水流からの依頼
「――さて、話がだいぶそれてしまいましたが、そろそろ戻しましょう。そのために皆さんに集まってもらったのですから――とは言え立ち話と言うのも何ですわね……そこのテーブルで話をしましょうか」
何故だか盛大にそれてしまった話は、フィアンマ先輩の熱が徐々に沈静化に向かうと共に元の軌道を取り戻すようだった。
だがまぁ、話が逸れたおかげで如何やら焦げていたテッドも、話を聞けるくらいには回復したようなので結果オーライと言ったところか。
先ほどのフィアンマ先輩の話を聞く限り、彼女たちが必要としているのはマルクス学園の生徒としての俺たちではなく、コンビで活動している冒険者としての俺たち。
こんな風に言うのは烏滸がましいのかもしれないが、大げさに言わせてもらえば専門家である俺たちなのだろうから。
となれば、いくら直情型のテッドとて今回の依頼の話は聞いておいて損は無いはずだ。
――俺たちはフィアンマ先輩に勧められるがまま、中庭に設置してある木製のテーブルに着くことにした。
四角いテーブルにフィアンマ先輩とクレーネ先輩、俺とテッドと言う形で対面して座った
「――そんじゃあフィア姉、俺たちに話って一体何なんだよ」
「先ほど、卒業試験についての相談だと仰っていましたよね、それに護衛だとも――」
「あん? 卒業試験って、そんな事言ってたか?」
「…………」
……聞き覚えが無いのは、君が焦げていたからだよ、と、ツッコミを入れようかとも思ったが、疑問符を浮かべながら問うてくるテッドに対して、俺はあえて答えを返さなかった。
詳しい話は恐らくこれから先輩たちがしてくれるだろうし、第一、そんな何処か間の抜けたやり取りで話の腰を折るのもどうかと思ったからだ。
フィアンマ先輩はと言うと、そんなテッドに対し小さく溜息を吐き出しながら、説明を続けてくれた。
「――貴方たちはまだ二回生ですけど、我が学園の卒業試験は有名ですから御存じですよね?」
「ええ、知ってます」
「――おい、俺の事は無視かよ。……まぁいいけどよ。卒業試験の無いようなら俺も知ってるぜ。学園で身に付けた自身最高の御業を示せってやつだろ」
気にせず会話を続ける俺たちに対して、少しだけ不貞腐れた様な声音を出しながら、それでもテッドは話に加わってきた。
卒業試験――その内容は俺も知っていた。
マルクス学園の卒業試験、それは伝統であるが故に有名で、同時に無形であることで有名だからだ。
無形――定まった形が無い――即ち、何をしても良いと言うこと。
魔導士見習いは、高出力の魔導を放って見せるでも良いし、魔力操作の難しい魔導で魅せても良い。
騎士見習いならば、己が剣技を、槍技を、弓技を披露しても良い。
技術者見習いならば、強力な武具や防具、優れた魔導具や医薬品を作って掲示すればよい。
商人見習いならば、商法学の自論を展開してみるのも良いだろうし、実際に露店を開いて業績を示してみせた者もいたようだ。
自身最高の御業を示す――学園で学び、身に付けた力を披露してみせる訳だ。
特徴的でいて、これでもかと言う程難しい内容だと思う。
この話を初めて聞いたとき、俺は密かに前世の、小学生の時分に課せられた夏休みの自由研究を思い出したものだった。
何をやっても良いと言われると、何をやったらいいかで悩む。
優柔不断な俺は、こういった自由度の高い課題にめっぽう弱いのだ。
俺がその試験に挑むのはまだ二年も先の話だろうけれど、それを考えると既に気が重かった。
「――ええ、テッドの言うモノで間違いはありません。言うまでもない事ですが私たちは四回生、後一月もすればその試験に臨まねばなりません」
「なんだよフィア姉自信ねぇのか?」
「テッド馬鹿を言いなさい、私は既に披露する内容を決めています。後は切磋琢磨してゆくのみですわ!! 何の問題もありませんっ」
余程自身があるのか、フィアンマ先輩は力強く言い切って見せた。
そんなフィアンマ先輩の姿に、テッドは肩を竦め、俺はと言うと苦笑いを浮かべる。
――まぁ、フィアンマ先輩がそこまで言うのならば、彼女に関しては事実何の問題もないのだろう。
なれば、問題のある者は自然と分かってしまう。
俺は自然ともう一人の先輩の方へと視線を向けていた。
俺の視線の先にいる薄水色の女性は、自信なさげに視線を落としながら、口を開いた。
「……アルクス様のお察しの通り、問題があるのは私の方です。もう私にはどうしたら良いのか……」
「えっと……、それはもしかしてまだテーマが決まっていないと言うことでしょうか?」
落ち込むクレーネ先輩に対して、少しだけ迷いはしたが、思い切ってストレートに聞いてみる事にした。
だとしたら流石に不味いなぁなんて思っては見たのだが、未定と言う最悪の事態ではないようで、クレーネ先輩は少しだけ勢い良く頭を左右に振ってみせた。
「一応私も行おうとしている内容は既に定めております」
そういってクレーネ先輩は何処からともなく小瓶を取り出すと、そっとテーブルの上へと置いた。
無色の小瓶の中には、黄色の液体が揺らいでいるのが見て取れる。
「……えっと、魔法薬の類ですよね? これがクレーネ先輩の選定したテーマなのですか?」
「ええ、これは私が独自の製法で作成し、再現した我が家に伝わる秘薬です。もっとも未完成品なのですが……」
「っ!! とすると、これがあの有名な?」
クレーネ先輩はグランセル四大貴族が一つ、サップヒールス家の人間だ。
となれば、彼女の家に伝わる秘薬だというこの魔法薬は――
「――霊薬、エリクサー」
エリクサーとはどんな病にも効く万能薬であり、同時に千切れた四肢さえ治療できると言われる最上級の回復薬でもある。
サップヒールス家にのみ製法が伝えられるこの霊薬は、危険と隣合わせである冒険者には、まさに喉から手が出るほどの一品だった。
「レーネから聞いた話では、この未完成のエリクサーでも、上級回復薬と同等以上の効力があるという話です。ですが、いくら性能が高くとも、未完成は未完成。レーネ自身も現状の出来に満足している訳では無いようですの」
此処までの話を聞いて、俺にはようやく先輩たちが俺たちに頼もうとしている依頼の内容が見えた気がした。
「――なるほど、だから護衛なんですね?」
「流石アルクスさん。話が早くて助かりますわ」
「――おいおい、何二人だけで納得してんだよ。こっちはさっぱりだっつーの。分かったんなら俺にも説明してくれっ」
「ああ、ごめんごめん。つまりはこういうことだよ」
騒ぎ立てるテッド。そんな実弟にフィアンマ先輩は頭を押さえるような仕草をする。
まあ、テッドは初めの方の話を聞きのがしていた為に、話に追いつけていないのだろう。
未完成のエリクサー、護衛と言う俺たちへの依頼――そう言った情報から考えれば、話の大筋は見えてくるというものだ。
「クレーネ先輩の作っているエリクサーは、何らかの理由で未完成な訳だけれども、その理由ってやつはきっと材料不足なんだよ。恐らく重要な物品が足りていないのさ。足りないものは入手しなければならない、だけど現状で入手できていないとなると、恐らくグランセル内では入手が難しい物品って事だろうね。という訳でグランセル外にその物品を採取しにいかなくちゃいけない訳だけど、そうなると流石に先輩たち二人で行くとなると流石に不安がある。だからこそ僕たちへ護衛を頼むって訳」
「……あれだけの説明でよくそこまで分かりましたね。ええ、アルクス様の言う通り、この秘薬には一品決定的なものが足りていないのです」
クレーネ先輩は人差指で霊薬の入った小瓶を弄びながら言う。
「最後に必要となるのは水妖精の涙という素材だということに当たりを付けているのですが、お恥ずかしい事に私は攻撃魔導が苦手でして、とてもそれを採取するための目的地までたどり着けそうにありません。それをフィアさんに相談したら、貴方がたお二人が適任だと仰るものですから、今日こうしてお願いするに至った次第でございますっ」
そこまで口にして、クレーネさんは勢い良く立ち上がった。
「聞けばお二方はかの大火炎様との決闘に勝利せしめたとのこと、そのお力を見込んで改めてお願い申し上げます。どうか卑小なこの身にご助力くださいませ!!」
何が彼女をそこまで掻き立てるのか、流石にそこまでは分からなかった。
だが、テッドはまだしも、平民の俺にさえクレーネ先輩は大きく頭を下げて来る彼女に対して、どうしたら拒絶を投げられると言うのだろうか。
まぁ、もとより願いを断る材料を持ち合わせていない俺には、到底無理からぬことではあるのだろうが……
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水妖精の涙――今回の依頼品であるが、それがいかなるものなのか、実のところ俺は良く知らなかった。
クレーネさんから話を聞けば、その物品はその名の通り水妖精から譲り受けることが出来るアイテムなのだとか。
秘薬の材料に限らず、儀式魔導の媒体にも用いられる汎用性の高いアイテムであるらしい。
入手方法は明確化されていない――それは水妖精が数少ない意志のある妖精であるからだ。
意志があるということは思考が出来るということ、思考が出来るということはつまり、交渉が出来るということ。
つまり交渉が出来る生き物から何かを得るためには、何らかの対価が必要になる。
この世界の妖精と言う生き物は魔力を糧にして生きている為、一番オーソドックスな対価は其れなのだけれど、今回交渉する水妖精が同じモノを御所望とは限らない。
妖精たちは良くも悪くも気まぐれな生き物である。
無理難題を吹っかけられなければいいなぁ、なんてことを俺は少しだけ考える。
……だがまぁ、色々考えたところで一番の問題は、遭遇出来るか否か、なのだろうけれど……
「――という訳で、急遽水妖精を探すことになったんですけど、グランセルの付近ですとどこなら遭遇できますかね? アルトさん?」
「……私としては、いきなりそんな展開になっていることにびっくりだよ、火炎に続いて今度は水流だなんて――貴族でもないのにアル君は随分と四大貴族に縁があるんだねぇ」
「いやいや、僕としてもこんな風にかかわるなんて予想外ですからね?」
「――ふふ、だろうね」
――フィアンマ先輩たちから依頼を受けて数刻後、俺は情報取集の為、俺が所属する冒険者組合へ訪れていた。
冒険者組合ならば、冒険者からの情報が多く入ってくるし、それに何より博識な魔導の師匠がいる。
もしギルドに有益な情報が無かったとしても、アルトさんならば有益な情報が得られるのではないかと、そんな風に思ったが故の行動だった。
本当ならば魔導の専門家である妖精族の友人からも話を聞いてみたかったのだけれど、彼は三日ほど前から実験に用いる素材の採取に出かけてグランセルを留守にしていた。
こればかりは間が悪かったというほかなかった。
「えっと――水妖精だよね? あの妖精は基本的には森の中とか、霊脈の通った山の中なんかにある湖にいることが多いよ。グランセルの周りだと、南の大森林の奥か、若しくは西の大山脈の一つ目の山を越えた中腹位に該当する湖があったかな?」
だが、如何やら知りたかった情報はスンナリゲットできたようである。アルトさん様様だった。
アルケケルンの奥か、シルバの中腹――その二択ならば選択肢はアルケケルンの方が良さそうに思った。
それは単純にアルケケルンの方が行慣れている為、後は単純に労力を考えた結果。
山登りと森林散策、その二つならば森林散策の方が楽に思えたからだった。
――だが、そんな俺の選択肢は、次の発せられたアルトさんの言葉によって強制的に一択に変えられることになった。
「――あっ、でも、行くんなら大山脈の方が良いかもしれないよ?」
「えっ? 大森林の方が簡単そうですけど、そうじゃないんですか?」
「――あ、うん。前まではそうだったんだけどね。最近の報告だと、大森林の方の湖は無くなったんだって」
「? それってどういうことですか?」
あまりに端的な言葉に、俺は理解が及ばず、思わず首を傾げた。
「私も詳しくは知らないんだけど、言葉通りの意味だよ。湖があった形跡はあるんだけど、水がそっくり無くなってるらしいんだ。詳しい事はまだ調査中なの」
「そうなんですか? 不思議なこともあったものですね」
「う~ん、単純に源泉が枯れたってだけなのかもしれないけど。どうにも最近きな臭いんだよね。まぁ源泉の流れが変わって別の処に湖が出来てるかもしれないけど、アル君が遭遇したっていう魔導土人形の話もあるから、大森林の方はあんまりお勧めしないかな」
そういってアルトさんは言葉を締めくくった。
湖が無いのであれば大森林に行く意味がなくなる。
不確定要素を元に行動するよりは、初めからあることが確定している大山脈を目指した方が建設的と言うものだろう。
それにアルトさんが言う通り、魔導土人形の件もあるので尚更である。
二年前に遭遇した爆炎を放つ魔導土人形――その件に関しては一応ギルドには報告していた。
ただ未知の魔導士によって作り出されたあの魔導土人形は、現状では存在したという証拠が俺とテッドが持っている赤(火)の魔石と、吹き飛ばされた木々くらいしかない。
魔導土人形を構成していた赤土は、どういう訳かきれいさっぱり無くなってしまっていた。
核に使われた魔石自体は龍種から生成されたものであるということは分かったが、それが分かってしまったため余計に魔導土人形に結びつけることが出来なかったのだ。
はっきり言ってしまうと、存在したという証明が出来なかったのだ。
あれ以降出現したという話も聞かないため、今ではすっかりその鳴り潜めてしまっていた。
結局あの魔導土人形が何を目的として生成されたモノなのかは分からず終い。
俺としては何ともモヤモヤの残る結果だった。
……閑話休題
「まぁ、もう湖が無いのでしたら大森林に行くのは変ですよね。ちょっと大変ですけど、今回は大山脈の方に行くことにします」
「はいはい、大山脈の方も出る獣の強さは大森林とあんまり変わらないから、アル君たちだったら大丈夫だと思うけど、気を付けて行ってきてね」
「ええ、気を付けます。教えてくださってありがとうございました」
応援の言葉を掛けてくれるアルトさんへとお礼を言って、俺は組合を後にした。




