僕たちに出来るあらゆること(前)
お待たせしてすみません。
短くてすみません。
お詫びと言っては何ですが、来週もう一話更新する予定ですので、其れで許してください。
……「僕」に、「私」に、そして「俺」。
この三つは私が知ってる朔兄の使う一人称だった。
この中で一番使用頻度が高いのは「僕」――家族や友達、そして私と話すとき彼は大体この一人称を使用する。
多分きっと恐らく、朔兄が心を許している人と話すときに多用する一人称だと思う。
続いて「私」――見ず知らずの他人や、あまり話をしたことが無い学校の先生や先輩とかと話すときに使用しているのを聞いたことがある。
他人行儀も甚だしく、若干の警戒が見て取れる時もある。
あと、目上の人や、公式の場なんかだとこの一人称になるっぽい。
そして最後、一番使用頻度が低いのが「俺」――これは朔兄の感情が高ぶっている時にポロっと零れる一人称。
怒っている時、苛立っている時、真剣な時。
そうでなければ「守られていろっ」なんてパワーワードをこの人が口にするはずがない。
混じりっけなし、偽りもない真っ直ぐな気持ちを零す時――それがこの一人称の時だった。
それだけ、朔兄は真剣なのだ。
私の胸ぐらを掴む手の力は相変わらず強くて身動きが取れない私に、これでもかと言うくらい顔を近づけてくる朔兄。
私史上初な位に朔兄が近くて、こんな状況にも拘わらず私の心臓は早鐘を打ち、体が熱くなる。
私の全てを征服されたような、心地良い陶酔感。
『――いっちゃん、君は俺に死んでほしくないってさっき言ってたね。だけどそれは俺もおんなじだ』
私を真っ直ぐ見つめてくるギラギラとした精悍な瞳――
私の知る彼より、少し低い身長で、顔つきや声音だって変わってしまって、目元なんか殺伐とした大きな傷までは入っている――むしろ前と同じ処を見つける方が難しいけれど……
それでも彼は、以前と変わらぬ光を燈した瞳で私を真っ直ぐに見つめ返してきた。
朔兄の口が、まるでわたしの喉笛に喰らいつくかのように開かれる。
『――俺も君には絶対に、死んでほしくない!! 約束するっ、俺が君を必ず無事に元の世界に返してあげるから』
私の事だけを見て、私の事だけを想って発せられた言葉――
それは何れ訪れる離別を指し示す言葉だったけれど、雰囲気に酔っていた私にそれを否定する事なんてできず、でも何かをいう事も出来なかった私は――ただ小さく頷いた。
……――頷いて、しまった。
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こうして俺は何とか最上の騎士の称号をもぎ取り、勇者様の旅の同行者になった。
勇者様のお披露目も行われ、彼女の存在はグランセル中に知れ渡り、そのついでに二人の最上の騎士知れることになる。
そうなると、いよいよもってして、国中の人達は俺たちの出立を期待することとなった。
此処グランセルはそれほど被害の話出ていないが、魔王の脅威は少しずつ、だが、確実に増しているらしい。
オケアノスの向こうの大陸ではそれが顕著で、いくつかの街が攻め滅ぼされたなんて話も聞いていた。
いつ何時グランセルが襲われないとも限らない。
故にこそ彼らは、魔王を討つことが出来る勇者様の出立を期待しているのだ。
そんな俺たち、期待の勇者様一行の出立だが、話し合いの結果一月後という事になった。
表向きの理由は選出された最上の騎士の二人が、マルクス学園の学生であった事、そして卒業間近であった事。
当人たちの希望と言う形で、マルクス学園卒業の後、魔王討伐の旅に出ると言う形に落ち着いたのだ。
無論、それに対して不満を言う民衆もいはしたが、それでも文字通り命懸けで魔王討伐の旅に出る、俺たちの願いを無下にすることは出来なかったらしく、何とかこの話はまとまりを見せていた。
だが、正直な話をすると、マルクス学園の卒業については一月なんて時間を待つ必要などどこにもなかった。
マルクス学園の卒業試験内容は、試験官の前で己の最高の御業を示すというものだ。
要は今の自分が出来る最高の魔導を披露するという訳なのだが、俺は『ワイルドカラーマジック』を武具大会で披露してみせたし、ステルラハルトさんも高い技量を示して見せている。
それによって特例扱いで、卒業試験を合格したと見なしてもらえており、既に学園に通う必要性も殆どなかった。
では何故、そんな理由を用意しなければならなかったのか。
その理由は他でもない、勇者様という存在自身にあったのだ。
グランセルに限らず、恐らくはイリオスと言うこの世界の人々が持つ勇者様についての認識は、実のところかなり曖昧だった。
勇者様の定義と言えば、魔王を滅せられる光の魔導属性を有しており、グランセル国家によって異国より召喚される者となっている。
そのため、人々の勇者召喚に対する認識は、イリオスのどこかに現れる光の魔導属性を有する人物を呼び出すことなのだ。
更に、光の魔導属性は、魔導属性の測定では有していることが分からず、唯一判断できるのが勇者召喚の魔導だけだと思われている。
故に彼らは思っているのだ、光の魔導属性と言う特別な力を持っていても、勇者様は根本的には俺たちと同じ価値観を持った存在なのだと。
彼らはまかり間違っても、こんなことは思っていないのだ、まさか勇者様が、剣の振り方も知らず、魔力さえ満足に扱うことが出来ないなんてことは。
「『……ごめん、朔に――アルクスさん、もう一回、もう一回魔力の使い方教えて!!』」
彼らは知らないのだ、勇者様のこんな情けない姿を。
表があれば、当然裏の事情も存在する。
魔王討伐の旅の出立までの一月と言う期間――それはつまるところ、我らが勇者様に戦う術を教える期間だった。




