僕たちに出来るあらゆること(後)
俺が握ったいっちゃんの掌は、記憶の片隅に残るそれと殆ど同じで、小さくて、柔らかかった。
明らかに戦う者の手ではない――この掌の持ち主が、剣を取り魔王と戦わなければならないかと思うと胸が苦しくなる。
私が握り返した朔兄の掌は、私の知っているそれよりも少しだけ大きくて、そして何よりゴツゴツしていた。
そのゴツゴツは大凡日本で生活していればなる事は無い高質化――手の皺とはまた違う深い感触は恐らく何かしらの古傷だろう。
私の知らぬ朔兄の一面を新たに再確認し、戦闘に成れた彼の姿に悲しみが込み上げる。
……だけど、俺は、込み上げてくるその想いを飲み込み、掌の主の顔を仰ぎ見た。
響おばさん譲りの色素の薄い髪の毛と瞳――記憶通りの小さな顔。
黒い髪と同色の瞳、眼にかかる様に主張する大きな引っ掻き傷――記憶違いの剣呑な顔。
そんな彼の顔を見ながら、私は掌を通じて彼から送られてくる力を受け入れた。
俺は彼女が傷つく事の無いように、細心の注意を払いながら魔力を送る。
私は身構えながら、彼から送られてくる優しい力の奔流を確かに知覚する。
身構える事数秒――先ほどから繰り返し行っているこの行為は、やっぱり、彼女を傷つけはしなかった。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
『……勇者様っていうのは、本当にこれでもかっていうくらい特殊なニンゲンなんだってこと、改めて思い知らされた気がするよ――まあ、考えようによっては納得なんだけど』
俺はいっちゃんの目の前を左右に行ったり来たりしながら、今しがた行った簡易実験の結果を頭の中で整理する。
今までそういうものだと思い込んで深く考える事をしなかったけれど、勇者様の性質が本当にこの通りならば、色んなことが説明できるのだから面白い。
「『あの、朔に――アルクスさん、そろそろ私にも説明してくれるとありがたいんだけど……』」
『ああ、ごめんごめん。僕が納得してたのは、さっきいっちゃんに簡単に説明した魔導属性についてのことだよ』
「『ええっと、私やアルクスさんが使える”光”とか、”火”とか”水”とかのあれでしょ?』」
俺は持ち歩いているカバンの中から手製のノートと、尖らせた黒鉱石を取り出した。
『うん――まぁ、僕の使ってる”光”については、力技的なものだけど正にそれ。基本的にこの世界のニンゲンは皆魔力を扱えて、複数個の魔導属性を宿してる。僕の場合は”火”と”水”と”風”だ』
ノートを広げて上部の左半分に”火”と”水”と”風”の文字を書き込んで、その文字を一つの大きな丸で囲んだ。
ついでに、囲んだ丸の横に『カタカナ』で『アルクス』の文字も付け加える――どうでも良いが久々に『日本語』を記入した気がした。
『この世界のニンゲンは基本、所持してる属性以外の魔導は使えない。”土”とか”雷”とかね、無理に使用しようとすると大変な事に成るんだけど、それはとりあえずおいておこう』
囲んだ丸の横に今度は”土”と”雷”の文字を書き、その上からバッテンを記入する。
『――でだ、ここでいっちゃんの場合の話に移るんだけど、君の場合は今のところ使える魔導属性は”光”の一つしかない』
今度はノート下部の左側に『いっちゃん』と『光』の文字を付け加える。
『だけど、どうもこの”光”の属性っていうのはとても特殊らしい――恐らくだけどこの”光”の属性っていうのは、全ての属性の上位互換何だと思う』
俺は『光』の文字を削った黒鉱石の先端でトントン突っつきながら言う。
「『……上位互換?』」
『うん、上位互換――”白”っていう色がR、G、Bすべてを混ぜ合わせて出来る色であることから分かる様に、恐らく、全ての色に対する特性を限定的に所持しているのと同義なんだと思う』
「『”光”だけじゃなくて、全部の属性の魔導が使えるって事?』」
『限定的に、ね――ほら、君は魔王を倒すために精霊王の加護を集めに行くでしょう? 通常上位にしろ下位にしろ、精霊から加護を貰おうとすれば、必然自分と同じ属性に限られる――元々勇者って人種は全ての属性の加護を得られるって言い伝えれれてる。って事はその加護があれば、”光”意外の属性も使えるようになるかもしれない』
そういえば、テッドのカルブンクルス家に伝わる火の魔導には、歴代勇者様から伝授された『日本語』の魔導があった事を思い出す。
もしかしたらその勇者様が初めから”光”の属性の他に、”火”の属性も持っていたって可能性もあるけれど、”火”の精霊王から加護を貰った事で”火”の属性を扱えるようになったって可能性だってある。
「『ふーん、なんかすごいね……でもそれって、私の魔導の練習に何か関係する事なの?』」
『あるよ、君のその特性が分かれば僕達にとって、凄く効果的な魔力操作の練習ができる。そもそも、君が今つまずいているのは魔力運用の仕方だ――魔力の放出は出来るけれど、その強弱の加減が出来ない――つまりいっちゃんにはまだ魔力量を測る尺が出来ていないんだ、だから――』
俺は言いながら手を伸ばし、彼女の手を優しく握った。
俺の突然の行動に彼女は狼狽える。
「『ちょっ、朔兄、一体何を――』」
『――いっちゃん、今から君に緑の魔力を送る。その魔力量を出来る限り感じ取ってくれ』
俺はその宣言通り、魔力の五パーセントを彼女へと送った――現魔力総量、貯蔵量を含め二百六十七パーセント、まだまだ魔力に余裕はある。
『……どう? 魔力、分かった?』
「『う、うん、何となくだけど……』」
『よし、それじゃあ、次は君が僕に向かって、今僕が送ったのと同量の魔力を送り返してみて』
「『――ああっ、なるほどそっか。分かった。やってみるね』」
それを聞いて、いっちゃんにもようやく俺がやろうとしていることが分かったのか、納得した表情で頷いた。
そう、いっちゃんにはまだ、魔力量を調節する尺が出来ていない。
故に俺が彼女放出する魔力量を随時測定し、彼女の魔力運用の足掛かりにしようとしているのだ。
「『じゃあ行くよっ』」
意気込む彼女に反応して、俺も同時に意気込んだ。
そう、意気込む必要があった。
何気なく始めた事で、いっちゃんはまだこの練習の危険性に気がついてはないけれど、実は結構危険な行為であるのだから。
――俺は彼女から送られてくる魔力を知覚すると同時、それと同等の魔力を練り上げ、送られてくる端から相殺するように魔力をぶつけた。
――が、やはり最初から上手くはいかなかったらしい。
「『――え?』」
『――痛ぅッ!!』
ビキリッという耳に着く嫌な音。
そして音と同時、魔力を流し込まれた俺の右手から鮮烈な赤が噴出した。
その光景に、いっちゃんは間の抜けた声を出している。
「『……えっ、え、な、なに、これ、私、なにか、失敗した?』」
『――うん、失敗と言えば、失敗かな? さっき僕が君に送った魔力は僕の魔力総量の五パーセント、だけど君が送ってきたのは八パーセント強って所だね。想定していたのよりもちょっと多かった。ゴメン、僕が失敗した』
いっちゃんの持つ”光”の属性は、全ての属性の上位互換で、同時に下位互換も備えている。
故に俺の緑の魔力を送っても、いっちゃんが反発暴走によって傷つく事は無い。
だけど、彼女から送られてくる魔力は、”光”という俺によっては上位互換の属性。
当然俺に”光”の属性の魔力に対する耐性はない。
故にこそ、いっちゃんより送られてくる魔力に合わせ、同等かそれ以上の魔力を放出することで魔力を相殺しなければ、反発暴走によって傷つくのは自明の理だった。
「『っ!? い、意味が分からないよ。兎に角早く治療しないとっ!?』」
『いいや、この程度なら慣れたモノさ、心配するほどの傷じゃない――さ、続きをしよう』
「『な、なに言ってるの!? そんな事出来るわけ――痛っ!?』」
握っていた手を振りほどこうとするいっちゃんだったが、俺は力を込めて握り返しそれを拒否した。
彼女が眼を見開き、信じられないとでも言いたげな表情を浮かべている。
『僕は言ったよね――僕達にとって、凄く効果的な魔力操作の練習ができるって。これは『ワイルドカラーマジック』の副作用を軽減するいい練習に成る。加えて君は魔力量調整の練習が出来る。ほら一石二鳥だ』
「『で、でも、だからってこんなのやだよっ』」
『嫌でもやるんだ。上手くいくまで僕はこの手を離さない。付け焼刃的な練習だけど、それでも何度も叩かれれば本物になる』
泣きそうになっている彼女に向かって、そして何より俺自身に言い聞かせるように言う。
本当はもっとましな練習が出来れば良かったのだろう。
だけど使える時間は有限で、あまりに短い。
嫌われるのは嫌だけど――それでも甘んじて受け入れよう。
いっちゃんを守るための力なら、大きければ大きいほどいいってもんだ。
『僕は言ったよ。君が強くなる協力をするって。絶対に君を無事に元の世界に返してあげるって――だから一緒に頑張ろう?』
遂に泣き始めてしまったいっちゃんに向かい。俺は心を鬼にしてそう言い放った。
何とか投稿で来た。
誤字脱字あったら教えてくださると幸いです。
さあ、次は打ち上げ花火の申請書を成田空港に送らないと……
本当にやる事沢山で目が回りそうだ……




