-マグス村冒険者組合での一幕(前)-
更新が遅れましてすみませんでした。
本当にすみませんでした。
アルクス達と別れて約半刻――グランセルとは比べるまでもない村ではあるが、それでも初見の土地である。
昨日この村を訪れた時にある程度目星をつけていたものの、向かった先の建物は目的の冒険者組合じゃなく、村の寄り合い所だったらしい。
息まいていただけに肩透かしを食らった感が半端なかったが、それでも気を取り直して表を歩く人たちに聞き込みをしていたら思いの他時間を食ってしまうことになった。
だが、とにかく目的の場所にたどり着いた俺は、意気揚々と扉を押し開けた。
――当たり前だが、グランセルのそれとは違う造の建物で、食堂が併設されているにもかかわらず随分こじんまりしているように思った。
とはいえそれでも役割は同じ建物であることは、目にして十分に理解ができた。
入り口からすぐ正面には、今は一人しかいないが二人程度の受付嬢が常駐できるくらいの大きさのカウンター。
見渡してみれば右の壁際に沢山の紙が雑多に張られた大きなボード。
――人影は疎らだった。
ここにたどり着くのに時間がかかっちまったため、どうやら混む時間を逃しちまったようだった。
グランセルの冒険者組合だったら、このくらいの時間帯でももう少し人が残っているんだが、どうやら勝手が違うらしい。
気のせいかもしれないが、そういえば、この村が動き出す時間帯も都市のそれよりも早かった気もする。
……――俺は思わず後頭部をワシワシと引っ掻いた。
だがまぁ、過ぎちまったものはしょうがないかと気を取り直して、俺はカウンターの前へと近づいて行った。
相棒の事情があったから、都市以外の冒険者組合に来たのは初めてのことだったけれど、俺だって冒険者になって早五年。
拠点を移した冒険者が一番最初にやることくらいは、俺だってわかってるつもりだ。
「――ようこそ冒険者ギルドへ、本日はどのようなご用件でしょうか? 私の記憶が正しければ、初めての方ですよね?」
「ああ、昨日この村には着いたばっかりだ。グランセルから来た。移籍の処理頼んます」
「分かりました。それではギルドカードの提示をお願い致します」
俺は受付嬢に言われるがままカウンターにギルドカードを置いた。
ギルドカードの提示は依頼を受ける時も、報告の時も――というか、組合の受付を利用する場合は大体の場合見せなければいけない。
だから、組合の受付に近づくと同時にギルドカードを用意するという行動は、どんな冒険者でも真っ先に身に着ける癖の一つだった。
正確に言えば、移籍をする必要はないのかもしれない。
正直拠点を移籍したことがないし、長距離移動の商隊の護衛なんかの依頼も受けたことはない。
だから知らなかったんだが、どうも護衛のための一時的な滞在とからなわざわざ拠点を移す必要がないらしい――とうか、アルクスとハルトの奴から馬車の中でそう聞いた。
この村に来るまでの道中、あまりに暇だったからそういったことも話題に上がったからだ。
ちなみにその理由も勇者様が聞いていたから、それもあの二人は説明していたけれど、そちらの方は小難しくて正直聞き流していた。
とりあえず、この村にはどのくらい滞在するかまだ不明だし、少しでも長く一か所の拠点に滞在することになるならば、拠点を移しておく。
そういうものだととりあえず覚えることにした。
「それではお預かりいたします。――――わぁっ! お若いのに準五等級なんて凄いですね!! 単独で活動なされているのですか?」
「うんにゃ、二人組っすよ、ただ相方は別件で忙しくて、依頼を受けるかは……まだわかんねーっす」
「そうなのですか――それでも優秀な方は大歓迎です。この村、獣の需要は多いですし、どうにも最近魔獣の出現頻度も上がっていますからね」
言われて俺は、ここに来る前に地図上で眺めたこの村の地形を、ぼんやり思い浮かべた。
"迷わずの森"は広大で、この村は森の窪みにはまるみたいにある。
"迷わずの森"での狩猟はあの特性上無理だと思うけど、それ以外の森も村から少し離れた場所にあった。
まず間違いなく、それらの森の恵みがこの村の重要な資源であることくらいは俺でも簡単に想像できた。
「それでは、処理を進めておきます。その相方さんのお名前と――あと、コンビ名等あれば教えてほしいのですが……」
「あーっと、相棒の名前は"アルクス・ウェッジウッド"、俺と同じ準五等級っす。それとコンビ名は……そういえば決めてなかったな」
「ないならそれでも構いませんけど、お決めになられた方が色々と便利だと思いますよ?」
――受付嬢に言われて俺は腕を組んで少しだけ視線を上にやる。
グランセルでの冒険者生活しかしていなかったから、どうにもあそこに馴染み過ぎていたのかもしれない。
常連の冒険者達やギルド職員、周辺の店に至るまでほとんどすべての人たちと馴染み過ぎて――主にアルクスが――コンビ名なんて必要になることがなかった。
コンビ名を売る必要なんてほとんどなかったし、正直そこまで名前を売りたいとも思っていなかった。
そもそもアルクスの奴は、冒険者のくせに静かな奴だし、俺も強い敵と戦ったり冒険が出来ればよかったから全然気にしていなかった。
だけどせっかくグランセルを離れて冒険してるんだから、名前を売るのも悪い事じゃないのかもしれない。
そんなことを少しだけ考える。
――だけど、とりあえず今は保留。
「なんにせよ俺だけで決める事じゃないな、どうせならかっけーやつにしたいし話し合って決めるっす。今回は移籍のだけでたのんます」
「それは構いませんが――依頼も受けられないのですか?」
「とりあえず今日は見るだけで――ほんとは他の冒険者から色々話を聞きたいとおもってたんだけど、出遅れちまったみてーっすね」
「何分辺境の支部ですからね、この辺の冒険者はグランセルと比べると活動時間が少し早いと思います、まぁ例外もいますけど……」
言って受付嬢は呆れたような口調で、視線を併設されている食堂の方へ向けた。
そこには数組の冒険者たちがたむろっていて、怒鳴り声にも似た大声で喚き散らしていた。
明らかに素面ではなさそうな様子――どうやら食堂だと思っていた施設は、酒場も兼業しているらしい。
とはいえ、まだ早い時間帯から酒盛りをしている連中のところには、正直近づきたいとは思わなかった。
グランセルでもああいう輩はそれなりにいたけれど、大体の場合碌なやつじゃない。
幸い食堂兼酒場のエリアと受付嬢のいるカウンターは少し距離がある。
奴らも楽しいひと時を遮ってまで俺に絡みに来ることはなさそうだった。
そうなれば、アルクスからの頼まれごとを達成するには、目の前の人物に頼るほかなさそうだと、そう思った。
「そんじゃ、おねーさん。俺たちの移籍処理をしてもらってるとこ悪いけど、ちょっと話を聞いてもい――……」
だが、いざ話を切り出そうっていうナイスなタイミングで、その言葉は遮られることになった。
――瞬間、バンッと鳴り響く強い音。
音の出どころは俺の背後――すなわち俺今しがた潜ったばかりのギルドの入り口。
思わず発した声を止めながら振り返ってみれば、そこには浅黄色の服を着た坊主が、息を荒げて組合の入り口を押し開けているのが見て取れた。
ぼさぼさの髪の毛の隙間から、琥珀色の瞳がこちらを向く――
「た、大変だっ、大変だよイルねーちゃん!? "迷わずの森"に猪がいたっ! すげーでっかい魔猪が出たっ!!」
俺は確かにこの村に来たばかりの余所者であったけれど、ただ事じゃないことは理解した。
余所者の俺に悟らせるだけの雰囲気を、確かにその坊主は発していたと思った。




