未だ師匠の御業は頂にあり
「このとーりだっ!! 頼むよ、傷だらけの赤色っ!!」
――それはいきなりの事だった。
否、特にこのお願いに限って言えば、いきなり以外の頼まれ方をされた事は無い。
それが例え、早朝に何時もの様に冒険者組合へ訪れた際に、いの一番で言われた事だとしても同じこと。
……因みに同じシチュエーションではこれで三回目だったが、面と向かって傷だらけの赤色と呼ばれたのは初めてだった。
如何やら傷だらけの赤色ってのは俺の新しい通名の一つらしい。
魔導武具大会の決勝で、身に付けていた白いローブが最終的には自分の血で真っ赤に染まってたことが由来らしい。
他にも二つくらいあるらしいけれど、よく考えるなぁと少しだけ感心したのは此処だけの話だった。
「……えーっと、とりあえず顔を挙げてください。貴方は確か、僕と同じ冒険者の人ですよね」
記憶を頼りにそう切り出す俺――目の前で俺に向かって頭を下げてくる彼は、別段親しいという訳でもなかった。
だが、それでも彼には見覚えがあった。
他でもない、この冒険者組合でだ、ここ一年くらい、ギルドで偶に姿をみたことがある。
覚えていないがもしかしたら、二言、三言、会話をしたこともあったかもしれない、そんな関係。
――逆に言えば、この人とはその程度の関係でしかなかったはずだ。
現に彼の名前も、俺は知らなかった。
「そうだっ、俺はマードック、一応六等級の冒険者だ」
「はぁ、それでマードックさんはどうして僕のあれを習いたいと?」
「俺は冒険者になってもう五年になる、自分で言うのも何だが、剣も魔導の腕もそれなりだと思ってる。だけどここ最近すげぇ伸び悩んでる感じがするんだよ、その証拠に冒険者の等級だって一年くらい上がってない。何となくだが、根本的な何かを変えなくちゃならんと、薄々思っていたんだ――そんな時だ、あの武具大会を見たのは」
……何となくだが話の流れが見えた気がした。
だが、俺は特に何もいう事はせず、彼の言葉を黙って聞き続ける事にする。
「聞けばお前の魔導属性は三種類だけだって話じゃねぇか、なのにころころと持ってもいねぇ属性に切り替えるあの魔導は正直衝撃だった。――あれを見てこれだって思ったんだ。俺もこれが使えればもっと強く成れる、もっと上に行けるって思ったんだ。だから頼む、俺にあの属性を変える魔導の使い方を教えてくれよ」
「……教えるのは吝かではないですが、正直やめといた方が良いと思いますよ? 使った僕の姿を貴方も見ていたでしょう?」
「大丈夫だって、魔導は結構得意なんだ、絶対お前より上手く使いこなして見せるからよ」
そう言ってマードックさんはドンと自分の胸を叩いて見せた。
その根拠のない自信は一体どこから来るのかと、問いただしたくなったが敢えて口には出さなかった。
魔導武具大会決勝戦で、俺が最上魔導士さんと対峙した際に使用した魔導、二色以上の魔力を混ぜ合わせる『ワイルドカラーマジック』は一歩間違えれば反発暴走を引き起こしかねない危険な魔導だ。
にもかかわらず、大会を終えて俺に『ワイルドカラーマジック』の使い方を問うてくる者は後を絶たない。
俺的には、この魔導を使うことはお勧めしかねるのだが、使いたければ勝手に使えと言うのが正直な処だった。
結局のところこの魔導を使って傷ついても、自己責任ってやつなのだから。
だが、俺に教えを乞うてくる人たちは、勝手に使うという事をしない。
否、この表現は詰まる所正しくないのだろう――恐らく彼らには使えないのだ。
それはマードックさんにしてもそう、俺に教わり来ている時点でそれは確定的だった。
この手の手合いの人は結構しつこい、しかも目の前の人は言葉の端々からも分かる様に、少しばかり自信家だ。
故に迷う――はてさて、一体何と言えば彼は諦めてくれるだろうか……
「アル君おはよう。今日も君は早いね」
と、俺が何でいると第三者から声をかけられた。
俺と、序に目の前のマードックさんも一緒に声の主へと顔を向けると、そこには実に頼れるお人がいた。
まぁ、その人がそこにいるのは職業柄当たり前の事だった。
なんといっても今俺たちがいるこの場所は、冒険者組合なのだから。
「――おはようございます。アルトさん」
「全く君は、来て早々同じような手合いに絡まれて、もうちょっと上手いあしらい方を覚えた方が良いよ?」
「あはは……」
アルトさんの言葉に、俺は笑う事しか出来なかった。
このようにぐいぐい来る人は昔も今も若干苦手だった。
「おいおい受付のねーちゃんよ、今は俺がこの傷だらけの赤色に頼み事をしてんだ、だから――」
「――確かにいざこざでもなければ、受付嬢の私では貴方たちの会話に割り込む権利はないのでしょう」
「だろ? 無関係なんだからちょっと黙っててくんねーか」
「ですが、その子の魔導の師匠としてなら、話に加わる権利はあると思いますが」
「――へぇ」
今の言葉でマードックさんの関心は俺からアルトさんに完全に移ってしまったらしい。
彼はジロジロとアルトさんの姿をじっくり眺めたかと思うと、徐に受付のカウンターへと近づき、肘をついて頬杖をついた。
「あんたが傷だらけの赤色の師匠だってんなら好都合だ、坊主よりも綺麗なねーちゃんの方が気が入る。傷だらけの赤色が羨ましいねぇ、是非俺にも、手取り足取り教えてくれよ」
そういう彼の眼には明らかに下卑た色が混じっていた。
確かにアルトさんはそんじょ其処らではお目にかかれないほどの美人さんで、ギルドの受付嬢の中でも一、二を争う程に人気があった。
魔導を教わる以上に、そんなアルトさんとお近づきになりたいという打算がありありと見て取れた。
同じ男としてその思いは分からなくもないけれど、それにしてもマードックさんのは実にあからさまだった。
当然のことながらアルトさんが、そんな浅はかな彼の言葉に乗ることはない。
ふぅ、と、アルトさんは小さく溜息を吐き出した。
「それではお聞きします。貴方の魔導属性は何ですか?」
「お、話が分かるな、俺は水と風、あと金属性だ」
「そうですか、では風の魔導で良いですね――とりあえずこれと同じ魔力を出してみてください」
言ってアルトさんは顔の位置まで右手を挙げると、人差指に緑色の魔力を灯らせた。
「おう、これでいいか?」
言ってマードックさんも同じように人差指に魔力光を灯らせた。
一見すると彼女と同じ緑色の光――だけど俺には直ぐに分かった。
「――論外ですね、私は同じ魔力を出してくださいと言ったのですよ?」
「はぁ? 何言ってやがる、同じ魔力を出してるじゃねぇか、何の文句があるってんだ!」
「――はぁ、アル君、彼に見本を見せてあげてください」
再び溜息一つ、アルトさんは呆れながら俺にそう言ってきた。
師匠の言葉に従い、俺も同様に右手の指先に魔力を宿らせた。
「俺のと同じじゃねえか、あれが何だってんだ」
「……えっと、何と言うか、貴方の出した魔力光だと僕たちの出した魔力と階調が20くらい違います。アルトさんが出したのはGの200、貴方のはGの180です」
「だから論外だと言ったんです。この違いが分からなければ貴方にあの彩色の魔導を使うことは出来ません。そもそも魔導の使い方を教わりに来ている時点で貴方に素養がない、どうせ二色以上の魔力を出すこと自体が出来ないのでしょう? それは私たちには普通の事で、アル君だからこそ出来る事です。もしそれでもどうしても使いたいというのなら、まずは自己暗示から出来るようになってくださいな」
流石はアルトさん――しっかり説明したわけでもないのに、彼女は『ワイルドカラーマジック』の特性に気が付いていた。
普通の人はそもそも二種類の魔導を一度に使う事が出来ない。
それは反発暴走が起こることを本能が理解しているが故の事。
だからこそ二色以上の魔力を混ぜ合わせる『ワイルドカラーマジック』は普通の人には使えない。
魔導に対する危険回避の本能がない俺のような人間にしか使うことが出来ないのだ。
だからこそ、二色以上の魔力を混ぜ合わせるという発想があると知ったうえで、その行動が行えない時点で、その人には正常な危機回避の本能が備わっているという事に他ならない。
それこそ、二色以上の魔力を使えると思い込めるだけの、強い自己暗示でもかけない限りそれは変わらないだろう。
バッサリと切り捨てるアルトさん言葉に、聞いていたマードックさんはブルブルと肩を震わせた。
「はぁ!? 傷だらけの赤色に使えて、俺には使えねぇだと!? ふざけんなっ!!」
激高した彼は指先に更なる魔力を込めて行く――そのまま魔導を発動する為に。
それは十分八つ当たりと呼べる行動だった。
超至近距離ともいえる場所で魔導を発動しようとしているのだ、対応を誤れば小さくない怪我を負ってしまう事だろう。
だが、まさかそんなに簡単に魔導を打ってくるとは思っていなかった俺は、咄嗟に対応することが出来なかった。
「――全く危ないでしょう。こんなところで魔導を発動させようなんて、一体何を考えているんですか」
しかしながら、未熟な俺とは違いアルトさんはこうなることも想定内だったのだろう。
彼女は指先に宿った小さな魔力を、属性を発動させることなくマードックさんに向かって放った。
通常ならば何の効果も発現しないその魔力は、フヨフヨと飛び、高ぶるマードックさんの魔力へとぶつかる。
――瞬間、彼の魔力は其れに誘導されるようにぐにゃりと歪み、そのまま――
「なん!? ――へぶっ!!!!」
――ボンッと音を立て、彼の顔の超至近距離でその魔導は暴発した。
ドサリと倒れ込むマードックさんと、冷ややかにそれを見下ろすアルトさん。その構図に俺は冷汗が止まらなかった。
話には聞いていたが、改めて見てみると凄まじい。
何でも我が師匠は、あらゆる魔力と親和性の高い魔力を生成できるという、所謂感応能力的な力があるらしいのだ。
故に通常ならばまず不可能だが、アルトさんは自分の魔力で相手の魔導の発動を暴発させることが出来るらしい。
その有用性は今しがた目の前で起きた事を見れば、理解に容易い。
『ワイルドカラーマジック』を生み出してはみたものの、恐らくそれを用いても――否、単純な魔導勝負では彼女に勝つことは不可能だと思った。
今日はギルドに届いているであろう書面を取りに来ただけだと言うのに、まさかこんな光景を目にすることになるとはだれが予想できただろうか。
それこそまさに神のみぞ知るという奴なのだろう。
とりあえず俺は、師匠の凄さを再確認すると同時に、そのために犠牲になった一人の男性に向かって人知れず手を合わせるのだった。
切りが良いので此処までで投稿。
短くてすみません。




