幼馴染の気持ち(後)
活動報告で二、三日中に投稿すると明言しておきながら、四日目に投稿する私クオリティ。
……本当に申し訳ありませんでした。
登場人物の気持ちを表現するのって難しいですね。
上手く書けていると良いのですが……
『――霞の衣』
青属性の魔力を生成し、俺は馴染みの青魔導を発動させた。
本当は直ぐにでもソフィアちゃんに、この行動の理由を問いただしたかったところだけれど、今しがた灰色狼を追い払ったばかりのこの状況では、まず安全を確保す
る方が先決だと思ったからだ。
展開した青魔導は周囲の状況を察知するための魔導――これで一応ある程度の不意打ちにも対応できると思う。
本当に安全を重視するならば、グランセル内に戻るのが一番なんだろうけれど、間をおいてしまえばソフィアちゃんの真意が聴き出せないような気がしたから、こんな風にした次第ある。
だが、まあ、考えようによっては他の誰かに聴かれる心配は殆どない。
そもそも誰かに聞かれて困る話なのか、其れすらわからないけれど、面と向かってマンツーマンの状態の方が彼女も話しやすいんじゃないかと思った。
ソフィアちゃんはと言うと、顔を伏し、服が汚れる事も気にせず腐敗土の上に腰を下ろしていた。
俺は、そんな彼女の隣にそっと腰を下ろす。
「――そういえば、二人だけで此処にいるのは何気に今日が初めてだね。此処に来るときは何時だってナチェットさんと一緒だった」
「――っ」
俺の声掛けに身じろぐソフィアちゃんだったが、彼女は顔を上げただけで何も言わなかった。
唯、榛色の彼女の瞳は何かを言いたげに揺れている。
「防具と言えるものは僕も君も皮の胸当てくらいで、二人でおそろの得物を持って来たよね、でも僕の弓はへたっぴで、いっつも君には獲物の数では敵わなかった」
「…………」
「君は狩猟の腕はナチェットさんに似てとても凄いと僕も思う――だけど防具も付けず、いきなりナチェットさんの得物を引っ張り出すのは、流石にちょっと無謀なんじ
ゃない?」
「……――お母さん言ったもん、この弓いつか私にくれるって」
ナチェットさんがそう言っていたのは、確かに俺も聞いたことがある。
彼女もソフィアちゃんの腕を認めていて、だからこその言葉。
だが、そんな彼女の腕をもってしても、元冒険者さんが現役時代から使用してきた主武装を、行き成り実戦で使用するのは流石に無謀と言わざるを得ない。
何時もソフィアちゃんが狩りに使用している狩猟弓とは、弦の張りの強さも違うし大きさも二回り近く大きい。
ロングボウは触ったこともないけれど、構造が異なるのだから当然狙い方だって違うだろう。
そんな条件下でいきなり移動標的を射抜く事なんて、ソフィアちゃんはおろかナチェットさんにだって厳しいと思う。
「何時もみたいに万全の格好だったら、さっきみたいな状況になったって大丈夫なんだろうと思うけどね――でも、事実君はさっき結構危ない状況だった」
「――三本目は多分当ててたもん」
「多分って言ってる時点で自信を持ててないじゃないか――ついて着てホントに良かった……」
今回こんな無茶な行動をしたソフィアちゃんだったが、実のところ単独で狩猟を行うというその行動だけなら、そう珍しい事ではなかった。
細工師の父と狩人の母を両親に持つこのソフィアちゃん、そんな彼女は殆ど全てがナチェットさんとうり二つ。
エアトスさんと同色の瞳をしていなければ、親子関係さえ疑われていたかもしれない。
そんな彼女は結構な頻度でナチェットさんに引っ付いて狩りに赴いており、母親から狩りのノウハウを受け継いでいた。
今では其れなりの頻度で一人大森林に赴いては狩猟をしていると聞くし、実際彼女が一人弓を担いで外に出ていく様子を目にした事もある。
つまり、通常時のソフィアちゃんならば、事実灰色狼の一匹程度、いくらでも対処は出来ただろう。
「――それで? どうしてこんなことになったの?」
「えっと、なんて言うか……」
視線を彷徨わせ、言葉を探すソフィアちゃん。
少しの間そうしていた彼女は、やがて未だ手に握るナチェットさんのロングボウを見やり、そして口を開いた。
「――修行、かな? 弓もそうだし、魔導も練習しようかなって思って」
表情には出さなかったが、内心そんなソフィアちゃんの言葉に結構ビックリしている俺がいた。
弓と魔導の修行――実体の伴う弓矢に魔導を纏わせ攻撃を行う技術があることは知っている。
戦乙女の狩人、ルサリィさんが実際に行っているのも見たことがあった。
実際に狩人をしているソフィアちゃんなら或いはとも思うけれど、それでも違和感が拭えない。
と言うのも、その技術自体がどちらかと言うと戦闘よりの技術であるからだ。
「何か大物の獲物が狩りたいとか――そういう事?」
「……そう言うんじゃない、そうじゃなくて――わ、私はっ、その……アル君たちの旅に、アル君に、ついて行きたいって思ってる!!」
「っ!?」
「だから足手まといにならない為にも、ロングボウ位使いこなせなくちゃっ」
「えっと……どうしよう、何から突っ込めばいいのか――」
ソフィアちゃんのその願望――彼女がここでこうしているのを目にした俺は、僅かながらにそんな事を考えている可能性を考えていた。
考えて、だけど無意識に在りえないと思っていた事でもある。
まさかそんな短絡的な事など、いくら何でも考えないだろうと、そんな風に切って捨てた。
俺についてくるという事はつまり、勇者の付き人である俺の付き人をするという事。
立場を言えば旅についてくるテッドと同じであるが、流石にそれはきつすぎる。
魔王討伐の旅についてくる、という事は其れだけ危険が伴うという事だ。
勿論ソフィアちゃんもそれは分かっているのだろう、だからこそこうして息巻きながら弓や魔導の練習を行う為にこの大森林に赴いた。
だが、言っては悪いがその程度ではその程度では全然足りない。
そもそも何故勇者の付き人である最上の騎士を選定するのに、武具大会などと言う催しがあるのか彼女も理解しているだろうに。
「――ソフィアちゃん、流石にそれは無理だよ。危なすぎる――僕たちが相手にするのは灰色狼なんかとは比べるべくもない位強大な相手だ。何が起こるかも分からない、そんな旅に君を連れていくわけにはいかない」
「っ!? やだっ! 付いてくもんっ、アル君は頭が良いからいっつも自分で考えて、どんどん先行っちゃう、変わっていっちゃう、お願いだから置いてかないでよぉ」
「ぇえっ!? ちょ、泣かないでよっ、こ、困ったな」
ソフィアちゃんは膝を抱えながらボロボロと涙を流し始めた。
そんな彼女の姿に俺はどうしていいか分からず後ろ頭を引っ掻いた。
イリス母さんに、いっちゃん、そしてソフィアちゃん――目の前で女の人に大泣きされるのは今回で三人目。
前世を含めてもいっちゃんを覗けば妹だった夕日位のものである。
だが今回のは過去経験した中にもない、可成り特殊なケースだった。
まさかこんな風に「行かないで」と泣かれる事になるとは思わなかった。
「なんでっ、どうしてっ、よりにもよってっ、アル君なんだよぅ! 他にもいっぱい強いヒトがいるのにっ! なんでアル君は勝っちゃったんだよぅ!」
――思い返せば武具大会トーナメントの初戦に勝利した際、ソフィアちゃんは祝勝会に来てくれた。
笑顔でエールを飲みながら、俺に頑張れって声をかけてくれた。
あの時の言葉はきっと本心――俺が勝つことを真に願ってくれていた。
だけど流石に俺が勝ち続けた事は彼女にとっての想定外――いや、きっとその可能性は考えていなかったのだろう。
だからこそ予想外に勝ち続けてしまった俺が、突然出ていく事になった事で、きっと訳が分からなくなってしまったのだ。
彼女の「付いて行く」発言はきっとそのため。
「ゴメンねソフィアちゃん、でも、僕は行くよ――だってこの旅は僕にとって一番贅沢で、傲慢で、わがままな選択肢なんだから」
「……わが、まま?」
「うん、わがまま――ソフィアちゃんは覚えてる? 武具大会の時、バッカスで酔いつぶれる前に言ったこと――勇者さんの力になりたいって」
「っ、――うん、覚えてる」
「大見得きってあんなことを言った手前、こんなことを言うのもどうかと思うけど、色々思惑もあったんだ――」
「…………」
「俗な理由から挙げれば、大会で優勝すればお金が手に入った――僕がマルクス学園に入学するためにお金を貸してくれた人たちに、これで返せる、しかも返したうえで母さんがしばらく余裕をもって生活できるだけの貯蓄も出来る――これが思惑の一つ目」
これは武具大会優勝の副賞的なモノだけれど、決して裕福とは言い切れない俺にとってはこの上ない副次効果。
武具大会に優勝すれば、俺がいなくても暫くイリス母さんは無事に生活を続けることが出来る。
「勿論勇者さんの力になりたいっていう気持ちもある、だけどそれと同じくらい僕はこの街が好きだ、此処に住む人たちもみんな大好きだ――、だからこの場所に、皆に迫る脅威があって、それを取り除くための手伝いが出来るなら、僕はやりたいって思ってる――それが思惑の二つ目」
まったくもって青臭くて、こっぱずかしい大言壮語。
そして俺の紛れもない本心――
「ねぇ、アル君ってさ……」
「うん?」
「……勇者様のこと、好きなの?」
ソフィアちゃんが恐る恐ると言った感じに訪ねてきた。
彼女のその問いの答えはどうだろう――好きか嫌いかで問われたら、間違いなく好きだ。
だけどそれは本人には絶対に言ってはいけない想いだろう。
俺は確かに向こうの世界での記憶を引き継いでいる――だけど、向こうの世界に俺はもういない。
そして勇者は――いっちゃんは何れ向こうの世界に帰ってしまう存在である。
いっちゃんの事は今でも大好きだけれど、大好きだからこそ、そんな彼女の足枷だけにはなりたくない。
だから俺は、ソフィアちゃんのその問いかけに、誤魔化すように笑いながらこう答えた。
「――恐れ多い、かな?」
「っ! じゃあなんでっ勇者様にアル君がそこまでするのさっ!!」
「そうそれ、その理由こそが僕の思惑のその三だよ――僕は一番大きな心残りを、この旅で解消してくる。そうじゃないと勇者さんと再開してしまった僕は、新しく歩き出せないんだ」
俺は徐にソフィアちゃんの右手を握った。
そうして俺は彼女に面と向かって言った。
「僕は心残りを解消して必ずこの街に帰ってくる。だからソフィアちゃんにお願いだ。僕が留守の間僕の家と母さんの事を頼みたい。どうかよろしくお願いします」
そんな俺の願い事に、ソフィアちゃんは口を噤んで何とも言えない表情を浮かべた。
だけど俺の手の中の彼女は、力強く俺の手を握り返してくれた。




