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WILD COLOR  作者: 凩
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加護の試練の場合

短い話で申し訳ありません。

平成最後の投稿と思うとなんだか感慨深いものがありますね。


お仕事も最近ひと段落ですし、長いGWもある。

此方の小説ももちろん書き進める予定ですが、このお休み中に一つ思いついた短編を投稿するかもしれません。

何時頃投稿できるか明言は出来ませんが、読んでいただけると幸いでございます<(_ _)>


 絶対に離すもんかと掴んでいたその手は、呆気なく離れてしまった。

 森に踏み込む一瞬前、あらん限りの決意は持っていたつもりだったけど、それでも少しだけ怖気づいちゃって咄嗟に目を瞑った。


 目を瞑るのと、私の手をしっかりと握る左手の感覚が消えるのは殆ど同時の事だった。


 私の両方の掌を掴んでいた人たち、優しく頼もしいステルラハルトさんと、誰よりも信頼している朔(にぃ)の掌の感覚。


 分かっていた事とはいえ、それらが瞬時に無くなった感覚は、私の心象を大きく荒波の如く掻き立てた。


 背中を冷たい汗がつたう――ただ両の瞼を開けるというただそれだけの動作が、今はただただ負担となった。


 

 ……――大きく息を吐き出して、肺の中身を出来るだけ空っぽにして、そして鼻からゆっくりと空気を吸い込んでみる。


 匂い立つのは重厚な森の香り――それを感じ取り、私は改めて自分の置かれている状況を再確認する。


 私はたったの一人きりで、今この場所に立っている――その事実を再確認する。


 思えばこっちの世界に呼び出されてから純粋に一人になった事は無かった。

 お城の中ではメイドさんやプリムラ姫がいたし、此処に来る道中は朔(にぃ)たちがいた。


 色んな人たちの手を借りて、なんだかんだでこの場所まで来た私。

 だけど、この場所にはそんな人たちは居ない。


 純粋に、単純に――この場所では、この試練には私の力だけで乗り越えなければならない。

 その事実が否応なく、不安を掻き立ててならなかった。



{クススッ、一体ぜんたいどうしたんだい? そんなに固く目を瞑って、そんなに小さく縮こまって。君は選ばれた勇ましき者なのだろう? だったらとりあえず勇気をもってその両目を開けて見せてくれないかい?}



 ――不意に、声が届いてきた。


 まるで頭の中に直接響いてくるような初めての感覚。

 男の子とも女の子とも取れる声音、ただそのどちらにせよ、幼子の様だと思った。


 同時に邪気の余り無い――文字通り無邪気さを感じるその声音は、必要以上に身構えていた私の緊張を少しだけ解いてくれた気がした。


 そうして促された私は、この時初めて両方の眼をゆっくりと開いた見た。


 

 ……――私が立っていた場所は鬱蒼とした木々が茂る場所だった。


 足元には腐敗土が敷き詰められ、所々に木の根が地表に見えている。

 獣道さえ見られない、歩くのさえ苦労しそうな人の手が入っていない大自然。

 ――その光景を目にして、私は不意に向こうの世界でテレビの液晶越しに見た、富士の樹海を思い出した。


 そんな光景の中、テレビ越しで見たそれとは明らかに違う点が一つ――それが嫌でも目に飛び込んでくる。


 大森林の中、宙に浮かぶ緑色の発光体――


 蝶の様な羽を持った空飛ぶお人形――その様子は良い意味でも悪い意味でも、正しく私のイメージ通りの精霊それ。



『――あなたが、風の精霊王様、ですか?』



{クススッ、如何にも! 今代の勇ましき者よ。呼ばれ方は色々あるけれど、一番のお気に入りは初めの方の勇ましき者がくれた”シルフィード”だよ。君もそれで呼んでくれると嬉しいなっ}



『わ、かりました、シルフィード様、僭越ながら私が今代勇者に選ばれました、一姫(いつき)と申します』



 名乗られたからにはと、私もそれに習って取りあえず名乗りを返す。


 人と似た顔立ちのシルフィード様は、されどやはり人ならざる者で、白目の無い単色緑の瞳で私の姿をじっと見つめてくる。

 


{クススッ、よし分かったイツキだね。さぁさぁ首を長くして待っていたよ。早速だけど初代との盟約に従い、イツキには一つの試練を課すよ? クススッ、別に身構えなくても良い、とても単純な内容さ――ズバリ、逃げる僕を捕まえればいい}



『――捕まえる、ですか?』



{クススッ、うん、僕は自由に逃げ回る――そして君がそれを追いかける、僕を捕まえることが出来れば君の勝ち、そうすれば風の加護を君に与えよう、因みに追いかけるにあたって君にかかる制約は何もなし、あらん限りの知力と技能を駆使して僕を捕まえてくれたまえ}



 シルフィード様からそれを聞いた瞬間、私の脳裏には『”鬼ごっこ”』と言う単語が浮かんできた。

 正直もっとこう、とんでもない怪物を倒せだとか、谷底に眠るお宝を探して来いだとか、とても厄介な内容を想像していた私には、正直ちょっと拍子抜けな内容。


 

『えっと……本当にそんな事でいいんですか?』



{クススッ、そんなこと? そんなことと言ったかい? ああ、あぁっ、確かにそんなことだ! 僕を捕まえるだけで言い、ただそれだけの事さ! それでいいのかって? いいんだよっ、僕はそれでとっても楽しいからね!! それじゃあ早速だけど用意スタートだ!!}



 実に楽しそうな声が送りつけられて、加護を授かる為の試練は唐突に始まった。


 だけど唐突に始まった割に、シルフィード様は飛び去るでもなくその場から動かない。

 距離にして大体五メートル位、手を伸ばしても届かないけれど、数歩も歩けば縮まる距離でしかない。


 私は動かないシルフィード様に戸惑いつつも、風の加護の取得という目的を達成するために、彼の精霊王に向かって歩みを進める。



 一歩二歩と歩きで進め、次いで急ぎ足で歩を進め、やがてゆっくりと走り出す――



 だけど目に見えるシルフィード様の姿は何も変わらなかった。


 大きくなることも、ましてや小さくなることも。


 私が進む方向に、私と同じ速度で、音もなくスライドしていく。



{クススッ、クススッ、君、とっても変な顔をしてるねぇ、おっかしいなぁ、僕はちゃんと言ったよね逃げる僕を(・ ・ ・ ・ ・)捕まえて( ・ ・ ・ ・)って、ほらほらまだまだ始まったばかりだよ、頑張れ頑張れ}



『っ、――行きます!!』



 楽しそうな笑い声を届けてくるシルフィード様に言いようのない嫌な予感を感じた私は、私の出せるトップスピードで走り出した。

 正直な話、運動自体は特別得意と言う訳では無かったけれど、ただ走るだけだったら別に苦手という訳じゃない。

 

 ――だけど、結局現状は何も変わらなかった。


 どれだけ一生懸命に足を動かしても精霊王様との距離が縮まらない、どんなに手を伸ばしても私の手は空を切るばかりだった。


 シルフィード様はそんな私を見ながら木々の隙間を容易くすいすいと通り抜けて行く――


 余りに懸命にシルフィード様を追いかけていた私は、不意に何かに足を取られバランスを崩してしまった――



{――おっと大丈夫かい、ヒトの君には移動しにくかろう、足元は注意だよ、クススッ}

 


 ――だが、そんな私は転ぶことはなかった。

 突然進行方向から、体を浮かび上がらせるほどの突風が吹き、何事もなかったように体勢を立て直すことが出来たからだ。


 柔らかな腐敗土に足を取られたのか、はたまた地表に出ている木々の根っこに引っ掛けたのか――


 どちらにしろ、それらは地を駆ける私にとってとても不利な材料でありながら、宙に浮くシルフィード様には何の障害にもならない事象だった。


  



 ――この障害物で溢れた森の中で、精霊王様と行う『”鬼ごっこ”』


 まだ扱いなれない魔導が使用できないことに気が付くのはまだしばらく先の事。





 ――この試練は確かに、この世界に召喚(呼び出)されて、一番初めの苦難の始まりだった。

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