幼馴染の気持ち(前)
今年も何とか年を越す前に投稿できました。
来年も『WILD COLOR』をよろしくお願い致します。
結局のところ、ウォルファスさんとその件のジークリンデの間にどのような確執があったのかは分からないままだった。
オマケにそのジークリンデさんとやらに今後関わると言う保証もない。
無い無い尽くしのこの状況では出来る事は無いだろうし、現状では何かしらのアクションを起こす必要もないのだろう。
だが、ウォルファスさんの最後の一言は、何故か俺の心に引っかかっていた。
俺の知っている限りでは、ここ数年、下手をしたらもっと長く、ウォルファスさんは、このグランセルから出てはいなかったと思う。
そうなれば別大陸にいる彼の知り合いとは、彼女がこちらに来る以外で遭遇する可能性はゼロだろう。
だというのに何故、ウォルファスさんは件のジークリンデさんが今なお、その”阿保な真似”とやらをやっているかもしれないという推測をしているのだろうか。
暫くあっていない知り合いの行動をそこまで危惧するという事は、その人物と其れなりに知っていないとまずできないことだろう。
恐らくはかなり親しかったであろう人物、そして恐らくは、彼の足がああなったことに関係する人物。
逆に推測ではなく、件の彼女の名声が海を越えて此処まで届いているのだとしたら、それは相当なことだ。
しかもウォルファスさん曰はく、”阿保な真似”でだ。
鏖殺の凶鳥――ジークリンデ。
少なくとも、その名前を記憶にとどめておく価値はあるのかもしれないと、俺は何となく思った。
―――――――
野良猫で買い物を終えた後、俺は武器屋や鍛冶屋、魔導具屋、後は食料品店などに足を伸ばし、旅に必要そうなモノを見繕っては購入していった。
既に両腕には大きな紙袋を二つ抱えている状態で、正直これ以上何かを買い込むことは正直厳しかった。
といっても、食料品の中で特に重い肉類の調達の手間が省けたため、これでも当初予定していた量よりは若干少ない状態だったりする。
その理由は他ならぬウォルファスさんのおかげだった。
彼は冒険者ギルドの向かいに居を構える、串焼き屋台の店長。
主にカウロス牛の肉や、ベーコン等を串焼きにして販売している訳だが、当然のことながらそれらを販売するには原料を仕入れなければならず、必然原料の卸元である肉屋にはかなり顔が利くのだ。
そんな彼が旅に出る俺たちへの選別にと、馴染みに肉屋に話を通してくれる事に成り、おまけに我が家まで届けてくれる事になったのだ。
燻製肉に塩漬け肉、そしてベーコンなどの加工肉――それらを其れなりの量買おうとすれば、どうしたって値段は高くなる。
旅の準備金は確かに王国より支給されてはいるが、それにしたって安く済みに越したことはないのだろう。
……まぁ単純に俺が貧乏性なだけかもしれないが。
――閑話休題
取りあえずまだまだ買いたいものがある事には変わりなく、其れ故に今の両手がふさがった状態と言うのはいただけない状態だった。
という訳で、一旦俺は荷物を置くために家に戻る俺。
自分の部屋のベットの上に荷物を置いて、いざ買い物を再会しようと家を出ると、視界の端に小さく気になる映像が映った。
「――あれって、ソフィアちゃん?」
我が相棒の其れよりも濃い、赤銅色の髪の毛を揺らす幼馴染の姿。
彼女の姿を目撃すること自体は、現在地が現在地なだけにさして珍しい事ではないのだけれど、この時ばかりは彼女の姿が目についた。
否、目についたのは彼女の姿という訳では無く、どちらかと言うと彼女が手に持っている物になのかもしれないが……
彼女が手に持っているのは身の丈にも迫りそうな、細長い布袋――
そして、そしてその物体は俺も見た事のある物だったような気がした。
「あれって、もしかして……」
ソフィアちゃんが持っている物が俺の知っている物だとしたら、余りよろしくない事態である。
加えて彼女が向かっている方向も気になるところだった。
俺は上を見上げながら少しだけ考え、予定を少しばかり変更する事にした。
―――――――
ソフィアちゃんの後を追っていると、やっぱりと言うか予想通りの場所を通過していった。
俺も彼女の後を追うため、馴染みの衛兵さんにギルドカードを提示して、御馴染みの大門を通り過ぎる。
通り過ぎたのはグランセルに四つある出入口の一つ、南門。
そしてソフィアちゃんが向かった先は、木々の生い茂る大森林、アルケケルンだった。
その場所は確かに、彼女が抱える物を使うにはここら一旦では、其れなりに適した場所ではあるけれど、それでも冒険者でもない彼女が、防具もつけずに赴くには些か問題のある場所だった。
これは流石に見過ごせなくなった俺は、少し慌ててソフィアちゃんとの接触を計ることにした。
しかしながら、今の今まで思い過ごしで有るかもと、其れなりに距離を開けてソフィアちゃんの後をついてきた手前、彼女との距離もそれなりである。
歩みを早めるがしかし、彼女は森の中に続く道から外れて行ってしまった。
アルケケルンは人の手の加えられた森林ではない、道から外れれば荒れた草木が行く手を阻み、ソフィアちゃんを見失う可能性も高くなる。
急ぎ足で彼女が消えていった地点に向かい、彼女に倣って木々をかき分けた。
一応彼女がかき分けたであろう痕跡はある、だが、南門を出る際他に何人か出国する人がおりの手続きのタイムラグもあって、ソフィアちゃんを追随する事五分程度の遅れがある。
ソフィアちゃんの様子に迷いは見られなかった。
これは追い付くのに骨が折れそうだと、俺は思わず内心で悪態をつく。
――パキパキ、ガサガサと歩みを進める俺。
道を外れれば外れるほど、見渡す景色は区別がつかなくなってゆく。
俺はソフィアちゃんが通ったであろう痕跡を見失わない様に、必死に後を追って行った。
大凡五分程、そうやって歩みを進めていると、不意に前方に見知った姿を見つけることが出来た。
――ソフィアちゃんだ。
彼女は息を殺すように片膝を着き、静かにそれを引き絞っていた。
その姿に思わず息を飲む俺――彼女の姿は母親であるナチェットさんを彷彿とさせるものがあった。
それはソフィアちゃんの容姿が似ているという事ももちろんあるけれど、一番はソフィアちゃんが携える得物が原因だった。
――ソフィアちゃんが引き絞っているのは、ナチェットさん愛用のロングボウだった。
――声を変える間もなく、彼女の弓から矢が放たれた。
思わず矢の行方を目で追う俺、しかし木々の生い茂ったこの場所ではソフィアちゃんの標的を、俺の位置から確認することは出来なかった。
しかし、音だけは俺の耳へと届いてきた。
――響いたのはカーンという乾いた音。
すぐさまソフィアちゃんの表情を確認すれば、彼女は実に苦い表情をしていた。
そして彼女はすぐさま第二射のを行う為に矢筒から矢を引き抜く。
同時に遠方から小さく鋭い駆け音が聞こえてきた事も分かった。
ソフィアちゃんが再度弓を引き絞り、間髪入れず第二射を放った。
第二射は一拍おいてドスッという音を立てた。
そのタイミングになると、いくら視界の悪い大森林と言えど、彼女の獲物が何なのかが分かった。
如何やらソフィアちゃんの第二射も外れてしまったらしい、得物であろう灰色狼は健在だ。
ソフィアちゃんは少しだけ泣きそうになりながら、慌てて三射目の準備に取り掛かろうとしていたが、見るにその射が間に合いそうには思えなかった。
だからこそ俺は彼女の標的を、俺の標的にも切り替えた。
生憎買い物途中であったため、得物にしているハンティングナイフは携帯していない。
第一ハンティングナイフでは圧倒的に間合いが届かない。
よって俺は届くであろう攻撃の準備を行った。
練り上げるのは青の魔力――それを指先に集中させ、駆ける灰色狼に狙いを定める。
『打ち払え――”鉄砲水っ”!!』
打ち出すは青の一閃、水の弾頭。
いくら魔石を体内に有していないとしても、彼らは大自然の中を闊歩する獰猛な獣である。
一直線に飛んでゆく水の軌跡は、普通に灰色狼に打ったところで見て避けられるのがおちだろう。
だがそれは、俺の事を得物だととらえている場合の話だ。
今灰色狼はソフィアちゃん目がけて走っているのだから、この横槍じみた意識外からの魔導を避けらる事など出来はしない。
案の定、俺の『”鉄砲水”』はその特徴的な灰色の胴体に着弾した。
――ギャンッと甲高い鳴き声を上げて横倒しになる灰色狼
死んではいない、そもそも死ぬような威力で魔導を放っていなかった。
灰色狼は転げながら慌てた様子で上体を起こすと、砲撃手である俺の姿を初めて確認した。
その姿に俺は二発目の準備を整える――向けた指先には青色の魔力が目視できる程に渦巻いていた。
そんな姿を目にした灰色狼はというと、不利を察したのかゆっくり後ずさり―― 一瞬の間に俺たちに背を向けて走り去っていった。
そうして残される俺たち。
「――えっ!? うそっ、なんでアル君が此処に!?」
弓の構えを解いたソフィアちゃんはと言うと、今更ながらに俺の登場に驚いていた。
俺はそんな彼女の様子に溜息をつきながら、指先に集めた魔力を散らして彼女へと歩みを進めた。
……――さて、何故ソフィアちゃんがこんな行動をとったのか、ゆっくり問い詰める事にしよう。




