-絶望する少女-
明けましておめでとうございます。
新年初の投稿がこんなに遅くなってすみませんでした。
……今回は本当にきつかったんです。
この話は書く予定のモノだったのですが、何故このタイミングで来てしまったのかという程です。
言い訳は活動報告の方に、本日中にでも書いておきます。
お暇があったら読んでみてください。
迫りくるは身を焦がさんばかりの極光。
咄嗟に目を閉じていなければ視力を失っていたかもしれないと、そんな風に思う程その光は鮮明で、強烈だった。
瞼を閉じていてもまぶしいその光から我が身を守る様に両腕を顔の前に翳して、その濁流の様な光を何とか遮る。
――気を失うかと思った。
ただでさえ強烈な光であるし、今の私の体調はすこぶる悪い。
そんな私が意識を失わなかったのは、殆ど奇跡にも等しい事だったと思う。
……――どれだけ、そうやって光に照らされ続けていただろう。
案外短い時間だったのかもしれないけれど、私には凄く長い時間のように感じた。
――やがて、その光の気配が徐々に遠のいてゆくのを感じ、私は恐る恐る翳していた両腕を少しだけ下ろして、少しだけ目を開いてみる。
如何やら先ほどの極光は再び私を焼くことはないらしい――その事実に少しだけ安堵しながら、私はもう少しだけ大きく瞳をさらけ出した。
……――そうして私は言葉を失った。
開いた視線の先に真っ先に飛び込んできたのは、古風な造りの大広間。
おおよそ装飾という類のモノは一切見られない、ただ壁には等間隔にランタンの様なものが吊るされていて一様に火が灯っている。
――薄暗かった。この部屋には如何やら窓と言うものが無いらしい。
壁にかけられているランタンだけでは光源として不十分で――まるでそれを補う様にして床一面に火のついた蝋燭が等間隔に揺らめいでいた。
――異様な光景だと思った。
大凡現実感と言うものが感じられないその空間に、私はただそんな事をぼんやりと思った。
――ううん、きっと何時もの私だったとしたら、もっと他の感想を持ったのだろうとも思う。
そしてそれだけじゃなく、きっと大いに取り乱して、意味の分からないこの状況に喚き散らしていたかもしれない。
否――かもしれないじゃなくて、そうしていたことだろう。
だけど、実際そんな状況に置かれは私はそんな事をしなかった。
少なくとも、今の様に私自身の事を他人の様に俯瞰して考える事など出来はしなかっただろう。
――だけど、俯瞰している自分さえも、正直どうでも良かった。
例えどんなに意味不明な状況に陥ろうとも、摩訶不思議な空間に放り出されようとも――つい最近私が体験した事に比べれば、それは些細な事だった。
だからこそ、是非もなし。
「『――おお、勇者様! この地においで下さり誠にありがとうございます!! どうか貴方様のお力をお貸しくださいませ!!』」
それ故に、唐突にそんな言葉を投げかけられても、それは変わらなかった。
呪文でも紡いでいる様な意味の分からない言葉の羅列を投げかけられたと思ったら、それに重なるようにして日本語が聞こえてくる。
まるで副音声が当てられている様な奇妙な感覚。
声をかけられてやっと気が付いたけど、薄暗いその部屋の――それも私が呆然と立ち尽くしている場所からそう遠くない場所に、その人は立っていた。
薄暗かったけど、そんな状況の中でもその子が凄くかわいい子だというのは見て取れた。
ウェーブのかかった長い髪の毛、目じりが少し垂れ下がり気味の澄んだ大きな瞳、真っ直ぐ伸びた鼻筋の下には薄い唇。
年齢は私よりも下だろうという事は何となく分かったけれど、どれくらい下なのかは明確には分からない。
その理由は明らかに黒以外の色をしている、髪の毛と瞳の色――日本人とは違う顔の作り故だろう。
そんな女の子が、映画やドラマの中でしか見た事の無い様なドレスを身に纏って、そこに立っていた。
――すべてが異様だった。場所も、人物も、言葉も――それこそ目に映るすべてが異様だった。
だけど、どんなに異様でも、どれほど奇妙でも、気が狂う程珍妙だったとしても――
――私の心は動かなかった。
『――なんで私がそんな事しなくちゃいけないの? どうでもいいよ。そんなこと』
気が付けば私は、やる気も、心もない伽藍洞な言葉を目の前の少女に放っていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――気が付いたその時には、五日もの日にちが過ぎていた。
――五日前のあの日、あの小雨の降る日、私が大学受験の入学試験を受けていた日――私の一番大好きだった人が死んだ。
その事実が、私に考えるという行動をとらせなかった。
今日までいったい何をしていたのか殆ど思い出せない――ただ、泣き続けていた。
驚愕の事実に茫然として、泣いて――穴だらけになっていたというお兄さんの体がつぎはぎだらけになって帰ってきたのを見て、また泣いた。
お兄さんの妹で私の大親友でもある夕日ちゃんと一緒になって泣いて、静かに涙を流す一番上の朝日兄さんにつられて泣いた。
少しだけ歳の離れた隣の篠原家の真ん中の朔夜兄さん。
幼いころからほとんど一緒にいて、一緒に育った人。
ぐいぐいと周りを巻き込むちょっと傍若無人な朝兄と、天真爛漫な夕日ちゃん――そしてそんな二人に挟まれていたせいか、いつも大人しい朔兄。
私たち四人は何時も一緒に遊んでいたけれど、圧倒的な二人のパワーに、私たちは何時も置いてけぼり気味になっていた。
だけど、そんな私が完全において行かれなかったのは、いつだって朔兄がいてくれたから。
真っ先に飛び出して行ってしまう二人の後を溜息を付きながら、あの人は私の手を引きながらついてゆく。
だいたい何時も二人の起こした騒動のとばっちりを受けて、一番損な役回りをしていた。
それでもそんな二人の事を笑って許してしまうのは、彼が優しいヒトだったからなのか、状況故に優しくならざるを得なかったのか……それは分からない。
でも、そのどっちだったとしても、私は優しく私の面倒を見てくれる朔兄の事が大好きだった。
二つも年が離れていたせいもあって、中学、高校と一緒に居れる時間は少なくなってしまったけれど、それでもその想いは変わらなくて――何時も私は篠原家に入り浸っていた。
最近では朔兄が県外の大学に行ってしまって、凄く寂しい思いをしていたけれど、彼と同じ大学に行ければまた以前の生活に戻れる。
そんな事を目標に大学の入学試験を頑張ってきたっていうのに――こんな事になるなんてあんまりだ。
――つい先日まで大学の冬休みは長いんだよって、自慢をしていた彼を思い出す。
――だから全然気にしないでって言いながら、大学試験の前日まで臨時の家庭教師をしてくれていた彼を思い出す。
――頑張ってねって、試験の当日に優しく送り出してくれた彼の事を思い出す。
……だけど、そんな優しかった彼は、試験で疲労困憊だった私を出迎えてはくれなかった。
「っ、――~~っ!!」
枯れ果てたとばかり思っていた私の涙の源泉は、如何やらまだまだ枯渇してはいないらしく、気が付けば目じりに涙が溜まっていた。
何度も何度も擦ったせいで、目じりがとっくの昔からヒリヒリしていた。
あまりに泣きすぎたせいもあって、体に力が入らない――両掌が指先までビリビリと痺れていた。
――疲れていた。
正直な所、考える事を放棄してこのまま動かずにいたかった。
だけど、そうも言ってはいられない。
――ちらり、と、私は枕元に置いてある目覚まし時計の時間を確認する――時計は、十三時二十七分をさしていた。
……そろそろ起きないと、と思った。
嫌だったけど、認めたくなかったけど――でもその時は確実に近づいていた。
朔兄と、最後のお別れ――あと三十分とちょっとで無残にも穴だらけになった彼の体が、遂にその形さえも失ってしまう。
火葬場に送られてしまうのだ。
……――今からでも遅くはないから、奇跡でも何でもいいから起きてほしいと思った。
ひょっこり起き上がった朔兄に皆驚いて、奇跡が起きた、やったーなんて、皆で騒ぎ立てる在りえない妄想――
心の奥である訳ないと解っているのに、それでもそんな事を考えてしまう私。
弱い私は、今もまたそんな妄想に微かな希望を抱いて、ゆっくりと体を動かした。
のろのろとした動作で、横になった彼の元へ向かう――部屋を出て、階段を下りる――靴を履き、玄関を潜って隣の家へ――
妄想が現実のものに成っていますようにと願いながら、私は篠原家へと踏み込んだ。
「…………――――本当に、すみませんでしたっ!!」
家の中に入って早々に聞いた声で、私は少しだけ体をすくませた。
聞き覚えのあり過ぎる声、私の其れとよく似たトーンの其れは――
「――お母さんの、声?」
私は、深く考えることなく、その声の元へ歩みを進める。
靴を脱いで廊下を歩く――声の元は如何やら居間を通り過ぎた向こう側、篠原家の台所から響いてきている様だった。
「――謝らないでください響さん、貴方の所為ではありませんから」
今度は朔兄のお母さん――暦さんの声が聞こえてくる。
響の名前を呼んでいるという事は、やっぱりさっきの声はお母さんの物だったらしい。
……――だけど、何故お母さんは暦さんに謝っているのだろう。
私はそんな事をぼんやり考えながら、台所へと近づいてゆき――その中に入るために曇りガラスの入った引き戸へと手を伸ばした。
「私が朔君にっ、一姫の迎えなんて頼まなければ、あんなことにはならなかったのにっ!!」
――自然と動きを止めた。
――お母さんは、いったい、何を、イッテイルノ?
「――どうか落ち着いてください」
「――私が一姫を迎えに行けばよかった。朝、あの子が家を出るときに傘を渡すのを忘れなければよかった。そうすれば、あんなことにはっ」
――傘、と聞いて、私は五日前のあの日の事を思い出していた。
五日前のあの日は、そういえば少し雨が降っていた――試験が終わって帰って来たとき、雨が降っていて憂鬱になっていた。
他ならない、それは私が傘を持って家を出なかったから。
――私は思わず、その場から後ずさった。
後ずさって、そのまま息を殺してきた道を引き返した。
――歩く。
私は、葬儀の最中に聞いたことを思い出した。
あの時は気にも止めていなかったけど、何故か鮮明に思い出した。
――歩く、歩く。
我が家の玄関を強引に開閉して、家の中に上がった。
靴を脱ぎ散らかしてしていたが、気にも止めなかった。
階段を踏みしめて自分の部屋へ――開きっぱなしだった扉を潜って、ベットの端へと蹲る。
ベッドの上に放り出されているクッションを手にして、頭に押し付けた。
――朔兄は、あの雨の日、二本の傘を持っていたらしい。
自分用の傘の他に、誰かの、傘をっ――!!
「……――ぁ、ぁぁあああああああああっ!!!!」
――彼は、迎えに来てくれていたんだっ!!
――傘を忘れた、私の事をっ!!
だから、あんなことになってしまったんだっ!!
「こ、こんなのって……こんなの、ないよぉ……」
あの人が死んだのは、私のせいだった。
「ごめっ、ごめんさ、さい、ひぐっ、ごめんなさいっ」
自然に零れる言葉に、嗚咽が混じる、それに合わせて涙が止まらない。
謝ったって無駄だってことは分かっているけど、止めることは出来なかった。
そうでもしなければ、私はきっと罪の意識に耐えられない。
「――誰でもいいです。神様でも、悪魔でも何でもいいです。私は何でもしますっ。何でもしますからっ、朔兄を助けてください……」
自分でも何を言っているのか、理解などしていなかった。
唯心の奥から湧き出してくる言葉の数々を、そのまま口にする。
支離滅裂で、可笑しな言葉のだったけれど、自然に口にしたその言葉は、紛うことなく私の本音だった。
「――お願いだから。もう一回――朔兄と会わせて」
その時確かに、私は、私が一番願っていることを、口にした。
…………
あの身を焼くような極光に、私が包まれたのはこの時だった。
これが浅はかな私の冒険の始り。
そして同時にあの人にとんでもない重荷を背負わせた、物語の明確な始りだった。




