二羽目☆アネゴが怒って、さあ大変!?
「うさ☆うさコンビネーション!!」の2話です!
私は歴史小説ばかり書いていたのですが、たまたま児童書を読んで以来、はまってしまい(まだそれほどたくさんは読んでいなけれど…)、この小説を書きました。でも、子どもが読んでも面白いかは子どもに読んでもらったことがないから不明です…。書いている時は楽しんで書いていたのですが、けっこう悪乗りしすぎたかも?
というわけで、「二羽目☆アネゴが怒って、さあ大変!?」始まります!
二羽目☆アネゴが怒って、さあ大変⁉
優兎たちが菜花小学校の校門をくぐった直後、予鈴がキーンコーンカーンコーン♪ と鳴った。ぎりぎり間に合ったと優兎はホッとした。
コーコケキョ!
コーコケキョ!
飼育小屋の前を通った時、小屋の中からへんてこりんな鳴き声が聞こえてきた。メスのニワトリのアネゴが元気よく鳴いているのだ。
「おはよう、アネゴー! 今朝も面白い鳴き声だねぇ」
桜は小屋の中のアネゴに軽く手を振る。すると、アネゴは桜のあいさつに答えるかのように、「コーコケキョ!」と再び鳴いた。アネゴは飼育小屋で飼われている動物たちの中でも最も長く飼育されている最古参であり、小屋の他の動物たちにも恐れられつつ慕われている様子だった。しかし、どういうわけか、「コケコッコー」と鳴けない。「ホーホケキョ」と鳴くウグイスみたいに「コーコケキョ」と鳴いてしまうのだ。当のアネゴは自分の鳴き声に自信たっぷりで、ふんぞり返って毎朝「コーコケキョ」と鳴いているわけだが……。
優兎と遥は、ここでまたもや動物たちの会話を聞いてしまうことになる。
『コーコケキョ! コーコケキョ! ……ふう、我ながら相変わらずの美声だわ。そうは思わないかい、アリス?』
たっぷり鳴いて満足したアネゴが、メスのウサギのアリスにそう聞くと、アリスは『え、ええ……。あ、アネゴの鳴き声はいつもステキですわ』と、どもりながら返事した。アネゴの鳴き声にげんなりとしていたオスのウサギのアッキーも、
『ほ、本当にアネゴの鳴き声はかっこいいなぁ。あはは……』
と、下手くそなお世辞を言った。アネゴは『ウフフ』と大喜びだ。
『さすがにそこまでほめられると、照れちゃうわ。さぁて、好評につき、あと十回ぐらい鳴いちゃおうかしら!』
『げっ』
『ちょっと、アリス、アッキー。げっ、て何よ。げっ、て。もしかして、あんたたち、アタイの鳴き声を……』
『い、いやいやいや‼』
二羽のウサギは、慌てて首をぶんぶん振る。けれど、アネゴは鋭い目をピカーンと光らせて……。
『アネゴ。アリスとアッキーが心配しているのは、もうすぐ学校の授業が始まることですよ。さっき予鈴が鳴ったじゃないですか。授業中にアネゴの美声が教室まで届いたら、人間の子どもたちがアネゴの声にうっとり、勉強どころではなくなってしまいます。だから、やめたほうがいいんじゃないかな、とアリスたちは思ったのでしょう。……そうだろう? アリス、アッキー』
アネゴの雷が落ちる直前にナイスなフォローを入れたのは、オスのクジャクのジェントルマンだった。アリスとアッキーは懸命になって『イエス! イエス! イエースっ!』と言いまくる。
『あら、そういうことだったのね。たしかに、人間の子どもたちの勉強の邪魔をしたら悪いわ。教えてくれて、ありがとう、ジェントルマン』
……ざっとこんな感じの会話だった。
(僕たち人間にも学校や会社での人間関係があるように、動物たちにも複雑な人間関係……じゃなかった、動物関係? があるんだなぁ)
動物たちも大変だな。そんなことを考えながら、優兎は飼育小屋から離れた。
「五年三組の良い子の諸君、おはよう‼ さあ、今日は、まだ決まっていなかったクラス委員長を決めるぞぉ‼ 立候補したい子は、手を挙げてくれ‼」
教室内に、担任教師の轟熊太郎が発する、太鼓をデンデカと叩いたような大きな声が響き渡る。熊太郎はいつもヤル気満点の熱血教師だ。どんな時でも気合を入れて話をするため、優兎たち上級生がいる南校舎から下級生たちがいる北校舎まで、熊太郎の声は届くのだ。だから、校長に「他のクラスも授業をやっているのだから、もう少し声をおさえるように」と時々注意されているらしい。
(遥といい、轟先生といい……。どうして、僕の周りには声のでかい人が多いのだろう?)
優兎が窓際の席で頬づえをつきながらそんなことを考えていると、背中をツンツンとつつかれた。優兎が後ろの席を振り返ると、親友の狼森武蔵がグッと親指を立てていた。
クラス委員長に立候補したらどうだ?
と、言いたいらしい。優兎は少し困ったように苦笑すると、無言で首を横に振った。
優兎は、面倒くさがりというわけではない。あたえられた仕事は必ず最後まで責任を持ってやる真面目なタイプだ。困っている人がいたら、助けようともする。そんな優兎だが、クラス委員長や班長など「長」がつく学校の役職にはついたことが一度も無かった。恥ずかしがりである優兎は、人前で目立つのが嫌なのだ。
(それに、今はそれどころじゃないんだよね……)
こうしている現在も、動物たちの声が聞こえてくるのだ。
半開きになった窓の向こう、木の小枝にとまっている二羽のウグイスが語り合っていた。
『先輩。この間、ここらへんでコーコケキョとか鳴くニワトリを見たんっすよ』
『嘘つくなよ。ニワトリはコケコッコーだろ』
『オレも最初、オレたちの仲間がホーホケキョってうまく鳴けていないのかと思ったんっすよ。そんでぇ、まだ鳴くのが下手なウグイスがいるのかな~と思って、声が聞こえてきた小屋の中をのぞいたら、なんとビックリ、ニワトリだったんすよ』
『あ~、はいはい。そんなことよりさ、エサ探しに行こうぜ?』
『ああ! 先輩、信じていないっすね? 本当なんっすよ~!』
ガチャリと優兎は窓を閉めた。遥は呑気にかまえているが、優兎は相当ストレスがたまりつつある。他人(動物なのだが)のないしょ話を盗み聞きしているような気がして、あまりいい気分ではないのだ。
「先生、僕がクラス委員長をやります」
優兎が動物のことで悩んでいる間に、鹿島という眼鏡の男子が立候補して委員長に決まっていた。
「よぉーし! 立候補者が他にいないのなら、鹿島君に決定だ‼ はーい、みんな拍手―‼」
パチパチパチー!
クラスメイトたちが拍手をしている中で、武蔵の「残念……」という声が優兎の耳に届いた。どうやら、武蔵は本気で優兎にクラス委員長をやってほしかったらしい。
武蔵は一年前に持草市に引っ越してきた。極端に口数が少なく、最低限度のことしか話さない。しかも目つきが鋭く、普通にしていても人をにらんでいるように見えるため、「性格が悪そうなやつ」と他人から誤解されることが多かった。そんな武蔵と何の偏見も持たずに仲良くなったのが優兎だった。
「花壇の花を荒らしたのは、君だろう。正直に言えよ」
転校してきて一か月ほどたったある日、学校の花壇が何者かによってめちゃくちゃに荒らされるという事件が起きた。武蔵は花壇係のクラスメイトにそんな言いがかりをつけられたのである。花壇が荒らされる直前の休み時間に武蔵が花壇を長いこと見つめていたという目撃談があり、それが疑われた理由だ。転校する前の学校でも他人に疑われることがしょっちゅうあった武蔵は、(どうせオレはやっていないと言っても信じてもらえない)とあきらめて肯定も否定もせずにじっと黙っていた。そんな時、
「あれだけキレイなチューリップが咲いていたんだもの。誰だって花壇をうっとりと見つめるさ。そんな目撃談は、花壇を荒らしたという証拠にはならないと思うけれどな」
そう言って、もっとよく花壇を調べようとみんなに提案したのが優兎だったのである。そして、ちゃんと調査したところ、花壇の土の中から毛がまじった動物のフンが見つかった。これを猫のフンだと言い当てたのは、動物博士の遥だった。
「猫さんはね、自分のフンを砂とかかけて隠すの。フンにまじっている毛は、たぶん、自分の体をなめている時に飲み込んじゃったのかもね。……ああ! 私、大発見しちゃった! 猫さんって、犬さんよりもフンが臭い! (以降、遥の猫トークが続くが、誰も聞かず)」
というわけで、花壇荒らしの犯人は野良猫だったことが分かった。あやうく濡れ衣を着せられそうになっていたところを優兎に助けられた武蔵は、優兎に友情を感じるようになり、二学期には親友同士と呼べるほどおたがいを信頼し合う関係になっていたのである。
(優兎みたいな誰に対しても平等なやつこそ、クラスのリーダーにふさわしいと思ったのだが、本人が嫌がっているのだから仕方ないか)
優兎はもっと積極的になったらリーダータイプの人間になれるのに。武蔵はそう考えているが、武蔵本人も無口なうえ他人と関わろうとする態度が消極的なところがあるため、
(オレが、もうちょっと積極的になったらどうだなんて、優兎に言っても説得力ないよな)
と、優兎には何も言わずに黙っているのだった。
給食の時間。
給食当番だった遥は、クラスのみんなにカレーを盛ってあげて、その役目が終わると、自分の分の給食をトレイにのせて教卓前の自分の席に戻った。
「あれ? 何だろう、これ?」
机の上に小さなメモ用紙が二つ折りになって置かれていたのである。メモ用紙を手に取って見てみると、
「放課後、飼育小屋の前に来てくれ。 優兎」
と、教科書の文字のようなものすごく丁寧な字でそう書いてあった。遥は振り返って窓際の優兎の席を見る。すると、優兎もちらちらと遥のほうを見ていた。何か用事があって呼び出されたのだろうが、直接言ってくれたら良かったのにと遥は思った。
低学年のころは男女仲良く混ざり合って運動場で遊んでいたものだが、高学年になると男子は男子のグループ、女子は女子のグループを作り、男女別々に遊ぶことのほうが多くなった。だから、男子が一緒に遊ぼうと女子に声をかけたり、女子が明日どこそこで待ち合わせねという約束を男子としたりするのは、特別な意味があるものだとみんなは考えるようになったのだ。特に優兎と遥は家がお隣さんで昔からずっと一緒に遊んでいた仲のため、女子たちの恋のウワサのまとになりやすかった。超がつくほどシャイな性格の優兎は、遥に話しかけるたびに遥のまわりの女子たちに騒がれるのを嫌い、学校ではこういう遠回しな手段で遥とコミュニケーションをとることが多くなってきているのだ。
(でも、下駄箱に手紙を入れたり、こっそり人気のない場所に呼び出したりしたら、余計に誤解されると思うんだけれどなぁ。私とユウくんは物心がつく前からの付き合いのいとこ同士なんだから、そんなウワサなんか気にしなくてもいいのに。家族じゃない)
ちょっと寂しいなと思いながら、遥はそのメモ用紙を机の中にしまおうとした。そんな時、
「ねえねえ、はるかーちゃん。それ、なぁに?」
右隣の席の桜が遥に抱きついてきた。何に対しても興味しんしん、好奇心のかたまりのような桜は、自分の目にとまって(何だろう?)と感じたことには後先考えずに飛びつく癖がある。
「え? こ、これは……」
親友の桜に隠す必要なんてないのではと思いつつも、桜にメモの伝言を見せたことを後で優兎に知られたら怒られるかもと悩んだ遥は口ごもった。しかし、視力二・〇の桜はさっさとメモ用紙の字を読んでしまい……。
「昼休みにユウと待ち合わせ⁉ も、もしかして……!」
「桜ちゃん、落ち着いて? 別にこれは告白の呼び出しとかじゃなく……」
「果たし状だね‼ 決闘、がんばって‼」
「えぇぇ……」
「何なら私が助太刀するよ? どうしてユウと決闘することになったのかは知らないけれど」
(私も知らないよ……)
「あはは」と顔を引きつらせて笑いつつ、遥は何だかホッとした気分になっていた。他の友人たちが少しずつ変わっていく中で、桜だけは無邪気なまま、遥のそばにいてくれることがうれしかった。桜のことを「いつまでも子供っぽい」と言う子もいるが、それだけ桜が純粋な心の持ちぬしなのだと遥は考えている。
「心配しないで、桜ちゃん。私とユウくんは喧嘩したりしないから。幼なじみなんだから、知っているでしょ? ね?」
そう言って、遥は桜にウィンクをした。
そして、放課後。掃除当番で教室の掃除をしていた遥が、少し遅れて飼育小屋に行くと、すでに来ていた優兎は小屋の中の動物たちをじぃ~っと見つめていた。
「ユウくん」
「ああ、遥。悪いな。いきなり呼び出したりして」
「そんなことは気にしてないよ。けれど、こういう他人行儀なマネはやめてほしいな」
そう言いながら、遥はさっきのメモ用紙をスカートのポケットから出して、ひらひらさせた。すると、優兎も自分の恥ずかしがりの性格を気にしているらしく、顔を少し赤らめながら素直に謝った。
「ごめん。……気を悪くしたか?」
「ううん、そんなことないよ。ユウくんは照れ屋さんだからね。でも、他の女の子ならいざ知らず、私には普通に話しかけてほしいな。だって、私たちは特別な仲だもの」
「と、特別っ⁉」
「私たち、いとこじゃない」
「ああ……。そういうことか……」
遥に「私たちは特別な仲」と言われて、一瞬ドキッとした優兎だが、まったく別の意味だったことが分かると、気がぬけたようなため息をついた。
「それで、飼育小屋で何をするの?」
ニブチンの遥は、優兎の動揺に気づかず、ここに呼び出された理由を聞いた。優兎は「うん……」と元気なくうなずきながら、飼育小屋の動物たちをちらりと見た。
「遥さ、猫と話せるか試してみたいって朝に言っていただろ? 動物の言葉が分かるなら、コミュニケーションがとれるんじゃないかって。あれから色々と考えて、僕も試してみようかなと思ったんだ。あの変なアメ玉を食べてから、僕たちはいったいどんな能力を手にしてしまったのかをもっと理解しておいたほうがいいからさ」
優兎の提案を聞き、遥はパァァッと目を輝かせて大喜びした。
「だったら、早速、試してみようよ! 私、クジャクさんとお話できたら、ひとつ聞いてみたいことがあったの! クジャクさんって、サソリさんとかコブラさんを好んで食べるじゃない? どうしてわざわざ毒のある生き物を好物にしているのか、知りたかったんだ!」
「その事実を初めて知ったんだが……。クジャクって、すごいんだな……」
「よーし! まずはジェントルマンくんにごあいさつだね! こんにちはー、ジェントルマンくん。私の言葉が分かりますかー?」
飼育小屋にはられた金網の前までかけ寄った遥は、笑顔満点でジェントルマンに声をかけてみた。すると、美しい羽をゆらゆらさせて優雅に小屋の中を歩いていたジェントルマンがピタリと止まったのである。
「お? 言葉が通じたのか? ……僕もウサギたちに試してみるか。おーい、アリス、アッキー。聞こえてるかー?」
優兎がそう呼びかけると、ウサギのアリスとアッキーもぴょんぴょんはねていた動きを止め、じっとし始めた。しかし、「何の用?」と言葉を返してきたりはしない。ジェントルマンも同じで、遥が何度も「ジェントルマンく~ん」と呼んでも、黙ってじっとしているだけだった。
「これって、僕たちの言葉が分かっているのか? それとも、通じていないのか?」
「う~ん。判断しづらいねぇ」
優兎と遥は同じようなポーズで腕組みをして、首をかしげた。声をかけられてビクッと反応しているようには見えるのだが、返答をしてくれないため、こっちの言葉を理解しているのか分からないのだ。
「困ったなぁ」
優兎がそうつぶやいたとき、学校の校舎から歌声が聞こえてきた。
♪菜の花咲く里の われらの学び舎に
ともに夢を追う仲間が 今日もつどう
ああ 見てごらん 友たちよ
あの黄色の花は 希望の色 明日の輝きだ
いざ行こう 僕たちの 私たちの 素晴らしい未来へ
菜花小学校の校歌だった。地元出身の有名な歌人が作詞した歌だそうだ。優兎と遥は、音楽室の窓から流れてきた歌声に耳をすましながら、
「それにしても……」
「……音痴だね」
と、ため息をつきあった。しかし、この声はどこかで聞いたことがあるような……?
「あれ? もしかして、この声はピヨ先生じゃないのか?」
「言われてみれば、そんな気がする。でも、どうしてピヨ先生が音痴なの?」
ピヨ先生というのは、音楽教師である戸坂陽世子のあだ名なのだ。この春に教師になったばかりの新任教師で、二十二歳と若くて可愛らしい先生のため、生徒たちから人気があった。ピヨ先生と呼ばれている理由は、名前が「ひよこ」で、大人にしては身長がずいぶんと低かったからである。まだ優兎たちは陽世子の授業を二回しか受けていないが、あんなに音痴ではなかった。というか、音楽の先生が音痴では困るはずだ。
「ピヨ先生、体の調子が悪いのかなぁ?」
遥が心配してそう言った時、ザッザッザッと二つの足音が聞こえてきた。
「ピヨ先生があんなことになったのは、シンちゃんのせいなんだよ。遥お姉ちゃん」
優兎と遥が振り返ると、そこには優兎の妹の美兎、遥の弟の真一がいた。
「シンちゃんがピヨ先生に何かしたの? ミーちゃん」
「シンちゃんって、ものすっごく音痴でしょ? 今日の音楽の授業で、ピヨ先生がシンちゃんの音痴を直してあげようとしたら、逆にピヨ先生が音痴になっちゃったの。たぶん、シンちゃんの音程が狂った歌声を何度も真剣に聴いていたせいだと思う」
「あはは~。面目ない」
真一は相変わらずのほほんとした顔でニコニコ笑っていて、美兎は逆にものすごく不機嫌そうな顔をしていた。美兎はうれしい時は思いきり笑い、腹が立つ時は全力で怒る、喜怒哀楽の感情表現がはっきりした女の子なのだが、ここまで機嫌を悪くしているのは珍しい。
「そんなプンスカして、どうしたんだよ、美兎」
優兎がそう聞くと、美兎は両方のこぶしを胸の前でぶんぶんさせながら「聞いてよ、ユウちゃん!」と兄に不満をうったえた。
「シンちゃんたら、日直の仕事をどれ一つ、まともにやってくれないんだよ! 日直のくせして遅刻はするし、花の水を入れかえようとして花瓶を二階の窓から下に落としちゃうし、授業の後に黒板を消していたら黒板消しで遊び始めてチョークの粉を教室中に舞わせてみんなに怒られるし……。それから、それから!」
「ま、まだ続くのか?」
「続くよぉ! ここからが本番なんだから! あんまりにも日直の仕事ぶりがひどいから、私たち、昼休みに校長室に呼ばれちゃったの! 私は校長先生の前でおとなしくしていたのに、シンちゃんがとんでもないことを言っちゃうんだもん! なんて言ったと思う? 『あれ? もしかして、校長先生、カツラですか?』だよ⁉ 校長先生激怒しちゃって、罰として放課後に飼育小屋の掃除を一か月やらされることになったんだから! どうしてあんなことを堂々と言っちゃうかなぁー⁉」
「だって、あきらかにずれていたから、気になっちゃって」
思ったことは何でもかんでもズバリと言ってしまう癖がある真一は、今回のこともあまり反省していないようで、あっけらかんとそんなことを言い、美兎をさらにイライラさせた。
真一の学校でのあだ名は「暴走車」。いつも無鉄砲かつ自分の好奇心に忠実な行動ばかりして、予測不可能な事件を毎日起こしているため、そう呼ばれるようになった。真一の暴走につきあわされていつもひどい目にあうのがいとこの美兎である。幼い時からの経験により、ある程度までは文句を言いつつも我慢するが、堪忍袋の緒が切れると、バッタライダーの必殺技バッタパンチを真一にくらわせ、おとなしくさせるのがお決まりだった。ただし、翌日には、美兎を怒らせたことをけろりと忘れて暴走を再び開始するのだが……。
「真一。お前はもう少し他人に対する思いやりとか、礼儀を身につけたほうがいいぞ。もしもお前がカツラをしていて、誰かにそれを指摘されたら、嫌な気持ちにならないか?」
フーッ、フーッと、まるで獣のように怒っている美兎をなだめながら、優兎は真一にそう言い聞かせた。真一は、本当は素直で優しい性格なのだ。だから、こういう時は年上の人間がちゃんと教えてやれば、真一も言っていいことと悪いことが分かるはず……。
「僕なら、『はい、カツラです!』って、正直に言うけどなぁ。だって、カツラってカッコイイでしょ? スパイみたいに変装とかできるし!」
「がくっ!」
まったく話がかみ合っていなかった。
「も、もぉ~! シンちゃんたら! いっつもミーちゃんに迷惑をかけてぇ~!」
今まで黙っていた遥がとうとうプンプンと怒りだし、弟の真一に説教を始めた。しかし、迫力がゼロの遥が何を言っても、真一はあまりこたえていない様子だった。
「ふわぁ~」
「お、お姉ちゃんが説教しているのにアクビするなんてぇ! ちゃんと聞いてるぅ⁉」
「うんうん」
「第一、シンちゃんは、今朝は私とユウくんよりも先に学校へ行ったんじゃなかったの? 自分が日直だということを思い出して、『ミーちゃんにぶっ飛ばされる~!』とか叫びながら走って行ったじゃない。どうして遅刻したの?」
「あー、それは~」
真一はそう言いながら、ズボンのポケットからキラキラと虹色に光る玉を二つ取り出し、遥たちに見せた。
「すごくキレイなアメ玉みたいなのが、ぷかぷかと宙に浮いていたんだ。虹色に輝いていてカッコよかったからポケットにしまって、もしかしたら近くにもう一個あるかも知れないと思って周辺を探していたら遅刻しちゃったの。ご機嫌取りのために、ミーちゃんの分も見つけてあげようと思ったんだ。そうしたら、ほら、奇跡的にもう一個あったの」
「こ、これは、もしかして……!」
「オコジョに僕たちが食べさせられたアメ玉じゃないのか⁉」
おどろいた遥と優兎が顔を見合わせる。何の話か分からない真一と美兎は、「オコジョ?」と声をそろえて首をかしげた。「はっ」と気がついた優兎と遥はひそひそ話を始めた。
「ユウくん。動物さんたちの声が聞こえるようになったこと、ミーちゃんとシンちゃんにもないしょにしておくの?」
「そうだな……。今のところは黙っておこう。第一、言っても冗談だと思われるだろうし」
そんなことを話し合っていると、飼育小屋にまたまた誰かがやって来たのである。
飼育小屋に現れたのは、ホウキやバケツなどを持った武蔵だった。
「あれ? 武蔵? そんなものを持って、どうしたの?」
優兎が聞くと、武蔵は「飼育小屋の掃除を手伝いに来たんだ」と答えた。
昼休みに、たまたま校長室の前を通りかかった武蔵は、校長の怒鳴り声を耳にした。どうやら優兎の妹と遥の弟が怒られているらしい。しかも、飼育小屋の掃除を罰としてやりなさいと命令までされている。二人だけで飼育小屋の掃除は大変だろうなと考えた武蔵は、手伝ってやろうと考えて、わざわざ放課後の飼育小屋に来てくれたのだった。
「そうだったのか。悪いな、武蔵」
「いや、かまわん。オレとお前は親友同士だ。だから、お前の妹は、オレにとっても妹みたいなものだからな」
その理屈はちょっと極端すぎるような気もしたが、優兎は武蔵の好意をありがたく思い、
「だったら、僕も手伝うよ。みんなで力を合わせてやったほうが、早く終わるからな」
と、そでまくりをした。それを聞いた遥も、ホウキを手にしてニコリと笑う。
「私も手伝わせてもらうね。さあ、ミーちゃん、シンちゃん、がんばって動物さんたちのお家をキレイにしちゃおう!」
「武蔵先輩、ユウちゃん、遥お姉ちゃん、ありがとう! ほら、シンちゃんもお礼を言いないよ」
「ありがとー!」
(う~ん。成り行きで飼育小屋の掃除をみんなですることになったけれど、これじゃあ、動物と会話ができるのか試すことができないぞ。武蔵たちの前で動物に話しかけるわけにもいかないからなぁ。あの虹色のアメ玉が何なのかも気になるし……。とりあえず、後で遥の家に行って、遥が飼っている子ウサギと会話を試してみるか)
そんなことを考えながら、優兎はオスウサギのアッキーの寝床を掃除していた。遥はというと、メスウサギのアリスの寝床を掃除している。子作りをしやすいウサギはオスとメスを別の部屋に分けて飼うのが基本で、アッキーとアリスの寝床は金網で仕切られているのだ。
一方、武蔵はクジャクのジェントルマンの世話を、美兎と真一はニワトリのアネゴの世話をしていた。
「あー。なんだかノドが乾いてきちゃったなぁ」
みんながもくもくと掃除をしている中、真一がぽつりとそう一言つぶやいた。それを耳にした優兎は(僕もノドが乾いたかも)などとぼんやりと考えていたが、
(え? ちょっと待てよ? 嫌な予感がする)
真一が次にすると思われる行動を直感で察し、優兎は「真一!」と叫んだ。しかし、
「え? ユウ兄ちゃん、何か用? ぺろぺろ、ぺろぺろ」
すでに虹色のアメ玉は真一の口の中だった。
(失敗した。あらかじめなめたらダメだと言っておくべきだった。こんな怪しいアメ玉、動物の声が聞こえること以外に、人間に悪影響をおよぼす副作用があるかも知れないのに)
いや、今からでも吐き出させたら間に合う可能性もある。優兎と遥みたいにアメ玉を飲み込みさえしなければ、不思議な力に目覚めないかも知れないではないか。
「真一! そのアメ玉を吐き出すんだ!」
「えー、なんでー? あれれ? このアメ玉、溶けるのが早すぎるよ。もうなくなっちゃったー」
(一瞬で溶けてなくなるなんて、やっぱり、普通のアメ玉ではないみたいだな)
それにしても、これは大変なことになった。ただでさえ暴走しがちな真一が、動物の言葉が分かるアメ玉を食べてしまったのだ。飼育小屋の動物たちの声を聞いて、真一がどういう行動をとるかと考えると、優兎は胃が痛くなった。
ケコー! ケコー!
さっきからアネゴが真一の足元で騒いでいる。真一の雑な掃除の仕方に文句があるようだ。
『ちょっと、あんた! アタイの部屋、これっぽっちもキレイになっていないじゃない! もっとピカピカにしなさいよ!』
「え⁉ ニワトリがしゃべった‼」
アメ玉の効果がすぐに出て、真一はアネゴの声を人間の言葉として聞きとった。さすがの真一もこれにはビックリしたらしく、大口をあけてポカーンとした。その横で美兎が「なに言っているの? 頭だいじょうぶ?」と、ジト~ッとした目で真一を見ている。ジェントルマンの寝床を掃除していた武蔵も不思議そうな顔をして真一を見つめていた。
(うわぁ、これはまずいよ。どうやって説明しよう)
優兎と遥はたがいに(どうしよう?)(どうする?)と目でサインを送り合ったが、興奮している真一は事態をさらに大変な方向へとみちびいていくのであった。
「すごいやー! 僕、超能力者になっちゃったー!」
最初はおどろいていた真一だが、自分が不思議な力を手に入れたことを理解すると、おびえるどころか大喜びし始めたのである。こういう能天気な性格は姉ゆずりなのだろう。
「ねえねえ、アネゴ! 僕の言葉が分かる? ねえったらー!」
早速、アネゴとのコミュニケーションを試み始めた。アネゴは人間の子どもに話しかけられて、一瞬、ビクッとしたが、さすがは飼育小屋の動物たちのリーダー的存在である。警戒しながらも真一に対して言葉を返したのであった。
『な、なによ? あんた、どうしてニワトリのアタイと口がきけるのよ⁉』
「おお! やっぱり、言葉が通じるんだね! すごーい! ねえねえ、あれやってよ! あの変な鳴き声!」
『……変な鳴き声って、なんのこと?』
「いつも朝に鳴いてるじゃん! コーコケキョって! 普通、ニワトリはコケコッコーだよね? それなのに、アネゴはウグイスみたいな鳴き声なんだもの。アネゴって、音痴なの? 僕、毎朝アネゴの変てこな鳴き声を聞くたびに、笑いころげてしまいそうになるんだ! だから、お願い! あの鳴き声を聞かせてー!」
『へ、変……? アタイの鳴き声が……⁉ 音痴……? このアタイが……⁉』
ショックを受けたアネゴは、よろりと二、三歩ふらついた。会話を一部始終聞いていた優兎と遥は、(自分も音痴なくせに……)とあきれていたのだが、ウサギのアリスとアッキーが『これはどえらいことになったわ』『アネゴがブチ切れる~』とわなわなふるえながらつぶやいているのを聞いてしまった。
「それ、どういうことだ?」
優兎がしゃがみこんで、小声でアッキーにたずねると、臆病なアッキーはビクッ! と体をこわばらせて黙っていたが、
「僕の言葉が分かるんだろ? いい加減、無視しないでくれよ」
と、優兎がなるべく優しげな声で言うと、アッキーもおずおずと話し始めた。
『今まで言葉が通じなかった人間に、いきなり話しかけられたら、普通おどろくよ~』
「そうか、ごめんな。実は、僕もおどろいているんだ。どうしてこんなことになったのか、まったく分からなくてさ。……それより、アネゴがブチ切れたら、どえらいことになるの?」
『そりゃぁ、もう』
「どんなふうに?」
『僕が説明しなくても、今すぐ分かるよ。ほら、切れた』
グルコケラー‼ ホワッシャー‼
突然、アネゴが聞いたこともないような鳴き声(※普通のニワトリはこんなふうに鳴きません)を飼育小屋に響かせ、羽を凶暴なまでにバタバタさせて暴れだした。
「うわわ⁉ アネゴが飛んだー⁉」
飛び上がったアネゴは真一に体当たりを食らわし、真一はズデーン! と後ろに倒れた。近くにいた美兎は、危うくアネゴに顔を蹴られそうになり、兄のいるアッキーの寝床へと避難をする。アネゴは、怒りの原因である真一をノックアウトした後も興奮おさまらず、小屋の中を飛び回っているのだ。
「遥お姉ちゃん、ニワトリって飛べないんじゃなかったの~⁉」
優兎の背中に隠れながら美兎が遥に聞いた。遥は「飛べないんじゃなく、飛ばなくなったんだけれどね……」と答え、ニワトリの歴史について語りだした。
「ニワトリさんの先祖は、もともと飛ぶのが苦手だったらしいの。私たち人間がニワトリさんを家畜として飼うようになると、ニワトリさんたちは人間たちに守られて外敵から逃げる必要がなくなり、ほとんど飛ばなくなったんだよ。でも、飛ぶ力を完全になくしたわけではなくて、体がスマートなニワトリさんは家の屋根ぐらいまでなら……」
「遥! 解説中に悪いが、アネゴがそっちに行くぞ! 気をつけろ!」
「え? きゃぁ⁉」
『アタイは音痴なんかじゃないわよー‼ コケー‼』
飛び回るアネゴの大暴走のせいで、飼育小屋は大パニック。身の危険を感じた優兎たちは、大慌てで小屋から逃げ出した。目を回して倒れていた真一は、武蔵がおぶって助け出した。
「みんな、ケガはないか?」
「ユウくん。私たちは大丈夫だけれど、飼育小屋の動物さんたちが……」
遥が小屋の中を指さしたので、優兎は飼育小屋を見た。なんとウサギのアリスとアッキー、クジャクのジェントルマンがいなくなっていたのだ!
「しまった! さっきの騒動で動物たちもビックリして、逃げ出しちゃったんだ! 小屋から避難するのに必死で、気がつかなかった!」
「校長先生にまた怒られる~!」
美兎が頭をかかえてそう叫んだ。もともと校長を怒らせてしまって、罰として飼育小屋の掃除をさせられていたのである。それなのに、動物たちを逃がしてしまい、もしもこのまま行方不明になれば、美兎と真一は学校にもっとすごい罰をあたえられるかも知れない。
「とにかく、みんなで手分けして探すんだ。ああ、その前にアネゴが小屋から出ないように、出入り口をちゃんとしめておかないと」
優兎がそう言い、小屋のドアをしめようとした時だった。
『クケケ。そうはさせるかよ』
男の子のようないたずらっぽい声が聞こえ、小動物が優兎のまたをくぐって小屋の中に入って行った。そして、小動物は両目をピカリと光らせて、紫色のビームを放ったのである。そのビームは、なんということであろう、まだ暴れていたアネゴに直撃したのだ。
「ユウくん! あの子、今朝のオコジョさんだよ!」
「どうしてあいつがここに⁉ ていうか、あのビームみたいなのは何だ?」
遥と優兎がおどろいて体を硬直させている間に、オコジョはさっさと小屋を飛び出してどこかへと消えてしまった。
『な、なんなのよ、あのちっこい動物はー! ビックリしたじゃない! ……あれ? なんだか体が熱い……? コーコケキョ‼ コーコケキョ‼ コーコケキョ‼』
なぞのビームをあびたアネゴの体がピカッと光り輝き、優兎たちはまぶしさのあまり目をとじた。そして、五秒ほどたって再び目をあけたときには……。
「ゆ、ユウくん。今度はアネゴちゃんがいなくなってる……」
「しかも、飼育小屋の金網フェンスに大穴があいているじゃん……」
優兎だけでなく、呑気な性格の遥も、あのオコジョにこれほど不思議でおそろしい力があったことを知り、ゾッとするのだった。
三羽目につづく☆
2話目も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
実際の世界に「コーコケキョ!」と鳴くニワトリがいたらマスコミに騒がれますよね…。アネゴはちょっと自己中だけれど優しい姐御肌のニワトリなので、飼育小屋の動物たちからは本当は慕われています。さて、アネゴはいったいどうなるのでしょうか? 続きは「三羽目☆動物たちを捜せ‼」をご覧ください!




