傷ついた白色
今回は少し分量少な目です。
これで投稿するのはどうかとも思ったのですが、区切るのには丁度良かったので投稿するに至りました。
次回はもっと長く書ける様に頑張ります。
「――アルクスさん、貴方を此処にお呼びしたのは他でもありません! 私たちの卒業試験についてご相談したいことがあったからです!」
「……えっと、相談、ですか?」
俺たちが連れてこられた場所は学園の中庭だった。
マルクス学園の中庭は、生徒や教員の休憩スペースとして設けられている場所だ。
適度に整備されたその空間には、自然の草木が丁度いい具合に茂っている。
そんな空間の中に誂えられたベンチとテーブルが複数あるものだから、昼食をとるにも最適な場所で、実際学園の中でも人気の場所だった。
だが、そんな憩いのスペースには、先ほどまでは無かった異物が放置されていた。
俺はフィアンマ先輩の話を聞きながら、密かにその異物へと視線を向けてみる。
ものの見事に煤まみれのそれ――何を隠そう、直前まで先輩によって折檻を受けていた幼馴染だったりする。
「――カハッ……も、ものの見事にローストカウロスだ、こんちきしょう」
「…………」
真っ黒な煙を吐き出すテッドの姿に、俺は何も言えなかった。
俺はテッドが真っ黒になる過程を見ていた。だからこそ余計に何も言えなかった。
それでもその過程を含めてこの相棒の姿を言い表すとするならば凄惨の一言。
火の魔導のスペシャリストであるカルブンクルスの操る炎。
それを一身に受けたテッドに、正直同情を禁じ得なかった。
受けたのがテッドでなければ、恐らく五体満足ではいられなかったのではないかと思う。
否、きっとその直感は間違いではないのだろう。
通常、この世界の人は平均して三つの魔導属性を宿しているものだが、それは魔導の適性であると同時に耐性でもある。
つまり、火の属性を持っている人に対しては、火の属性の魔導は効きにくいのだ。
火の属性に特化したカルブンクルスの人間ならば、持ちうる火の属性への耐性も相当なモノだろう。
だからこそテッドはフィアンマ先輩の折檻を受けても、焦げる程度で済んでいるのだ。
……逆に言えば、それだけの火の耐性を持って尚、ロースト状態になるほどの火魔導。
食らっていたのが俺だったら、炭化するのではなかろうか……
――……フィアンマ先輩だけは怒らせない様にしよう、と、俺は密かに心に刻み込んだ。
「――それで、貴方たちにお願いしたい内容なのですけれど――って、アルクスさん? 私の話ちゃんと聞いていますの?」
「っひゃぃ!! だ、大丈夫れす、ちゃんと聞いています!!」
何事かと俺の顔を覗きこんでくるフィアンマ先輩。
……正直考えていた事があれだった為、動揺して盛大に舌先を噛んでしまった。
はっきり言って自業自得以外の何物でもなかった為、俺は口内の痛みを抑えるように両手で押さえながら、それでも何とかフィアンマ先輩へと返答を返す。
涙目になっている俺を怪訝そうに見てくるフィアンマ先輩は、色々言いたげではあったけれど、その整ったお顔を俺から引き離してくれた。
――内心ではほっと一息。
「何か失礼な事を思われていたような気がしますが――まぁ良いでしょう。それで貴方たちにお願いしたい事ですが、端的に言えば護衛ですわね」
テッドの事をこんがりと焼いた魔導もあるし、正直本当にこの人に俺などの護衛が必要なのかとも思ったが、それをそのまま口に出すような愚かを俺はしなかった。
「護衛ですか――詳細を聞いても宜しいですか?」
「勿論ですわ、そのために当人もこの場所に呼んでいますもの」
――……うん? 当人と言うことは他に同行する人でもいるというのだろうか?
そういえば、この場所に着いて開口一番に言っていた気がする、「私たちの卒業試験についてご相談」だと。
言って辺りをキョロキョロと見渡しだすフィアンマ先輩――しかしながらその行動は長くは続かなかった。
如何やら目的の人物を見つけたようである。
俺たちに背を向けて控えめに手を振るフィアンマ先輩の向こうには、こっち同じくこちらに手を振り返す薄水色の髪の女生徒の姿があった。
…………
「紹介しますわ、彼女の名前はクレーネ・ウィオラ・サップヒールス。私の一番の友人ですの」
「よ、よろしくお願いしますっ」
フィアンマ先輩に紹介されたその人は、可憐と言う言葉を体現したような人だった。
少しだけ緊張しているようで、慌てて俺たちに頭を下げてくる彼女。
その勢いで、緩く結われた長い薄水色の髪の毛が肩から腰へと落ちていった。
雪のように真っ白な額に前髪が掛かる。髪の毛と同色の瞳が白の中で映えている。
上品な人形の様な人だと思った。
そしてその印象は、やはり間違いのないモノなのだろう。
否、フィアンマ先輩の友人と言う時点で、それは予想できたことだった。
彼女が纏う白色のマントと、サップヒールスという家名。
まず間違いなく彼女は、グランセルの四大貴族が一つ、東方の水流の通名を持つサップヒールス家の人間なのだろう。
「レーネ。弟の事は知っていますよね? でしたら説明は彼だけにしましょう。彼はアルクス・ウェッジウッドさん、私が例の件をお願いしようとしている人物ですわ」
「は、初めまして」
フィアンマ先輩に説明されて俺も慌てて礼をする。
テッドやフィアンマ先輩は礼儀について余り気にしない方だが、もしかしたらこの人は違うかもしれない。
流石に初対面の貴族様に礼を欠く訳にはいかないと判断したが故だった。
だが、俺の名前を聞くや否や、少しだけ驚いたような表情を浮かべるクレーネさん。
……はて? クレーネさんとは間違いなく初対面のはずなのだが、何かあるのだろうか?
「アルクス様、ですか? すると貴方が噂になっているスカーホワイト様と言うことですか?」
クレーネさんの口から紡がれた単語を聞いて、なるほどと納得すると同時に、俺は転げまわりたい衝動に駆られることになった。
勿論羞恥と言う名の感情によって、だ。
傷ついた白色、それは学園内に限り適応される俺につけられた通名。
まんま見た目からつけられたであろうそんな二つ名。
中学生ならいざ知らず、精神年齢だけは無駄に取っている俺には恥ずかしい以外の感情などありはしなかった。
だが、そんな羞恥の感情を宿しているのは俺だけだったらしい。
フィアンマ先輩は、俺の通名を聞いてハッキリと眉をひそめていた。
「レーネ、いくら貴方でもアルクスさんをその様な下劣な呼び方で呼ぶことは許しませんよ」
「っ!? す、すみません! 決して蔑むつもりは無かったのですが、気分を害されたのでしたら謝ります」
「あ、いえ、僕は別にそこまで気にしていませんから、頭を上げてください」
「アルクスさん! 貴方は素晴らしい人格者ですけど、もう少し自分に対する評価に目を向けなさい。全く、どうして貴方の様な人を悪く言うのか、私には理解出来かねます!」
「と言われましても……ごめんなさい」
怒るフィアンマ先輩に、すかさず謝るクレーネさん。
すかさずフォローに入ったつもりだったのだが、何故かフィアンマ先輩の怒り矛先は俺の方にも向いてきたので、気が付けばクレーネさんと一緒になって謝っていた。
フィアンマ先輩が怒っているのは、恐らく俺の通名に込められた蔑称的な意味のせいなのだろう。
スカーホワイトと言う通名には、俺のマントの色と顔についた大きな傷から由来していると共に、もう一つの理由が存在していた。
白色と言うのは特別な色だ――マルクス学園でその色を身に着けられるのは、貴族の者たちを除けば成績が優秀なモノだけ。
だが、成績優秀と言う理由で俺の様な平民が白色を身に着けるという事態は、実のところかなり珍しいケースであるらしい。
まあ、その理由は割と簡単だった。
要は置かれた環境による地力の違いがあるか。
学園に入学する前から勉学を修められる環境になる貴族と、そうでない平民では地力に違いが出るのは当然ともいえる事実。
というか、そもそも平民でマルクス学園に入学できる者が殆どいないのだ。
故に、成績優秀者が着ける白色と言うのは大概被るのである。
見た目に変化はないのだけれど、貴族で成績優秀者となるものは二重の白色と呼ばれ、学園の中でも一目置かれた存在となる訳である。
だが、今回掲示された成績からも分かる様に、魔導科二回生の白色は僭越ながら俺が貰っている。
と言うことはつまり、必然的に二重の白色の枠が一つ減ってしまう訳だ。
更に性質の悪い事に、貴族の人達と言うのは俺の知り合いであるカルブンクルス家の人間を除けば、大概は選民思想の強い人種なものであるため、今回の様な事態を招いてしまった訳だ。
つまり俺の通名には、俺の外観のほかに、平民によって誇り高い白色が傷つけられたという、二重の意味が込められているのだ。
傷つけられた白色と言う蔑称が。
「僕としては確かに恥ずかしいのですけど、別にそこまで気にしてはいませんよ?」
「いいえ! あなたが気にしなくても私が気になるのです。テッドと二人がかりだったとは言え、お父様と決闘して勝利して見せたあなたが馬鹿にされるのは、お父様が馬鹿にされているのと同じことです。それに――」
決闘に勝利したという言葉に、クレーネさんが息を飲むのが見て取れた。
まあ、カルブンクルス家の当主に俺たちの様な餓鬼が勝つなど、普通に考えれば到底不可能なことだ。
あの時の勝利とて、俺たちと相対したカロルさんが、真剣ではあったが全力ではなかったが故の事。
俺たちはお情けで勝利させてもらったようなものだった。
――フィアンマ先輩の言葉はまだ続く。
「それに?」
「将来私の騎士になるかもしれない貴方が馬鹿にされているというのは、私としても良い気分ではありません!!」
……如何やらフィアンマ先輩は、カロルさんとの決闘後にソールさんが戯れで口にした言葉を本気にしている節があるらしい。
厳しくも優しいフィアンマ先輩と言う人は、実は結構熱く成りやすく思い込みの激しいヒトでもあった。
俺の事で怒ってくれるのは確かに嬉しいのだけれど、この思い込みが激しいのだけはどうにかならないモノかと、俺は密かに思うのだった。




