最上魔導士への挑戦(後)
あけましておめでとうございます。
更新遅くなってすいません。お仕事忙しくて……
お詫びと言っては何ですが、今回は長いです。
本当に引くぐらい長いです。誤字等満載だと思いますが、見つけ次第直します。
何か見つけたら教えてくださると幸いです。
たった一つですらまともに受ければ致命傷を与える風の刃の輪舞陣――
しかもそれを『水蛇縛譜』の上から叩き込むのだから、普通ならば過剰攻撃でしかないだろう。
――しかしながら俺はその過剰攻撃を、一切の容赦もなく、ただただ全力でステルラハルトさんに叩き込んだ。
元々『風殺陣』は既に放っている『風刃』を使用するという性質上、後から威力を弱めるなんてことは出来ないのだけれども、もし加減が出来たとしても俺はやはり、全力で打ち込んでいたと思う。
現在進行形で戦っているからこそ分かる――加減などしようものならば、この対戦相手には絶対に刃は届かないだろうという予感があった。
――風の刃たちが標的へと殺到する。ひしめき合いながら我先にと突っ込み、盛大に土煙を巻き上げた。
魔導の余波が頬を撫でる。
乾いて冷たい風だった。
巻き上げられた土煙で、生憎対戦相手の姿はまだ確認できない。
俺はそんな土煙を目にしながら、知らぬうちに小さく一言呟いていた。
『――冗談じゃない、勘弁してよ……』
――女々しいまでの恨み言を呟いていた。
これ以上ないタイミングだった。
魔導を放つ前、わざとらしく切り札の存在を匂わせたのだって、ステルラハルトさんの思考を一時的にマヒさせるために言った。
思考を強制停止させて、『風殺陣』に対する防御の行動を遅らせる為に言ったのだ。
彼は俺の言葉につられて、僅かに残っていた思考の為のリソースさえも奪ったつもりでいた。
――だが、甘かったらしい。
『風殺陣』が着弾するその数瞬前、見えてしまったのだ。
ステルラハルトさんが、色づいた魔力を纏うその一瞬を――茶色の魔力を纏ったその姿を。
その事実が指し示すことはつまり――
――舞う砂塵の中、段々と露わになるのは巨大な球体のシルエット。
『……やっぱりか』
そこには鈍色をした隔壁があった。
茶色の魔力発光――それはつまり金属を生成し操ることが出来るという、金属性の魔導行使。
『風刃』が如何に卂く鋭い刃だとしても、重厚な金属壁など切り裂ける訳もない。
悔しいほどに適切過ぎる判断だった。
――歯噛みする俺をあざ笑うかのように、鈍色の球体は綺麗に割れて地面に消えて行く。
その中から『水蛇縛譜』で拘束していたはずのステルラハルトさんが平然と出てきた。
「くっ、まさかあれ程の大技を隠蔽していたなんてね」
……幸い全くの無傷という訳でもなかったらしい。
あの一瞬、彼の展開した金属壁を掻い潜った僅かな余波が彼に手傷を負わせていた。
左の二の腕と右の太腿あたり――腕の方は右手を宛がっているが足の方は特に何をしている訳でもなかった。
引きずる事もなく平然と出てきた当たり、動くに支障がある訳では無いらしい。
……運さえ味方に付けて成功させた一撃だというのに、得られた成果がこの程度となると、悲しいを通り越して最早笑えてきた。
「全く、防御が間に合わないなんて久しいよ。――先ほどの言葉は撤回する、君はまさしく決勝の相手に相応しい。私もこれより本気で行かせてもらう」
それは実に嫌な宣言だった。
今だってこちらは余裕などほとんどないというのに、彼は未だ本気ではなかったというのか……
しかしそう考えると、確かに今までのステルラハルトさんには、何処か此方の様子を伺っていた節があったような気もする。
――俺は知らずのうちに体に力を張り巡らせる。
気合を入れなければ容易く彼に蹂躙されてしまう――そんな予感を無意識の内に感じ取っていたのだろう。
視線の先で対戦相手は静かに、着実に、そして膨大に水色をした魔力を身に纏った。
「――世界を覆え、”フリージング・コート”」
――それは先ほど展開されたものと同じ冷気の衣。
だが、纏った冷機は先ほどの其れとは比べものもないほどの速度で大地を凍てつかせる。
否――凍てつかせているのはわざとなのだろう、何せ氷の道は真っ直ぐ俺へと目がけて伸びてきているのだから。
危機感を覚えずにはいられなかった俺は、伸びてきたそれを踏まぬようにと咄嗟に飛びのいた。
「大地より生えろ、氷の豪槍っ――”フロストカラム”っ!!」
俺が飛びのいた矢先、俺の今までいた場所から幾重もの氷の棘が生まれ上へと突き出してきた。
地面より生れ出るその攻撃――放っておけば彼の魔力が尽きるまで際限なく生まれる事だろう。
俺の三倍以上の魔力を持つ彼の事だ、もしかしたらこの闘技場の全てを氷錐で埋める事さえ可能かもしれない。
何にせよ、僅かな時間さえ無駄には出来ないと思った。
俺は二飛び、三飛びとバックステップを踏みながら距離を取りつつ、青の魔力を練り上げる。
『――悉くを飲み込めっ!! ”水蛇っ!!”』
俺は早速練り上げた魔力を利用して、馴染みの水魔導をステルラハルトさんに向けて解き放った。
対戦相手を飲み込まんとする水流の蛇はしかし、彼に近づくにつれその身を凍らせてゆく――ステルラハルトさんの魔導、”フリージング・コート”の影響だ。
だが、凍り付いたとしてもその慣性までは死ぬ事は無い。
氷の彫像と化した『水蛇』は質量を持ってステルラハルトさんへと襲い掛かるのだ。
その光景を見ながら、俺は再び魔力を練った。
『――燃え上がれ!! ”火達磨”っ!!』
練り上げた魔力は色は赤――本日二度目となる火魔導を発動させる。
そして俺は間髪入れず足裏より爆風を吹かせながら、凍った『水蛇』を追随した。
炎を纏うこの魔導ならば、最悪冷気の中でも動けなくなる事は無い。
一か八かではあるけれど、俺は勝負を仕掛けて飛び出したのだ。
「――私の魔導さえも利用するか! だがっ、この程度ではまだ弱いっ」
ステルラハルトさんが吠える――彼は左手にもっていた剣を掲げるようにして上段に構え、右手の手首に左手を重ねながら勢いよく振り下ろした。
斬と、気味が良いとさえ思える様な快音を響かせながら、彼は氷の蛇を頭からかち割る――真っ二つだった。
その剣戟の威力を目の当たりにし、尻込みしそうになるのを何とか抑えながら、俺は素早く爆風とステップを駆使してステルラハルトさんの側面へと移動――
そこで俺は再び腰に残るもう一本のハンティングナイフを引き抜いた。
本当ならば両方のナイフを抜いて攻撃を仕掛けたかったのだが、生憎ともう一本の方は一度目の特攻で蹴られたさい、何処かに落としてしまっていた。
手数がどんどんと削られていく様な錯覚を感じながら、俺はナイフ刃を返し、峰を向けて振るった。
峰打ちを狙った訳では無い、その理由は残ったハンティングナイフがソードブレイカー仕様であったからだ。
剣山の突いた峰でステルラハルトさんの剣を絡め取り、無効化を狙っての事だった。
――だが、ここから先の展開は、如何やらステルラハルトさんの方が一枚上手だったらしい。
気が付けば彼は既に体制を入れ替え、振り下ろした切っ先を振り上げていた。
――キンッという甲高い音と同時、俺の右手が後方へ弾けた。
「――つぅっ」
遠ざかる風切り音――トサリと言う呆気ない音が後方から聞こえる。
右手に握っていたはずの相棒の感覚が無い――弾かれてしまったらしい。
目の前では切り上げた片手剣を再び上段で構えている、ステルラハルトさんの姿――
――ブワリと体中の産毛が逆立つ様な感覚を覚えた。
「――終わりだっ!!」
刃が振り下ろされる――例え爆風を体のどこから吹かそうとも、この刃を避ける事は叶わない。
受け止めようにも俺の武具はそろって手元を離れてしまっている。
――それでも、俺は咄嗟に爆風を吹かした。
――ゾプリと嫌な音が否応なしに耳についた。
異物が体に食い込んだ感覚、場所は左肩―― 一拍おいて凄まじい痛みが体を駆け巡る。
「はっ、ずぅ――」
意味のない言葉が無意識に俺の口からこぼれる。
……――痛い、イタイ、いたいっ!! 痛みで目の前がチカチカする。
だが、それでも俺は、込めた力を緩める事だけはしなかった。
「……まさかあのタイミングで、そんな風に私の刃を受け止めるとはな」
少しだけ呆れが入ったような声が前方から聞こえてきた。
――俺は両拳を揃って同時に迫る剣の刀身に叩き込み、白刃取りの要領で刃の勢いを削いでいた。
両肘から爆風を吹かして、如何にか刀身を捉えたのだ。
だが、咄嗟に行ったその行為は完璧とは程遠い――その証拠に迫る刃の勢いを殺しきる事は出来ず、肩口に食い込んでしまっていた。
「見事と褒め称えても良いのだけどね――忠告するよ。その手を早く離した方が良い。君の炎を纏うその魔導は素晴らしいが、属性で言えば私の方が上位だ。肩に食い込んだその刃から冷気が君へと浸食するぞ」
――そんな事は言われなくても分かっていた。
だが、此処で容易く刃を離してしまえば、俺は先ほどよりも不利な体勢で彼の卓越した剣技を捌かなければならなくなる。
そうなれば負けは必須――であれば、この手を離さず何か手を施すよりほかはない。
――俺は体制を変えることなく、体中に巡る『火達磨』の魔力を両拳に集中させた。
「な、に――君は一体、何を――」
「つっ……これだけ、対価を払ったんだ――せめてこれくらいは貰っていく――”『灼華』”っ!!」
発動させたのは我が火炎の相棒を退けた炸裂魔導。
俺は赤の魔力を剣の刀身へと打ち込みながらせ、盛大に炸裂させた。
バキンと言う鈍い音――熱波がと共に両手が弾ける。
その衝撃を利用して後方へと飛ぶ、閃光が彼の目を眩ませたらしく追撃は来なかった。
俺は肩に残った刀身を抜いて後方へと放る。
傷口には治癒魔導を流し込み、とりあえずの応急処置を行った。
「治癒魔導まで使えるのか、それは知らなかったな――それに君は随分と大胆なんだな、まさかあの状態で武器破壊を狙ってくるなんてね」
ステルラハルトさんは手に持つ剣を――否、剣の残骸を見ながら感慨深そうにつぶやいた。
彼の剣はものの見事に半ばから折れてなくなっていた。
「はあ、はぁ――さあお互いに武器が無くなりましたね、これで条件は互角です――これからが本番ですよ」
精一杯の強がりを言う――虚勢を張って構えを作る。
傷の度合いは俺の方が大きいけれど、俺の方は武器が手元にないだけで壊れてはいない。
上手い事回収することが出来れば勝機はまだあるかもしれない。
……俺は一瞬そんな甘い事を考えた。
「――武器が無くなった、か。それは残念ながら思い過ごしだ――”クリエイト・ウェポン”」
「――っ!? そんな、まさか……」
――それは希望を打ち砕くような光景だった。
ステルラハルトさんは壊れた武器を投げ捨てると徐にしゃがみ込み、そして魔導を発動させた。
魔力の色は茶色――先ほど俺の『風殺陣』を防ぐのにも使用した、金属性の魔力発光。
まるで地面から得物を引き抜くように、彼は新たな武器を抜き取った。
現れたのは槍だった――先には逆三角の刃と、刃の付け根に小刃が付いた特徴的なそれ、確かパルチザンと呼ばれる武器だったと思う。
装飾のが一切ない実用一辺倒を体現した様なその赴き――種類は違えど、先ほどまで彼が使っていた片手直剣と似た何かがあった。
「ま、まさか、さっきの剣も……?」
「御名答、さっきのあれも私が魔導で作り出したモノだ、序に言うと、私は槍の方が得意でね」
そう言って彼は出来たてのパルチザンをクルクルと回した。
腕で回し、肩を回し、逆の手で掴んで構えを作る――その動作は確かに慣れ親しんだ様な印象を受ける。
――では何か? 彼は俺との戦闘だけでなく、この魔導武具大会を不得手な得物を使って勝ち進んできたというのか?
「なに、剣が不得手という訳では無いさ、こちらの方がより得意と言うだけで、向こうもそれなりに使えると自負している」
まるで俺の内心を見透かしたかのように彼は言ってきた。
その言葉が俺の余裕を削っているとも知らずに。
「だがまあ、パルチザンを新たに作って見たものの、君と近接戦をするのは得策ではないのかもしれないね。君にはほかの対戦者たちにはなかった意外性が有る、何をしてくるか分からないというのは厄介だ。初めてだよ、他の誰かを怖いと思ったのは――故にだ、私は距離を取って戦わせてもらうことにするよ」
言って彼は俺を見据えたまま後退してゆく。
彼がああ言った以上、これから強力で厄介な魔導を放つ事は容易く想像できた。
故にこそぼんやりとしている暇なんてなかったのに、俺はその場を動くことが出来なかった。
そうこうしているうちに、ステルラハルトさんの歩みは止まってしまう。
ゴクリと、知らずのうちに構内に溜まっていた唾を飲み込む――僅かに血潮の味がした。
――眼前で煌びやかにそれは輝いた。
かつてロニキス父さんが纏っていたのと同じ、日輪にも似た黄色の輝き。
ここにきて彼が選択したのは、恐らくは彼が最も信頼し、最も攻撃的な属性。
――瞬間、ステルラハルトさんの右腕に紫電が迸る。
形作られた雷撃の形は棒状――否、あれは”槍”だ。
左に持ったパルチザンとはとは異なり、投げる事に特化したジャベリンタイプの雷の槍。
過去にただの一度だけ目にした――ロニキス父さんが使用したのと同じ雷魔導。
「――天翔るその力此処に示さん、射抜けっ!! ”ライトニング・ジャベリン”ッ!!」
大きく振りかぶり、投擲――
秒を遥に下回るほどの速さで迫りくる雷――父さんの其れは標的を容易く焼き焦がしていた。
その速さには到底回避など間に合わない――俺は彼が槍を投擲するのとほぼ同時のタイミングで水の魔導を発動させた。
『――我が身を隠せ”水面鏡っ”!!』
水の壁を地面から生やせるようにして展開。
純水を用いて魔導を展開する事も考えたが――飛来してくるのは雷だ。
いくら絶縁体の純水だろうと、何万ボルトもの雷では、その電圧に耐えられず絶縁破壊して抜かれる恐れが高かった。
だからこそ、押してダメなら引いてみろ作戦――あえて不純物の多い水をイメージし壁として展開した。
不純物の多い水は逆に電気をよく通す――地面に接地した『水面鏡』に当たった雷の槍は水を通して地面へと落ちる。
槍を止める為ではなく――少しでも威力を弱める為の策。
……悔しいが、俺に出来るのはこのくらいだった。
「――――――があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!」
目の前が弾けた――
体に変調をきたしたのは僅か一瞬の事――それでも俺は自然と盛大に叫び声をあげていた。
熱い、痛い、苦しい――感情の濁流がいっぺんに押し寄せてきたような感覚に、意識が溺れかける。
――体がどうなっているのかも分からない、体の感覚が全く感じられない。
地に倒れても決して可笑しくないダメージ。
……けれど、不思議なことに、まだ俺の視線は高い位置にあった。
「――まさか耐えるかっ!? 私の渾身の一撃だぞ!?」
聞き覚えがある声が前方から届いてくる。
動揺の色濃いその声に向かって、俺は自然と焦げかけた腕を向けた。
『……打ち、抜け――”鉄砲水”』
発射するは水の塊――中途半端な反撃。
当然それ自体でステルラハルトさんにダメージを負わせることは叶わず――持っている武具によって容易く斬り払われてしまった。
「――ゲホッ、ゴホゴホ……うぇっ」
ビチャビチャと喉の奥から唐突にこみ上がってきた何かを吐き出し――顔を上げる。
ぼやけていた視界が徐々に確りとしてきたのを確認し、改めて対戦相手の姿を目にする。
――初めて見る表情をしていた。
目を見開き、真に驚愕の表情を浮かべていた。
それは非常識なモノでも見るような表情だった。
――だが、果たして本当に非常識なのはどっちなんだろうか?
「――父さんのあれも変だったけど、貴方のそれも存外に可笑しい……どうして、真っ直ぐ飛ぶんですか? 何故、眼で追えるんですか? それじゃあ、あまりにも非常識だ」
「くっ――そんな成りでまだ反撃をっ、魔力だってそろそろ切れても可笑しくない――だというのになぜまだ動ける!?」
「――魔力? ええ、確かに八割位の魔力を使っています――通常時のね」
「まて、通常時、だと?」
訝しいそうなステルラハルトさんに対し、俺は種明かしの準備をする。
……戦う前からこれの使用は視野に入れていたけれど、それでもこれほどまでに実力差があるとは思っていなかった。
もうこれを使うほかに彼に勝つ手立ては残されていないのだろう。
「――魔力貯蔵炉、開放」
俺は貯めこんでいた魔力を開放した。
己体から立ち上がっては消える、湯気にもにた魔力。
それを肌で感じ取ったのかステルラハルトさんは驚きの声を上げる。
「馬鹿な、この期に及んでまだその魔力量だとっ!! 君の魔力は私の半分以下なのだろうっ!? これでは話が違うっ!! 下手をしたら私と同程度にも届くぞ!?」
「――はぁ、はぁ、ええ、そうですね恐らく貴方と同程度でしょう。限界まで貯蔵ましたから」
魔力を放出しながら俺は言う。
「……貴方の平均の十倍という魔力量――それは恐らくヒトという器に貯蔵できる魔力の最大値だ。――僕はずっと疑問だった。水に炭素、アンモニアに石灰などなど、同じ物質で構成されているニンゲンだというのに、どうして魔力保有量に差が出るのかってね」
「な、なにを……」
「僕たちは、簡単に言えば穴の開いたジョッキです。ジョッキの大きさは体格によって違いが出るかもしれないけどれ総容量に大きな違いは生まれない、だけど穴の開いている位置がそれぞれで異なっているとなれば、中に溜まる水の量には違いが出るでしょう?」
「…………」
「穴の開いたジョッキで満タンまで水を貯めるにはどうしたらいいか? 簡単です、栓をすればいい、それだけで水は満タンまで貯まります、これが僕の数少ない切り札の一つ――魔力貯蔵炉です」
まぁ、人それぞれで何故穴の位置が違うのかにはもちろん理由がある。
主な理由はジョッキの厚さがどれだけあるか――その厚さによっては単純な許容値より先に、器が壊れる恐れがある。
俺は何とか許容限界まで魔力を貯蔵できるが、他の人の許容値が許容限界まであるかは未だ不明である。
もうちょっと検証の余地ありだ。
「――つまり、君の今の状態はその栓とやらを意図的に外した状態という訳だ――しかし、それをしたところでどうなる? その様子から見て、数分もすれば、せっかくため込んだ魔力もなくなってしまうぞ?」
「流石ですね、正にその通りです。ですが、この状態でなければ僕の最後の切り札は出せません。だから仕方がないのです――っ!!」
言って俺は、魔力を練り上げる。
右手に用意するのは緑の魔力――それは吹きすさぶ風の力。
しかしながら、これをそのまま顕現させたところで目の前の彼には通用しない。
故に――俺は同時に左手にも魔力を用意した。
それは赤の魔力――すべてを焼き尽くす火の力。
そして俺は、用意した魔力を――
『――併せっ!!』
宿した手を強引に打ち鳴らし、力づくで混ぜ込んだ。
『――ぐぅ、空を割り、敵を焼けっ――”雷撃”っ!!』
両手を突き出し――魔導名を叫ぶっ!!
俺の行動にステルラハルトさんは随分と警戒をしているようだが、はっきり言って無駄だ。
放たれるそれを、ヒトの目で捉える事など敵わない。
雷光一閃――破裂音にも似た消魂しい音と共にその光は瞬時に現れ、そして知覚する間もなく消え去った。
「―――――あああああああああぁぁぁっ!!」
先ほど俺が挙げたのとよく似た叫び声が闘技場内に木霊する。
一拍おいて、どうと、地面に倒れるステルラハルトさん。
その体からは無数の湯気が立ち上がっていた。
パッと見火傷の規模はそれほどでもない、それはきっと耐性のせいだろう。
致命傷と呼ぶには僅かに程度が足りない――でも、十分重症と言える怪我を負ったステルラハルトさんがそこにはいた。
「――ば、かな。雷だとっ!? 君の保有属性は三種類のはずだ、なのに何故っ!?」
「――コフっ」
彼から質問を受けたが、俺には喉から湧き上がってくる血潮によって答えている余裕はなかった。
風と火、その両方を同時に使用したのだ――反発暴走の余波が俺を襲っているのだ。
だがしかし、魔力を開放している為、その程度は明らかに軽い。
二年前のあれに比べたら天と地ほども差があった。
――せり上がってくるそれを全て吐き出し、深呼吸を数回。
そうやってようやく何かしらの言葉を吐く余裕が生まれた。
「――これが僕の知る、雷です。絶縁である筈の空気を絶縁破壊しながら飛ぶ――だからこそ本来は真っ直ぐ飛ばない。それに雷速は秒速にして『百五十キロ』、当然、目で捉えられる速度じゃない、故に放たれれば、ヒトでは防御さえ出来ない。そのはずなんです、だからこそ貴方たちの魔導は何処かが可笑しい、イメージが先行するからこその魔導だ。そしてイメージが先行するからこそ、本来の速さと言う強みが失われてしまう」
「き、君は何を言っている。意味不明だっ!! 第一それでは矛盾だろうっ!! 真っ直ぐ飛ばないのならば、なぜ今の一撃私に届いたっ!! 狙いが定まらんだろう、それではっ」
……ダメージを負いながらも、ずいぶんと鋭い指摘が返ってきて、少しだけビックリする。
本当に頭の良いヒトだとつくづく思う。
「はぁ、はぁ――確かに『”雷撃”』単体では前に飛ばすことさえ不可能です。だけど僕は『”雷撃”』の前に、一つ魔導を打ったでしょう? 覚えてませんか?」
「――っ!? まさかあの水魔導にも、何か仕掛けがあったというのか!!」
「あの水魔導によって、貴方までの直線の『イオン濃度』を弄りました。それによって空間中の抵抗値に偏りが出来た。つまり破壊しやすい道筋を通って貴方まで雷が届いたって訳です。種を明かせば簡単でしょう?」
「――――っ」
もはや聞いているのかいないのか――ステルラハルトさんはダメージを推してなお立ち上がった。
上げた顔に余裕の色は既にない。
「――君の話は殆ど理解出来ないが、まだ一つ疑問が残っているぞ――なぜ君は雷を使える?」
――投げかけられたそれは最もな質問だった。
本来持ちえない筈の属性の魔導を使った。
それは本来ならば在り得る事のない事だ。
だが、それを可能にするのが我が最大の成果――これこそが俺が学園で見出した最高の御業。
「――混ぜたんですよ。色をね――この世界の魔導と言う力の本質を貴方たちは間違えている。属性を関した魔力に色が宿るんじゃない。色の付いた魔力に属性が宿る。つまり僕は正確には火と水と風が使える魔導士ではなく、赤と青と緑が使える魔導士――先ほどのは赤と緑を併せて黄色を、つまり雷の魔導を作ったって訳です」
「――なんだそれは、なんだそれはっ、なんだそれはっっ!!」
「だけど――この魔導には大きな欠点もあります。魔導属性は適性であると同時に耐性でもある――だからこそ貴方に雷の魔導は効きにくし、逆に僕は反発暴走によってダメージを受けてしまう。過ぎたる力は破滅を導く訳ですね」
直近では二年前――あの水喰らいの悪魔の核を割ろうとしたとき。
あの時俺は火と風の魔導を一度に使おうとして反発暴走を引き起こした。
その時クレーネ先輩の話では、俺の内臓が炭化しかけていたという。
当時は不思議に思ったが、なんてことは無い――俺はあの時緑と赤の魔力が体内で混ざり、雷なって体内を通電していたのだ。
あの炭化は、その雷撃痕だったのだ。
「なぜ――そこまでして……」
「なぜって、決まっているでしょう? 貴方が強すぎるからだ――この力をつかわなければ貴方には勝てない。それが分かったからこれを使ったそれだけの事です。さて、そろそろ貴方の体制も整ったようなので、攻めさせていただきます――気を付けてくださいよ?」
――時間も残り少ないですし。と言う言葉だけは飲み込んでおいた。
色と色の合成――これを行うと反発暴走が起きてしまう。
だが、反発暴走は体内で魔力が混ざった際に起きる現象だ。
故に、その現象を抑えるためには絶えず魔力を体外に放出し、出来る限り体内の魔力を押し出す必要があった。
魔力貯蔵炉を開放したのはそのためだ。
故に魔力切れが起きる前に、この勝負の決着を付けねばならなかった。
『火達磨』と同様、超短期決戦を強いられるのもこの魔導の欠点だった。
……そう考えると、本当に欠点だらけの魔導だと思う。
魔力貯蔵炉の開放と、更に、服の下に装着した三種類の魔石付き装飾によって魔導の制御と底上げをしなければ成り立たない。
残りの切り札に二枚を切って初めて成り立つ大技だ。
右腕には、初めて死合った隻眼の灰色狼から勝ち得た、風の魔石を組み込んだ腕輪を付けた。
左腕には、炎の相棒と力を合わせて打倒した赤土の魔導土人形から得た、火の魔石を組み込んだ腕輪を付けた。
首からはクレーネ先輩から頂いた”歌姫の心”を下げる重装備。
俺がこの世界に生まれ落ちて得たモノ、経験した全てをつぎ込んだ最大の一手。
用意した切り札さえ、この一手の前には霞んで消える。
――――真理と秩序が覆う盤を問答無用でひっくり返す、とっておきの『ジョーカー』。
否――万化の色だ。
「――先ほども言いましたが、貴方に雷は効かない、他の色で攻めさせていただきましょう――色階調R:181、B:4、併せ――」
俺は細やかに丁寧に色を調整した魔力を右手の親指と中指にそれぞれ宿し、力いっぱい握りつぶした――
そうして生み出された色は――限りなく赤に近く、でも、赤ではない色。
『ワイルドカラーマジック――想紅』
この世界においては変異種に該当する魔導属性。
「赤? ――火の魔導が?」
戸惑いを見せるステルラハルトさんに向かって、俺は一気に突っ込んだ。
魔力開放している為に、必然的に強化魔導が発動したのと同じ状態となっている。
故に駆ける速度は『火達磨』使用時にも届くほど――
俺はその状態で大きく跳躍し、魔力の宿る拳を振り下ろした。
虚を突き、初動を遅らせたステルラハルトさんは、しかし流石と言うべきか、苦い表情を浮かべながらも俺の拳を避けて見せる。
俺の拳はそのまま地面へと突き立ち――
『砕け――”想撃”っ!!』
「――っ!? なんだとっ!?」
――砂塵を巻き上げ轟音と共に――盛大にクレーターを作ってみせた。
普通ならば考えられない程の威力。
それもそのはず、ワイルドカラーマジック――想紅
その効果は、純然たる打撃力強化。
込めた魔力量に比例して威力を挙げる絶対的な一撃。
「くそ、なんだその威力は――っ!!?」
土煙が晴れる――クレーターの中心でたたずむ俺。
そんな俺を見て、想紅の威力に驚愕の言葉を発しようとした彼の言葉が止まった。
俺の右拳の惨状を見て、言葉を止めた。
「なんだ、それ――」
「つぅ、み、見ての通りですよ――潰れた、だけです」
鮮血に濡れた右腕――関節が一つ増え、折れた骨が飛びだし、拳部分は文字通りぐちゃぐちゃに潰れている――
「痛くは、ないのか?」
「――ぐぅ、まさか痛くない訳ないですよっ、こんな場所に居なかったら、恥を捨てて、喚きまわっているでしょう、きっと――だけどこれは想定内です」
そう、想定内――想紅によって強化されるのは本当に打撃力のみ。
魔力放出によって肉体は強化されているが、比例的に打撃力を強化する想紅の出力に、肉体の強化が追い付いていないのだ。
肉体の強化の割合が十×二で二十になっているのに対し、想紅の強化率は十×十の百くらいだろうか。
二つの差分である八十の威力が俺の拳にも帰ってきてしまうのだ。
それ故の傷――そして想定内の傷。
想定内であるが故に、その対処法も当然用意している。
言いながら俺は無事な左手に新たに魔力を補てんする。
用意する色階調R215、B:93、そして先ほどは使用しなかったG:9――
『ワイルドカラーマジック――勿忘菫』
展開するのは薄い紫色――その魔力を潰れた右腕へと宛がう。
『――”復元”』
それによって潰れた右腕はまるで時間を巻き戻すかのようにして、傷を負う前の状態へと戻った。
元の姿を決して忘れぬとでも言う様に――
ワイルドカラーマジック――『勿忘菫』
それは復元魔導――治癒とは違う。
魔力を消費して対象の時を巻き戻す大魔導。
「さて、もう一発行きますよ――『想紅』」
「ま、まて、まさか君はそうやって一発撃つごとに腕を潰しながら攻撃するつもりか!!?」
「そのまさかです――『”想撃”』っ!!」
またしても攻撃は避けられ、地面にクレーターを作った。
今度は左腕に走った激痛に気が狂いそうになったが、俺はすぐさま『勿忘菫』を展開し傷を元に戻す。
――これでまた、打てるっ
「ちょっと落ち着け――なぜだ、何故君はそこまでする!! 最上の騎士にそこまでの思い入れがあるというのか」
「ええ、そうです――『”想撃”』っ!!」
ステルラハルトさんのパルチザンに当たった――盛大に拉げて使い物にならなくなる武具と腕。
感覚のなくなってきた手で魔力を合成し、俺は腕を直した。
「痛みを推して何故そこまで――赤の他人である勇者に思い入れでもあるのかっ!?」
「その通りです――『”想撃”』っ!!」
ステルラハルトさんを捉えると思った攻撃は、瞬時に現れた金属壁によって阻まれる。
これは先ほども見たステルラハルトさんの防御壁――だが、『”想撃”』の威力はその程度では止まらない。
隔壁に大きな穴をあけてステルラハルトさんを吹き飛ばした。
地面に横たわる彼――俺は腕を直しながら近づき、彼を見下ろす。
理解不明と言いたげに怯えた表情をあらわにするステルラハルトさん。
「訳が分からない、何なんだよお前――お前にとって勇者って何なんだよ」
「――大切な人です。死んでほしくない人です。あの人を助ける為ならば、腕が折れようが、足が千切れようが、腹に穴が開こうが、僕は前に進む――僕を負かしたいというならば、この意志を圧し折る他にないと知れっ!! ――『”想撃”』っ!!」
――俺は、容赦なく拳を突き立てた。
――大地に砂塵が舞う。
一秒、二秒と時が過ぎ、やがて彼の姿が現れる。
――無傷な彼が現れた
最後の一撃――俺はステルラハルトさんの顔の横へと目がけて拳を突き立てていた。
「――降参だ、私の、負けだ」
地に横たわる彼からは小さく、降伏の言葉が零れた。
傷の少ない敗者と、腕を潰している勝者。
何と可笑しな状況だろう。
しかしながらこれ以上勝敗の結果が動く事は無かった。
グランセル魔導武具大会、決勝戦勝者――アルクス・ウェッジウッド




