-それぞれの思惑-
例年通りに――否、例年以上の盛り上がりを見せている魔導武具大会を眼下に見下ろす。
試合会場が一望できるこの場所は、コロッセオの観客席の中では最上に近い席だろう。
この場所以上となると、其れこそグランセルの現国王が座る席位のものだ。
このレベルの客席になると必要になるのは、金ではなく其れなりの地位が必要になってくる。
――我がカルブンクルス家は、その最たるものだろう。
元冒険者であるところの俺は、はっきり言えばこういった催しモノが大好きだった。
もし可能であるのならば、俺も率先して大会に参加するのだが――流石に大貴族の当主ともなるとそれは叶わない。
故にここ十数年、魔導武具大会を観戦するだけに留まっている訳だ。
とは言え魔導武具大会は我が国最大の催し――加えて今回に限れば勇者の為に最上の騎士を選出すると言う重大な役割を兼ねている。
そうなると自ずと例年以上に腕に覚えのある猛者たちが集うのは明白。
事実それを証明するかのように、未だ本戦の一回戦であるにも関わらず、非常にレベルの高い戦いがコロッセオでは繰り広げられていた。
攻撃の魔導が流星の軌跡の様に飛び交い、鋼の武具が苛烈にぶつかり合う。
そうかと思えば見ていても種が分からぬような理外の奇策が飛び出すこともある。
今しがた観戦していた戦闘の勝者など、ただ睨み付けるだけで対戦相手を戦闘不能にしてしまったくらいだ。
まさに多種多様――それ故に面白い。
出来る事ならばもっと多く、もっと長く試合を観戦していたいものだが、名残惜しい事に本日の試合は残すところあと一つ。
残念、実に残念だ――まぁ、最も――
「――いやぁ、初めてに観戦にきましたが面白い物ですなカロル殿、もう少し程度の低い物を想像していましたが、なかなかどうして其れなりに観れるではありませんか」
――こんな奴と一緒に試合を観戦しなければならない事以上に、残念な事など無いのかもしれないが。
俺はそいつの問いかけに何も答えなかったが、隣にいるその男を刺激しないよう愛想笑いだけを浮かべて見せた。
隣にいる男――グランディス・パーウェル・サップヒールス。
グランセルの四大貴族が一つ、水流の現当主。
水と火と言う魔導属性の所為か、それともただ単純にそりが合わないのか――兎に角こいつはことあるごとに俺に絡んでくるのだ。
この男ほど面倒な奴を俺は他に知らなかった。
金儲けに目がなく、その上戦闘行為を好まない為に、大会の運営にしか興味がない――この大会だって金の卵を産む鶏程度の認識しかないのだろう。
だからこそ今まで魔導武具大会自体を観戦しに来た事は無かったが、今回ばかりは例外だった。
「――さて、とうとう次ですな。私の倅が登場するのは、いやはや一回戦とは言え大会の大取を飾るとは鼻が高い」
こいつが出張ってきた最大の理由――それは自分の息子が参加していると言うのが最大の理由だった。
とは言えこいつの場合、純粋に息子の活躍を見に来た訳ではなく――期待しているのは活躍に付随する効果だけなのだから救えない。
――俺はこの男にとある賭けを持ちかけられていた。
「――さあカロル殿、貴方の息子が無事初戦を突破したことですし、賭けの試合が待ち遠しいですな」
「グランディス殿、それは流石に気が早すぎではないですかな? 貴方の息子はまだ勝ちを決めていないと言うのに」
俺の返答の内容が予想外だったのか、グランディスは一瞬呆けた様な表情を浮かべていた。
だがそれも一瞬の事――気が付いた時には彼はゲラゲラと笑い声を上げだした。
「クックック――いや実に面白い冗談を言いますなカロル殿は、私の倅が平民に後れを取るはずがないでしょう? 其れよりも私が心配しているのは貴方の息子の方ですよ――聞きましたぞ? 前回の大会では一回戦負けだったと。順当にいけば私の倅との試合は準決勝だ。それまでに敗退などしてくれないと良いですがな」
グランディスの余りにぞんざいな物言いに、俺は思わず呆れてしまった。
確かに俺たち四大貴族が扱う魔導は、歴代の勇者から与えられた唯一の魔導名の事もあり、下位属性とは言え強力だ。
だが、だからと言って勝ちが確定する程、この大会は甘くない。
「そう言えば例の賭けですが、息子たちが戦えない場合の取り決めはしていませんでしたね。――その場合は、どうです? より多く勝ち上がった方の勝ちと言うのは?」
「私はそれでも構いませんが……」
「――そうですが、ではそれで決定という事で!!」
だというのに、この男はまるで負ける事などないと言わんばかりに、嬉々として賭けの条件を決めてきた。
今の条件だと、俺の息子が既に一回戦を勝ち上がっているので、俺の方に些か分があるというのに、それでもお構いなしだ。
決して慢心など出来るはずがないといのに――この男の余裕は一体何だというのか?
そんな事を考えていると、大きな銅鑼の音がコロッセオの中央から聞こえてきた。
如何やら今日最後の一戦が始まるらしい。
銅鑼の音に誘われるようにして、本戦出場選手たちが対面するコロッセオの入口から姿を現した。
「――おおっ、倅が出てきましたよ!! おや? 倅の対戦相手は年若い少年のようですね。腕利きの冒険者でも出てきたらと思ってひやひやしていましたが、これはラッキーだ」
その仰々しい言い方に、俺はピンと来た。
そういえばこの男は大会を観戦するよりも、大会の運営の方に興味がある男だ。
故に当然、今回の大会も運営に手を出している。
まさかとは思うが――組み合わせに細工を?
「さあ、楽しみですな今後の試合が――ところで私が勝った暁には確りお願いしますよ? 娘を我が家に戻すお力添えをね」
俺の方を見ていやらしく笑う顔を見て、俺の予想が確信に変わった。
「――何度も言うが、あの娘が我が領地に留まっているのはあの娘の意志だ。私が言った処でお前の元に帰る保障などありはしないぞ?」
「いやいやそれだけで十分ですよ。貴方から言われれば流石に我が娘も貴方の敷地内に留まる事は出来ない。そうなればこちらで何とかします故――」
「――貴様っ!!」
グランディスの娘――クレーネ・ウィオラ・サップヒールス。
彼女は今俺の元にいた――正確には俺の屋敷内にある小さな小屋で薬師として生計を立てていた。
クレーネは学園卒業後――家を飛び出し、代わりに我が家の庇護下にいた。
と言ってもそれは娘が手引きした事であり、俺が何かしたわけではない。
クレーネは霊薬のレシピをグランディスに渡すことを条件に、本当に家を飛び出したのだ。
クレーネから聞いた話だが、水流は先代で霊薬のレシピを紛失しており、既に霊薬を作る事は出来ないらしい。
故にグランディスは、失われた霊薬のレシピが手に入れば用済みだと言わんばかりに、我が娘を特に何も言うことなく送り出したのだという。
ならばなぜクレーネが我が家の庇護を受ける必要があったのか――
それは都市に流れる噂を聞けば、容易く想像出来る事だった。
――曰く、水流の霊薬の質が酷く落ちた――らしい。
クレーネが偽物のレシピを渡すなどという事をするとは考え難い。
よって考えられる事は一つ――この男に、いや、今のサップヒールスに、完璧な霊薬を作り上げる事の出来る奴がいないのだ。
以前興味本位でクレーネが霊薬を調合する様子を見せてもらったことがあるが、断言しても良い――あれはただ単純にレシピ通りに作成して出来上がるというものではない。
材料の質、その日の環境――さらには調合時の微細な変化に合わせての調整が必要になるのだ。
例えば材料である月光草と雪割草を煎じる時なども、状況によって煎じる温度を変えたり、材料の量を調整したりと大変らしい。
つまりは微細な状況変化を見極められる超感覚が必要になるのだ。
それは紛うことなき類まれなる才能――クレーネが持ちえているのはそういうものだった。
そしてそれを一番理解していたクレーネは、それ故に我が家に庇護を求めたのだ。
その事実に気が付いたこの男の手から逃れられるように。
そう考えればなるほど――そんな条件を満たせるのはサップヒールスと同等の地位を持つカルブンクルスくらいしかないだろう。
我が家の庇護下にある限り、いくらこの男でも容易く手出しは出来ないのだ。
だが、だからと言って黙っているほどグランディスと言う男は大人しい奴ではなかったらしい。
そして奴はとうとう行動に出た――俺に今回の賭けを持ち込んできたのだ。
この魔導武具大会で互いの息子を戦わせ――グランディスの息子が勝てばクレーネを家に戻る様に説得してほしい、と。
逆に俺の馬鹿息子が勝てば今後一切そのことには触れない、と。
あまりにしつこく言ってくるので条件付きで了承したが、まさか組み合わせに細工をしてまで勝ちに執着するとは思っていなかった。
確かに我が家の火の魔導は水の魔導とは相性が悪い。
加えてこいつの自慢の息子はサップヒールスでは珍しく、攻撃魔導に秀でている事で有名だった。
だからこそこいつは確信しているのだ。
組み合わせを弄り、順当に息子が勝ち進めば奴の息子が俺の馬鹿息子を倒すと確信しているのだ。
とは言えまさか最上の騎士を選定するこの神聖な大会を、自分の都合で汚すとは思っていなかった。
今確信した――グランディスにはグランセルの貴族として誇りは微塵もありはしない。
腸が煮えくり返る思いだった――こんな男の思うがままにするのが許せなかった。
そして同時に申し訳なく思った。
今朝大会に勇んでいた馬鹿息子に、大会によって最上の騎士の選定を待つ光の勇者に――そして何より対戦を仕組まれた対戦相手に――
そんな事を考えながら、俺は初めてグランディスの息子の初戦の対戦相手の姿を直視した。
「……――カハハッ!!」
そして俺は、思わず笑ってしまった。
つい今しがたまであれ程までに激高していたというのに、思わず吹き出してしまった。
まったく俺もいい加減だと、つくづく思った。
「――何です? いきなり笑いだして」
そんな俺に対しグランディスが怪訝そうに問うてきた。
だが、これを笑わずしてどうするというのか?
グランディスはアイツの魔導属性や、実績なんかで対戦相手に選んだのかもしれないが、それはまさしく大間違いだ。
何せあの黒髪の小僧は、曲がりなりにも俺との決闘に勝利した者なのだから――
「――グランディス殿、一つだけ忠告しておくぞ? ――あの少年を甘く見ないことだ。下手をしたら貴様の息子は一回戦すら突破できんかもしれんぞ?」
「何を馬鹿なことを――あのようなみすぼらしい平民の餓鬼に私の倅が負ける訳が無いでしょう」
「カハハっ、だといいがな」
俺の言葉を強がりだと判断し、吐き捨てる様に言ってくるグランディス。
そんなグランディスの言葉を聞き流し、俺は大荒れが予想される大一番を見守る事にした。




