黎明の出立
本当に長らくお待たせして申し訳ありませんでした。
取りあえず忙しさもピークを過ぎましたので、更新スパンを短く出きれと思っている次第でございます。
本当に遅れて申し訳ありませんでした。
ゴトゴトと特徴的な振動が不定期に俺たちの体を揺らす。
座る椅子には綿が確り入っていて座り心地はかなり良かった。
少なくともこの世界でこれより豪奢な椅子となると、火炎の家で腰かけたソファー位しか思い出せない。
其れのおかげで大分緩和はされているのだろうけれど、だからと言って慣れない振動が平気かと問われると、その答えは否と言わざるを得なかった。
道は前世のようにコンクリートで舗装されている訳もなく、転がる車輪には空気の入ったゴムタイヤも巻かれていない。
となれば振動が大きくなるのは必然で、乗る物が臀部を痛めるのもまた必然だった。
少なくとも、俺と、俺の横に腰かける少女は共に同じ感覚を共有していることだろう。
この感覚を長く味わう事になことを思うと、これからの旅路が少しだけ憂鬱になる。
――この大いなる旅路に対して、そんな事を考えてしまう俺は最上の騎士失格かもしれない。
ふと、他の人達はどうなのだろうと、伏し気味だった顔を上げてみる。
俺たちの乗り込んでいるこの馬車は、左右に分かれて椅子が設置されている為、顔を上げれば同行者たちと顔を合わせる事になる。
我が相棒であるテッドと、もう一人の最上の騎士であるステルラハルトさん。
そんな彼らは苦しんでいる俺たちとは違い、涼しい顔をして鎮座していた。
否――涼しい顔をしているのはステルラハルトさんだけで、テッドの方はこっくりこっくりと船を漕いでいる始末。
まぁテッドに関しては冒険者になる以前、何度か馬車で遠出したことがあるという話を出発前に聞いていたから、馬車の旅になれている事は容易く想像つく。
ステルラハルトさんにしても何かしら平気な理由があるという事だろう。
つまり、彼らにとってみればこの程度の揺れはどうという事は無いという訳だ。
俺の表情から俺の心情を察したのか、ステルラハルトさんは苦笑いを浮かべた。
「昔は私もこの揺れで臀部を痛めたものだよ。私の父は商人でね、品物の仕入れに良く同行したから慣れているんだ」
「そうですか……因みに、何か緩和する良い手段とかは?」
「そうだな、事前にクッションとかを用意しておけば多少はマシだっただろうけど、もう出発してしまったからね……幸いこの馬車は屋根が高い、慣れるまで定期的に立ち上がるくらいは出来るかな」
……逆に言えばその程度の対処法しかないという事だろう。
その事実を聞いて、俺といっちゃんは揃って溜息を零した。
その様子が可笑しかったのかステルラハルトさんが、クスクスと控えめに笑う。
「その様子じゃテッド君のように夢の世界にと言うのは無理そうだ。取りあえず取り留めのない話でもしようじゃないか、先は長いし、何より気も紛れるだろう。幸いなことに馬車の操舵は気にする必要も無い訳だしね」
言われて俺は思わず左を見た――視線の先には開いた小窓があり、馬車を引っ張る二頭の馬と、それを操舵席から自在に操る一人の女性の姿があった。
実はこの旅路、勇者であるいっちゃんと二人の最上の騎士、そして名義上最上の騎士のお供として付いてきたテッドの他に、もう一人同行者がいた。
同行者の名はフリーデルトと言う名の女性で、綺麗な銀髪と燃えるような紅眼を持つとても綺麗なヒトだった。
何でも元はプリムラ姫の従者だったらしいが、いっちゃんの生活面の補佐として旅に同行するよう姫様から命じられたらしい。
確かにいっちゃん以外が男の現パーティーだと、何かと不具合も出てきてしまうだろう。
異世界に召喚されて間もないいっちゃんでは尚更だった。
そんなフリーデルトさんはと言うと、必要最低限の自己紹介と説明をした後は静かに操舵手に徹していた。
何度か声をかけてはみたが、帰ってくるのは必要最低限の返答だけ。
――曰はく、自分は戦闘能力が高くない為、戦闘では役立たずであり、それ以外の事柄を補佐するとのこと。
そんな事を起伏の少ない声音で淡々と、しかも無表情を張り付けて言われてしまい、俺たちはそれ以降彼女に対して何も言うことは出来なかった。
どうでもいいことで、尚且つ非常に失礼ではあるのだけれど……彼女の風貌と言動から、何となく人形の様ヒトだと思ってしまったのは此処だけの話である。
――閑話休題
寝ているテッドはそのままに、俺たちはとりあえずステルラハルトさんの提案に乗っかることにした。
そんな中、まず口を開いたのは我らが勇者様である。
「『それにしても、勇者の旅立ちって割には随分こそこそと出てきましたよね、別に不満なんてないですけど、イメージ的にもっと大々的なものに成るかと思ってました』」
俺とステルラハルトさん顔を見合わせた。
確かに最上の騎士や、勇者のお披露目をあれだけ大々的に行ったにも関わらず、俺たちの旅立ちは非常に地味なモノだった。
薄明の中見送りは城の関係者が数人だけ、ともすれば夜逃げにも似た行動。
しかしこれらは勿論理由あっての事だった。
「大勢の見送りで出発が遅れるのもどうかと思うし、あれくらいでいいんじゃないかな? むしろ魔王討伐の旅立ちの時は大凱旋があると思うから、今から覚悟しておいた方が良いかもね」
俺が答えると、いっちゃんは分かりやすく首を傾げた。
「『魔王討伐の旅? それって今のこれでしょ?』」
「厳密に言うと違いますね、この旅路は貴方の力の覚醒――言わば貴方が偉大なる四大精霊王より力を賜り、真なる勇者様に至るための旅で、つまるところ準備期間です。魔王討伐の旅立ちは、真なる勇者様に至った後、魔王の支配する大陸に直接乗り込む際のものに成ります。この時はグランセルの騎士団も同行するためかなりの規模になるはずですよ」
「『うっ……、私そういうの苦手だなぁ』」
「苦手も何も、その時は多分出陣の言葉か何か言わないと行けないだろうし、勝ち鬨なんかも上げないといけないだろうね」
ステルラハルトさんと俺の言葉を聞いて、いっちゃんは「うげぇ……」とでも言いたげに顔を顰めた。
「まぁその辺は追々必要になるってだけで、今すぐにって訳じゃないさ。少なくともこの旅ではそんなにないと思うよ。まずは精霊王の加護を貰う事考えよう――せっかくだし一つ目の加護の話しでもおさらいしとこうか」
言いながら俺は足元に置いていた馴染みの鞄を開いて、中から紙を一枚引っ張り出した。
それは此処、ティルフィン大陸だけが書かれた地図である。
カバンの中にはほかの大陸の地図も入っていたが、とりあえず段階を踏むのは重要だろう。
開いた地図には歪な三日月のような形が書かれていた。
「これが僕たちが今いるティルフィン大陸で、グランセルがあるのは南の下あたり何だけど、一つ目の加護を貰えるのはグランセルから丁度真西にあるジャクラースの森って場所らしい、此処に風の精霊王が居るって話だね」
俺は序にカバンから切り出した黒鉱石を取り出して、目的地に丸を付けた。
「ただ此処までを一息で行くのは流石に遠すぎるから、その手前にあるマグス村ってところに物資の補給を兼ねて行く手はずになってる。つまり、今目指してるのはこのマグス村って訳だ。ただし、シルバ山脈が邪魔してるから一直線に行くって訳には行かない、遠回りになるけど山脈を迂回して進むことになる」
言いながらグランセルから南西方向に矢印を引っ張る。
それが地図上ではコルリス山、ウルカニス火山を迂回するルートだった。
「マグス村に行くにはそのルートしかないでしょうね。この馬車は出来が良いですが、流石に山越えは厳しい、火山を超えるなんて自殺行為でしょう」
ステルラハルトさんが補足してくれた。
だが、俺と彼の説明を聞いていたいっちゃんはと言うと、実に渋い顔をしていた。
「『遠回りは良いとして因みにだけど、このルートを通ったとしてどのくらいの時間がかかるものですか?』」
「そうですね……道もそこまで悪くはないでしょうし、順調に行けば十四、五日と言ったところでしょうね」
「『…………ソウデスカ』」
気を紛らわせるつもりで話していたが、図らずしも現実を直視させることになってしまったらしい。
精霊王からの加護を賜り、真なる勇者に至る為の旅路――その先にはきっと数多の困難が待ち受けている事だろう。
――が、その前に、そんな不特定多数の問題より先に、俺といっちゃんは慣れるまで何とかして今抱えている問題を打開しなければ成らなかった。
……積み込んだ荷物でクッション代わりの何かが作れれば最良、最悪魔導で打開策を検討する必要があるのかもしれない。
いっちゃんが真なる勇者に至る為の旅路の初め――王都グランセルを出立した俺たちは、臀部の痛みを気にしながらそんな間抜けな事を真剣に考えていた。




