる真一の突撃先は、今まさにシロを襲おうとしている陽世子!
「コーコケキョーっ‼ こんなのはねかえしてあげるコケー‼」
せまりくる大玉に気がついた陽世子は、顔が隠れてしまうほどフードを深々とかぶった。そして、ぱっかりと開いたニワトリのくちばしを真一に向ける。
コケ、コケ♪ コケケのコー♪ コーコケキョ♪
耳をふさぎたくなるような調子はずれ大音量の鳴き声が、運動場にこだました。
「な、何だぁ、これぇ⁉ 耳がキーンってなる!」
「ひゃぁぁ!」
近くの生徒たちだけでなく、離れた距離にいた優兎や遥たちも、その超音波のような鳴き声に面食らい、思わず両耳をふさいだ。
この音波攻撃に一番のダメージを受けたのは、どんな小さな音もいち早く聴きとることができる耳を持ったウサギたちだ。シロやうさずきん、アリスはその場でバタリと倒れてしまった。そして、真一も気絶してしまったのである。なぜかといえば、真一はクロと合体したことで、ウサギと同等の聴力を身につけていたのだ。
さらに悪いことに、ごろごろと転がってきた大玉の正体が真一だということを陽世子が気づいてしまった。陽世子が気づいたということは、彼女と合体したアネゴも気づいたということである。アネゴは、真一に「君、音痴だね!」と言われたことをまだ怒っていた。
『あんた! さっきの失礼なガキじゃない! よくもアタイのガラスのハートを粉々に割ってくれたわね! コケー!』
陽世子の口から、陽世子ではない声。あれはアネゴの声だと優兎や遥には分かった。虹色のアメ玉を食べていない他の人間たちには、陽世子がコケコケと叫んでいるようにしか聞こえていないだろう。
『これでも食らえ、コケー!』
合体して獣人となった陽世子とアネゴは、ひとつの体の主導権を奪ったり奪われたりしているらしい。さっきまで主導権をにぎっていた陽世子は、人間としての理性を失って見境無く周囲の人間を襲っていたが、陽世子から意識を奪った今のアネゴは真一に対してうらみがあった。自然、その攻撃は真一に集中する。
「痛い! 痛い! や、やめて~!」
音波攻撃で気絶していた真一は、獣人のくちばしに十数回連続で頭をつつかれ、目を覚ました。獣人は合体した動物の力をパワーアップさせるため、普通のニワトリにつつかれるよりも何十倍も痛い。
『何が変な鳴き声よ! こんちくしょう! アタイのプライドはズタズタだわ!』
「やめて、やめて~! 頭に穴が空いちゃうよ~!」
『あんた、アタイの鳴き声を聞いて毎日笑い転げていたんでしょ? だったら、たっぷり笑わせてあげるわ! コーコケキョ! コーコケキョ! ほら、笑いなさい! 笑いなさいってば!』
「ごめんなさい! ごめんなさい! 謝るから許してー!」
どんなことがあっても呑気に笑っている超鈍感な真一も、えんえんと続く激痛にはさすがにたえきれず、必死になってそう叫んだ。しかし、獣人の攻撃はやまない。逃げようと思っても、巨体なうえに球体となった体では満足に身動きをとることもできないのだ。ただひたすら手足をバタバタさせながら、獣人のくちばし攻撃になすがままだった。
そんな真一の悲惨な状況を見て、遥が目に涙をいっぱいためて、獣人の姿となったアネゴに懇願した。
「アネゴちゃん、もう許してあげて! 私の弟に、それ以上ひどいことをしないであげて!」
「遥、危険だ! お前は近寄るな! 僕が行く!」
優兎は、真一のもとに駆け寄ろうとした遥を手でせいして、そう言った。
今のアネゴには何を言っても通じないだろう。何とかして合体を解除して、獣人の姿から元の陽世子とアネゴに戻さないとダメだ。
走り出した優兎は、サッカーゴールの近くで倒れているシロのもとに駆け寄った。シロのかたわらには、白ウサギに助けられた女の子(おそらく一年生だろう)が泣きながら「ウサギさん、しっかりして! しっかりして!」とシロの体をゆすっている。優兎は、そんな女の子の頭をなでてやった。
「このウサギなら心配いらないよ。神様のお使いらしいからな」
「???」
意味が分からず、女の子は首をかしげたが、優兎も説明してやれるほどこのウサギのことを知らない。だから、あえて女の子の疑問は無視して、シロの顔をペシペシと軽くたたいた。
「おい、シロ。大丈夫か?」
『う、う~ん。……はっ⁉ しまった! おやつの時間⁉』
「寝ぼけている場合じゃないって! 真一が獣人に襲われて大変なんだ! どうしたら獣人を止められるんだよ? お前、奥の手があるとか言っていただろ?」
『奥の手なら、もうクロと真一が使っているぜ。まあ、失敗しちまったみたいだが』
ぴょんと飛び起きたシロがそう言うと、優兎は「奥の手って、もしかして、あの大玉転がしのお化けみたいなのじゃないだろうな?」と眉をしかめながら聞いた。
『そうだよ。クロと真一が合体して獣人になった姿が、あれだ』
「ぜんぜん奥の手じゃないじゃん! あんなかっこうになるのなら、普通の人間の姿のままのほうがマシだって!」
『だ・か・ら、失敗したって言っているだろう? おおかた、真一が合体の呪文を言いまちがえたんだ。しかも、豪快にな。そうじゃなきゃ、あそこまでひどい合体にはならない』
「し、真一のやつ……」
優兎はがっくりと首をたれ、情けないいとこをあわれんだ。
『真一とクロは、あのままだとやられっぱなしだ。優兎、オイラと合体しろ。そもそも、オイラはお前に合体のパートナーになってもらうつもりだったんだ』
「それって、どういうことだよ」
『いいか、優兎。獣人の暴走を止められるのは、獣人だけだ。オイラたちは、オイラたちと合体して獣人からこの町を守ってくれる人間を探し求めていた。そして、今日、その人間と出会った。それが、優兎と遥だ。お前たちならば、きっと役目を果たせるだろうと神様がお認めになったんだ。……緊急事態のせいで、クロは真一と合体の契約を結んぢまったけれどな』
「な、なんで、僕と遥なのさ?」
『遥には動物たちと仲良くなりたいという純真な心がある。あの子ならば、たくさんの動物たちと対話して、友好な関係をきっと築けるはずだ。そして、優兎、お前は遥をはじめとする大切な人間の仲間たちを守りたいという正義感を持っている。その正義感は、いつかお前を人間たちのリーダー的存在へと成長させるだろう。そんな遥と優兎がオイラたちと力を合わせれば、はるか昔、人間と動物たちが理想的なパートナーだった頃のような、人間と動物が共存する世の中を復活させられると神様は信じているんだよ』
「人間と動物の共存? パートナー? 神様? もう何が何だかわけが分からないけれど、ピヨ先生を元に戻して、みんなを助けるには、僕がお前と合体しなければいけないんだな? ……よし、やってやるよ!」
こうやって話をしている間にも、真一は獣人に襲われて悲鳴をあげている。その光景を遥が泣きながら見守っている。武蔵と桜が獣人を止めに入ったが、獣人が大きな羽をひとふりすると、吹き飛ばされてしまった。ヒーロー好きでいつも勝気なはずの美兎が、すっかりおびえてしまって体を震わせている。他の生徒たちも、完全にパニック状態で、わーわーと泣き叫んでいる子も何人かいる。
優兎は運動場のありさまを見ながら、決然としてこう言った。
「みんな、大事な仲間なんだ。誰も泣かせたりしない!」
『気に入ったぜ! だったら、早速、合体だ!』
シロは、目をキラーンと輝かせてそう言うと、優兎に合体の呪文を教えた。そう、さっきの長くて難しい呪文である。
「……九九を暗記するのが学年で一番遅かった真一には、この呪文の暗記は厳しかったろうな……。ていうか、そんなことを言っていて、僕もまちがえちゃったら恥ずかしすぎるから、ちゃんと頭にたたきこまないと……」
『そんな時間の余裕は無いぜ。マッハで覚えろ。そして、マッハで呪文を唱えて合体だ!』
「わ、わかったよ。地面をダンダンたたくなって! そんなにせかしたら、あせってまちがえるだろ⁉」
優兎は口の中で十回、呪文をぶつぶつ早口で言って練習すると、首にかけていた勾玉の首飾りを取り出し、緑色の光を放つ勾玉を空にかかげてさけんだ。
「汝は天に愛されし獣
我は天を求むる人
ここに契りを結びて我ら合一す
平安楽土へと共に行かん!」
次の瞬間、優兎の胸がカッと熱くなり、勾玉を中心とした緑の光に優兎とシロはつつまれた。優兎はビックリして、「う、うわっ⁉ なんだ、こりゃ!」とさけぶ。
『落ち着け、優兎。合体成功だ。そぉら、行っくぜー! オイラたちのコンビネーション、スタートだ‼』
優兎をつつんでいた光がバーン! という大きな音とともにはじけた。光の爆発後、そこに現れたのは獣人となった優兎だった。
五羽目につづく☆
四話目もご覧くださり、ありがとうございました。
次回、ウサギのシロと合体した優兎がニワトリの獣人と戦います。
では、次回の「五羽目☆獣人の暴走を止めろ!」をお楽しみに~。




