火達磨の戦い(前)
前回の話に追記があります。
ご覧になっていない方は、よろしければそちらもご覧ください。
――こうなることは予想できたことだった。
この魔導武具大会の本戦は勝ち抜き方式――だからこそ、本戦初日に組み合わせが発表された時点で、今日彼とぶつかる可能性が有るという事は分かっていた。
でも、勝ち上がればより強い相手にぶつかるのがこの勝ち抜き方式だ。
だからこそ、彼が、そして何より俺自身が途中で敗れる可能性だって大いにあったはずだ。
……と言うか、俺の場合は対戦相手が油断してくれたからってのが、かなり大きかったと思う。
―― 一回戦では、平民の餓鬼である事が大いに相手の油断を誘った。
インベルさんがそれによって油断していなかったら、俺はあの閃光の様な細剣の突きで無残に貫かれていた事だろう。
―― 二回戦では、相手が魔導の性能を過信し過ぎたことが油断につながった。
シズモスさんの音魔導を喰らった直後、間髪入れず追撃をされて居たら――あの片手棍で容赦なく殴打されていたら、意識を繋いでいることなんてとても無理だった。
だけど、今日の相手は――グランセル魔導武具大会、本戦三日目の相手に限ってはそんな油断はまず期待できなかった。
――カムテッド・セラフィム・カルブンクルス、俺の冒険者仲間で、現在の相棒。
使用する得物、持ちうる魔導属性、好みの戦闘方法、そして性格――互いに知り尽くしていると言っても過言ではなかった。
一回戦と二回戦――それらとは違った厄介さが彼にはあるのだ。
恐らくこの三回戦、今までと変わらず――否、下手をしたら今まで以上の苦戦が待っているのかもしれないかと思うと、思わず苦笑を浮かべてしまう。
だが、一回戦、二回戦とは違って、不思議と嫌とは思わなかった。
――薄暗い通路を歩み、開けた出口から闘技場へと歩み出る。
試合前という事もあり、少しだけふわふわした気持ちが強かった。
自分で歩いているというのに、誰かに操ら得ている様な、何処か俯瞰したような感覚はどうも苦手だった。
恐らくこれに慣れる事は絶対にないのだろう、俺は漠然と思う。
だがそれでも、その感覚が少しだけ緩和しているような気がするのは、対戦相手がテッドであるが故なのだろう。
……――だから明日は正々堂々全力で戦うぞ、わかったか?
不意に、昨日投げかけられた、彼らしい一言が頭の中にフラッシュバックして、俺は浮かべた笑みを濃くした。
こんな陽気な表情で闘技場に入場する事など、今後一度として有りはしないのだろうと、俺は何処か他人事のように思った。
【――武具大会準決勝一回戦!! 白いローブをはためかせて現れたのはこの大会随一のトリックスター!! 傷ついた白色――アルクス・ウェッジウッドッ!! 水流を下し、石化の蛇の魔眼さえ跳ねのける少年は、一体どこまで高みに上るのか!?】
――弾けるように歓声が上がった。
距離を置いているというのに、観客席からの声で頭がくらくらした。
唯の雄たけび、俺の名を叫ぶ声、応援の声――以前と比べて確実に大きくなっている声援に、闘技場全体が揺れているのではと錯覚する。
【――そして、そんな傷ついた白色と戦うのは西方の突風を切り裂き、破城槌の異名を持つ冒険者を焼き払った業炎!! 輝く火炎――カムテッド・セラフィム・カルブンクルス!!】
司会者の声、沸き立つ歓声――そして、それらに押し出されるようにして、我が相棒は対面の入口から姿を現す。
テッドは何時もの装備で身を固めていた。
局所を守る金属鎧、腰にはあの高熱にも耐える魔剣をひっさげ、左腕には何時も背中に背負っている小型盾を既に装備している状態。
俺にとっては酷く見慣れたその姿――だけどその姿から目を離すことが出来なかった。
彼の瞳は爛々と輝いていた――それはまるで楽しみで楽しみで仕方ないと言っているかの様。
その姿はこの大会を通して付けられた彼の二つ名、輝く火炎をまさに体現している様だった。
普段冒険者組合の依頼をこなしている時でさえ、めったに見る事のない興奮した眼差し。
――間違いない、テッドはこの試合を心底楽しんでいた。
まったく、何がそんなに楽しいのか――俺はそんなテッドを目にしてまたしても苦笑を浮かべてしまう。
テッドは、打算で一杯の俺や、今までの対戦相手なんかとは違って、純粋にこの大会を楽しんでいるのだ。
全力でぶつかって、全力で乗り越える――その行為が楽しくて楽しくて仕方がないのだ。
暑苦しいことこの上ないけれど、今までの対戦相手と比べれば、気持ち的に遥に戦いやすい相手だった。
【――これは何の因果なのか、今こうしてこの場所で向き合っている二人の冒険者は実は二人組の相棒同士!! よく知る相手と何故戦うのか――そんな事は決まってるっ!! どちらが強いかを白黒つける為に他ならない!! 男同士には拳を合わせないけない時がある!! それが今なのだ!! ――さあ両人は、互いの選手に健闘を称え握手をして健闘を讃え合え!!】
司会者のその言葉で、俺たちは一時的に互いの距離を縮め――そしてガッチリと手を合わせた。
これでもかと言うくらいに力を込めて握手をすれば、テッドの手甲越しに火傷しそうな熱を感じた。
「――負けねぇぞ、アルクスっ!!」
「――僕だって」
――多くの言葉は必要なかった。
そうして俺たちは互いに背を向けて、距離を取り、再び向き合う。
テッドは剣に手をかけながら、スタンスを広げて今にも飛び出しそうな恰好をする。
俺は少しだけ思案しながら足の筋肉に緊張を走らせる。
両方の手を後ろの腰につけたナイフがいつでも抜ける様に、西部劇のガンマンの抜き打ちスタイルみたいな恰好をとった。
――息をゆっくりと吸って、静かに止める。
そして、時を待った。
【――両者準備が整った様子、それでは、アルクス・ウェッジウッド 対 カムテッド・セラフィム・カルブンクルス――試合、開始っ!!】
――そして司会者の号令によって、俺たちのぶつかり合いの幕が切って落された。
明らかに突撃姿勢を取っていたテッドは、案の定真っ先に動きを見せてきた。
彼が纏うのは眩い赤色の魔力――
「焦熱の大蛇よ、その兇暴たる咢で敵を飲み込め!! 『フレイム・サーペント』!!」
それは嘗ての勇者によって伝えられた『日本語』による炎の魔導。
前に突きだされた右掌から、その大炎蛇は産み落とされた。
すべてを飲み込まんと高速でにじり寄ってくる大炎蛇は、それだけで試合を決めかねない程だが、もちろん、それを素直に食らってやるつもりなど毛頭なかった。
よって俺も咄嗟に追撃の魔導を組み立てる、右手を突き出し魔力を宿らせる――その色は青。
『――悉くを飲み込めっ!! ”水蛇っ!!”』
放つのは二回戦の最後でも使用した水大蛇。
――火には水を、そんな安直な考えで迫りくる大炎蛇に水大蛇をぶつけた。
――互いの蛇はぶつかると同時に弾けるようにして、真っ白な水蒸気へと変わってしまう。
魔導には五行然り、四元素然り、相性が少なからず存在する。
それに順ずるならば大炎蛇の方が消えそうなものだが、そうならず相殺のようになったのは、テッドの放った大炎蛇の質が高すぎる為だ。
過去に模擬戦と称して彼と戦った際にも同じような現象が起こっていたことをよく覚えている。
テッドに限らず火炎のニンゲンは、火の魔導に対し高い資質を持っているらしい。
そのうえ、火の魔導の威力を極限まで高めるために、己が持ちうる火以外の魔導属性を切り捨て魔導の修練を行うために、火の魔導の威力がとんでもなく高くなるのだ。
事実、過去カロルさんと決闘としたときなど弱点である水の魔導の攻撃を、火の攻撃魔導で見事に蒸発させられてしまったことがあった。
恐らくカロルさんの放った大炎蛇であれば、俺の水大蛇では相殺すら出来ないだろう。
そんな人に二人がかりだったとはいえよく勝てたモノだと思ったのは、実に場違いな思考だった。
――瞬間、目の前の水蒸気の膜から切っ先が突き出てきた。
水蒸気で姿は捉えられないが、その見覚えのある剣の切っ先は、まず間違いなくテッドの突き込み。
だけどそれは全く予想外の攻撃ではなかった。
開始前テッドは己の剣に手をかけていた――駆け引きという奴が苦手なテッドの一挙一動は、ほぼ間違いなく次の行動への初動である。
だからこそ、彼が魔導を放った際に、間髪入れず剣での攻撃も来るだろうと思って身構えていた。
俺は空いている左手で腰のハンティングナイフを引き抜き、逆手に握ったナイフの刃を、迫りくる切っ先に打ち付けた。
狙いは切っ先の軌跡を反らす為――同時に打ち付けた反動で体を横に流す為。
俺の思惑はほぼ理想的な結果をもたらし、テッドの剣の切っ先は俺のローブを少しだけ切って戻って行った。
――如何やらテッドはまた一歩踏み込んできたらしい、水蒸気の膜の向こう側にうっすらとテッドの姿が見て取れた。
彼は引いた剣の切っ先を左に引き、今度は真横に切り払いを行おうとしているらしい。
水蒸気の膜を分断するように振るわれる一閃――
俺は咄嗟にナイフの刃を返して峰の部分で受け止める。
――ガキリッ、と鈍い金属音が耳につく。
剣戟の威力が強すぎて弾き飛ばされそうになるも、受け止めた左腕に右手を添えて受け止めたおかげで、僅かばかりに足裏が滑るだけにとどまった。
更なる剣戟を放とうとしているのか、剣を引こうとするテッド。
――俺は咄嗟に手首を捻る、そうすることでナイフの峰に付いた櫛状の金属がテッドの魔剣へと食らいついた。
俺は簡易ソードブレイカーとなっているハンティングナイフで一閃を受けていた。
からめ取った剣先から小刻みな振動を感じ取る――それは持ち主の動揺。
「――セイッ!!」
俺は小さく息を吐き出しながら、ナイフ毎剣を引きはっきり見えたテッドの胴体目がけて前蹴りを放った。
足の裏が捉えたのは固い鎧の感触――それでも蹴りの衝撃を本人に与える事は出来ただろう。
留めた剣の拘束を解き、俺は素早くバックステップを踏む。
そこまで行動して俺は、試合が始まって初めて、ゆっくりと息を吐き出した。
――追撃は来なかった。
次第に水蒸気が晴れてくる闘技場。
霧の向こうで佇むのは、獰猛そうな笑顔を浮かべ我が相棒――
「――カハハ、さっすがだなアルクス!!」
テッドから自然と放たれた称賛の言葉――俺は其れを聴きながら返事の代わりにゆっくりと左手に持ったハンティングナイフを前に掲げて構えを取った。




