到着、マグス村――
明けましておめでとうございます。
間隔があいてしまい申し訳ありませんでした。
色々とゴタゴタがありまして投稿が遅れてしまいました。
誠に申し訳ありませんm(__)m
総人口約五百人、それがここマグス村――
都市と表現するには人の数も、広さも――そして防備面でも拙いと言わざるを得ないこの村の中で、それでも誇れるものがあるとするならば、無駄に長い歴史と村の三方を囲うように広がる広大な森位のモノだろう。
その森は昔より風の精霊王が住まうとされており、その所為かとても不思議な力で満ちている。
そんな森があるお蔭に、村を守る自警団の俺たちは、空いた一方のみを柵で覆うだけで警備が成り立ってしまうのだから、楽なものだった。
そもそも自警団が自衛を果たすことなんて、獣の集団暴走があったとき位のものだが、最後にそれが起こったのだって、今から十数年も前の話で、しかも対処したのは親父達の世代になってしまう。
そんな話なものだから、村の自衛団は所謂”見張り役”みたいなもんであり、それを専門にしている村人は一人もいやしない。
村の男衆の中でとりあえず戦える者が全て該当者であり、そいつらが当番制で順番に行う――それが古くからの習わしだった。
普段は商いをするものが見張りをすることもあるし、畑を耕している者が行うことだってある。
普段やっている仕事とこの見張り作業、どちらが楽かと問われれば、平時ならば間違いなく後者であった。
だからこそ”見張り役”を喜んでやる者もいるし、面倒だと愚痴るものもいる――どちらの反応をするかは担当する人それぞれだったが、だいたいはその二通りだろう。
かと言う私はどちらかと言うと、面倒に感じる方だった――むしろ、嫌っていると言ってもいい。
見張り台の上に登り、柵の向こう側を俯瞰する。
何事もなけれな、当番の終わりまでただそれしかない役割。
確かに楽な仕事ではあったが、ずっとこれが続くと思うと気が滅入ってしまう。
とは言え、仕事を怠けて何かしらの脅威を見逃してしまったなんてことになるのも嫌だった。
だからこそ私は、この役割が回ってくる時は何時も憂鬱だった。
片手に持った槍を杖のようにして体重を少し預ける。
真面目に仕事を全うしていることであるし、このくらいはしても問題ないだろう。
そんな風に適度に力を抜きながら見張り行っていると、平原の向こう、対面に広がる森の切れ目から一台の馬車が出てくるのが見えて、私は一瞬ビクリと体を震わせてしまった。
この辺にはマグス村以外に大きな集落は無い為、必然あの馬車は進行方向的にマグス村を目的地にしているであろうことが想像できた。
マグス村を訪れる人は冒険者に商人、そして旅人の順で多い。
冒険者と旅人は、少人数の場合馬に乗るか、徒歩であるのをよく目にする。
付近の村から乗り合いで馬車が出る事もあり、冒険者や旅人は其れを利用してくる場合もあるが、そういった馬車はこの往路を専用としている為、私たちの様な見張りの自警団は良く見慣れているものだ。
だが、未だ遠くに見える馬車は、現時点で見覚えのない物であったためこのパターンは該当しないだろう。
それではこの村に稀に訪れる商人の物かとも思ったが、そうなるとやはりおかしかった。
商人の場合商隊を編成している場合が多い為、馬車の周りに冒険者か専属の護衛なんか徒歩でついているか、あるいは商人たちの馬車に続いて護衛達が乗った馬車がついてくるものだ。
商人が護衛の人数をケチって、運ぶ商品と同じ荷台に一人二人護衛を押し込めている場合もない事は無いが、それはそれで非常に珍しいパターンだった。
商人と言う生き物は、だいたいの場合計算高い――そんな奴らが高いリスクを冒してまで、こんな辺境の村へ赴くとは正直思えなかった。
そして何より、近付いてくる馬車は、なんというか――豪奢なのだ。
この村をよく訪れる商隊の馬車の其れとは見るからにグレードが違う。
実用的でありながら、見てくれ良く見られる事を前提としているような、そんな様式の馬車であるように思えた。
私はそこまで見て取って、ハタと、ある一つの事柄を思い出し――慌てて見張り台の梯子を下りる。
慌て過ぎたせいで梯子から足を滑らせそうになりながらも、何とか地面に降り立つと木柵の開閉部へと近付いた。
「お、おいっ、馬車が村に近づいてやがるぞっ! 急いでここを開けろっ!」
「おめー何そんなに慌ててんだ? 馬車ってまだ遠くに居るあれのこったろう? まだ開けるには早くねーか? 着いてからでいいだろうよ」
慌てた私の様子に首を傾げながら、同じく警護に着いていたレイナードが問うてきた。
如何やらこの男も近づいてきている馬車の存在は気が付いていたらしい。
村の正面は対面の森まで、開けた草原になっているし、村との境の木柵は人こそ通れはしないものの、外の光景を目にする隙間は普通に開いているのだから、当然と言えば当然だ。
とは言え確かコイツは、そこまで目は良くなかったことをふと思い出す。恐らくまだコイツは近づく馬車の詳細を捉えられていないのだ。
「ばかやろう! あれは多分、村長が前に言ってたあれだ、粗相なんてあろうもんなら――」
「村長? なんか言ってたっけか?」
「~~っ、兎に角なんでもいいから門を開けるんだよっ! 開門っ! 開門っ!!」
未だ首をかしげるレイナードに痺れを切らし、私は大きな声を張り上げる。
一応人だけが通れる扉も入口にあり、徒歩の冒険者なんかはそちらを通すが、流石にその入り口では馬車は通れない。
馬車を通す為には必然、村唯一の正門を通る必要があった。
簡素な造りの門ではあるが、マグス村の門は大木を幾つも使って造られているいる為に頑丈で非常に重い。
怪訝そうにしていたレイナードも焦った私の様子を見て、門の開閉に手を貸してくれた。
必死で扉を押し開ける事数十秒、息を荒げながら何とか扉を開いた私たち。
扉を開くのに時間がかかっていたために、気が付けば遠くにあった馬車はかなりの近さにあった。
――姿の大きくなった件の馬車を改めてみる。
やはり、私の予想は当たっていたらしい――己が眼で捉えた馬車の正面には、でかでかとドラゴンエンブレムが掲げられていた。
私はそのエンブレムの威圧感に思わず背筋を伸ばす――緊張が急速に口内の水分を奪い、舌が張り付くのが分かった。
過去に一度この村の自治を担当する貴族様が訪れた時でも、これほどまでに緊張する事は無かった。
作り物めいた美貌の従者が操るその馬車は、何の躊躇もなく村へと入って来て、俺たちが待機する自衛団の詰所前に停車した。
「――失礼します。目的地に到着しました」
大きい訳でもないのに良く響く白い従者の声――
数秒の後、その声を向けられた方たちが馬車の後ろの出口から降りてきた。
一人、二人――まず出てきたのは見てくれの良い二人。
燃えるような灼髪と同色の瞳を持つ活発そうな男と、物語の王子を絵に描いたような金髪碧眼の優男。
一瞬その優男が件の人物かとも思ったが、左腕に煌めく銀の腕輪を見てそれが勘違いだと悟った。
どんな装飾が為されているかまでは見えないが、その腕輪は勇者の従者を示すものだと知っていたからだ。
勇者を守護し、導く者――最上の騎士。
線の細いこの男が武具大会の覇者だという事に驚いたのもつかの間、更に二人が下りてきた。
黒い男女――男の方は柔らかい物腰の割に厳つい傷を顔に付けていて、何ともチグハグな印象、この男の右腕にも先ほどの優男と同じ腕輪が光っている。
そして、その黒い男の手を借りてこのマグス村に降り立つ少女。
ふわりと揺れた背中のマントには、馬車についたエンブレムと同じデザインのドラゴンが描かれていた。
――いずれも年若い五人組、その平均年齢の低さに一抹の不安を覚えてしまうのは不敬と言うのだろうか?
そんな集団の中、金髪の優男が私たちに近づく。
まじかで目にしたその美貌に、本当に同じヒトなのかと、ふと考えた。
「お勤めご苦労様です。しばらくの間お世話になります」
「――っ、え、遠路はるばる、よ、ようこそおいで下さいました。長旅でお疲れとは存じますが、御方々が到着次第村長の元へ案内するようにと仰せつかっております故、御足労願えると幸いでございます。ゆ、勇者御一行様っ」
少しつっかえながらも、スラスラと出てきた言葉に自分でも驚きながら、私は慌てて敬礼をするのだった。
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「遠路はるばるようこそおいで下さいました。儂がこの村の村長を務めております、クロウリーと申しますじゃ」
村の宿屋に馬車を預けるフリーデルトさんと別れた俺たちは、そのままの流れで村の最奥にある村長宅まで案内された。
歩きながらに確認したが、流石は村長宅と言ったところか、目にした中で一番大きな屋敷――と言っても普通の民家の倍程度だが――であった。
俺たちを出迎えたのは、立派な口ひげを蓄え、何故か部屋の中でもハンチング帽の様な帽子を脱がない初老位の老人だった。
「『僭越ながら、今代の勇者を務める事となりました。神楽耶一姫と申します。よろしくお願いします。クロウリーさん』」
「これはこれはご丁寧に、儂の様な者にそのような丁寧な物言いなど不要でございますじゃ、村長とはいえ何か功績がある訳でもなし、儂は唯親父から引き継いだだけですかいのう」
あごひげを弄りながらおおらかに笑う村長、クロウリーさん。
功績が無いと言ってはいるが、流石は村長と言うべきか、それとも年の功なのか。
見るからに緊張している門番さんとは違い、実に落ち着いた対応だった。
「それにてもいやはや、まさか儂の代で勇者様のお姿を目にすることが出来るとは、何とも感慨深いのう、ほっほっほ、最上の騎士様方も、何卒よろしく願いますじゃ」
「此方こそ、勇者様が精霊王様の加護を得られるまでの間、お世話になります」
「宿屋には話を通してあります故、安心してご利用なされよ。とは言え、風の精霊王様は厄介な試練を用意されておると聞いております。どうか無事加護を得られますよう願っておりますじゃ」
「厄介ですか……、因みに試練とはどんなものなのかお伺いしても?」
単純に疑問に思った事を俺は村長に問うてみた。
クロウリーさんは、あごに手をやりながら俺たちを見据える。
「詳しい事は余り無いですのう、と言うのも聞いている話によれば、儂らの様な資格ない者と勇者様ではそもそも授けられる試練自体が異なっているようですじゃ」
「と言いますと?」
「そもそもじゃが、精霊王様が住まう森には人が集団で入ることは叶いませぬ、不思議な呪いがあります故」
「どういう事だよじいさん、それじゃ訳が分からねーよ?」
肩を竦めながら何時もの口調でテッドが問うた。
それは俺も疑問に思ったが、思わず額に手をやってしまう。
――……こいつ、流石に初対面の相手にその口調は無いだろう。
しかし、クロウリーさんはテッドの口調に気にすることもなく、彼の疑問に答えるべく口を開いた。
「一歩でも森に踏み込んでみれば自ずと分かりますじゃ、あの森は踏み入る者を強制的に分断し、そして試すのじゃよ」
――……強制的に一人にさせられる森とはこれ如何に、空間に作用する魔導でも展開されているのだろうか?
だが、そうなると心配事も増えてくる。
冒険者を生業としていた俺たちはまだよいかもしれないが、そんな俺たちのフォローが届かないとなると、いっちゃんには荷が重い様に思えた。
「聞くに非常に危険な場所である様に思えるのですが、危険は無いのでしょうか?」
今度は今まで黙って話を聞いていたステルラハルトさんが疑問を投げかける。
そんな問いかけに、クロウリーさんは、ほっほっほと朗らかに笑った。
「危険などありませぬよ、あの森には襲ってくるような獣がそもそもおりませぬ、それに例え迷ったとしても、ある程度時間が経てば元居た場所に強制的に戻されるのですじゃ、故に村人たちはあの森の事をこう呼んでおります――」
―― 一拍の間、絶妙に取られたその間に俺たちは知らずに息を飲む。
「――迷わずの森、それが風の精霊王様が住まう森の通称ですじゃ」
クロウリーさんはもったい付けた用に俺たちを見据え、そして言った。
本年は更新頻度をあげられるように頑張ります。




