肉体の死と最後の死
グロテスクな表現がダメな方、死に興味がある方は、読まないでくださいね!
春とも秋ともわからない温度、今はそんな季節の真っ只中だ。
目を開ければ、どっちの季節なのかわかるけれど、そうはしない。
鼻を利かせれば、花の匂いでわかるけれど、そうはしない。
心地良い風に皮膚の感触だけを任せていた。
きっと、長い時間こうやっていたんだろう。
ずっと同じ景色を眺めているから何日経ったのか忘れてしまった。
そういえば今思い出すと、あの頃は遠い過去だ。
すっかり色褪せてしまった……
そぅ平凡に考えていたら、
それはふっと目に鮮明に映りこんできた。
こんなにハッキリとどんな些細なことでも思い出せてしまう―――
***
私の記憶が途切れたその日も、ちょうどこんな季節だった…
あの日、散歩へ出掛けた。夕暮れはとても寂しくて半分闇へと溶けていた。
歩いては立ち止まりという、そんな繰り返しをしながらゆっくりと歩を進めていた。ゆっくり空を見上げていたら、ヤツにいつもひっぱられて、ちょっとムッとしながらも清々しく散歩をしていた。
ヤツは、よく他の犬にワンワン吠えられる。
そして、すぐ機嫌を悪くして、臆病だからか小さく吠えて反撃をしているのだ。
観ているこっちは、情けなくて恥かしく思う。
だけど、そんなヤツは私にとって愛しい存在なのだ。
でも、今ヤツとお別れをしたのだ。
何が起ったのか、何が私をそぉさせたのか―――未だに分からない。
***
その散歩での記憶から一週間前に、たぶんコトは起ったんだと思う。
その日は、桜が咲く時期というより、キンモクセイが咲くというより、紫陽花が咲いていた。
ジメジメしてて、ときどき暑い日はあれど、極稀に寒い日もあった。こんな季節は自分には不向きではないかと毎年のように思う。
そんなこんなで私は大して何も考えず、なにも思わずに生きていた。
その月には連休があって、久々に1日家で過ごす時間が出来た。
いつもは、あっちでフラフラ、こっちでもフラフラ。
家でゴロゴロと過ごそうなんて考えもしなかった。
だけど今日だけは、自分でも変だと思った。
ずーっと窓の外を見ても飽きない。
ずーっと雨がポタポタと落ちている音にも飽きない。
ずーっと眼を閉じて雨に触っていても飽きない。
変だ。
きっと、周りの人も今日は変だと思っているだろう。
もしかしたら、落ち着きが出たのだろうと思い安堵する人もいるかもしれないが…
変だと自分で気付いた時には、もう夕方になっていた。
昨日から降っていた雨も止んでいて、いいオレンジ色の夕焼けが射していた。
何故か、自分で自覚したら無性に外に出たくなった。
今までの自分を取り戻したのか、それともなにかの衝動にかられたのか・・・
私は心が焦っていた。
そして勢い良くドアを開けた。
そこにはヤツがいた。
そう、その日ヤツと始めて会った。
ヤツはただ立っている。
私の家の前の道に夕日と向き合って立っている。
ただ、それだけなのに存在感があった。
私は、それをただ見ている。
時間がどんくらい経ったか、それとも全然経っていなかったのか、今でもわからない。
でも、ヤツは私のほうに向いていた。
いつ振り向いたのか、ずっと見ていた筈なのにわからない。
「ねぇ、今日はどんな日だった?」
あたかも昔から知り合いであったかのように話し掛けてくる。
「・・・」
私は答えようとしたが、答えが見つからなかったので困った顔をした。
「ふーん。」
ヤツはなぜか納得していた。
「??」
私は不思議な顔しかできなかった。
「今更そんなこと言わないでくれよ、僕ら友達だろ。」
よく理解できないまま、馴れなれしく言った。
私はまた困った顔をした。しかし、その感情を言葉にすることが出来なかった。
だが、思考は違和感を感じていた。ヤツの声は笑っていたのに表情が見えない。
ヤツはそこにいるのに見えない。
「また、明後日に会おう。じゃ」
ヤツは大きく手を振り、いつの間にか居なくなっていた。
私はドアを閉めた。
なにもない空白な頭を抱えながら、自分の部屋へと戻った。
ベッドに横たわり、白い天井を見上げる。さっきのことは何も考えるということが出来なくて、ただグルグルと映像だけがリプレイ状態になっていた。
次の日にはすっかり頭の中は元通り、いつもの冴えないけどシッカリした感覚を持っていた。
今考えてみると、昨日の不審な行動と奇妙なヤツとの出会いは馬鹿げていた。自分にとってみれば、多少笑い事にでもなる出来事だ。
あんなヤツなんて知らないし、みた覚えもこれっぽっちもない。
だから、昨日のことなんて忘れてしまえばいい。
考える頭を無理に振り払った。
***
今思えば、何故あの時に気付かなかったのだろうか。
木の根元に座っている私は風に当たられ目線は下を向いてしまった。
このままだと青い空も生き生きした木々も見えやしない。
そのままの形で途方に暮れていると、あの子が来た。
「あらら、このままぢゃ何も見えないぢゃない、今直してあげるから。」
その子は、持っていた学生鞄を置いて私を元の形に戻した。
私は少しにっこり微笑みかけた。
「今日はいい天気ね、でも明日は雨が降るって。よかったね、あの人がやっと迎えに来てくれるんだね。」
嬉しそうなそぶりをしながらだったが、あの子は顔を私には見せてくれなかった。何故か、言葉では表現していない感情があるように思えた。
「よし、そろそろ帰ろうかな…また明日、あの人が来る前に来るね!最後のお別れはちゃんとしたいもん!ぢゃ、またね。」
あの子は、鞄を拾い上げ駆け足で去っていった。
私はその後ろ姿を見つめることはできなくて、ただ空をぼーっと見ていた。
やっと明日、雨降るんだ――
***
ぁの記憶が途切れる一週間前の日から二日たった。
その日も雨が降っていた。
しかし、この前のような変な自分になりはしなかった。
今日は学校があり、遅刻ギリギリのとこで家を出た。
外は暗く、まるでこれから夜になるような感じだった。雨は大粒で、風と共犯になり唸っていた。
そんな中、傘をさしてバス停へと急いだ。
坂道は滝のように勢いよく流れていて、注意していないと滑ってしまう気がした。
足に気を配りながら、下を向いて歩いていると目の前に足が見えた。
よけて通ろうとすると、その足も避けるように動いた。
だが、方向は重なり動けなくなってしまった。しかたなく上を向いた。
「やぁ。」
そこには一昨日会ったヤツがいた。
自分はきっと目つきが悪くなっただろう。
「誰だよ、あんた」
この前とは違い、ちゃんと言葉を発することができた。
「あれ?この前は覚えてるって言ったのに、忘れちゃったの?」
ヤツはビックリしたように言った。
何言ってんだ、この前は何も言ってない、というか言葉すら出てこなかったのに…
「急いでるんで、」
私はヤツの横を通り過ぎようとした。
その瞬間、ずーと忘れかけていた懐かしい記憶が目に映った。
もう、すっかり昔の記憶…でも、今なんの意味があるのか自分にはサッパリだった。
通り過ぎ際にヤツは言った。
「そうか、ごめんね。今度は時間を見て、会いに来るよ。また明日ね」私は振り返らなかった。ヤツもきっと振り返ったりはしなかったと思う。
いつの間にか、足下には光が射していた。
雨は上がっていたのだ。
休日後の学校は、やけに長く感じた。
机にうつぶせになりヤツのことを考えた。
さっきの記憶、あれはヤツだ。
でも、なんでここにいるんだ?だって、ヤツは…
***
今更、この木の下でむしかえしても仕方ない。空を見上げながら、過去の記憶と葛藤していた。
脳みそが腐りかけているから、どんどん無駄なことばかりあふれてくる。
あの子が来た日から数えて、たぶん今日が其の明後日。
ヤツが迎えに来る日――
どうしよう、心臓が脈を打ってないのにドキドキって感覚が伝わってくる。
これは、恐怖なのか嬉しさによる緊張なのか…どっちにしても、私の顔は青くも赤くもならない。
だから、ヤツに悟られることはない。
なんかドキドキしているのをヤツに知られるのは恥ずかしく思える。
『早く来ないかなぁ』
そのころの私はこれから何が起るのか知らず、初めての推理に胸を高鳴らせていた。
***
ヤツの正体がわかった。
その日、二度もヤツは現れた。
前例にはないことで、自分自身焦った。
正体が分かったんだから、何故ここにいるのか問い詰めていいのだろうか?好奇心と、謎説きが自分を積極的にさせた。
「やぁ、おかえり。」
家の前の壁に寄りかかりながら見えない笑顔で言った。
「ちょっと、聞きたいことがあるんだ歩きながら話そう。」
夕日が目の前から攻撃をしてくる。
目を細めて、すこし下を向かないと前が見えないくらい眩しい。
家の近くには、人気の無い公園がある。
今は、そこを目指している途中。
「なんだろうな?君の話は。」「あんたが、驚く話だよ。」
さらりと、言って見せた。
だけどヤツは、それを楽しみにでもしているかのようだった。
にやにやと笑いながら言う嫌みヤツの顔は、見えないはずなのに、その時は一瞬という合間に見えた気がした。
「懐かしいなぁ〜この公園。」
ヤツは公園に勢いよく入り、駆け回っていた。
「さぁ、ここへ座って。」
ベンチをトントン叩いてヤツを呼んだ。
ヤツは、嬉しそうにかけてくる。だけど、ヤツはベンチには座らない。
「しつけ、なってるんだな。」
「そりゃぁね。」
当たり前のことだと言うような口振りで言った。
「話を始めよう。」
私は、ベンチに座らないヤツに向かって話をきりだした。
ヤツは、真剣な素振りを頷くことで表した。
「あんたの正体は……
ヤツの正体は…
気が付いた時には、私は木の下にいた。
もぅ、殺されることはないんだから真実にたどり着くことは怖くない。
「迎えに来たよ。」
ヤツが、木下へと来た。
だけど、私は何も返すことができない。
「一緒に行こう、ぁの世って呼ばれるところへ。」
私は、何も返せない。
もぅ、腐りかけの死体だから。
ヤツは、私の死体をくわえる。
しかし、脆い死体は一気に関節という部分を引き離していった。
ヤツは簡単に運べる片腕の部分だけをくわえて、ヤツは嬉しそうに骨をなめていた。
そぅ、ヤツの正体は…犬だ。「なんでって、君に会いに来たんだ。」
ヤツは、何の迷いもないように答えた。
「ぁの時、ぁんたはこう言った。」
「友達だって……でも、友達なんかぢゃない。ぁんたは、いろいろなもんを全部持って行ってしまった。」
「?僕は、ただ死んだだけだよ。 」
困った顔をしながら、私を見つめる。
ヤツは、昔飼っていたペットだ。
名前は、ドク。
なんのひねりもない、ドックのツを抜いた名前だ。
もぉ、死んで6年にもなる。
私は、ヤツを何としてみていたのか…なにせ小さい子供だったので覚えていない。
ただ、覚えているのは姉さんと私と一匹で散歩によく出かけていたことだ。
最初は、初めての犬の散歩に興味をもって毎日行っていた。
だけど、子供ってヤツはすぐ飽きるのが上等文句なのか飼って半年で姉と犬を放置してしまった。
姉は、よく真面目に朝、夜と散歩に出かけていた。
しかし、姉が風邪を引いて散歩に行けそうもなかったとき私に行ってくるるかと母が頼んできた。
わがままな私は、一人ではいかないと強情に言い張った。
母が仕事で行けないので病気の姉は仕方なく私と行ってくれるといった。
姉の熱がどのくらいあったのか今考えても覚えてはいない。
フラフラな姉と散歩へ行ったその日、悲劇が起こった。
犬が自分の首輪を無理矢理はずした。
そして、道路の方へとかけだした。
姉は急いで追いかけ、犬を捕まえ抱えて安堵の笑顔をこちらへ向けたとき車が姉を吹っ飛ばして走り去った。
姉はひき逃げされた。
犬は姉がひかれる寸前に犬を投げ奇跡的に軽傷ですんだ。
私は、犬のせいだと小さな小さな脳でそう記憶した。
私は、その犬を許さない。
そして、一週間前の姉の7回忌を迎えようとしていた日…
何かが、私に問いかけてきたんだ。
『お前のせいじゃない、お前のせいではない………真実を消してしまえ』
って。
正直、神様とか死神とか目で見えないものは信じないたちで、
この言葉は自分自身の奥にあった感情やなにかが、幻聴を聞かせたんだと思う。
そぅ、わかっていた。
だけど、自分で拒絶しても体は言うことを聞かなくなっていた。
無我夢中で、犬を絞め殺してしまった。
「そして、君は自殺したんだ。」
犬は言った。
人間の言葉ではないが、そう言った。
***
犬は、私を迎えに来た。
これから、きっと犬は私の骨をどこかへと持ち去り葬ってくれるのだろう。
あの子は、どうして私を見つけられたのだろうか…
あぁ、きっと姉だったんだろう…
顔は見えなかったけど、あの優しさには懐かしさを感じた。
私は、死んだ。
たぶん、これで本当に最後。
この死体は、記憶の死を迎えた―――
読んでくださり、ありがとうございます。しかし私自身、言うのもなんですが、まったく死などに興味はありません。どちらかと言うと長く生き抜くことの方が素敵だと思うからです。最近、他殺もあれば自殺も頻繁に起こっています。これをみたからと言って、救われる人はいないと思います。もし、これをみて死に対して憧れを抱いてしまったりしたら、それは間違いだと認識してください。私が言いたいのは、小説の中だからこそ仮想空間に浸れるんだということ。もし死を考えてる方が見たとしたら、空想の中で体験して回避していただきたい。作者は偉そうに言っていますが、些細な願いを込めて…どんな方にも、この言葉を送ります。「死は二度来ない、家族や友人の記憶が途切れない限り生きているんだ」