最上騎士の決意
両腕から流血するあの人は、顔を歪めながらも、何事もなかったかのようにその場に傅いた。
魔導の中には治癒に使えるものがあると聞いたことがあるし、実際魔導武具大会の決勝戦では、朔兄が自分自身に施しているのを私は目にしていた。
だというのに治癒を施しもせず傅いたのは、きっと筋が通らないからとでも思っているからなんだろう。
朔兄はあの光の魔導を放つ際、確かに私たちに言い放っていた。
――これから自分の放つ一つの魔導を見てほしい、と。
予め取った魔導行使の許可は一つだけ、だからこそそれ以外の魔導は使うべきではない、と、本気でそんな事を考えているのだと思った。
何時もは自己主張が少ない癖に、変な処で筋を通そうとする。
姿かたちは変わってしまっても、在り方は全然変わらない。
故にこそ、だからこそ――朔兄が今しがた口にした言葉が、紛うことなく本心であることは容易に解ることだった。
――私は何も言えなかった。
身命を賭してでも魔王を打つと言い放った彼の言葉――朔兄の其れの重さに押しつぶされて、言いたいことはあったのに私の口からは何の言葉も出てこなかった。
私と同じように、他の皆も押し黙る――朔兄たちの後ろにいる貴族様方や騎士様たちも、さっきまで勢いよく喋っていた青色と赤色の特別な貴族様も、そして、私の横に
並んでいる人達さえも――
だが、そんな空間の中で、たった一人――朔兄と対面していた王様だけが、一度大きく息を吐き出した。
その一息は決して大きな音ではなかったけれど、きっとこの部屋に居たみんなの耳に届いているんじゃないかなんてどうでもいい事を、私は漠然と考えた。
「――アルクスよ、そなたにそこまでの覚悟が出来ているというのならば、もう何も言うまい――先ほどの発言は撤回する」
王様の発言に、私は思わず彼を見た。
――発言を撤回する。彼は確かにそう言った。
それはつまり――
「我がエクセリオンの名において改めて命じる――ステルラハルト・フォン・アルマース並びに、アルクス・ウェッジウッドの両名を最上の騎士に任命し、勇者殿の守護を命ずる」
「――本当にありがとうございます。王様。謹んで、拝命いたします」
「其れならば私も納得が行きます。私、ステルラハルト・フォン・アルマースも承知致しました」
王様の言葉に、傅いたまま朔兄は震える声で更に頭を下げていた。
「『っ!? なんで? いったい何故ですか王様っ!!』」
咄嗟に抗議の声を上げるがしかし、王様は厳格な視線で私を制してくる。
一拍の後、まるで諭すような口調が発せられた。
「――イツキ殿、あの者の覚悟は本物だ。そなたが何を危惧しているかは知らぬが、此処であの者を最上の騎士にせずとも、結果は変わらぬぞ?」
「『か、変わらないって、何ですか……』」
「恐らくそなたも分かっているのだろう? あの者は此処で許可が出なかったとしても、一旅人としてそなたについてゆくだろう、ともすればあの者は何の支援もなく魔王討伐の旅に出るという事だ」
「『っっ!?』」
「私としても才多きあの若人をこのまま旅立たせるのは心苦しいモノがある。なればあの者を二人目の最上の騎士に任命し、そなたと共に支援するのが適切と判断した――なに、別段最上の騎士が一人でなければならないという決まりはない、過去複数人の最上の騎士を連れた勇者も少なからず存在するのだからな――」
「『…………』」
私は、またも何も言い返せなかった。
王様がいう事は正論で、ぐぅの音も出ないとはまさにこのことだろう。
そもそも、朔兄を最上の騎士にしたくないと言うのは、私の我儘でしかない。
私は朔兄を危険から遠ざけたくて、最上の騎士にしないでほしいと頼んだ。
だというのに最上の騎士にならない方が、それ以上に危険に成り得るなんて誰が考えるのか。
この人たちは私の我儘を叶える為に、最大限の事をしてくれて、その上でこの結果なのだ。
これ以上私の我儘でこの場をひっかきまわすことは出来なかったし、そんな事をする気力も湧いてこなかった。
「――それでは、これにて最上の騎士の任命式を終わりとする」
王様が厳粛に任命式を終わらせる横で、私は静かに視線を伏せた。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
何とか任命式も終わり、紆余曲折有ったが何とか無事最上の騎士の称号を得た俺は、その後お城のとある一室へと案内された。
訳も分からず言われるがまま、お城務めの騎士の後について行った訳だが、その部屋についた時、ようやくこの行動の意図が分かった気がした。
綺麗な調度品が揃えられた部屋の中――そこにいたのはこの国のお姫様と、お姫様の侍女が数名、そして他ならぬあの人の姿。
――きっと恐らくこれは顔合わせ的な何かなのだろう。
それを確認すべく、話しかける対象を絞らずに俺は声を発してみた。
「――何故僕だけが呼ばれたのでしょうか? ステルラハルトさんは呼ばなくてよかったのですか?」
「彼も後ほどお招きする予定です。御一方ずつの方が親睦が深めやすいと思いまして」
意外にも答えてくれたのはお姫様だった――そんな彼女にお礼も込めて小さく頭を下げておく。
だが、同時進行でこの状況は一体どうしたものだろうかと、密かに考える。
あの日、あの日南門でいっちゃんと再会し、今日まで我武者羅に来たけれど、いざ彼女を目の前にしてみるとどうしていいか分からなかった。
思えばまともに会話さえしていない事に、今更ながら驚いてしまう。
「『……すみませんが、この人と二人だけでお話がしたいんです。他の方は少しだけ、部屋から出て頂けませんか?』」
いっちゃんになんて声をかけようかとオロオロしていた俺だったが、動いたのはいっちゃんの方が先だった。
俺をこの場に連れてきた騎士さんや、侍女さんたちが若干ざわついたけれど、お姫様がそんな彼らを手で制す。
「――でしたら私たちは隣の部屋に移動していますね。何か用がありましたらそちらにあるそれを鳴らしてくださいまし」
お姫様が指さす先に目を向ければ、見るからに高そうな白い机に小さなハンドベルが置いてあった。
「『――ありがとう、プリムラ』」
「いえ、それでは失礼いたしますね」
その言葉で優雅に一礼するお姫様は、ふわりとその身を翻し、侍女によって開けられた扉の向こうへと姿を消していった。
お姫様に続き侍女と騎士も出て行く。
こうして、俺たちは二人きりになる。
南門での再会を除けば、まともに彼女の前に立って話をするのは実に十六年ぶりの事だ。
いっちゃんにとってみれば、どれくらいなのかが少しだけ気になった。
南門で再会した時よりは、幾分か体調は良さそうで――その姿は記憶に残るいっちゃんの其れと全く同じだった。
――その姿に俺は不意に泣きそうになる。
だが、先に堰を切ったのは、俺ではなくいっちゃんの方だった。
『さく゛にぃのばかあああ゛ぁぁぁっ!! 私の気もしらないで、なんで騎士になってる゛のっ!! なんで、ひぐっ、あ゛んな痛い゛思いまでして゛ボロボロに゛なってるのっ!? なんで、しんじゃったの゛っっ!!』
『……ごめんね』
俺は喉の奥から何とかその一言だけを絞り出して、胸に抱き着いてくるいっちゃんを抱きとめた。
あんまり意味はないかもしれないけれど、自分の目元を拭ってからいっちゃんの其れも服で拭う。
『ごめんじゃな゛いよっ!? 謝るく゛らいなら、騎士になるのやめてよっ!! 私がんばるがらっ!! 剣も魔法もっ、とにかく頑張るから゛っ!! だからさくにぃはもう頑張らなくていいよ!! もうがんばらないでよっ!! またさくにぃが死んじゃうかもしれないなんてやだよぅ!!』
『――それはだめだねぇ』
間髪入れず断る俺の態度に、一層大きく鳴き声を上げるいっちゃん。
俺は彼女の顔を強引に胸に押し付けて、その大きな鳴き声をくぐもらせた。
『――いっちゃん泣きながらでもいいから、よく聞いて。僕はね、この世界の父さんに言われた事がある――お前には剣を扱う才能がないってね。この場合の才能って何だと思う?』
いっちゃんは俺の胸の中で首を横に振っただけで、何も言わなかった。
『結局父さんには詳しい事は何も聞かなかったけど、僕はこう思ってる――剣を扱う才能は、剣を握る力とか、剣を振るう軌道をイメージする力とか、一瞬の閃きとか、そういったモノの総合力みたいなものだって。だからそのどれか一つでも極端に悪かったら崩れてしまう、そんなものだってね』
因みに俺の場合、剣を振るうのに一番欠如しているは筋力だと思っている。
ぶっちゃけると、俺は非常に非力なのだ。
一般的な片手直剣は、軽い物でも二キロ近い重さがある。
それを満足に振り回すほどの筋力が俺にはない。
前世の知識で筋肉繊維は太くすることは可能でも、数自体を変える事は出来ないという話を聞いたことがある。
一応強化の魔導を用いれば筋肉繊維の量に関わらず、ある程度まで力を上げる事は可能だ。
しかしながらそうしたところで、どうしても下地となる筋力にイメージが引っ張られ、その結果、剣に振り回されてしまうのだ。
『才能が総合力で決まるとすれば、四種の精霊王の加護によって下地をとことんまで強化される君は何処までも強くなるだろう、其れこそ僕なんかが足音にも及ばないくらいに――』
『――だったらっ!!』
『――でもさ、だからといって今はまだそうじゃない』
俺の胸から顔を上げるいっちゃん。
俺はそのタイミングで隙を見て、彼女の襟を両手でつかみ――そのまま彼女の体を部屋の壁へと押し当てた。
その状態で魔力を込めて身体能力を強化する。
『――けふっ、さ、さくにぃ、な、なんでっ』
今の状態が苦しいのか、俺の腕を振りほどこうともがくいっちゃん。
しかし身体強化の魔導を施した俺を跳ねのけることが出来ず、彼女は最終的に俺の腕にタップするしか出来ないようだった。
『――ほら、ほどけない。剣や魔導なんてもってのほか、魔力の使い方すら満足に知らない、それが今の君の現状だ。だからこそいっちゃんの命を守るための騎士は絶対に必要なんだ』
苦しいながらも目を見開いて俺を見返してくるいっちゃん。
『――強く成りたいのなら、強く成る為の協力はしよう。でも強くない今はまだ、大人しく僕たちに、いや、俺に、守られていろっ』
そんな彼女に俺はこれでもかと顔を近づけ、決意と共にそんな言葉をぶつけるのだった。
書き終わってから気になった。
これってもしかして壁ドンってやつじゃ(ry




