【妖精の止まり木】にて――
更新が遅れました事、お詫び申し上げます。
本当に申し訳ありませんでした。
各々二時間と言う制限時間を目いっぱい使って、文字通り森の中を迷走して回って終わった俺たち。
入るのが同時だっただけに、出てくるのもまた同時――気が付けば俺たちは、踏み入れた場所と全く同じ場所に、体の向きだけを百八十度反転させた状態で立ち尽くしていた。
迷わずの森から出た時点ではまだ日は明るかった、少なくとも日が暮れるまでにもう一度くらいは踏み入れる事は出来ただろう。
体力的な観点から見たらそれをするだけの余裕は確かに俺たちにはあったのだが――
否、若干一名に関しては体力面すらも疲弊しているようだったので、どちらにしても同日中にもう一度のトライと言うのは、大凡現実的とは言えなかった。
故に俺たちが選んだ選択肢は『戦略的撤退』――本日は英気を養い明日に備える事と相成った。
そうして俺たちが訪れた場所は、この村に存在する冒険者御用達の大型宿屋――「妖精の止まり木」
冒険者御用達であるだけに客層は余りいいとは言えなかったけれど、わざわざ村長さんが用意してくれた場所である。
そもそもこの場所以外に宿屋があるかどうかも分からない状態であるため、文句を言うこと自体が筋違いと言うものだ。
俺たちは各々に宛がわれた部屋に赴き――そして荷物と装備を部屋に置いた後、宿屋の食堂へと再び集合することにした。
そうして関係者全員が集まるころには、ちらほらと食堂利用者が見て取れる時間帯となっていた。
「皆疲れてると思うけど、とりあえず情報を共有しとこうか――」
お任せで料理を頼み終え、とりあえず俺がそう切り出してみる事にする。
森からはじき出され、浮かない顔を合わせた時点で成果が芳しくないことはほぼほぼ確定しているのだろうけれど――
それでも何かしらの手がかりがあればという気持ち故だ。
「とは言ってもよぅ、俺の方は二時間の間延々と森の中を彷徨ってただけだからなあ、これと言って話せることはねーぜ? お前らも同じ何だろ?」
「確かに――敢えて言うが、私が体験したのは精霊王様の探索だった。相違はあるかな?」
「僕の処もそうでした。取りあえず空間が歪んでいることと、魔導が使えない事を確認しました」
俺の言葉を聞いて、ハルトさんとテッドが頷き返してきた。
大きく分かった事は二つだったが、共にとても厄介なことだった。
魔導が使えないことは、まず真っ先に確認できたことである。
体内の魔力は問題なく確認できたし、魔導を使用しようとした際の魔力の消費も確認できた。
しかし、通常ならば”風”であったり”炎”であったり、色に応じた現象が発現するはずの魔導行使はしかし、現象のみが現れなかった。
例えば『電卓』に計算したい数式を打ち込んだけれど、答えだけが出てこないような――
例えば『自動販売機』にお金を入れてほしい商品のボタンを押したけれど、商品が出てこなかったような――
この世界において当たり前な現象が、あの空間にだけ適応されていないような、そんな印象を覚え、そして二つ目の確認事項でその印象を強固なモノとして印象付けられたイメージである。
取りあえずあの森では、足を踏み入れて一番初めに立っていた空間を基準となっているらしい。
背後に伸びる一本の道と、前方で二手に分かれる道――その何れを選んだ場合でも、ある程度進むと、あの迷わずの森に踏み込んだ時と同じような空間転移が唐突に起きる。
転移先は大きく分類して二パターン――新しい区画に移動するか、一番初めの空間に移動するかの二つである。
随分昔にプレイした『テレビゲーム』を俺は思い出した。
ゲームでは正解の道を選べば新しい空間に繋がり、間違った道を選べば初めの空間に戻されていた。
帰らずの森がそれと同じギミックであるならば、単純にトライアンドエラーを繰り返し、その結果を記録し続ければ、何れ精霊王様の処にたどり着けるだろう。
だが果たしてそんなに簡単に行くものなのだろうか?
――と言うのが俺の正直な感想だった。
「おっと、勇者様御一行は早速あの森の洗礼をお受けになられたようですね! それはそれは、お疲れさまです!」
どこか他人行儀で元気な声掛けに、俺たちはいっせいに声の主の方を向いた。
――まさしく第三者だった。藍色の素朴な服の上に白いエプロンをした純朴そうな少女がそこにいた。
見た処俺よりも少しだけ年下位の出で立ちで、垂れ目と薄いそばかすが印象に残る彼女。
浮かべる笑顔には愛嬌があり、人好きのする感じである。
両手に持った四つの杯から察するに、恐らくこの宿屋の看板娘と言ったところだろうか。
「お先にこの村名物のハチミツ酒が二つに、これまた名物の果実水が二つ――お酒じゃなくていいんですか?」
「はい……恥ずかしながらお酒は苦手で……」
「『……私も、未成年だから』」
自分のアルコール耐性の低さに若干の恥ずかしさを覚えながらも、俺は注文の果実水を受け取った。
いっちゃんについては元の世界の基準の話であり、飲酒自体は全く問題ないのだけれど、それでもやっぱり彼女にとっては未体験の事である。
旅の恥はかき捨て、なんて言葉もあるけれど、それは治安のよい元の世界のものであって、この世界でも適用されるとは限らないのだ。
第一本人も積極的なアルコール摂取を望んでいないのだから、尚更である。
――俺たちは受け取った杯を互いに打ち鳴らしてから、杯の中身を適量飲み込んだ。
どこかリンゴに近い様な味わいが口の中に広がり、同時にハチミツの甘さも確認できた。
が、それでも結構酸味が強い――恐らく元の果物は相当酸っぱい物なのだろう。
ハチミツを混ぜているのは其れを緩和するためだろうか?
――とりあえず、どうしてなかなか悪くない。
手に持った杯をテーブルに置くと店員の女の子がにこやかに俺たちへと話しかけてきた。
「お口に合った様で何よりです‼ 所でどうでしたこの村名物の迷わずの森は?」
食堂の店員なんて仕事をしているからなのか、彼女は物怖じする様子なんてこれっぽっちも見せずに問うてくる。
そんな彼女の思わず苦笑い。
「一回は行っただけなので、まだ何とも言えないですけど……うん、今はとりあえず大変そうだなって――」
「『私は今から憂鬱だなぁ、運動得意じゃないのに、エンドレス鬼ごっこなんだもん』」
この店に入る前に、いっちゃんだけが受けている加護の試練についてだけは軽くその内容を聞いていた。
だからこそ、いっちゃんに対しては試練の内容を深く追従していなかった。
そんないっちゃんの言葉に店員さんは小さく首を傾げた。
「『鬼ごっこ』っていうのが何なのかは分からないですけど、やっぱり勇者様が受けれる試練は私たちのとは違うみたいですね」
「『そうなのっ、もー走りっ通しで疲れちゃった! あー……ジュースが体に染みこむぅ~』」
果実水を喉に流し込んでからテーブルに突っ伏すいっちゃん。
その姿は言っては何だが、そこはかとなくおっさんぽかった。
……あまり見ないであげた方が良いのかもしれない。
俺はダレる勇者様から視線を外した。
「――ねぇ店員さん、一つお聞きしても良いですか?」
「はい騎士様、何でもお聞きくださいっ、因みにお付き合いしている人はいませんっ!!」
とても元気の良い声――、声の向かう比重は若干俺の対面に座るステルラハルトさんに向かい気味なような気がする。
割合で言うと二・三・五位。
ステルラハルトさんは言わずもがな、テッドも口調は粗暴であるが、見た目だけなら気の強そうな二枚目だ。
この比率も納得と言うもの、寧ろ少しでも俺にその割合が割かれていることが若干驚きである。
――閑話休題
俺は小さく咳払いをして仕切り直しを図った後、改めて質問することにした。
「祝福の試練についてなんですけど、一番最後に達成した人が出たのは何時ぐらいか分かります?」
一瞬だけ残念そうな表情を浮かべた店員さんだったが、すぐさま切り替えた様に頬に片手を当てながら視線だけ天井を仰いだ。
「えーっと、そうですねぇ……私が知ってるのは三年位前に一人、ですかねぇ?」
「そんなに少ないんですか!?」
俺は思わず驚きの声を上げてしまった。
迷わずの森のギミックは簡単に行ってしまえば空間転移型の迷路である。
方向感覚を容易に狂わされる迷路は確かに難易度が高そうであるけれど、だが、あの迷路は何度でも挑戦可能であると同時に魔導の使用以外は何をしても良いというお墨付き迷路でもある。
そう、あの迷路は何を持ち込んでも良いのだ。
メモ帳と筆記用具を持ち込んでマッピングを繰り返していく事が可能であるのだ。
トライアンドエラーを繰り返し、マップを埋めて行くことが出来るのならば、もう少し試練を達成できる者がいてもよさそうなモノである。
だというのに、祝福の試練を乗り越えた者が三年間も出て来ていないという事は、迷わずの森が単純な迷宮と言うものではない、という事なのかもしれない。
「因みに、その人に会えたりは?」
「あー、会うことは出来ますよ? この村の子なので―― ですけど多分騎士様たちには試練達成の方法を教えてはくれないと思いますよ? あっ、勘違いしないでください、別にその子が意地悪だからって訳じゃないんです。むしろこの村一番ってくらいお人よしな子なんです」
「は? 意味わからねぇ、じゃあなんで教えてくれねーんだ?」
ガブガブとハチミツ酒を飲んでいたテッドが俺の代わりにもっともなことを聞いてくれた。
店員さんは一瞬だけ考えるそぶりを見せたが、それでもその理由を教えてくれた。
「その子が言うには、試練達成の条件を知ってしまうと試練を受ける資格を失ってしまうらしいです。乱暴な冒険者なんかがその子の噂を聞いて、無理やり答えを聴き出そうとする人が偶にいて、そんな人たちにはわざと教えたりするらしいですけど、騎士様たちには流石にそんな事しないと思いますよ?」
店員さんの答えを聞いて、取りあえず俺たちは迷わずの森が単純な迷路でない事を何となく理解した。
そして、そんな試練を用意している風の精霊王様も、一筋縄ではいかない存在なんだという事も、同時に理解させられたような気がした。




