森の中にて(前)
何とか投稿できました。
活動報告にも書かせていただきましたが、スランプという奴になっておりました。
お待たせして申し訳ありませんです。
グランセルを出発した俺たちの旅は概ね順調だった。
初日に四回、次の日に二回、三日目は三回、四日目は珍しく一回も遭遇せず――そんな感じで平均日に二回獣と戦闘を行い、それ以外は只管に移動を続ける日々。
住んでいる場所が変わればそこに生息する外敵の種類も変化する。
グランセル周辺の土地には一角兎や灰色狼、岩石熊といった、外見上動物の見た目をした外敵が多くいたものだが、西に進むにつれて外敵の中にゴブリンやコボルト、オークと言ったヒト型の敵の比率が多くなってきた様に思える。
これは無理やりなこじつけなのかもしれないけれど、前世のテレビゲームによく出てきたゴブリンなんかの敵は妖精や精霊の類に分類される存在だった。
そして俺たちが今向かっているのは、風の精霊王が住まう森林地帯だ。
もしかしたらゴブリンのような外敵が多く生息しているのは、風の精霊王が居る事が影響していたりするのかもしれない。
とは言え例え敵がヒト型の亜種妖精になろうとも、実力的には問題になる事は無かった。
自分で言うのも何だが、勇者様に付き従うのは魔導武具大会の優勝者、準優勝者、おまけにベスト四進出者が一人ずつ。
襲ってくるのが盗賊などなら道徳的に戦うことを禁忌してしまうのかもしれないが、そうでないのならばよっぽどのことが無い限り実力的に後れを取る事は無いだろう。
――逆に言えば盗賊に襲われた場合にはどうなるだろう。
俺はこの世界に生まれ直してまだ一度も人を殺した事は無かった。俺の知る限り相棒のテッドもそうだ。
いっちゃんは言わずもがな、さらに元プリムラ姫の従者であったフリーデルトさんにもその手の経験はあまり期待できないだろう。
可能性が有るとしたら商人の父を持つステルラハルトさん位のものだ。
父親と共に商人の仕事を手伝っていたらしいので、もしかしたら行商の最中そういった経験もあるのかもしれない。
ハッキリ言ってグランセル王国の象徴である大鷲を象ったエンブレムと、それと並んでドラゴンを模したエンブレムが付いている俺たちの馬車は、普通の馬車と比べれば比較的野党に襲われる事は少ないと言っていい。
ドラゴンを模したエンブレムは魔王を屠る勇者の印であり、この世界では最も有名なエンブレムである。
言ってしまえばヒトの希望が乗っているという事を示している訳だ。
このエンブレムが付いている馬車を襲うという事はつまり、ヒトが魔王に対抗する手段を襲うという事と同義である。
盗賊とてそのエンブレムが示す意味を理解し、故に襲うことは殆どなかった。
返り討ちになる可能性が高く、その上自分たちにもいずれ襲いくるかもしれない最上級の脅威に対抗する唯一無二の存在を、間違って殺してしまったとなれば結局のところその不利益は自分たちにも帰ってくるかもしれないのだから。
例外があるとすれば、そんな常識さえ知らないような、学のない非常識なモノたちがいた場合だけだろう。
はっきり言ってその様な存在は変則的過ぎると言えるのかもしれないが、それでも頭の隅っこに留めて置く位はしても罰は当たらないと思う。
何せ俺の周りに限った話だけでも、十分変則的であるのだから。
最も、その変則的が適用される俺自身なのかもしれないけれど……
この世界への輪廻転生から始まり、勇者様との再会、そして最上の騎士となって旅立つ今の状況は、十二分に数奇と言えるだろうから。
「――さて、そろそろ日も暮れだしそうだ、いいころ合いだろう。この辺を野営地にしようじゃないか」
……どうやら周囲を警戒しているつもりで、結構深い思考にハマっていたらしい。
それもこれも異常事態に遭遇しなかったが故の事なんだけれども、なんだかその責任転嫁はそもそも本末転倒なような気がした。
――俺はこの思考に区切りをつけるため頭を強めに左右に振った。
視界の端では野営を提案してきたステルラハルトさんが、従者のフリーデルトさんに声をかけているのが見えた。
――ほどなくして、馬車は停止する。
馬車から降りると、そこは一日前から続く鬱蒼とした森の中が未だに続いていた。
道は一本しかないので迷う恐れはないのだけれど、こうも森が続いていると同じところをグルグル回っているような錯覚を覚えるのは俺だけではないと思う。
「さってと、日暮れまではあと一時間ってとこか、今日は役割どうするよ?」
「そうだね、昨日はハルトさんたちに行ってもらったから、今日は僕達で薪拾いに行こうか」
「それなら私はテント張りだな、了承した」
「私は何時もと同じく食事の準備を進めましょう。勇者様、お手伝い願えますか?」
「『あ、はい! 分かりました!』」
こんな会話をした手前であるが、この役割分担の半分はほぼ固定みたいなものだ。
フリーデルトさんといっちゃんが食事の準備をして、他のメンバーが野営の準備を行う。
料理についてはある程度役に立てるとは思うけれど、フリーデルトさんは軽々とその上をいく。
テッドとステルラハルトさんについては、料理はほぼほぼ専門外という事で調理側の人選に加わる選択肢がそもそもない。
それにこういった役割分担であれば丁度男女で別れるために、それぞれ何かと作業がし易かった。
ステルラハルトさんは荷馬車から畳んだ布地を引っ張り出し、テッドが小型の手斧を背に担ぐ。
荷物にある手斧はこれ一本だけで、如何やら今回はテッドが持って行ってくれるようだ。
「それじゃあ手早く済ませちゃおうか、都合よく枯れ木が見つかればいいんだけど――」
「まーなー、でも最悪生木だったとしてもお前だったら何とか出来んだろ?」
「……出来る出来ないで聞かれれば、確かに出来るけど効率は全くよくないからねそれ。それをやるくらいなら魔導で絶えず火を出していた方が楽だよ?」
「解ってるよそんくらい、マジで答えるなよ。冗談だよ、じょーだん」
「……どーだか?」
テッドはヘラリと軽く笑い飛ばす。
薪に使う枝に生木は使えない――生木は思った以上に水分が含まれているからだ。
事実故郷のグランセルで使われている薪は、アルケケルン大森林より切り出されてほぼ一年間程度乾燥させてから使用されている。
元いた世界では全く馴染みがなく、それでいてこの世界ではごく有り触れた当たり前の常識。
つまりテッド言った冗談という奴は、生木だったとしても俺だったら最適な薪になるまで乾燥させられるだろうという事だ。
それを魔導で行おうとすれば、赤の魔導で炙るか、緑の魔導で吹き晒すかの二通りが考えられるけれど、一晩明かす量となればそれなりである。
それよりも枯れ枝を拾い集めた方が遥に労力が少なかった。
テッドもそれが分かっているが故の態度だった。
俺はそんなテッドの態度に呆れたとばかりに肩を竦めて見せた。
「まぁ、何時でも戻ってこれる様にあまり深くは入らない様にしようか」
「ん、りょーかい、じゃ、ちゃっちゃと終わらせるか――そんじゃ行ってくるぞ」
テッドが背を向けたまま後方に向けて手を振る。
背後からはステルラハルトさんの穏やかな「頼んだよ」の一声。
俺たちはその声に応えるべく、森の中へと踏み入れた――
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パチリッと、焚火の炎が静かに爆ぜた。
数刻前までは辛うじて明るさを保っていた森も、今ではすっかり闇に飲まれてしまっていて、辛うじて目の前で小さく燃えるたき火だけが周辺の景色をぼんやりと照らしていた。
大き目のテントが一つと、馬車が一つ。
照らし出されて浮かび上がるのは、かすかに騒めく木々以外ならその二つだけ。
馬車の方は言わずもがな、俺たちが移動手段に使っているそれ。
テントは木々の枝にロープを張って、そこに通すようにして張った簡易なものだ。
テントの中には俺以外の従者である三人が、そして馬車の中にはいっちゃんが眠っていた。
この配置に関しても野営のモノと同じく、旅の当初から最早形式となったものだった。
馬車の内部は其れなりに広い為、ヒト二人程度なら横になれるスペースがある。
言う間でもなく馬車の外装の方が簡易に張れるテントなどより遥に頑丈であるために、当初女性陣には馬車での就寝をしてもらう予定であった。
しかしながらこの意見に従者の一人であるフリーデルトさん反発。
抑揚のない声音で「勇者様と寝床を共にするなどとんでもない」と馬車内部の就寝を蹴って、簡易テントの方への就寝を希望してきたのだ。
逆に男性陣に囲まれて就寝することに抵抗はないのかとは思ったものだが、それに関しては特に思う事は無いようで、彼女は驚くほどスンナリ就寝してしまう。
そんな彼女に逆に周りで眠る俺たちの方が、若干ドギマキしてしまったのは此処だけの話。
まぁ、フリーデルトさんに関しては昼間中馬車の操縦に従事してもらいっぱなしであるため、疲労がたまっての事なのかもしれないが……
兎に角、そんな彼女に負担をかけるのも忍び無いという事で、就寝時には男衆で交代し、見張りをすることが自然と決まった。
一人につき約三刻ずつ、それが俺たちに課せられた見張りのノルマだった。
見張りの順番はこれも交代制である。これは連続して六刻休める前後の見張りと比べ、中間に見張りをするヒトの負担が大きいからだ。
今夜は生憎俺がその貧乏くじだった。
――焚火の勢いが弱まってきたタイミングで、俺は数本集めた薪を火の中に投げ入れる。
火の番は見張り番の大切な役割の一つ――そして何事も起こらなかった場合には唯一の役割である。
獣は基本的に火を嫌う、ただしゴブリン等の亜種妖精が火を嫌うとは限らない。
そういった観点から見れば、グランセル周辺よりこのあたりの地形の方が些か危険度が高いと判断できるかもしれない。
とは言え、外敵除けの魔法薬をあたりに散布しているから、もしかしたら移動中よりも安全と言えるのかもしれないが。
正直これで襲われたとなれば余程の事だ。
――俺は意識の何割かを周囲の警戒に裂きながら、愛用の鞄の中から何ともなしにノート替わりに使っている纏めた紙束を引っ張り出してパラパラと捲ってみる。
そこに書いてあるのは、昼間に目にして思うがままに書き留めた乱雑な情報が記されていた。
例えば簡単な地形の変化だとか、天気の移り変わりだとか、何となく思いついた魔導操作手法だとか――正直取り留めのない内容である。
旅記録と言えば聞こえはいいが、そう呼ぶにはあまりに拙い内容と言わざるを得ない。
はっきり言えばいま見直す必要など全くないのだけれども――手持ち無沙汰の今時分にはどういう訳か手を伸ばしてしまった。
「――正直暇だ」
皆が寝ているので小さくつぶやいてみたが、当然現状に変化はない。
交代した時分を切っ掛けに、約三刻で燃え尽きるように発動させた火属性の魔導である『蝋燭』を眺めてみれば、未だ三分の一程度しか燃えていなかった。
魔導から目を離し改めて前を見れば、当たり前だが夜の森が広がっている。
生前よりも心情的に遥にマシではあるが、それでも結構不気味である。
それに時間的なモノを見ても、前世で言うところの丑三つ時に可成り近い時間と言えるだろう。
それが気分的に夜の闇の不気味さに拍車をかけていると言っても過言ではなかった。
『……うぅ、あ……うぅぅっ』
――木々の葉擦れの音に交じって、微かに声が聞こえた気がした。
苦しそうな声――とても小さい声ではあったけれど、それは俺にとって馴染みの深い彼女の声だった。
……何と表現すればいいのか、言うならば空気が変わったというのが適切なのだろう。
俺はその原因を確認すべく静かに立ち上がり、馬車の傍へと歩みを進めた――




