火達磨の戦い(後)
先週は申し訳ありませんでした。
急遽色々予定が入ってしまって……
遅くなって申し訳ありませんでした<(_ _)>
――闘技場の中は様々な音が飛び交っていた。
一番大きな音――音源の大多数を占めているのは間違いなく観客からの歓声。
今も戦う二人の戦士に向かっての応援、野次、更には意味不明な叫び声――その全てが雑多に混ざり合い、紛うことなき雑音となっていた。
だが、そんな雑音の中に異質な音は確かに紛れていた。
響くは破砕音――それは大地を震わす力強さがあった。
響くは風切り音――それは涼しげでありながら、全てを断ち切らんとする鋭さがあった。
響くは打撃音――肉がぶつかり合うそれには、芯に届くような重さがあった。
それらが響くたびに土煙が広がり、血潮が舞い、そして歓声が上がった。
――だが、そんな雑多な音の中には、先ほどまであった刃物同士が打ち合う甲高い残業音だけは、すっかり鳴りを潜めていた。
…………――――
痛みの走る体に鞭を打ちながら、素早くステップを踏み、俺は眼前に迫る拳を掻い潜り、火炎の相棒の懐へと潜り込んだ。
さっきは片手盾に阻まれてしまったけれど、今度は片手盾を装備した左腕を掻い潜ってのポジション取りである。
よって阻むモノは防具と言うだけの、がら空き状態の脇腹が目の前にある。
俺が装備しているのは、テッドの様な金属の手甲ではなく革製のグローブだ。
故にこそ右拳を固く握りこみ、同時に魔力を纏って拳の強度を強化の魔導で引き上げた。
地球の中国武術や、日本の古武術なんかには鎧の上からでもダメージを与えられる”鎧通し”なる技があると聞いたことがあるけれど、生憎そんなとんでも技能を身に付けてなどいはしない。
そんな俺に出来ることと言えば、少しでもダメージを与えるために、何より己の拳を砕かない様に、こうやって拳を強化することだけだった。
「――せぇっ!!」
――踏み込みと同時に腰を回し、掛け声に乗せて強化した拳を打ち出す。
響くは鈍い打撃音――確かな手ごたえ、俺の右拳は確りとテッドの左の脇腹を捉えていた。
「カハッ!! っ、吹っ飛べ!! ”ヒート・ブロウ”っ!!」
苦しそうに息を吐いたテッドはしかし、お返しだと言わんばかりに真っ赤な魔力を放って来た。
眼前で炎が弾けたかと思えば、瞬時に俺を飲み込まんと拡散する。
――俺は咄嗟に両腕で顔を覆いながら後ろへと飛んだ。
じゅうっと何処かが焼ける音を聴きながら、方向感覚を無くす俺。
訳が分からなくなりそうになったが、空中を錐揉みしながら飛んでいるという事に何とか気づけた俺は、己が頭を腕で抱えた。
――背中に衝撃。
勢いのまま二転三転と転がった俺は、それでも咄嗟に四肢を使って猫のような体制で上体を起こした。
当然来るであろう追撃に対する警戒故だ。
「――烈火の四方陣をもって敵を焼き払え!! 『グリッド・イラプション』っ!!」
――瞬間、俺を四角で囲むようにして、俺の居る真下の地面に赤い線が煌めいた。
『っ、”追風ぇ”――っ!!』
この魔導は知っている――俺は四方陣に囚われる前に緑の魔力を身に纏い、地についた四肢に同時に力を入れて駆けた。
空気を突き破る感覚を全身に感じるとともに、僅か後ろで熱が立ち上がるのも微かに捉える。
あまりにも無理な加速で前方につんのめりそうになりながら、それでもなんとな体制を立て直した。
風のアシストを受けて走りながら――俺は対戦相手へと目をやった。
どうもさっきの”ヒート・ブロウ”で結構飛んでいたらしく、割と離れたところにテッドは佇んでいる。
――佇んだまま、俺へと標準を定めるように赤で煌めく腕を突き出す。
「灼熱の凶鳥よ、疾く駆け我らが敵を討て! “『ヒート・スワロー』”っ!!」
再びの追撃、放たれるのはこれでもかと言う位に凝縮された炎――
燕は緩く弧を描きながら飛んだかと思うと、身を翻し俺の目の前から突っ込んできた。
いくら機動力を上げる『”追風”』を使用していても、この灼熱の燕を振り切ることは不可能だろう。
過去の勇者によってカルブンクルス家に代々伝わるこの魔導は、貫通力と、何より機動性特化した魔導だ。
この小さい炎は正に燕が羽ばたくかの如くその身を翻し、目標を突き破る――それこそ上下左右のどちらに避けようとも、まるで追随するかのように軌道を変える事だろ
う。
故にこそ、俺に出来る事と言えば――迎撃する事だけだった。
俺はアクセルを吹かすように追加で緑の魔力を練り上げ、鉤爪状にした右手に纏わせた。
『――引き裂け、”颯爪”っ!!』
風の刃を纏った右手を灼熱の燕目がけて振るう。
――振りぬいた手に物理的な手ごたえはなかった。それは対象が炎であったのだから当然なのだろう。
だが、熱風は指の間を五つに分かれて過ぎ去っていった。
魚の三枚おろしならぬ、燕の五枚おろし。
その結果を目にしながら、俺は上手くいって良かったと密かに安堵の溜息を洩らした。
本当ならば青の属性の魔導で迎撃した方が相性上良いのだろうけれど、”『追風』”を展開している関係上、魔力の反発暴走が起きてしまう。
故に颯の爪で迎撃するのは、ある意味妥協案だった。
でも、妥協案だからと言って手を抜いたつもりは毛頭ない。
その証拠に、今回放った『”颯爪”』は、『”番穿風”』よろしく、その構成成分を少しばかり弄っていた。
今回イメージしたのは炎をかき消す気体、『二酸化炭素』。
故にこの颯の爪は、炎の攻撃に限り、斬ると 消すの二つのギミックを備えているのだ。
――遠目に観れば、炎の燕を放ったテッドが分かりやすく驚きを露わにしているのが見て取れた。
流石に自慢の魔導をあんな風に切り裂かれるとは思っていなかったのだろう。
だが、起きてしまったことは全てが事実――俺は、この隙を見計らって反撃へと打って出た。
『――切り刻めッ!! ”風刃”っ!!』
テッドに向かって放つは、『日本語』によって強化された風の刃。
それを見たテッドは明らかにヤバイとでも言いたげな表情を浮かべていた。
――着弾、同時に土煙が上がるのを見る。
だが――如何やらあまり効果は得られないだろうと、瞬時に思った。
『”風刃”』が着弾するその刹那、赤が煌めくのを俺の目は微かに捉えていた。
俺は様子を伺うために足を止め、同時に『”追風”』を解除する。
――土煙が晴れるまで、さほど時間はかからなかった。
晴れた砂塵の向こう側、やっぱりと言うか――はたまた当然と言うか、兎に角テッドは確りと立っていた。
闘技場の中央付近に佇んで、切れた額傷から血が滴るのもお構いなしに、獰猛そうに笑いながら俺の姿を目で追っていた。
額の傷は恐らく今の攻撃で着いた物だろう。
傷はそれだけにとどまらない――右の頬には青痣が、左の手甲には焦げ跡が、髪には僅かに濡れ後が、衣服の至る所には滲む血の跡があった。
――全部俺が付けたものだった。
それを確認すると同時、まるで思い出したかのようにひりつく様な痛みが至る所から蘇ってきた。
お互いに明確なクリーンヒットはまだ数えるほどしか与えていないけれど、それでも魔導と打撃戦の余波が互いの体に確実に蓄積していた。
――正直、後どれだけ戦闘を続けていられるのかも正確に測れなかった。
恐らくそろそろ潮時ってやつなのだろう。
――となれば、次の攻撃で勝負を決めに行くのが良いのかもしれない。
俺はそんな事を考えながら、最後の魔導を打つために赤の魔力を練り上げた。
『――燃え上がれ!! ”火達磨”っ!!』
「――いっくぜ!! ”ファイヤ・スターター”っ!!」
――瞬間、俺とテッドの体が、同時に、そして同様に燃え上がった。
燃え上がったテッドを目にし、少しだけ驚くと同時、何となく納得している俺がいた。
見ればテッドの方も心底可笑しいと言わんばかりに笑っていた。
「――カハハッ!! ……アルクス。ありがとよ」
「――藪から棒に、どうしたのさ。それにそれは正直僕のセリフだよ。君が昨日あの言葉を言ってくれなかったら、僕はこんな気持ちで君と戦えなかったと思う」
今俺たちが行っているのは、真の最上の騎士を選定するための、魔導武具大会準決勝戦だ。
だというのに、この様な大舞台だというのに、何の気兼ねもなく、まるで何時もの戦闘訓練のように戦えた。
ここ数日間――あの日南門でいっちゃんと再会してから張りつめていたものが、少しだけ緩まった様な気がしていた。
俺がここで負けてしまっても、可能性が続いて行く――それは確かに俺の救いになっていた。
――俺の言葉に、テッドは笑みを崩さなかった。
「馬鹿言え、たかがそれくらいの事でそのセリフをお前になんかやるもんかよ。お前が俺にしてくれたことに比べたら、これくらい屁でもねぇ――お前がいなけりゃ俺はこの場になんかいねぇし、もしかしたら冒険者でいる事もなかったかもしんねぇんだからな」
「――それは流石に考え過ぎだとおもうけどなぁ、珍しい」
「――違えねぇ、確かにこいつは柄でもねぇな。考えんのはお前に任せるぜ、今後もな」
――何とも図々しい物言いだと思ったが、やっぱりそれでいいと思った。
それでこそ、テッドらしいと言うものだ。
――そうして俺たちはそろって笑った。
「――さて、そんじゃそろそろ決着けっか」
「そうだね、決着つけようか」
言いながら、俺たちはそろって何時もの構えを再び取った。
そして一拍――俺たちは合図もなしに、そろって足元を爆発させる。
体を押し出すように爆風を噴出させて、一気に加速する。
今まで目算で約三十メートル程度有った空間が、瞬時に削られてゆく。
お互い一歩踏み出すごとに、足裏から爆風を吹かしているのだからそれも当然のこと。
空間が瞬く間に二十メートルを割り込み、十メートル程度になったのを見計らい、俺から打って出た。
左足を踏み込んで僅かに跳躍――右腕を引き絞り打ち下ろすように構えた。
そんな俺の姿を目にして、テッドがその場に歩みを止める。
テッドは俺を迎え撃つため拳へと纏った炎を集め出した。
俺の攻撃を見てから、カウンターを取るための準備を瞬時に行ったのだ。
更にこいつは最大の一撃を追加で用意したのだ。
その反応速度には舌を巻くほかなかった――水魔法で意識を加速でもしない限り、俺には出来ない戦法だろう。
テッドの戦闘におけるセンスは計り知れない物があった。
「――打ち抜け!! ”ブラスト・ナックル”っ!!」
テッドの構えた拳が俺へと向かって放たれる――炎を盛大に纏った拳が、肘から爆風を吹かせて加速する拳が俺へと迫ってくる。
そんな才溢れるこいつに、俺が、俺なんかが勝とうとするならば――策を弄する位しかなかった。
初めからこのように動くと決めていなければ、決して出来ない動きだ。
俺は飛び上がり空中にいるその状態から、瞬時に爆風を吹かした。
今まで肘や踵と言った部分からしか吹かした事のない爆風を、左の肩甲骨から左の斜め上方向に向かって吹かした。
体に急激なGが掛かった様な感覚を受け、浮いていた俺の体は右下へ急降下――突きだしたテッドの拳を、放たれた炎を掻い潜る。
急激な方向転換に、体が流れ、テッドの右側へ行きそうになるが、地に足が着いた瞬間を見計らい、今度は右の肩甲骨から右に向けて爆風を吹かし、強引に体制を整えた。
――テッドの懐に強引に潜り込んだのだ。
『――咲き誇れ、灼熱の華!!』
そして俺は身に纏った『”火達磨”』の魔力を両腕へと瞬時に集めた。
「――炎の、翼? そうか、この技は体のどっからでも、爆風を出せるのか」
頭上で呟く声が聞こえたが、もう遅い――
『――――”灼華”っ!!』
俺は肘から爆風噴出しながら、二発づつ瞬時に、交互に、ほぼ同時に――拳撃を叩き込んだ。
拳が当たる瞬間、焼くと同時に己が赤の魔力をテッドの体の中へ打ち込む。
テッドは火の魔導属性を持っているけれど、俺の生成した赤の魔力と、テッドの生成した赤の魔力では波長が僅かに異なっている。
つまり、異なる波長の魔力を打ち込まれたテッドはと言うと――
「――が、ああああぁあぁぁぁあっ!!」
――体の外と内側から同時に炎に焼かれることになる。
天を仰ぎ、口から炎を吐き出すテッド。
――そうやって暫く燃えていた炎は、彼が倒れると同時に、その役目を終えて消え去る。
後に残ったのは、焦げ跡の着いたテッドだけだった。
それだけ盛大に燃え上がったテッドは、体に僅かばかり焦げ跡を残すだけだった。
――個人が持つ魔導属性とは、適性であると同時に耐性でもある。
つまり火の属性に特化したカルブンクルスの人間ならば、持ちうる火の属性への耐性も当然高い。
この程度の赤の魔導では、テッドの意識を刈り取るくらいしか出来ないのだ。
――だが、今はそれで十分だった。
「――ちっくしょう、その使い方、覚えたぞ……今度は、負けねぇ、から……な…………」
……――訂正、意識を刈り取るのも厳しいらしい。
そんなあまりにもタフな相棒の姿に、思わずため息をつく。
「あーあ、これでテッドに勝つのがまた一つ厳しくなったちゃったなぁ」
俺は内心とは裏腹に、気づかず笑みを浮かべながらそんな独り言を呟いた。
グランセル魔導武具大会、準決勝第一試合勝者――アルクス・ウェッジウッド




