石化の蛇の睨み(前)
遅くなって、すみませんでした!!
【――激闘に続く激闘っ!! 全ての試合が須らく激闘だ!! だがそれは必然!! ――出場者の総数は三百以上、そこから篩いかけられ残った者が強者でない訳が無い!!】
――グランセル魔導武具大会、本戦二日目。
闘技場を包む熱気は一日目と変わることなく――それどころか徐々にその熱を高めているような気さえする。
だがそれも無理からぬことなのだろう。
ヒトには多かれ少なかれ闘争本能――つまりは戦いを求める衝動ってやつがある。
だからこそ、激しく、見ごたえのある戦いを目の前の見せ続けられたら、テンションが上がってゆくのは無理からぬこと。
そして、それは魔導武具大会の司会者を務める、名も知らぬ男性の張りのある声にもそれは表れていた。
【――だが!! その中でもこの試合だけは特別だ!! 個人的な感想で悪いが今日の試合の中で最も楽しみにしていた組み合わせだ!! さあ――選手入場!!】
……――司会者さんの心情が大いに盛り込まれたアナウンスを聞いて、これから試合に臨むというのに少しだけ笑ってしまった。
――出口が開いた。
光が差し込んでくるのを合図に、俺は光に誘われるようにして自然と歩き出す。
暗く狭い石造りの通路から一歩――光の中へと歩みを進めた途端、遠くに聞こえていた歓声が急に近くなった。
【まずは傷ついた白色――アルクス・ウェッジウッドの登場だ!! 四大貴族の一角、水流を打ち崩した手腕は本物!! この番狂わせは一体どこまで続くのか!!】
――歓声が上がる。
昨日の対戦相手との戦闘の所為か、明らかに昨日の入場よりも多くの人々の注目を集めているらしい。
……その声援に答えて、手の一つでも振ってみれば良かったのかもしれないけれど、その事実が実に妙な感覚で、結局俺は何をするでもなく情けなく立ち尽くすしか出来なかった。
そんな俺の心境など知るはずもなく、司会者さんの声は続く――
【――続いて、この大会随一の曲者、シズモス・エンドベーグの入場だ!! 経歴は一切不明――にもかかわらず、早くも石化の蛇なんて異名が付き始めているこいつは一体何なのか!! その細目は一体何を捉えるか!!】
眺めていたもう一つの入口から、その男の人は現れた。
全身に纏うのは焦げた茶色の皮鎧、片手持ち用のメイスを腰から下げた長いざんばら髪の男性。
体の上半分を覆う様に鎧と同色の貫頭衣を身に付けている為、メイス以外の副武装があるかは分からなかった。
見てくれだけならば情報収集や潜入行動を行う盗賊の役割の其れだけれど、盗賊がメイスを使うというのもまた奇妙だと思った。
恐らくは冒険者――断言できないのは、司会者さんが言った通り、経歴がない故の事。
俺も冒険者業を続けて早六年――だというにグランセルの冒険者組合はおろか都市内で、この人を目にした事は唯の一度もなかった。
単純に考えれば、都市外からの出場者なのだろうけれど、それにしても経歴が一切不明と言うのはどういうことなのか?
如何に都市外の所属であろうとも、冒険者であれば全く情報が得られないなんてことはまずあり得ない。
前世に比べれば情報蓄積の手段は圧倒的に乏しいけれど、この世界とて魔導と言う力によって、情報の通信手段は少なからず存在している。
故にこそ、国勤めの騎士なら言わずもがな、冒険者として登録されている者ならば、少なくとも、冒険者であるという情報位は入手できるはずなのだ。
つまりそれが入手できないという事は、この人がそういった組織に与していないことを指す。
――未知と言うのは極めて厄介、そして彼の厄介な処は経歴が不明には留まらなかった。
【では両人は、互いの選手に健闘を称え握手を――】
司会者さんの言葉に従って、俺と対戦相手さんは揃って闘技場の中心へと進む。
―― 一歩、また一歩と対戦相手さんに近づくたびに、彼の姿が大きくなり、長めの前髪の隙間から僅かに除く細い目が見える。
開いてすらいない様に見える目、俺を捉えているであろうその目に、俺は言いようのない怖気を感じた気がして、思わず歩を止めてしまった。
そんな俺の様子を見て、同じように立ち止まる対戦相手さん。
俺と彼の間には、握手を交わすには明らかに遠い間合いがあった。
「――申し訳ないですが、握手は無しでお願いできますでしょうか?」
――一回戦と同様の握手拒否の表明を、今回は俺から申し出た。
そんな俺の申し出に際し、対戦相手さんは不快を示すこともなく、ただ変わらぬ様子で俺を眺めている。
「……なるほど、俺の初戦を見たって訳だ。確かに確かに、良く分かんねぇモンには触らぬが吉だ。――良いぜ了承だ」
「……ありがとうございます」
今回は明らかに俺の方に不敬があるので、俺は頭を下げて礼を言った。
何故俺が彼と握手をしなかったのか――それは彼の言う通り、彼の一回戦を見たからだった。
結論から言うと、彼の戦い方は経歴と同様、全く分からないのだ。
何せ彼は一回戦において、特別なことを何もしなかった。
魔導を発動することもなく、そのメイスで攻撃することもなく、それどころかその場を動くこともしなかった。
彼が行ったことと言えば、ただ、対戦相手を直視しただけ。
ただそれだけの行動で、対戦相手だった人が突然苦しみだし、何もすることなくその場に倒れて気を失ってしまった。
シズモスさんがいったい何をしたのか――それについては色々と憶測が飛び交っているが、最も有力であるのは一回戦に際し、開いた彼の眼だろう。
魔導属性とはまた違った特別な力――ごく稀に体の一部分にのみ限定的に宿る神秘の力。
彼の場合はその力が眼に――即ち魔眼が宿っているのだと予想されていた。
睨み付けるだけで相手を打倒する能力――その能力の為に、彼は経歴不明でありながら、既に通名が付きつつあった。
それが石化の蛇――睨まれただけで石化してしまうという尾長の金切り鳥と同じ通名だった。
本当に彼が魔眼持ちで、見ただけで効力を発揮するのであれば対処のしようがない。
対処のしようがないが、でも結局の所それは噂で、誠に彼が魔眼持ちあるかは本人のみぞ知ることだ。
もしかしたら、眼以外にその力が宿っている可能性だってある。
だからこそ、試合前の不用意な接触を避けたのだった。
【――握手は無し!! 傷ついた白色の闘志は十分らしいぞ!! 未知の敵にも臆することなし!! なんと頼もしい事か!! では、両者ともに対戦開始位置へ戻ってくれ!!】
司会者さんの言葉に一度頷き、俺はいったん踵を返した。
実のところシズモスさんには、一回戦でインベルさんにしたように聞いてみたいことがあった。
――彼の戦う理由を聞いておきたかった。
だけど、健闘の握手を嫌ったのは俺自身だったから、聞くタイミングを逃してしまった。
実に残念だったが、致し方ない事だろう。
――俺は静かに試合開始を待つことにした。
【――両者準備が整った様子、それでは二回戦第四組、アルクス・ウェッジウッド 対 シズモス・エンドベーグ ――試合、開始っ!!】
開戦の火蓋が切って落とされる――俺は一度大きく深呼吸をして、シズモスさんと向かい合った。
…………――――
射程も発動条件も、殆ど何もわかっていないシズモスさんの魔眼。
しかし、意外なことに開戦早々にそれが使われることはなかった。
魔眼が来ると予想し、想定していた防御策を展開しようと身構えていた俺に対して、動きを見せるシズモスさん。
彼は僅かに前かがみになると同時、自前の貫頭衣の中に両手を突っ込んだかと思うと、すぐさま両手を後ろへと持っていく。
その両手に収まるのは同じ形をしたダガーナイフ――彼はそのまま弓を引くように体をしならせ、手に持ったダガーナイフをそのまま投擲してきた。
――迫りくる予想外の攻撃。
俺の用意していた魔眼の防御策は物理攻撃に対しては無力のモノだ。
俺は慌てて展開しようとしていた魔力の属性を入れ替え、口早に魔導名を唱えた。
『――我が身を押し運べっ、”追風”っ!!』
纏う魔力は緑の属性――それは一回戦でも多用した移動補助魔導。
風の補助を受けた俺は、倒れ込むようにしてダガーナイフを躱した。
そしてそのまま思い切り大地を踏みしめて――加速っ
用意していた魔眼防御策が展開できなかった俺は、次善策に打って出る事にした。
それは、『”追風”』用いた高速走行での翻弄。
兎に角彼の魔眼に捕捉されない様に、動き回る事にした。
――細かくステップを踏み、切り返しを多く入れ、不規則に動き回る。
ただ単純に、単調に走り回るは円形の闘技場では得策ではない。
シズモスさんとはまだ距離が離れている為に、単調に走っては動きを予測され、魔眼の餌食になることが予測できたからだ。
だが、またしても俺が警戒していた魔眼攻撃は飛んでこなかった。
「――”クリエイト・モノリス”」
――不意に俺の耳に届いたのは、以前ラディウスさんが使ったのと同じ魔導名。
その声にハッとして、シズモスさんの方へと視線を向けてみれば、彼は橙の魔力を纏いながらしゃがみ込み、地面へと手をついていた。
―― 一瞬で、目の前に壁が現れた。
二メートルほどの高さの壁が、俺の行く手を阻むように立ちふさがる。
その壁は横にも長く、闘技場の客席下の壁からシズモスさんの元へ向かって伸びている。
「――”クリエイト・モノリス”」
――再び、同じ魔導が展開される。
今度は俺の背後に壁が現れる気配――何となくだが、後ろに現れたのは、目の前に現れた壁同じように展開されているような気がした。
と言うか、俺が彼の立場だったら間違いなくそうする。
――分断された。
「――”アース・ウェイブ”ッ!!」
――三度目は、流石に違う魔導だった。
迫りくるは捲れ上がる様にして進んでくる大地の脈動。
その衝撃は飲まれれば、無事で済む事は無いだろう。
前後を壁で囲まれている今の状況で、俺が取れる回避手段は恐らく一つだけだった。
俺は目の前に土壁に向かって思い切り疾駆すると、壁にぶつかる直前で飛び上がり、壁を一歩、二歩と踏みしめた。
そして、三歩目を踏み切ると同時に真上へと飛び上がる。
――空いているのが上しかないのだから、そう回避するほかなかった。
だが、それはシズモスさんも重々承知の事だろう。
だからこそ、彼は俺の姿をしっかりとらえて、第四の魔導を放とうと魔力を練り上げていた。
――石化の蛇の異名を持つ謎多き対戦相手は、その異名をブラフとし、俺を追い詰めようとしていた。




