盲目の少女との語らい(後)
活動報告でも書きましたが、ギックリ腰になりました。
そろそろ発症してから10日ほどになりますが、いまだに動くのに支障があります。
座っているなんてもってのほか、ただ寝ているだけでもつらい(´;ω;`)
皆様も何卒お気を付けください。
俺は用意された木製のコップを手に取り、ノルンさんのお婆さんが新しく入れ直してくれたお茶に口を付けた。
琥珀色に色づいたその液体は、口に含むと僅かに苦みが感じられた。
しかし決して苦痛ではない苦み――後を引く匂いはポーションのそれと少しだけ似ていた。
紅茶等ではない、おそらくは薬用茶の類。
もう一口とそのお茶を含んでみれば、喉元すぎた後になって、思いのほか大きく息を吐き出していた。
……こころなし、痛んだ頭がスッキリしたような気がした。
「どうじゃね、このばばぁの調合した一品じゃ。お口には合いなすったか?」
「『とっても美味しいです。なんか疲れが取れるみたいで、すごくリラックスできますっ』」
いっちゃんの弾む声に合わせて、俺も首を縦に振った。
そんな俺たちの態度に、満足そう位柔らかい笑みを浮かべるおばあさん。
「そおかぇ、口に合ったんなら僥倖じゃ、まさかあの光の勇者様にほめてもらえるとはのう、長生きはしてみるもんじゃて」
そういって、おばあさんは喉の奥を震わせるようにクツクツと笑い声をあげた。
実は先ほど、ノルンさんに精霊王様の話を軽く聞いた後、おばあさんがお湯を沸き直して戻ってくるのを見計らって、遅れた自己紹介をしたのだった。
――少しだけ目を見開いて見せるお婆さんと、いっちゃんの正体を聞いてあわあわと慌てだすノルンさん。
そして、そんな彼女らの反応を少しだけ新鮮に思う俺たち。
そういえばなんだかんだで、見知らぬ人に俺たちの正体を明かすのは初めてだったということに、遅まきながらに気が付いた瞬間でもあった。
――閑話休題。
「本当にすみませんでしたっ。私ったら勇者様にポーションを買うように集ってしまうなんてっ……」
「『ノルンちゃん、あんまり気にしないで? 確かに私は勇者らしいけど、まだまだ全然だめだめなんだよね……、昨日も精霊王様にいいようにあしらわれて何にも出来なかったし……』」
自分で言いながら尻すぼみになってゆくいっちゃん、彼女は項垂れながら影を落としていた。
そんな彼女を慰めるように、おれは優しく肩をたたいた。
「まぁまぁ勇者様、だめだめだったのは僕たちもそうだし、まだまだ一回挑戦しただけじゃないですか。最終的に加護を得られれば何も問題ないですし、そのためにこうやって情報収集を進めているんですから」
……――とはいえ、そのために訪れたこの薬剤店で、まさか何も情報が得られないとなれば、落ち込むのも当然か。
そんなことを俺は内心で思わず考えた。
加護のそれではないけれど、同じ精霊王様が仕掛ける祝福の試練――
その試練攻略の情報が少しでも得られればと思っていた矢先のこの躓きである。
落ち込むなという方が無理からぬことなのかもしれない。
「――何から何まで、すみません」
「あっ、いえ、ノルンさんがせいじゃないんですから、そんなに謝らないでください。――でも、どうして精霊王様はノルンさんにわざわざ釘を刺したんでしょうね?」
「――先ほども言ったが、祝福の試練攻略の手法が、加護の試練攻略のカギになるからなのかもしれないな、精霊王様との追いかけっこと、精霊王様の探索――その二つの試練にどんな共通点があるのかな? それに――」
「――それに、なんですか?」
「いやなに、些細な疑問だ――何故精霊王様は、両方の試練についての助言を、ノルンさんの判断に任せたのだろうと思ってな」
ステルラハルトさんに言われて、俺は確かにと首をひねった。
先ほどのノルンさんの言葉を思い出してみれば、確かに試練のヒントを出すかどうかの判断をノルンさに丸投げしていた。
俺たちが善人だと判断すればノーヒント、悪人だったらしゃべっても構わない――それはいったい何故なのだろう。
「――宿屋の店員さんの話から判断するに、それってノルンさんの普段の対応とそこまで変わらないですよね?」
「えっ? あ、はい、言われてみればそうですね……、確かに意地悪な人が来たときはわざと言ったりしてました」
「まあ、そこまで深い意図もないのかもしれないな、魔王討伐の為、その従者にも精霊王様の祝福という力があった方が成しやすいだろう。かといって、従者が邪なものなら、そんな者に力を与えるのもまた考え物だ。だからこそ、あえてノルンさんに釘を刺すことで、勇者の従者という偏見無しで我々を見るようにと差し向けただけかもしれないのだから」
――なるほどと、俺は思った。
俺たちは勇者とそれに付き従うものという特別な役割を持っている。
加えてノルンさんは話した感じ、心優しい女の子だ。
そんな彼女に俺たちが、この最上の騎士と言う肩書を持って迫ったとしたらどうだろう。
もしかしたら、他の冒険者に尋ねられるより、多くの情報を伝えようとするかもしれない。
そうなれば、俺たちが邪なものだったとしても力を得られる可能性が高くなったかもしれない。
……考えれば考えるほど難しい話に思えてきて、俺は再びこめかみを指で押さえた。
「『……――もう訳わかんないっ、そもそも私の方の試練は追いかけるだけなんだから、攻略法なんてあるのかも怪しいしぃ~』」
いっちゃんは考えることを放棄したのか、ノルンさん宅の小さなテーブルに垂れるようにして突っ伏した。
そんな勇者様の子供っぽいしぐさに、おばあさんとノルンさんは、そろって似たように顔を綻ばす。
こんな時だというのに、いっちゃんの細かい動作さえも把握しているノルンさんに素直に驚く俺。
目の見えない彼女は、それでもいろいろなことが見えている様な気がした。
試練についてのことはこれ以上詳しく聞くことはできないけれど、彼女が口止めされていることは文字通り試練の内容についてのことだけだ。
他の事について、聞くことは問題ないのではないかと、俺はそう判断した。
だからこそ、俺はノルンさんに問うてみることにした。
――それは、俺がひそかに聞いてみたいと考えていたこと。
「ノルンさん、突然話を変えてすみません、僕から一つ貴方にお聞きしたいことがあるんですけど、良いでしょうか?」
「はい、なんでしょう? 私にこたえられることなら良いんですけど」
盲目で、だからこそ俺たちと違う感性を持つ少女――
俺たちのことを善人か悪人かを判断しろと、精霊王様から直接言われた少女――
つまり彼女は、人の善悪を、内心を正確に見極められると精霊王様からお墨付きをもらった人物ということだ。
――しかも精霊王様と多くかかわっているとくれば、ノルンさん以上にこの質問を聞くに適した人はいないということになる。
「――風の精霊王様はどんな方なのでしょうか? 普段精霊王様に接しているあなたが精霊王様に抱くイメージがあればお聞かせしていただけませんか?」
精霊王様の釘差しは、試練について何もしゃべるなということ。
ならば精霊王様自身のことを聞くのは問題ないのではという屁理屈。
試練自体のヒントがもらえないのであれば、試練を出してきた人物の人柄を知って、試練に含まれた意図をトレースする。
今回の場合、それが試練突破のカギになるのではと俺は考えた。
どうせ足がかりが少ない現状、少しでも何かの役に立てばと――そんなことを考えての質問。
俺の質問に対し、ノルンさんはというと右手の人差し指を顎に当て、考えるように僅かに上を向く。
そうして数秒、その体制を維持したのち、その体制のまま口を開いた。
「――そうですね、精霊王様は嘘を言ったことはありません。それがどんな些細なことだったとしても、私は精霊王様が嘘を言ってるのを聞いたことはありません……ただ」
「……ただ?」
「えーっと、嘘は決して言わないのですけど、精霊王様は何というか、とても、意地悪な方ですかね?」
ノルンさんは言葉を選びながら、慎重にそんな言葉で精霊王様の人柄締めくくってくれた。




