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WILD COLOR  作者: 凩
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最上魔導士への挑戦(前)

 ……白状すると、かなり気分が悪かった。


 気分が悪い理由は自分で良く分かっている。

 これから自分が今までの人生をひっくるめても、間違いなく最大と言えるであろう大舞台に上がるという事に対するプレッシャー。

 そして、この大舞台の為に準備してきた切り札の(・ ・ ・ ・)一枚( ・ ・)が原因だった。


 胃の中をグルグルとかき混ぜているかのような不快感。

 この不快感も今日で(・ ・ ・)三日目( ・ ・ ・)、初日よりかはだいぶ慣れては来ているけれど、どうやら自分でも思っている以上に気合が入り過ぎているらしい。


 最大の大一番という事もあって、気力と魔力の充足(チャージ)の度合いは間違いなく臨界点だった。

 

 ――つまり、今感じている不快感は魔力の過剰充足(チャージ)が原因の、所謂魔力酔いなのだ。

 この不快感の解消方法は簡単だ――魔力が体に過剰蓄積しているだけなのだから、許容値まで魔力を吐き出せばすぐさま体は楽になる事だろう。


 だが、それはつまり戦う前に、せっかく用意した切り札の一枚を放棄することに他ならなかった。 


 ――唯でさえこれから戦う相手は、通常時の俺の約三倍の魔力を保持する人物である。


 断言しても良い、こんなところで妥協しようものならば、絶対にあの人を超える事など出来はしないのだ。


 今俺に出来ることがあるとするならば、少しでも勝率を上げるために、この吐き気を我慢する事だけだった。


 ……どうせすぐに余剰魔力は吐き出すことになる。

 それどころか、この程度の魔力量では足りない事も十分考えられた。


 長い戦闘は絶対に不利になる。

 俺に勝てる可能性があるとすれば、用意した策で、ため込んだ魔力で、練り上げた魔導で、先手先手を取り続ける――そのくらいだった。



 不利なのは重々承知の上、されど、悲観などしている暇はなし。

 


 俺は俯くことをしなかった。

 今回ばかりは溜息をつく事さえも意図的に行わなかった。


 ――俯けば、溜息をついてしまえば、それだけで負けてしまうような気がした。


 いくら不利でも心だけは絶対に折らない――志だけは、気位だけは高く持て。



 ……――さあ、戦い舞台に上がろう。










 …………――――



【――さぁっ、ついに、ついにやってきたっ!! 強者どもの頂点を決める武具大会の決勝戦だっ!! まさかこいつが此処まで勝ち上がってくるなんていったい誰が予想できたのか!! 一回戦から大衆の予想を裏切り勝ち上がるは、傷ついた(スカー)白色(ホワイト)――アルクス・ウェッジウッドッ!! 果たして少年の進化は何処まで続くのかっ!! 本日も大物の喉元を喰い破る事は出来るのかっっ!!】



 俺は真新しい(・ ・ ・ ・)ローブを翻しながら、闘技場の中央付近へと歩みを進めた。

 マルクス学園支給のローブだってかなり上質なのだけれど、それでも今日のこれと比べれば、最低二段は品質が下がってしまうことだろう。


 本当ならば今までと同じように着慣れたモノを身に着けようと思っていた。


 否――今日武具大会の選手控室に入るまでは、前日までと同じ物を身に付けていたのだ。


 だが武具大会試合直前になって、運営側からいきなり待ったがかかり、急遽大会運営側が用意したこの真っ白なローブを着用することになったのだ。


 遠目では決して分からないが、よく見てみれば細かく金糸が入っている匠の一品。

 自然についた俺の通名――傷ついた(スカー)白色(ホワイト)の象徴的なローブ。

 

 それを上質なものにしたのは、この魔導武具大会の決勝戦を少しでも栄える様にしようとする運営側の目論見故の事だった。


 ……まぁ運営側のその思惑は、分からないでもない。


 常日頃整備を欠かしたことなど無いけれど、俺の身に付けている防具一式は、此処三日間の戦いで随分傷やら穴やら焦げ跡やら増えていた。

 

 その戦いの痕跡は勲章と呼べば聞こえはいいが、悪く言えばみすぼらしいで終わってしまう。

 最上の(アーク)騎士(ナイト)を選定する重要な舞台で、主役の一人がみすぼらしい恰好と言うのは流石に頂けなかったのだろう。


 故に傷ついた装備一式をまるっとこの白色のローブは、色んな意味で都合が良かったのだ。


 ――まぁ、俺としては不利益も特になかったので、言われるがままに交換したのだった。


 果たしてこれがどこまで意味があるか怪しいところであるけれど……



【――そんな少年に対するのはこれまた少年っ!! この強者が集う魔導武具大会の決勝がこれほど若い二人なんてことが果たして今後起こりうるのかっ!! だが、片割れは既に風格さえ纏っているかの様っ!! 上級属性(ハイエンド)操者(マスター)なんて呼び名もあるが、今回はあえてこちらで紹介だっ!! 最上の(アーク)魔導士(ウィザード)――ステルラハルト・フォン・アルマースッ!! 既に最上(アーク)の称号を冠する天才は、二つ目の最上(アーク)を手中に収めることが出来るのかっ!!】

 


 ――司会者の叫びに伴って、その人物は現れる。


 大きな歓声――大音量に随分と黄色い声が混じっているのはきっと勘違いではないのだろう。


 この世界で平均的な俺よりも少しだけ高い目線、金糸の様な長い髪の毛は後ろで一つに束ねられ流れるような纏まりを見せ、金色の中には碧色の切れ長の目が覗いて見える。

 彫り深く均整の取れた顔立ち――見様によっては女性的にも見て取れた。

 とは言え身に纏うその鎧には、俺のモノとは違い傷はほとんどついていなかった。

 この大会で(・ ・ ・ ・ ・)見慣れた( ・ ・ ・ ・)それに傷がついていないという事はつまり、俺のように無様に攻撃を受けるという事が殆どなかったという事。

 それは十分すぎる実力の証明だった。


 白銀の鎧をまとった美丈夫――まるで絵本に出てくる王子がそのまま現実に現れたかのようだと思った。

 同性の俺から見ても綺麗な人なのだから、女性に騒がれるのも無理からぬことだろう。


 グレーヴァ・マルクス魔導学士園が誇る天才――ステルラハルト・フォン・アルマース。

 俺が終ぞ奪えなかった学年主席、それに四年間君臨し続けた人だった。



【時は来た、いざ最強を競わんとする両人は、今この時互いの健闘を称える握手をしてくれ――】



 司会者さんに急かされて俺たちは互いに歩み寄る。

 学園ではなんだかんだで接点を持つ事は無かったけれど、まさかその記念すべき最初の機会があの魔導武具大会の決勝戦だなんてことは、流石に予想すらしていなかった。

 

 ――全く、戦闘さえまだ行っていないと言うのに、予想外の事が多すぎる。


 あまり深く考えない方がよさそうだ。



「――君とはいずれ話をしてみたいと思っていたが、まさかここで巡り合うとは予想外だったよ」



 如何やら彼の方も俺と似たような事を考えていたらしい。

 爽やかにそんな事を言いながらステルラハルトさんは、俺へと右手を差し出してきた。


 当然俺はその右手を握り返す。

 力強く握られたその手は、意外なことにガントレットに包まれているにしては少しだけ小さかった。



「僕もですアルマースさん。とは言え、貴方の噂を聞かない方が珍しくて、あまり他人と言う感じはしませんけどね」



「それはお互い様だ。学園での話題性ならば私よりも君の方が上だろうよ」



「――僕の場合は貴方と違って、悪名の方が有名でしょうけどね」



 俺がそういうと、彼は一瞬だけキョトンとした後、笑った。



「はは――違いない、君は貴族連中に好かれていないからな、まあそのおかげで私へのちょっかいは少ない。非常に助かっているよ」



「それって爽やかにいう事じゃないですよねっ」



 固い性格かと思っていたが、彼は思いのほかフレンドリーだった。

 彼は俺と同じく白色のローブを所持しているが、二重の白色(ダブルホワイト)の称号は持っていない。

 それは彼が貴族ではないからだ。


 アルマースと言う家名は、昔武勇によって爵位を与えられたらしいのだが、それも今は昔。


 先々代あたりから武勇に優れた人物が排出されず、戦場で戦果を挙げられなかったアルマース家はその爵位を剥奪され、今では商人としての方が世間では有名だった。


 故に俺と同じく貴族からのやっかみが少なからずあるらしい。


 軽口は叩かれたが、逆にその馴染みやすさと境遇に親近感がわく。



「――悪い悪い、何はともあれよろしく頼む」



 そう言って彼は俺の右手から手を放すと踵を返し、俺へと背を向けた。

 馬の尻尾のように揺れる金髪を目で追いながら、それでも俺は彼に向かって静止の声を投げかける。



「すみません。戦う前に一つだけ――貴方は、何を求めてこの大会に出場したのですか?」



 投げかけたのは、この大会通して対戦相手に確認してきたモノだった。

 一回戦目は試合直前に直接聞いた。

 二回戦目は試合中に計らずしも語られた。

 三回戦目は直接聞きかなかったが、気心知れた相棒からは自然と感じ取った。

そして最後の彼はこれいかに――


 俺の問いかけに対し、彼は振り返ることはしなかったがそれでも立ち止まって答えてくれた。



「――証明の為、私の先祖は己が武勇のみで爵位を与えられたという。私の祖父、父は武芸に秀でていなかったためそれは叶わなかったが、私にはそれをするだけの力がある。父たちの悲願の為、そして先祖と同様という事を私自身が証明してみたいという思い故だ」



 ――力のこもった声音だった。


 彼はそのまま歩を進め、やがてゆっくりと振り返った。

 力強い光の灯った瞳――色合いは全く違いけれど、その瞳に在りし日のロニキス父さんの其れを幻視した。


 少なくとも一、二回戦のような邪な心持という訳では無いらしい。


 それが分かって少しだけほっとする。


 俺は心持を語ってくれた彼に感謝の意を込めて短く頭を下げた。


 そうして俺も試合開始場所へ移動する。







【――それでは魔導武具大会決勝戦、アルクス・ウェッジウッド 対 ステルラハルト・フォン・アルマース――試合、開始っ!!】




 



 こうして、俺の最上の(アーク)魔導士(ウィザード)への挑戦は幕を開けた。


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