-師匠の感じた疑念-
短くてすみません
何百何千という人々を収容している闘技場が、冗談抜きで揺れているかと思った――
それほどの声援、それほどの轟音――
それは大凡ほとんど全ての人の予想を裏切り、勝利せしめた少年に向けての歓声だった。
策を弄し、小細工を織り込み、驚くほどに緻密に計算された戦術を繰り出す平民の少年と、それを真っ向から力で、技術で、能力でねじ伏せる貴族崩れの少年の戦い。
実際観戦している人の殆どは、アル君が何をしていたのか理解できてはいないのだろうけれど、それが分かっていなくとも、どちらの選手が優勢なのかと言う状況判断だけは誰の目から見ても明らかだった。
策を潰され、武器を弾かれ、傷を負う――対戦前は真っ白だった彼のローブは、試合が進むにつれて朱色に染まっていった。
誰の目から見てのアル君の不利は明らか――そのはずだった。
だけどアル君は覆した。
まるで万華鏡みたいに色を変えながら、彼は強引に勝利をもぎ取ってみせた。
その光景を目にしていた観客たちはさぞ驚いたことだろう。
未所持の魔導属性を自在に操るその様は、観客達にとっては正に青天の霹靂、驚くなと言う方が無理な話だ。
それは私も同じ――アル君の魔導を見て、それはもう色んなことがグルグルと頭の中を巡り、訳が分からなくなりかけた。
反発暴走はどうなってるのか、とか、体から噴き出る膨大な魔力量の事とか、そんな事を本当に色々と――
裂傷を作って、血反吐を吐きながら魔導を使っている処を見るに、反発暴走については完璧に処理出来ていないみたい、なんてことを心の片隅で冷静に考察している自分に少し嫌になったりもしたけれど、それ以上に私の心の内の大部分を占めたのは、恐らくこの広い闘技場内に置いて唯一無二の想いだった。
……――なんでアル君が、あの彩色の魔導を扱えるの?
「――まさかこんなところで、貴方様の姿を見るとは思ってもいませんでした」
――呆けていた私の耳に、そんな声が届いた。
何処かで聞き覚えのある声に、無意識に顔を向けて一拍――私は慌てて顔を反らした。
「ひ、人違いじゃない? 世の中には同じ顔の人が三人は居るって話だし、他人の空似でしょう?」
「――見間違えるはずがありません、そのお声、翠石の如き瞳、アルトクリスタ様ですよね? お分かりになりませんか? 族長の息子の一人、ラディウス・グランクリューソスです!」
知っていた。彼の顔を一目見た時点で予想はついていた。
私の記憶に残る彼は今より遥に背も低くて、それだけなら別人なのだけれど、彼と最後に顔を合わせたのは百年以上前の話。
それだけの時間経過があれば、例え成長の遅い妖精族と言えど、少年が青年に変わるには十分な時間だった。
とは言えいくら月日が流れようとも、好奇心の光でみちたあの特徴的な金眼そのままで、だからこそ一目でわかってしまったのだ。
意外な再開にダラダラと冷汗をかく私だったが、そんな私の様子を察したらしい。
次に投げかけられたのは正直予想外の言葉だった。
「どうか安心してください。私は貴方様の捜索をしている訳ではありません。私も人間の都市に居を構える身ですので、秘密裏にね」
……秘密裏にと言う割に、私とは違い隠すことなく長耳をさらけ出している事に違和感を覚えたが、記憶の奥から当時の事を拾い上げる事に成功し、思い直した。
そういえば、彼は当時から興味のない事にはとことん無頓着だった。
となれば、秘密裏にグランセルに居を構える彼は、私と同じような立場という事になる。
ニンゲンの都市に隠れ住む私と同じ立場。
そこまで考えて、私はとりあえず観念することにした。
「……はぁ、とうとうばれちゃいましたか。お久しぶりですラディウス君。大きくなりましたね」
「っ、はい、はいっ! アルトクリスタ様もよくぞ御無事でっ、賊に襲われ行方知れずと聞いたときは心臓が止まる思いでしたがしかし、我が友アルクスの雄姿を見に来て、まさか貴方様の御無事も確認できるとは、今日は何たる日かっ」
「……色々気になるところはあるけど、とりあえずアルブンガルドには秘密にしてくれると嬉しいかな? 大丈夫だと思うけど」
「はい、私は故郷を飛び出した身、貴方様の御無事を報告に行けば私も序に拘束されましょう。そればかりは流石に御免被るので」
とりあえず明確な言質を取ることが出来た事にホッと一息――今の生活が崩れずに済みそうであることに私は安堵する。
安全も確保できたことなので、先ほど感じた気になる事についてを言及することにする。
「君が里を出た事も驚きだけど、さっきの口ぶりだとアル君と知り合いだって事にも正直驚きかな。あの子とどういう知り合いなの?」
「アルクスとは魔導の探求仲間です。そういうアルトクリスタ様はアルクスとは?」
「――うん、不肖だけどね、一応私はあの子の魔導の師匠だよ」
「そうでしたかっ。いやなるほど、アルクスの魔力操作技術や発想には毎回驚かされておりますが、神薙様の弟子と言うのなら納得だ。全く羨ましい」
「いえいえ、魔力操作については確かに教えはしたけど、発想については紛れもなくあの子の力なんだよね―― 一つ確認しておくけど、あの彩色の魔導、あれを教えたのは君ではないよね?」
私の質問に訝し気な表情を浮かべるラディウス君。
その表情から、私の質問が否定される事であろうことを察知する。
「――いえ、寧ろ私はアルクスが貴方様のお弟子と聞いて、てっきり貴方様からご教授されたモノかとばかり」
「違うねぇ、確かにあの魔力操作を用いれば彩色の魔導に行き着く可能性はあるけれど、私たちには普通は無理な筈なんだよね」
――そう、私たちにとっては、だ。
私たちは本来、色を混ぜ合わせるという発想に至れない。
私だって、そういう魔導が有るという事を予め知っていなければ、認識する事さえ出来なかったことだろう。
私だって、私の師匠がアル君と同様の彩色の魔導を使っていなければ、認知する事さえ出来なかっただろう。
だが、魔導に対する危険回避の本能が無いアル君に限れば話は別だ。
今思えば、平気で魔導を混ぜ合わせる事が出来る彼ならば、彩色の魔導にたどり着くのは必然であった様な気さえする。
「――いったい何だろうね、このモヤモヤは」
私は何故か我が愛弟子の所業に作為的なモノを感じたような気がした。
とは言え確証に至るモノは何もなし。
私は一人モヤモヤした気持ちを内に秘めながら、闘技場の中心で万雷の喝采を受ける愛弟子の姿を、静かに眺めるのだった。




