任命式で放たれる一射
更新遅くなって申し訳ありません。
実は2週間ほど前に一度完成はしていましたが、操作を誤って内容を一度消してしまいました。
モチベーションが続かず更新が遅くなってしまった次第であります。
本当にごめんなさい。
正直な話をすると、王国からの沙汰を受け取ったあの日からの三日間の記憶は酷く曖昧だった。
一日目は早々に、馬鹿みたいに緊張して殆ど何も手につかなかった。
二日目に至っては、既に何をしたかも思い出せない程。
それはもう酷く虚無的な日常を過ごしていた事だろう。
そして今日に当たる三日目、今できる精一杯の正装をし、王国からの書状を携えて此処にたどり着いていた。
グランセル城――謁見の間。
石造りのその広間は、しかしどうしてなかなか豪奢な造りとなっている。
そんな広間に俺と、序に武具大会の決勝で戦ったステルラハルトさんがかしづき、その前には幾人かの人たちがいた。
まずは左右に分かれる壮齢の四人、装いは異なるが豪華な身なりをし、そしてそれぞれが色違いのマントを羽織っているのが目についた。
そのうちの一人、赤を纏う人には見覚えがあり、そしてそれ故に、他三人がどのような身分であるかが容易く想像できる。
赤を纏うのは我が相棒の父親であり、火炎の当主であるカロルさん。
よって、そこに佇む四人とは、四大貴族のご当主様方という事だろう。
カロルさんのような例外を除けば、俺のような庶民はまず間違いなく関わりあうことのない人々だ。
だが、この場はそれだけでは留まらない――こっそりと視線を上げれば、四大貴族様方のさらに奥、数段の階段の上に更に四つの大きな椅子があった。
腰かけるは更に四人―― この空間の中で一番豪華な椅子に腰かけるは五十に届きそうな位の年齢の男女。
共に立派な王冠を頭上に乗せるあの人たちは、紛うことなくこの国の最高権力者――国王であるエクセリオン王と、王妃であるマリア様。
流石は一国の王様と言うべきか、それともただ単純に俺が思い込んでいるだけのか、兎にも角にもその威圧感は凄まじい。
王妃の横にはこの雰囲気の中でも堂々とした態度でいるこの国のお姫様、プリムラ姫。
そして――王様の横には俺の良く知る大切な人がちょこんと座っていた。
最後に目にした彼女は懐かしい制服姿だったけれど、今は流石にその時の趣きとは違っていた。
正装には違いない――違いないが、彼女の其れはプリムラ姫のようなドレスではなく、どちらかと言えば軍服のような装いだった。
戦いを想定した衣装――それを身に纏ういっちゃんの姿とその表情を目にし、俺の胸はぎゅうっと締め付けられた。
……――全く、彼女はなんて表情をしているのか。
俺の方をじっと見つめるいっちゃんは、少しの”喜”と、多くの”哀”を混ぜた様な表情で俺を見ていた。
――兎に角今にも泣きだしてしまいそうな、そんな表情だ。
一体そんな表情を作らせている彼女の真意とはこれ如何に。
この任命式が進めば、その表情の意味は分かるのだろうか……
「――その方ら、面を上げよ。此度の武具大会、実に大義であった。そなた等のような強者を選定出来た事、誠に嬉しく思うぞ」
低く、だがそれでいてよく響く声――エクセリオン王のその言葉で、俺は慌てていっちゃんから視線を外し、言われるがまま頭を上げる。
そんな王様と視線が交錯し、思わず緊張が高まる。
芯の強そうな眼――エクセリオン王が武勇に優れているという話は聞いたことは無かったが、何故か今まで相対してきた強者と同様の雰囲気を纏っているような気がした。
「優勝者、アルクス・ウェッジウッド――そなたの多彩な魔導を操る術は実に見事であった。よってその栄誉と賞金をそなたに与える」
「――あ、ありがとうございます」
少しだけどもりながら、俺は何とが返事を返した。
だが、同時に若干の違和感を抱く。
今日は任命式なのだ――最上の騎士を任命するのならば、今のタイミングでもよかったのではないのか、と。
「続き、準優勝者、ステルラハルト・フォン・アルマース――そなたはアルクスに敗れはしたが、その実力は申し分ない。否、勝るとも劣らん、よって協議の結果――」
だが、そんな俺の疑問は、直後、王様から放たれた言葉によって瓦解させられる事になる。
「――貴君、ステルラハルト・フォン・アルマースを最上の騎士に任命する」
王様のその言葉を聞いた瞬間、ガンッと頭を鈍器で殴られた様な錯覚を覚えた。
思わず王様を見上げ、そして王様が見つめているステルラハルトさんへと視線を移す――彼もまた唖然とした表情を浮かべていた。
――謁見の間にもざわめきが広がる。
俺の眼前にいる八人には動揺の色はない――如何やら事前に知らされていたらしい。
だが、俺の後ろ側にいる騎士やその他貴族の面々は、俺と同じくその沙汰を初めて聞いたのだろう。
通例通りならば武具大会の優勝者が最上の騎士となる筈なのに、蓋を開けてみれば準優勝者にその役割が任命されたのだ。
聞き間違いなのかと、一体何が起こったのかと言った呟き声が背面から聞こえてきた。
「……発言をお許しください。王よ―― 一体なぜなのでしょうか? 何故優勝者のアルクスではなく、私にその役割を任命なさるのですか?」
――真っ先にその疑問をぶつけたのは、当事者の片割れでもあるステルラハルトさんだった。
その答えを聞くため俺も王様の方へと改めて顔を向けた――否、きっと恐らく疑問を抱いたものは須らく王様の方へと視線を移した事だろう。
だが、当の王様はまるで予想通りとでも言うように、たじろぐことなく構えていた。
「其れについてだが――」
「――王よ、僭越ながら皆へのその説明は、我々が致しましょう」
「――サップヒールス卿か、うむ、其れならば任せよう」
視線を移す――王様の代わりに言葉を発したのは青いマントを纏った見知らぬ男性だった。
恐らくは水流の当主、そしてクレーネ先輩のお父さんだと思われる人。
彼は大きく一つ咳ばらいをした。
「では、改めて――此度の武具大会の優勝者はアルクスであり、ステルラハルトは準優勝者だ。では何故最上の騎士に任命されたのがステルラハルトなのか――簡単だ、アルクスは非常に危うい」
――危うい、その単語を聞いて分かってしまった。
正直な事を言えば、そういった可能性が有るかもしれないと、いつからか思ったこともあった。
もしかしたら、さっきのいっちゃんの泣きそうな表情もそれに起因しての事なのだろうか?
「――皆も見ただろう? アルクスの戦い方を。――皆も知っているだろう? アルクスの呼び名を。私は彼の決勝戦、なりふり構わず勝利を奪った様に見えた。自滅覚悟の特攻で、果たして勇者様の騎士が務まるか? 私は思う――否だと!!」
強い口調で言い放ってくるサップヒールスのご当主様。
ギラギラとした眼光を持って、俺の事を見下ろしてくる。
まるで罪人を糾弾するような、そんな勢いだった。
「サップヒールス卿だけではなく、そういった意見は割と多い。そのような様で勇者の警護が出来るのかとな? 否定するのならばそれでもかまわん、しかし、私からもこれだけは聞いておく――お前のあの様々な属性を操る技、あれは一体どれだけの間使っていられるのだ?」
サップヒールスのご当主様に代わり、核心的なことを聞いてきたのは火炎の当主、カロルさんだった。
彼の物言いは決して糾弾する様なものではなかった。
何となくだけれど、信頼の意が混じっているように感じた。
そして同時に皆を納得させる様な言動を示して見せろ、と言っている様にも感じた。
「恐れながら申し上げます。あの魔導の持続時間はもって五分と言ったところでしょう。ここぞという時にしか使えない。そんな魔導です――その程度しか使えない僕は確かに、最上の騎士にはふさわしくないのかもしれませんね」
「なっ!? アルクス、お前は私に言ったじゃないか、どうしても最上の騎士になりたいと――」
俺がサップヒールスさんの言葉を肯定した事で、一番驚いていたのは意外なことに、横にいるステルラハルトさんだった。
否、意外なことではないのかもしれない、そういえば一番強く大見栄を切ったのは彼に対してだった。
俺の執念を隠すことなくさらけ出したのが、他ならない彼なのだ。
だからこそ彼は驚いたのだろう。
「――確かに僕は最上の騎士になりたいと言った。だけどそれは最上の騎士という肩書が欲しかったからじゃない、最上の騎士の役割を全うしたかったからだ」
俺は其れだけをステルラハルトさんに言うと、彼の反応を見ることなく、三度王様と向き合った。
「王様、あなた方がそこまで仰るのでしたら、僕は最上の騎士に成るのを諦めます。確かに能力的に観ればステルラハルトさん以上にその役割を全うできる人は他に居ないでしょう。むしろこちらからお願いしたいくらいです。その代わり、一つ僕のお願いを聞いてはくれないでしょうか?」
「――申してみよ」
「はい、それでは僭越ながら――僕に勇者様と最上の騎士様の旅に同行する許可を下さい」
俺のお願いに対し、謁見の間のいたる所から息を飲む声が聞こえてきた気がした。
「そなた、正気か? なぜ、そなたは其れを望むというのか?」
「『だめだよっ!? 朔兄それじゃあ意味ないよ!! 私のお願いの意味ないよっ!!』」
ここにきて初めて、いっちゃんが叫び声にも近い声を上げた。
その言葉を聞いて、俺は辛そうにしていたいっちゃんの真意が分かった気がした。
……――そうか、俺が最上の騎士に選ばれなかった理由の一つは、君だったのか。
でも、これだけは何があろうと、例えいっちゃんから言われようと、譲るつもりはなかった。
「ええ、僕は其れを望みます。もしその過程で僕が力不足だというのなら、今から僕が放つ一つの魔導を見てからお考え直し下さいませ」
「――魔導をだと?」
俺はそれだけ言うとその場に立ち上がり、王様たちへと背を向けた。
後ろを向けば貴族や騎士たちが傅いていたが、そんな彼らは少しだけ慌てて左右に避けて行く。
そうして俺の目の前には誰も居なくなり、少し先には城のテラスと城下町の姿が見えた。
任命式の後は、この先のテラスにて国民に勇者と最上の騎士のお披露目をする手筈になっている。
恐らくテラスの外では勇者たちの姿を目にしようと、大勢の国民の姿があるのだろう。
という事は今から放つ魔導を沢山の人に見られる事に成るのだろうけれど、まぁ、構う事ではない。
魔導を使用している人物はこの場所にいる人たちにしか見えないのだから。
魔導を使用する前に一度大きく息を吸い、適度に吐き出して止める。
「――魔力貯蔵炉、開放」
そして俺は体に貯めこんでいる魔力を吐き出した。
ぐずぐずしていると魔力を無駄に放出してしまうので、此処から先は手早く行わなければならない。
『――色階調R255、G:255、B:255、併せっ――』
俺は右手の親指、中指、小指にそれぞれ三色の魔力を顕現させ、思いっきり握りつぶした。
だが、今回の色は『想紅』や『勿忘菫』に比べれば、色の合成はかなり簡単だった。
三色を使いはするものの、それぞれの色階調を最大にすればこの色は完成するのだから。
『ワイルドカラーマジック――白』
赤と緑と青、その三色を最大階調で混ぜ合わせて出来上がる色、それは白色。
「……お、おい、あれって、まさかっ」
それは名も知らぬ誰かの呟きだった。
信じられないとでも言わんとするその呟き――それもそのはず、何せ俺の展開したこの色はこの世界では誰も持っていない筈の属性だったからだ。
『大空を駆け抜けろ――光速の矢羽よっ』
俺は白色の魔力を練り上げて、光の糸を引き絞った。
反発暴走の影響で、ビシリビシリと腕が裂けて行くが、奥歯を噛みしめて我慢する。
作り上げるのは身の丈以上の大弓――そしてそこに番えるのは、光り輝く一本の弓矢。
『貫け――”光陰の矢”っ!!』
そして俺は、その光の矢を一切合財の容赦もなく、大空へと打ち出した。
恐らく外で見ていた者は其れが何だったのかを正しく理解出来てはいないだろう。
だが、外では大きな歓声が上がったのが分かった。
恐らく勘違いしたのだ――勘違いして今の魔導を放った人物を推測したのだ。
勇者が魔導を放ったのだと――そんな推測を。
だがその推測をするのも仕方のない事だ、何せ白色の魔導を使えるものなど一人しかいないのだから――本来ならば。
「ば、バカなっ、光属性の魔導だと!? そなたのその技は、伝説の属性さえ使えると言うのか!?」
「はい、理論上一億六千万種類の魔力色を作り出すことが出来ます、それが例え光の属性でもです。ですので、僕の事は保険とでも思ってください」
「――保険だと」
「ええ、保険です。もし勇者様が万が一魔王に屈しそうになったならば、刺し違えてでも、僕が魔王を倒します」
俺の宣言に目を見開く王様。
彼は微かに震えながら、次の言葉をひねり出してきた。
「最上の騎士を諦めるというならばそなたに同行の義務はない、だというのになぜ、なぜそなたはそこまで……」
「――義務、義務ですか……最上の騎士の役割が義務だから勇者様に付き添うのですか? それは少し違うんじゃないでしょうか?」
「…………」
「僕たちの都合で呼んでしまった勇者様を、無事に元の世界に返してあげること。それが僕たちの本当の義務ではないのですか?」
「「「っ!?」」」
「――どうか、同行の件、よろしくお願い致します」
俺の言葉に三人の人が息を飲むのが分かった。
王様と王妃様、そしてお姫様の三人――俺は万感の思いを込めて、その三人に頭を下るのだった。




