最上魔導士への挑戦(中)
投稿が遅れてしまい誠に申し訳ありませんでした。
リアルが本当に忙しくて時間が取れませんでした。
今月中旬にあった海外出張のせいですべての予定が狂いました。
もう中国とか行きたくないっす。
試合開始の合図で俺たちはそろって互いに身構えた。
闘技場の中央付近でステルラハルトさんと向き合いながら、彼の一挙一動を見逃さぬようにと括目して待つ。
――はたして彼は初動に何を選択するだろうか。
魔導然り、武技然り、彼には多彩な攻撃手段がある。
それだけでも厄介だというのに、その全てが高い練度を誇っているのだからたまらない。
これは俺の勝手な見解なのだけれども、どのような攻撃手段を取ってくるのか――その見極めが少しでも遅れようものなら致命的な状況に陥るのではないかと思っていた。
とはいえ先手必勝で突っ込むことも考えたが、情けないことに突っ込んだ先、俺に有利な情景が全く想像することもできない。
ステルラハルトさんは未知の情報があまりに多すぎる。
それを多少なりにも探ってからではないと、こちらからの攻勢ははっきり言ってあまりに無策であり、無謀だった。
俺がそうやって警戒感を高めていると、ステルラハルトさんが動きをみせる。
――無色な魔力が噴出した。
無色な魔力という事はすなわち、何の属性も付加されていない魔力という事。
その魔力で行えることはただ一つ――身体強化だけだった。
腰に吊るした剣を勢いよく引き抜く対戦相手。
装飾のない武骨な片手直剣――彼はそれを両手で握ると、刃先を右後方へ下げた状態で俺に向かって駆け出した。
潤沢な魔力で強化された踏込はとにかく早い――下手をしたら俺の移動補助魔導を使っている状態にも匹敵するかもしれない。
だが、注意すべきはそれだけではない、身体強化の魔導は身体能力を全体的に強化する魔導だ。
すなわち、強化されているのは走力のみに有らず――剣を振るう為の筋力だって同程以上に強化されているはずであった。
彼を近づけるのは得策ではない――そう判断した俺はすぐさま緑の魔力を練り上げて、魔導名を唱えた。
『切り刻め――”風刃”っ!!』
俺が最も良く使用すると言っても過言ではない、風の刃。
不可視であるために避けることが難しいはずの刃はしかし、文字通り空を切ることとなる。
着弾の寸前、ステルラハルトさんは魔力によって強化された筋力を駆使して、宙へとその身を翻した。
大跳躍――そしてそのまま横に倒していた剣を上段に構え直し、俺へと向かって落ちてくる
――まるで両断でもしそうな勢いだ、その対象が何かなんてことは考えたくもない。
だが、この状況は考えようによっては勝機だと思った。
何せ高い機動力を持つ彼が、自ら進んで固定標的になってくれたのだから。
重力に縛られ落下してくるステルラハルトさんに、次の刃を避ける術はない――
『刻め――”風刃”っ!!』
続けて放った追撃の風の刃は、ステルラハルトさんを完璧に捉える――はずだった。
「――エア・ハイク」
――鈴の音のような良く透る声。
綺麗な紫色が煌めいたかと思った矢先、トンッと、軽い音を響かせながら、彼が追撃の”風刃”の軌跡から横へと逸れてしまった。
まるで地に足をつけていのと同様の動作で、彼は空間を蹴ったのだ。
紫色の魔力発行――上位属性が一、”空”の属性の魔導。
なるほど、空間を固定するとはこういう事なのかと、俺は僅かな一瞬、どこか他人事のようにそんなことを考えて――それがどれほどヤバイことなのかを一拍おいて理解した。
――否、正確には理解させられたという方が正しいのか。
軌道を変えて俺へと迫ってくる剣戟を半ば条件反射的に避けようと思った矢先――それはあったのだ。
体に感じたのは軽い衝撃――動き出しの最中に突如として何かにぶつかり、歩みが止まってしまう。
「――エア・ウォール」
俺の動きが止まるのと、その声が聞こえたのは殆ど同時のこと。
そしてそれを聞くや否や、俺の心臓が肋骨の中で大きく戦慄いた。
――既に目の前には、俺の体の何れかの場所を両断しようとする鋼の刃が煌めいている。
形振りなどかまっている暇も、余裕もなかった俺はとっさの判断で無様に前方へと転げた。
今度は先ほどのように動きを止める物質は無かったらしい、ごろごろ転がりながら、降りおろし一撃をやり過ごせたことを安堵した。
試合は始まったばかりだというのに、ただの一撃をやり過ごしただけで、安堵してしまった。
そして、当然そんな俺の気の緩みは、見過ごされることは無かった。
「――エア・スタンプ」
同じ口調で続けて三度目。
相手にとってはタイミングよく、俺にとってはタイミング悪く、強い衝撃が俺の鳩尾を貫いた。
「――カハッ!」
情けない呻きが俺の口から洩れる。
外部から加えられた運動エネルギーによって、俺は更に二転、三転と転げ、地を滑ってようやく止まる。
意識が飛ばなかったのはまさに行幸、俺は安定しない呼吸を無理やり整えて、なんとか上体を起こした。
更なる追撃は来ない――ステルラハルトさんの方を見やれば、彼は掌底打ちでも放ったかのような状態で、掌を俺へと向かって突き出していた。
――先ほどの”エア・スタンプ”という魔導名、そして掌底打ちのような恰好から察するに、魔導により固定化した空間を、掌底打ちによって打ち出したのだろう。
否、もしかしたらこの推測は全く的外れなのかもしれない、だが、ステルラハルトさんによって、見えない何かを打ち付けられたという事だけは確かだと思った。
俺の扱う緑の魔導の上位属性に当たる、空間固定化の魔導。
不可視という点については同じだけれども、固定化されるというだけでこんなに厄介になるとは思ってもみなかった。
「へぇ――結構やるね。でもこれじゃあ今のところ準決勝の相手の方が強かったイメージかな? 君は私と同じく、白色なんだろう? ならこの程度なんてことはもちろんないよね?」
発破をかけてくるかのような声――言いながら彼は片手に握った剣をヒュンヒュンと軽快に振り回し、やがて肩に担ぐようにして止める。
そんな彼の挑発ともとれるパフォーマンスを前に、俺はあえて乗る形でゆっくり立ち上がった。
開幕一番、いきなりダメージは受けてしまったけれど、まだまだあきらめるには早すぎるの。
兎に角まずはあの不可視の魔導への対策を講じることが先決なのだろう、生憎、対策にはぴったりの魔導が俺にはあるのだから。
俺は迷うことなく青の魔力を練り上げて、すぐさま魔導名を口にした。
『――漂え。”霞の衣”』
目で見えずとも、固定化されているのならば肌で感じ取ればいい。
視覚ではなく触覚に重きを置くために、俺は霞を薄く広く展開することによって感覚を広げた。
広がった感覚は、放射状に約十メートル程度。
展開する範囲を絞ればさらに倍程度まで射程を伸ばすことが出来るけれど、先ほどの空間魔導の様子から察するに、固定空間の設置にはある程度自由度があるように思う。
知らぬ間に設置された固定空間によって、行動を阻害される。
行動が阻害されれば思考にラグが生まれ、生まれたラグは隙へとなる――この気の抜けない戦闘において、隙は負けへとつながるだろう。
第一回戦の対戦相手のように、反応速度を高めることが出来れば少しは楽になるのだろうが、それは唯のない物ねだり。
結局は俺が今まで積み上げてきたモノで勝負するしかないのだから――
――ステルラハルトさんは先ほどとは打って変わって、剣を肩に担ぎながらゆっくりと近づいてくる。
だが、その歩みはある程度の距離を詰めた状態になるや否や、淀みが生まれた。
――思わず、ギクリとした。
それは彼が、俺の展開した結界に一歩踏み込んですぐの事だったからだ。
……――まさか、まさかまさかっ
「――へぇ、なるほど面白いな。君と水流が行った初戦。あのスピードに追随するために何を行っていたのか、見ているだけでは終ぞ分からなかったが、こういう事か。これは、霧か? それを広域に散布し、範囲内にあるモノ、踏み込んできたモノの存在を察知するってところか」
「な、何でそこまで」
「ふむ、いやなに。魔導を操るのは少しばかり得意でね――それに私も良く似た魔導を使うから余計に理解がし易かったのさ――つまりはこういうことだ」
歩みを完全に止めた彼は、そう言って身に纏っていた紫色の魔力を散らす。
だが、ただ魔力をひっこめたからでは勿論ないらしい――その証拠に彼の体には、今度は水色の光が灯っていた。
「――世界を覆え、”フリージング・コート”」
――唱えられる魔導名。
肌を刺すような冷気が俺へと届いたと思ったその矢先――劇的な変化が目の前に現れた。
俺とステルラハルトさんの居る空間に光る何かが漂い始めたのだ。
キラキラと舞うそれは、氷の粒子――所謂”ダイヤモンドダスト”と呼ばれる現象。
その酷く幻想的な目にして、俺が感じたのは言いようのない焦燥感だった。
何せそのダイヤモンドダストが舞うと同時、『霞の衣』によって広がっていた感覚が、こそぎ落されたかのようにごっそりと無くなってしまったのだ。
感覚が強制的に通常の状態に戻されてしまったのだ。
そうして感覚が元に戻った事によって、俺は今この場で何が起こっているのかをすぐさま理解する事になる。
ステルラハルトさんが新たに纏った魔導の、魔導発光色は”水色”――それは俺が一回戦でもお目にかかった”氷”の属性。
そして氷の属性から展開された魔導により発生した強烈な冷気。
――凍らされたのだ。ステルラハルトさんの魔導によって、俺の魔導が。
つまり、図らずしも舞い散っているこのダイヤモンドダストは、俺の魔導の片鱗の残照。
俺の放った霞が凍らされ、無力化されたことの証明だったのだ。
――更に、目の前の変化は其れだけにはとどまらなかった。
周囲の温度が急激に下がっているのか、短く吐き出す息さえも片っ端から白く色づいて行く。
冷気をまき散らしているであろうステルラハルトさんの周囲は特に顕著であり、彼を中心として霜が在りえない速度で地面を侵食していた。
彼の言う『霞の衣』と似た役割の魔導。
展開するのは”霞”の代わりに冷気であることから、空間内の温度変化を情報として読み取っているというのであれば、なるほど確かに理に適っていると思った。
『霞の衣』のように隠匿性は高くないけれど、この魔導は強力な冷気をもってして対象の位置情報を得ると同時に、行動の阻害同時にできるのだから。
『霞の衣』を発動するために練り上げた青の魔力は、残念ながら今は役に立たなそうなので、練り上げた分だけの魔力を足から地面に送り込んで切り離す。
一度展開してしまった属性の着いた魔力はこうして放出しておかなければ、別の属性の魔力を展開しようとしたときに体の中で混ざって反発暴走を引き起こす恐れがあるからだ。
そうして俺は再度緑の魔力を展開する。
”風”の属性を選択したのは――まぁ色々と理由はあるが、一番大きいのは牽制がしやすかったからだ。
俺は両手に魔力を練り上げ、今なお冷気を放出し続けているステルラハルトさんに向けて攻撃魔導を放った。
『切り刻め――”風刃・二連”っ!!』
右手に纏った魔力から放ち、間髪入れず左手の其れも続けて放つ。
生み出されるは馴染み深き不可視の刃――しかし、いくら不可視と言えど、今のステルラハルトさんにはあまり意味が無い事は分かっていた。
案の定彼は小さくステップを踏み、『風刃』を容易く避けながら俺に向かって歩んできた。
俺は少しでもステルラハルトさんの意識を散らす為に、彼が避けた先に向けて再度『風刃』の二連撃を放つがしかし、これも彼は容易く躱してしまう。
彼の展開した”フリージング・コート”、如何やらその探知能力はかなり高いらしい。
じりじりと俺の方へと向かってくるステルラハルトさんに対し、距離を詰められぬようにと同じペースで俺も後ずさる。
だが、その後ずさりが出来たのは五歩までで、六歩目を踏み出すことは出来なかった。
否、正確には六歩目も変わらず踏み出そうとはしたのだ――したのだが、足を地面から離すことが物理的に出来なかった。
余りに唐突な事に動揺し、俺はすぐさま足元を確認して――その原因を理解する。
「――っ!?」
――年季の入った俺の革製のクツが氷で地面に縫い止められていた。
霜――先ほど水色の魔導を発動すると同時に地面を侵食していたそれが、既に俺の足元まで届いていたのだ。
凍り付いた足元を俺が確認すると同時、視界の隅映っていたステルラハルトさんが一気に加速するのが分かった。
その姿に思わず舌打ちしたい気持ちに駆られるも、俺は其れをグッと我慢して、代わりに別の行動の起爆剤にした。
十メートル近くあった距離を、僅か二歩半で縮めてくるステルラハルトさん。
俺は咄嗟に腰のナイフを両手で貫きながら、同時に赤の魔力を身に纏った。
足元をと凍らせられてしまったというのならば溶かすほかない――そして溶かすのならば、この魔導しかないだろう。
『――燃え上がれ!! ”火達磨”っ!!』
赤の魔力を体中に充足させ、そしてその一部を足裏から噴かせる。
爆風の熱と圧力に、足元の氷が崩れる音を聞く。
拘束の開放――俺はそのまま足裏の爆風を吹かしたまま、迫りくるステルラハルトさんへと飛び出した。
突っ込んでくる彼が繰り出そうとしているのは、両手で握った剣による上段からの切り下ろし。
その切り下ろしを迎え撃つため、逆手に握ったハンティングナイフの柄を強く握り直し、左の肘からこれでもかという程に爆風を噴出させながら、左腕を突き出した。
――回転する体、加速する刃。
俺の刃は、振り下ろされる片手直剣の側面を辛うじて捉えた。
目の前で特大の火花が散る――重い手ごたえが左手に響く。
ステルラハルトさんの剣を何とか打ち払えたのを確信した俺は、左腕の爆風の噴出をそのまま続行し、回転を続けながら今度は右に握ったハンティングナイフでもって横に切り払う。
爆風の勢いが付きすぎて、ステルラハルトさんのどこに向けて切り付けたのかさえ曖昧な一撃。
目的も定まら無い状態で振るったのが行けなかったのか、その一撃からは先ほどとは異なり、何の手ごたえも帰ってこなかった。
――その一瞬で理解できたのは左わき腹に感じた衝撃のみ。
気が付けば、俺はまたしても地面を転がっていた。
なりふり構わず上体を起こし、対戦相手の姿を確認――左脚を横に振りぬいている。
如何やら俺は蹴られたらしいが、それを認識するより早く『火達磨』の魔力を破棄し、またしても俺は連撃の風魔導を放っていた。
『き、切り刻め――”風刃・二連”っ!!』
蹴りを放った直後の体勢ならばあるいはと思ったが、淡い希望だったらしい。
ステルラハルトさんはバックステップを踏んで、風の刃をやり過ごしてしまう。
それを見て、思わずダメかと口の中でもごついた。
「――解せないな。確かにうごきは良いが――君ならばもっと多彩な攻撃をしてくると思っていたんだけどね」
攻撃の手を止め、ステルラハルトさんは軽口を叩いてきた。
挑発行為とも取れる言の葉――だが、このタイミングで放ってくれたのは正直ありがたかった。
彼の動きを少しでも止めて置けるというのならば、是非もなし。
「……生憎、僕は貴方のように沢山の魔導属性は持っていませんからね。切り札は用意していますが、其れだって効率的に使わなければ貴方には通用しないでしょう?」
俺は軽口に乗るふりをして、密かに準備を進める。
降ってわいたこの勝機を活かさない手はないのだから。
「ふっふ、それは試してみなければ分からんだろう? 過大評価してくれるな、はてさて、何時に成ったらその切り札とやらを拝ませてくれるのかな」
「――そうですね、準備は整いましたから、とりあえず二つでしたらお見せできそうです」
「……なに?」
「取りあえずこれが一つ目です――『縛れっ――”水蛇縛譜”っ!!』」
唱えるは青の魔導――しかし、それが顕現するのはステルラハルトさんの足元からだった。
幾重にも飛び出したるは水の蛇の呪縛、それらはステルラハルトさんをきつく縛りあげた。
「――馬鹿なっ、魔力を練り上げず魔導を使用しただと!?」
「どうやら気が付かなかった様ですね。貴方が今いるその場所は、先ほど僕が『霞の衣』を使用した場所だ。『霞の衣』自体は不発でしたが、魔力は切り離し貴方の足元に打ち込んでおきました――これが僕の切り札の一つ”設置型罠魔導”です」
「まさか、君はこの状況を見越していたとでもいうのか!?」
――まさか、と心の中でだけ返答した。
正直言えば、今回のはこうなったらいいなと展開した魔導がたまたまハマっただけでしかない。
普通は牽制位にしか役立たないだろう。
――だが、これほど綺麗に決まってくれたのだから是非もない。
おかげでもう一つの切り札を最高の形で展開できるのだから。
「さて、動揺されているようですのでここでサービス問題です」
「っ!? 今度は一体何を――」
「――僕が今回放った『風刃』の数はいくつでしょうか?」
「――まさかっ!!」
「青褪めましたね。答え合わせです、僕が今までに放った『風刃』の総数は八、全て貴方に避けられてしまいましたから総数は変わらずです」
「――まさかっ 生きているというのか!? あの風の刃たちは」
上を見上げたのは無意識の行動だったのだろう、戦闘中に敵対している相手から無作為に視線をそらすというその行動は、決してほめられたことではないが、それでも彼はそれを見上げた。
決してその姿を目ではとらえる事は叶わないが、それでも確かに風切りの声を響かせながら、『風刃』の群れはそこに飛び交っているのだ。
俺は内心でほくそ笑む――さあ種明かしの時間だ!!
『解き放たれた風刃は四方に散り、六方を巡り、八方を封殺する――』
これが俺の切り札の一つ――遠隔操作魔導。
『――完殺しろ!! 風殺陣っ!!!!”』
――ステルラハルトさんと言う獲物を封殺すべく、風刃の群れは陣形を組んで彼へと殺到した。
本当はステルラハルト戦を年内に終わらせたかったのに……
本当に遅筆ですみません。
これが本年最後の更新です。
来年も『WILD COLOR』をよろしくお願い致します。




