マグス村での別行動
長らくお待たせしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。
PC故障により新PCを購入したのですが、なろうのログインPASSを忘れてしまいえらい目にあいました。
二度とこのアカウントでログインできないのではと本当に冷や冷やしました。
皆さんもお気を付けください。
試練の初トライから一夜明けたその翌日――
冒険者御用達の大型宿屋――「妖精の止まり木」にてゆっくりと体を休めた俺たちは、各々朝食を済ませた後、宿屋正面入り口へと集まった。
連日の野営と、精霊王の試練への初トライを経て、予想以上に体が疲れていたらしい。
他の皆がどうかは知らないが、昨日の夕食後、今日に備えて早々に床に就き、十分な睡眠時間を確保したつもりだったけれど、それでも若干体が疲れを引きずっているような感覚があった。
仲間たちそれぞれの顔色を窺ってみると、疲れを露わにしているのは俺の他にはいっちゃんくらいのモノだった。
特にいっちゃんの疲労はひどそうだ。
グランセルからこのマグス村への馬車による慣れない長距離移動に加え、加護の試練による過度な肉体行使――
それらを鑑みると、疲労が抜けきらないのは仕方のないことなのかもしれない。
とはいえ、動くのにも支障をきたしそうなこの状態で、再び試練に挑戦するのはいかがなものだろう?
当然『鬼ごっこ』を強要される加護の試練でも、トライアンドエラーを繰り返すことは重要だろう。
風の精霊王様がどのように動き回るのか、どのように回避行動をとるのか、どのような言動を投げかけてくるのか――
そういった情報が十全に揃っている方が、試練を達成しやすいと思う。
だが、それはあくまでいっちゃんが万全に動ける場合という条件での話だ。
少なくとも、まともに動くこともままならない現状では、有益なデータを収集することもままならない。
ならば、思い切って本日は試練に挑まないという選択肢も大いに大いにありだと俺は思った。
試練の情報を仕入れる手段は、何も実際に試練を受けることだけではない。
特に昨日の晩餐時、有力な情報を得ているのだからそれは尚更のことだった。
――――
「――と、いうわけで、僕は昨日聞いた祝福の試練を達成した人に会ってみようと思ってますけど、どうでしょう?」
「私もそれに賛成だ。勇者様が満足に動けないからと言って、時間を無駄に浪費する必要もないだろう」
俺は現状を確認しつつ、そんな提案を皆に投げかけてみると、まずはステルラハルトさんが肯定してくれた。
いっちゃんの方に確認の為視線を投げてみれば、彼女は申し訳なさそうに整った眉をハの字にしていた。
その表情に思わず苦笑い――別に責めているわけではないので、そんな表情をしないでほしいと思った。
「俺もそれで構わねーけどよ……」
「? どうしたのテッド、君にしては珍しく歯切れが悪いね」
「珍しくは余計だっ、いやな? それだと俺はお前らの後ろに付いてくだけになっちまいそうだと思ってよ」
「いやいや、そんなことは――」
――思わず言いよどんでしまった。
テッドは自分でも考えることは俺に任すなんて公言しているように、考えるよりも行動を重視する奴だ。
そんな彼が、試練の真意を収集するために聞き込みについてきたところで、気の利いた質問を投げかけられるとも思えない。
否、それ以前に、テッドがそのような大人しい事を望んでいるとは思えなかった。
――テッドとはそれなりに長い付き合いなのだ。
俺は思わずため息を一つ吐き出していた。
「で? 君は何がしたいの?」
「流石アルクス! 話がはえーや、村の中歩き回ったり冒険者組合に行ってみてぇ!」
「……冒険者組合には祝福の試練目当てでこの村に来ている人もいるだろうから、ついでに話を聞いておいてくれると嬉しいかな、あとは村の人たちにも」
――それでどうでしょうという意味合いを込めて、テッド以外の人員に目配せをする。
ステルラハルトさんといっちゃんも、俺と同様に苦笑いを浮かべながら頷き返してくれていた。
どうやら短い付き合いながら、彼らにもテッドの人柄が伝わっている様だった。
「おっしゃ―! そんじゃ、行ってくるぜ――!!」
「あっ、ちょっと!? 日暮れまでには宿屋に戻ってきてよね!!」
俺たちの了承が下りたことを確認するや否や、テッドは糸の切れた凧のようにすっ飛んで行く。
俺は遠ざかってゆく彼の背に向かって、とっさにそんな言葉を投げかけていた。
言葉がテッドに届いていたかまでは分からない、そう思うほどに、テッドの遠ざかって行く速度は速かった。
「『相棒っていうか、朔にぃの言動ってまるで親みたいだよね』」
「勘弁してよ――あんなのが息子じゃ頭を抱えそうだ。カロルさんは凄いなぁ」
俺は思わずそんな本音をこぼしていた。
とはいえ、火炎家の現当主であるカロルさんは、元冒険者という肩書を持つ異色の貴族である。
そもそも冒険者という職に理解があるカロルさんが父親であるからこそ、今のテッドがあると言うのは強ち誤ったことではないのかもしれない。
当の本人も割とざっくばらんな人柄をしているし、それに影響を受けた結果あの性格が出来上がっているとも言えるだろう。
――卵が先か、鶏が先か。
……頭が痛くなりそうだったので、俺はそれ以上深く考えることを放棄した。
――と、若干思考を停止させていた俺に、別の人物からも不意に声をかけられた。
「――アルクス様、私も別行動をとってもよろしいでしょうか?」
鈴の音にも似た静謐の声音。
視線を向けた先には、テッドと同じく俺たちの旅に同行している白の従者の姿があった。
「フリーデルトさん? えっと、理由を聞いても?」
「馬の世話と旅に必要な物資の補給をと考えております。他に何か御用がお有りでしたら何なりとお申し付けください」
正確には勇者様の従者であるはずの彼女。
それが何故か俺に向かって用を訪ねてきていた。
いっちゃんの受けている加護の試練のこともあるので、このマグス村にどのくらいの期間滞在するかはまだ決まっていない。
故に食料品等の物資を確保はまだ必要ないとはいえ、それでも昨日までの移動で消耗したものはそれなりにある。
フリーデルトさんの申し出は実にありがたいものであったが、同時に俺は申し訳なさを感じた。
「それはありがたいですけど……雑用ばかりやらせてしまってすみません」
「いえ、アルクス様がお気にする必要はございません、そもそも私は雑用をする為にありますので――それでは僭越ながらひと時お傍を離れさせていただきます」
スカートを軽く摘みながら実に優雅な一礼を披露して見せるフリーデルトさん。
そうして彼女は踵を返すと朝の喧噪の中へと消えていった。
消えゆく間際、少しだけ首を傾げているように見えた気がしたのは俺の気のせいだったのか……
それが気になった俺は、なんとなく彼女の後姿が見えなくなるまで、その姿を目で追い続けるのだった。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
まばらな人込みを躱し、不自然にならぬ程度に気配を殺しながら私は一人思考する。
彼のお方の指示通りグランセル城に入り込み、プリムラ姫の側近となった私だったが、実に妙なことになったと思考する。
――私はあのお方にプリムラ姫の側近となれということ以外の指示を受けていない。
プリムラ姫の側近としての指示すらもなく、他の側近同様、あのお方に仕えるように敬意をもって仕えよと、ただそれだけの指示を受けていた。
――そのこと自体には特に思うことはない。
私の存在意義はあのお方の役に立つこと――だからこそあのお方の指示をすることは絶対だ。もしくは指示を従うことは絶対だ?
故に現状に疑問を持つというのは、あのお方の指示に疑問を持つのと同義のことである。
思考してはならない、意に反する行動などしてはいけない、疑問を持つなど論外である。
……――流石にプリムラ姫より勇者の旅に同行せよと言われたときは動揺してしまったが、そのことをあの方に報告してみれば、返答は、「是」の一言。
それ以上でも以下でもなく、ただのそれだけ。
とはいえそれがあの方の指示であるのなら、私はそれに従うだけである。
あのお方の指示に従い、プリムラ姫に仕え、プリムラ姫の指示に従い勇者に仕える。
そして私は勇者たちの行動を報告する。
――ただそれだけを行うだけである。
……――ただそれだけを行うだけである、はずなのに。
私が現状仕えているのは、結果的に勇者であるはずなのに……
「――何故私は勇者でもなく、あの方に許可を仰いだのでしょう?」
――私は思考しながら、自分でも気が付かぬうちに小さく頭を傾げていた。




