水喰らいの悪魔(後)
この話を書いていて良く分かりました。
私は呪文を考えるのが苦手です。
天啓が欲しい……私に舞い降りてこい!! グッドな中二病ネーム!!
――更新遅れてすみませんでした。
俺たちの中でまず初めに声を張り上げたのは火炎の少女だった。
「猛炎なる大猪よ、その比類なき体躯で敵を打ち倒せ!! 『イグニス・ボア―』!!」
フィアンマ先輩はあらん限りの声量を持って魔導名を言い放つ。
――煌めくは紅。
目を焼くような彩が瞬くと同時、赤の魔力に命が吹き込まれてゆく。
形作ったその姿はまさしく大猪――魔導名を偽らない雄々しき姿。
赤大猪はまるで意志が宿っているかの如く蹄を打ち鳴らし、そうして勢いよく駆けて行った。
彼の猪がとられているのは水喰らいに取り巻いているスライムたちへ――己が主の怨敵へと駆けてゆく。
一直線に駆ける猪は、一体、二体とスライムを跳ね飛ばして駆け抜けてゆく。
その威力に外殻を半分ほど削り取られながら地に落ちるスライムはしかし、少しだけ歪に体を歪ませながら、平然と動き出した。
否――動き出したスライムたちは、跳ねるように移動していた先ほどまでとは明らかに違う動きを取っている。
――小刻みに体を震わせ同じところをグルグルと跳ねまわっているその姿は、恐らく警戒心の表れだろう。
彼らからしてみれば突然体の大部分を削り取られたのだ。
生命の危機かもしれない状況であれば、警戒するのも当然の事。
そんなスライムたちに、火炎の少女は無慈悲な追い打ちを放った。
「焦熱の大蛇よ、その兇暴たる咢で敵を飲み込め!! 『フレイム・サーペント』!!」
炎の大蛇を嗾けるフィアンマ先輩――大蛇を放つその瞬間、彼女と視線が交錯した。
俺と目が合った彼女はすぐさまフイッと視線を外す――その視線が示すその先には俺たちの討つべき標的があった。
――早く行け、と、フィアンマ先輩の視線はそう言っているのだ。
俺たちはそんなフィアンマ先輩の意志に応えるべく、小さく頷きながら体を翻した。
それを合図に、フィアンマ先輩が俺たちから離脱していく音を背後に聞く。
取り巻きのスライムたちを少しでも俺たちから遠ざけるために、フィアンマ先輩は動いてくれたのだ。
そんな彼女に感謝しながら、俺たちも自分たちの役割を果たすために歩み出す。
標的たる水喰らいの悪魔は、取り巻きの同胞が襲われていることにまだ気づいていない様だった。
それは油断しているが故なのか、それとも単純にそんな事を考える思考力自体が無いからなのか――
何れにしろ、取り巻きを置き去りにしている”水喰らい”を全身全霊を持って叩く、その行動に変更はない。
――”水喰らい”はただの一体で、湖の浅瀬に浸かっていた。
身動きをせず――否、その場から移動してはいないだけで常にぐにょぐにょと蠢いている水喰らいは、まるで脈動している血管のようだった。
プルウィの話だと巨大スライムのこの行動は食事と同じ物――つまり湖を喰っているらしい。
割かし規模が大きめな湖であるため見た目で大きな変化は見られないが、このスライムが湖に現れてこの行動を繰り返したために、この湖の水を濁らせ、そして涸らしかけているという。
これだけの規模の湖となれば、霊脈とまでは言わないまでも其れなりの魔力をため込んでいるものだ。
だからこそ魔力を餌とする水妖精たちは湖に居を構える訳なのだが、命の源とも言える湖を枯らされてしまえば、水妖精たちの行き着く未来は想像するに容易い。
現にここにいた水妖精たちは唯の一体を残して姿を消してしまっているのだから……
全くもって奇妙なスライムだと思う。
見た目も特異だが、その行動もまた特異。
湖を喰らうスライムなど聞いたこともなかった。
――だが、この様なスライムがいるというのなら、ここに来る前にギルドでアルトさんから聞いた大森林から消えたと湖は、もしかしたら同じスライムが原因なのかもしれない。
…………
――そこまで思考を巡らした俺は、強引に頭を振ってその思考を追い出した。
例え俺の考えが当たっていたとしても、それは今考えるようなことではないのだから。
俺は思考を切り替えた一瞬の後、右手に緑の魔力を生成して水喰らいへと放った。
『切り刻めっ! ”風刃”!!』
「吹っ飛びやがれ!! ”ヒート・ブロウ”っ!!」
俺とほぼ同じタイミングで相棒も火魔導を放つ。
”ヒート・ブロウ”は火の玉と同様で一般的にも良く使われる魔導。
凝縮した火炎を打ち出す火の玉とは違い、拡散気味に炎を放つため距離を開けるとそのまま拡散してしまうけれど、前方の広い範囲を焼くことが出来る。
――互いに邪魔することなく並行する俺たちの魔導。
カルブンクルスの者が放つ火魔導と、『日本語』で強化された風魔導は、容赦なく”水喰らい”へと着弾した。
魔導の威力を物語る様に黄色の外殻が着弾と同時にビチビチと飛び散る。
――が、特定の形を持たないスライムに対しては有効な打撃では決してないだろう。
事実、飛び散った外殻は見る見るうちに元の場所へと集まってゆき、僅か数秒の後には元通りになっていた。
とは言え何もかもが元通りという訳でもない――湖を貪っていたスライムは気色の悪い脈動をやめ、ゆっくりと湖の中から俺たちへ向かって移動を開始してきた。
その動きに合わせて俺たちも少しずつ後ずさると、スライムは俺たちの動きを追う様な動きを見せる。
どのように俺たちを認識しているかは知らないが、少なくとも危害を加えた俺たち二人の事は認識しているらしい。
俺たちはそのままスライムを湖から距離を離す為にジリジリと後退してゆく。
黄色と言う特殊な色身を持ち、赤と緑の魔石を核に持つ為、青属性の魔導を使う事は無いのかもしれないが、姿かたちはスライムの其れだ。
もしこのスライムが従来のスライムと同様に、水に干渉する様な魔導を使えた場合、水の中での戦いはこちらが圧倒的に不利になる。
加えてこのスライムは水を喰らう。
何のために喰らっているかは知らないが、それがストレートに栄養補給のための行為なのだとしたら、ダメージを与える端から回復される恐れもあるのだ。
無論陸地の上におびき寄せるというこの行為が吉と出るかは分からないが――少なくとも動きを阻害される水の中よりは断然ましなのだろうと推測する。
「……よし、そろそろ良さそうです。此処で三方向に分かれましょう。クレーネ先輩はそのまま後ろに下がってください。僕とテッドが左右に分かれて攻撃を行いますので、それを合図に外殻を引っぺがしてください。プルウィさんも先輩にご助力お願いしますよ?」
――水辺から約二十メートル程度の離れた地点までスライムをおびき寄せた処で、俺は呟くように皆に指示を出した。
「おう、任せとけっ しっかりお前に合わせてやる!」
「はいっ、精一杯頑張らせていただきますっ、プルウィ様もよろしくお願いします!」
{分かったですの。レーネのお手伝いするですの!!}
皆が己を鼓舞するように、力強く返事を返してくれる。
俺はかけられた言葉に頷き、それを切っ掛けに九十度右へと進行方向を変更した。
テッドと向かい合った状態で、尚且つ右手にフィアンマ先輩とプルウィの姿を確認しながら、それぞれが一定の速度で後ずさる。
そうすると俺たちを追いかけてきていたスライムは、俺たちが進行方向を変更した地点で動きを止めた。
――ウニョウニョと蠢くスライムは、如何やら俺たちの誰を追うかで迷っているようだ。
そうやって動きを止めるスライムに対して、俺たちは攻撃するのに十分な距離を取った。
身構える俺たちは、それぞれ魔力を体に纏う。
巨大な黄色のスライムを挟んでいるというのに、微かに紅の魔力光が揺らめいで見えた気がした。
――全く持って頼もしい限りだと思った。
単純な攻撃能力ならば、相棒は俺たちの中でもピカイチだろう。
そんな彼の放つ赤魔導に対して、此処で別属性の魔導をかぶせるのは悪手なのかもしれない。
ならば、同じ属性の魔導を放って、相乗効果を期待する方が得策だろう。
そんな事を考えながら、俺もテッドに倣って赤の魔力を練り上げた。
込める魔力量は総量の一割強、その魔力を言霊に乗せてスライムに叩き込むっ!
『――猛炎の六花よ、開けっ!! ”花焔”っ!!』
「――囲え、囲え、囲え!! 烈火の四方陣をもって敵を焼き払え!! 『グリッド・イラプション』っ!!」
対象物を囲う様に配置された六点の火柱が対象物を焼く俺の『花焔』と、対象物の四方を炎壁で囲むテッドの『グリッド・イラプション』が同時に展開する。
俺の視界を赤に染め上げたその複合大魔導は、離れた俺さえもその余熱で焼かんばかりの勢いがあり、思わず熱から逃れるように両腕で顔を覆った。
顔を覆った腕と腕のその隙間から炎で焼かれる水喰らいの様子を盗み見る。
自分の体を全方位から焼いてくる魔導の熱量によって、水喰らいのその黄色の外殻から瞬く間に沸々と気泡が発生し大量の蒸気が立ち上がった。
液体である水喰らいの体はいくら高威力の魔導で散らしても、瞬く間に再生してしまう。
それが無形である水の特性だ。
そして水の特性をそのまま持ったスライムと言う魔獣は、故にこその強敵。
であれば、その強敵の外殻を少しでも削るためには、先ほどの外殻を吹き飛ばしたのとはまた違う効果の魔導こそが必要となる。
だからこそ、俺は炎による包囲網を引くことを選択した訳だ。
……因みにテッドも同種の魔導を発動させたわけだけれど、実はこれは全くの偶然。
これについてテッドと細かな打ち合わせはしていなかった。
俺に合わせるとテッドは行ったが、我が相棒の事だ――どうせ、何も考える事もなく『グリッド・イラプション』を選択したのだろう。
――つまり、直感だ。
半ば本能で最適解を選択するその戦闘感には、割と結構な頻度で驚かされるが、この様な場面では頼もしい限りである。
――だが、そんな俺たちの魔導は――否、有効打であるが故に、水喰らいの激しい抵抗によって打ち払われることになった。
忙しなく蠢いていた水喰らいは、炎の包囲網を突破するため、瞬く間にその姿を変えて行く。
一瞬だった。水喰らいが黄色の体を針に変え、文字通り全方位に向けて伸ばしたのだ。
その姿は前世で目にした毬栗や、海栗のよう。
――言葉で表すと呑気なようにも思えるが、しかしその様なことは決してない。
瞬時に延ばされた針が、展開した魔導と突破する様を見れば、絶対にそのような感情など生まれる事は無いだろう。
――その対処方法の合理さに、俺は場違いにも少しだけ感心してしまう。
俺の『花焔』にしろ、テッドの『グリッド・イラプション』にしろ、そのどちらも地面から炎が噴き出す魔導だ。
だからこそ、魔導の起点としている地面の方を、全方位に延ばされた針によってまんべんなく砕かれれば、魔導の発動が打ち消されるのは道理だった。
無形の体を持つが故に出来る最適解、単純ではあるが攻撃にも防御にも使える万能形態。
体の中心にある核を砕かねばなら俺たちにとってみれば、厄介極まる形態と言わざるを得ない。
知らずに近づいていたら穴だらけにされていたことだろう。
はっきり言うと、俺とテッドだけではあの攻撃を対処することは不可能だった。
――そう、俺とテッドだけでは、だ。
何時もの様に俺とテッドのコンビで、この場所に訪れていたのならば確かに不可能だった。
だが、今は実に頼もしい仲間がいる――故にこそ俺も、そしてテッドも次の一手の為に魔力を練り上げる。
腰につけた二本のハンティングナイフの一本だけ右手で引き抜く俺。
背中に背負った魔剣を引き抜くテッド。
テッドは先ほどと同様に赤の魔力を煌めかせ、俺は変わって緑の魔力を右手に宿す――
「巨躯なる水塊よ、その流水を我が手に委ねよ!! ”ハイドロハンド”っ!!」
間髪入れず魔導名を唱えたのは他ならぬ水流の先輩。
姿を青の魔力で煌めかせる先輩の右肩には水妖精が一体。
プルウィは水球を纏いながら、先輩の魔力に呼応するかのように同色の魔力を発していた。
水妖精加護を受けた流水操作の魔導に影響を受けぬ液体など有りはしないだろう。
加えて水喰らいは今針へと姿を変えている。
水属性のスライムが姿を変えるということは、そこには必然的に水の流れが発生する――即ち流動を促す切っ掛けが既にあるのだ。
となれば、その水喰らいの外殻は流水操作の魔導に余計影響を受けやすくなる。
故に、流水操作の魔導に影響を受け、外殻から核のみを引きちぎられるという現象が目の前で引き起こされたのは、ある意味当然の出来事だった。
上空に引き上げられた黄色の外殻と、その真下にある二つの魔石。
それらは俺の予想通り、綺麗な緑色と燃えるような赤色を有していた。
――互いに魔力を収束させていた俺たちは前へと進む。
魔力の練りこみは正直不十分ではあるが、発動自体には問題は無い。
魔石越しに見るテッドの方も同様のようだった。
――二年前は発動までに二分もの時間を必要としていたテッドのあの魔導も、今では十分の一程度までその時間を短縮させていた。
そんな相棒に思わず苦笑――実に頼もしい限りだった。
――魔石の目の前にして歩みを止める。
腰を少しだけ落として、右手に握ったハンティングナイフを後ろへと引き絞る。
……――では、とっておきの魔導を味わって貰う事にしよう!!
「――燃えろぉ!! 『”紅炎切り”』!!」
『――引き裂け、”颯爪”っ!!』
対面では紅蓮の刀身が振るわれ、俺は颯を幾重にも編み込んだアダマントの刃を叩き込んだ。
――炸裂!!
「――っぅ!!」
「ちっくしょう!! 硬ぇなぁおい!!」
互いに苦悶の言葉を漏らすがしかし、互いの刃はしっかりと魔石へと食い込んでいた。
瞬時に断ち切れなかったのは、魔力の練りこみが甘かったせいだろう。
――だが、食い込んでしまえばこっちのものだ、後は追加で魔力を放出していけば数秒の内に断ち切るに至るだろう。
その証拠に、二つの魔石は既に大きな亀裂を走らせていた。
「っう!? そ、想像してはいましたが、水喰らいの抵抗が大きいです。な、長くは持ちません、どうか――お早く!!」
クレーネ先輩から苦しそうな声を上がった。
だが、魔石の現状を鑑みれば、さほど問題は無いだろう。
俺は先輩を少しでも安心させるために、彼女へと一言声をかけようと思い立ち顔をわずかに先輩の方へ向けた。
――瞬間、俺は凍り付いた。
今更になって見つけてしまった。どうしてもう少し注意深く周りを見て置かなかったのか?!
――クレーネ先輩とプルウィの背後に、青い水球の姿があった。
「――っ! テッドっ!!」
「カハハッ!! もうちょっとで割れるぜ!! アルクスの方はどうよ?」
「ぼ、僕の方ももう少しだ。けど悪い、テッドには別にやってもらわなきゃいけない事が出来た!!」
「――はぁ!? おいおいみりゃ分かんだろ!! 俺は今手がふさがってるっつの!!」
「分ってるよそんな事!! でもクレーネ先輩の方を見ろ!! それで直ぐに、分かる――」
「おま、こんな時に何言って――、……おいおいおいおいっ!? やべぇじゃんあれ!! なんでスライムがもう一匹いんだよっ!?」
――そんな事は俺が聞きたい!! そう心の中で絶叫する。
「多分見落としだろうさっ! 先輩は流水操作を使ってて動けない上に、あれに気がついてもいない!! フィアンマ先輩も離れた所にいるから無理だ。だから、テッド――君が行け!!」
「でもよ!? 魔石が割れるまではもうちょっとかかるぞ!? こっちはどうすんだよ!!」
二つの魔石を再び目にする――両方ともかなり亀裂が入っている。
もう少しで割れる――ならばやるしかない!!
「――そっちの魔石も僕が割る!! だから君は先輩を助けに行け!!」
「っっ!! ――――出来んのかよ、そんな事!!」
出来るか出来ないか――普通に考えればそれは不可能なことだ。
出来たとしてもその後どうなるかなど分からなかった。
――でも、やるしかない!!
「――何とか、するっ、何とかして見せる!! だから、僕に構わず、行け!!」
「……――分かった!! なるべく早く戻ってくる。俺が戻ってくるまで死ぬなよ!!」
――言ってテッドは瞬時に魔剣を魔石から引き抜き、その身を翻した。
そんなテッドの行動に、クレーネ先輩はさぞ驚くのだろうが、生憎とそれを目にしている余裕はなかった。
俺は一度肺から大きく息を吐き出し、そして空になったその中にありったけの空気を詰め込んだ。
――覚悟を決める。
俺は空いていた左手を後方へと引き絞り、そして大きく目を見開いた。
標的を赤色の魔石へと固定する!
あらん限りの勢いを付けて、左で形作った手刀を叩き込む!!
――赤の魔力を強引に宿らせたその手刀を叩き込む。
『――砕けっ!! ”炎刀”っ!!!!』
――瞬間、ビキリッという鈍い音がした気がした。
それは標的としていた二つの魔石から聞こえてきた音であり、同時に体内から聞こえてきた音でもあった。
二種類の魔力が体の中で暴れているのが、否が応にも分かってしまう。
激痛が走る、魔力を通した両腕を皮切りにして、全身を駆け巡っていく――
それはまるで高電圧が俺の体を通り抜けて行く様な、そんな錯覚を覚える。
「ぐ、ギッッ――ガガッアアアアアアァァァァ!!!!!!!!」
思わず奇怪な叫び声を上げる。
皮膚が裂けるのが分かる。視界の先で鮮血が飛び散る!!
視界全てが真っ赤に染まった。
何が起きたのか、全くわからない。
――体の痛みに意識が遠のく。
――だけど、そんな真っ赤な世界の中でも、二つの魔石が真っ二つに砕けるのを俺は、確かに目にした。
ゴプリっと、喉の奥から鉄の味がする液体が漏れ出てきたことを認識したのを最後に、俺はあっけなく意識を手放した――




