黄昏時の会話、宵闇の中の会話
前回の投稿からちょっと間が空いてしまいました。
遅くなってしまってすみませんでした。
俺が目を覚ましたのは、すでに日が傾き始めた時分のことだった。
ゆらゆらと揺れる視界、目の前にはゆっくりと移ってゆく木々を背景にして、誰かの後頭部が大きく映っている。
頭は未だ覚醒しきっていなかったが、その後頭部が誰のもので、今がどのような状況なのかは、何となく理解できた。
「・・・・・・ごめんテッド、運んでくれてたんだ。悪いけどおろしてくれる?」
「――おお、起きたかアルクス」
テッドに断りを入れて、大地へと降ろしてもらう。
どうやらテッドは俺の荷物を一緒に運んでくれていたようで、背から降ろしてもらうと同時に、それも返してくれた。
とはいえ、今回俺たちが冒険者ギルドで受けた依頼は簡単な採取系の依頼であったため、持ってきた荷物はそんなに多くはない。
念のために持ってきた回復薬が数個と、採取したフラグレンスシード、後は身につけている装備品くらいのものだろう。
回復薬は先ほどの戦闘では全く使用していないのでそのまま残っているし、フラグレンスシードも採取した通り残っていた。
身につけた装備に関しては、流石に戦闘の後であるので多少はメンテナンスしなければならないだろうけど、これに関してもざっと確認したところ大きな損傷はみられない。
とまあ、概ね俺たちの所持品に関しては、際立って損失と呼べるものは確認できなかった。
とはいえ、全てのことが問題ないとは流石にいえなかった。
それは被害を実感していたからだ、肉体面の被害を実感していたからだ
俺は医者ではないが、流石に分かった――否、自分の事であるからこそ、その被害は分かりやすかった。
ナックルガードのお蔭で両拳に怪我は無いけれど、手首と左の脇腹を痛めてしまったらしい。
魔導土人形の左脚を砕くために放ったハイキック――踵から爆風を放ったあの攻撃で、軸足であった左脚を痛めたらしい。
そして何より、体のあちこちに火傷が見られる辺り、俺の『火達磨』は、文字通り俺自身も燃やしていたらしい。
「テッド、悪いけど少し休憩してもいい? 傷の治療をしておきたいんだ」
テッドの背中から降ろしてもらったはいいものの、正直現状では自力で歩くことは出来なさそうだった。
辺りを見渡してみれば、丁度近くに腰かけるのにちょうど良さそうな石がある。
俺は無事な片足だけでけんけんと跳ねながら、その岩の元へと近づいて腰かけた。
俺の提案に対してテッドは何も言わなかった。
だけど、何も言わなかったのはきっと了承の証だったのだろう。
テッドは俺の座った石の前に移動してくると、俺と対面する形でドカッと地面に座りこむ。
俺はそんなテッドの様子を一瞥してから、両手に青の魔力を込めて、とりあえず現状痛みを覚える箇所へとその魔力を宛がった。
その際、俺は魔導名をあえて口にしなかった。
はっきり言って、魔導名を口にして治癒の魔導を発動させた方が傷の治りが良いのだけれど、あえてそうしなかったのは勿論理由がある。
それは、これから会話をすると思ったからだった。
今もせわしなく視線をあっちへこっちへ、行ったり来たりさせている目の前の友人と、きっと話をすると思ったからだ。
だからこそ、俺はテッドの言葉を遮らないように、あえて静かに治癒の魔導を行った。
「……えっと、その、なんだ――そ、そうだっ、アルクス、さっきの戦闘だけどな、俺があの魔導土人形の核を真っ二つにしたら、お前の読み通りあの魔導土人形はボロボロに崩れちまったんだが、崩れた土くれの中にこれが残ってたから、一応持って来てみたぞ」
やっと口を開いたかと思ったが、テッドの口から飛び出た言葉は、俺の想定していたモノとは少し違っていた。
否、開口一番に若干の迷いが聞いて取れた処から判断するに、テッドとしても、それは一番に話したいことではなかったのだろう。
だけどまぁ、如何やら話難い事であるようなので致し方ない。
物事には順序立てて進めなければ上手くいかないことがある。
今回の場合は順序立てるというのとは、少し違うのだろうけど、未だ話しにくいというのなら、テッドの準備が整うまで彼に話を合わせるのが良いのかもしれない。
俺はそんなことを胸の内で考えながら、とりあえずテッドの言葉に従うように、彼の取り出したモノへと視線を落とした。
「――こうして改めて見てみると、随分と立派な魔石だね」
テッドが取り出して見せてきたのは、あの魔導土人形の核となっていた赤色の魔石だった。
元は球形だったであろうその魔石は、直径にして十メルトを超える大きさをしていた。
これだけの大きさの物となると、内包する魔力量は相当なものだろう。
あの全身三メルトルにも迫る大きさの魔導土人形でも、動力がこの魔石だというのならば納得できるものだった。
そして、そんな立派な魔石を、テッドは何故か俺へと押し付けるようにして突き出してくる。
「――テッド、これは何の真似?」
「――今回俺は、俺の理由であの魔導土人形と戦うことになった。お前を巻き込んだ。なのに今回俺は殆ど何にも出来ちゃいない、この魔石を貰う資格が、俺にはない」
「…………」
俺は差し出された魔石を受け取ることも、テッドの独白に水を差すこともせず、ただ黙って彼の言葉に耳を傾けた。
「だから、この魔石は両方ともお前が貰ってくれ――あの魔導土人形を倒す方法を考えて、その道筋を示してくれたお前が全部持って行ってくれ」
南方の火炎と呼ばれる大貴族であるテッド。
そんな彼の得意な魔導属性は、その魔石と同様に赤色である。
そんなテッドにとって、手の中で光る赤色の魔石は自分の属性魔導の威力を上げることが出来る便利道具だ。
決して不必要なものではない――それどころかこの赤色の魔石は、テッドが冒険者になった暁に手に入れたいと常日頃から公言していたものだった。
テッドにとって憧れの物品であるそれを、全て俺へと渡そうとしてくる、今の彼の心情は一体どのようなものなのだろう。
――いや、それは考えるまでもない事なのだろう。
きっと彼の心の内は、今しがた彼が言った言葉そのままなのだろう。
先の魔導土人形との戦いで、自分は全く役に立っていなかったと……そんな後悔にも似た念。
そんなことを思い込んでいる限り、テッドは絶対に魔石の片割れを受け取ったりはしない。
基本的にはいい加減だが、自分が納得できないことには頑として首を縦に振らない――
それが、ガキであった俺たちを纏めて率いた、我らがガキ大将――カムテッドと言う少年の本質だった。
――俺はそんな昔から変わらないテッドの様子に、呆れにも近い感情を抱いて溜息を一息吐き出した。
「――はぁ、君ってやつは……まあいいや、君がそういうなら、遠慮なく貰っておくことにするよ」
俺はそんなことを口にしながら、魔石へと手を伸ばした。
だけど、言葉とは裏腹に俺が掴む魔石は片割れのみ――半分だけを掴んで持ち上げ、それをそのまま自分の道具袋の中へとしまった。
そんな俺の行動に目を見開くテッド――そんな彼の様子は、何故? と、俺に問うているようだった。
「全く、一人で完結させないでよ――テッドは受け取る資格がないなんて言うけど、そんなことはない。だって、あの魔導土人形は君の魔導が無かったら、倒せなかったんだからね――僕には魔石を真っ二つに出来るような威力の魔導は使えなかった。君が割ってくれなかったら僕たちはきっとあの魔導土人形には勝てなかったよ。つまりは適材適所ってやつさ」
対して俺も自論をテッドへと投げかける。
確かに俺にはあの状態で――あの『火達磨』使用後の息も絶え絶えの状態で、魔石を砕くような魔導をひねり出すことなど不可能だった。
それが現実――それ以上でも、それ以下でもない。純然たる事実だ。
「でもよぉ、アルクスっ!!」
だが俺がそれを言っても、テッドの不満は払拭できなかったらしい。
俺は少しだけ考えて――ならばと、テッドへと新たな言葉を投げかける。
「――もし君が今の僕の言葉で納得できないっていうなら、代わりに一つ聞かせてほしい。なんで君はあの魔導土人形を倒さなくちゃいけなかったのか――それを僕に教えてくれ」
「っ!? そ、それは――」
テッドは俺の言葉を聞いて、言い辛そうに眼を伏した。
先ほど、あの魔導土人形と戦う直前には、いくらでも話してやると言っていたが、如何やらあの返答はその場の雰囲気に流されての弁だったようだ。
あの快活なテッドが言い淀むということは、きっとそれなりの理由があるのだろう。
だが、今回ばかりはその理由を聞かない訳にはいかなかった。
友人の愚行を――あの命を軽んじる選択の理由を聞かない訳にはいかなかった。
未知の敵に、危険であることが分かり切っている敵に対し挑んでゆくテッドのあり方。
まるで誰かに強要されているかのような彼のあり方の理由を、知らない訳にはいかなかった。
それは友人として、そして何よりコンビの片割れとして。
こんなことは俺も言いたくはないし、テッドにとっても酷だと思う。
――だけど、言う
――此処は心を鬼にして言う。
「――もし理由が言えないなら。魔石は手切れ金だ。君とのコンビは今日のこの依頼が最初で最後。流石に僕も命を粗末にする様な馬鹿を相棒には出来ない」
「――っ?! そ、うか……いや、確かにそうだよな、ああ、確かに、そうだ」
弱く、そんなことを言った後、テッドはいったん目を閉じた。
そんな状態のままじっくり数秒思案するような仕草を見せる。
きっと、テッドはテッドなりに言葉を選んでいるんだ。
別にあるがままを話してくれればいいと思ったけれど――決してそんな無粋なことを言葉にするつもりはなかった。
俺は唯――テッドの選んだ言の葉を待つ。
…………
「なんつーかさ……今日俺があの魔導土人形から引けなかったのは、約束をしたからってだけの話なんだよ…………いや、約束っていうより、この場合は条件って言った方がしっくりくるのかもしれないけどな」
約束と条件――テッドが言い換えたその単語は、似ているようでいて非なるのもだと思う。
その違いについて、説明してみろと言われたら困ってしまうのだけれど、約束から条件に代わると、強制力が強くなるように思う。
まぁ、あくまでそれは俺の主観ではなのだけれど……
「――実は俺が冒険者になるって決めた時、家でかなり揉めたんだよ。特に親父と――俺が言うのもなんだけどうちの親父って、貴族の癖にあんまり貴族っぽくなくて、結構自由奔放でさ、そんな親父の事だから、俺が冒険者になることをスンナリ許してくれると思ってた。ま、俺が長男じゃないって言う事もあったんだけどな」
――だけどと、テッドはそのまま言葉を繋げる。
「”カルブンクルスの家名はどこに行っても付きまとう、それはお前が冒険者になろうと同じだ。それを分かって尚、それでも冒険者に成りたいというのならば、止めはせん――ただし、それを貫くだけど気概を見せろ”なんて言って、一つの条件を出してきやがった」
テッドが普段より低い声を出し、普段なら決して使うことのない言葉使いで話す。
それはきっと彼の父親の再現だったのだろうが、未だ声変わりのしていないテッドの高い声では、威厳という奴は皆無だった。
だけど、テッドが再現して言ったその言葉を聞いて、彼が嫌な条件を突きつけられたことが、何となくだが予想が出来た。
そして俺の予想はと言うと――
「――親父が俺に出しやがった条件。それはどんな強敵に遭遇しても決して逃げるなだった。それを突きつけられた時は何とでもなると思ったけどな、あれがこんなにしんどいもんだとは思ってもなかったわ」
――はっきり言って大当たりだった。
眩暈を覚えた。
無茶苦茶な条件をあっさりと突きつける父親に、そして、それをスンナリと受け入れてしまった友人に。
今日の一件を見ても、それがどれだけ無茶なことなのかは火を見るよりも明らかだろう。
どんな強敵と出会っても逃げられない――そのような”背水の陣”状態で、冒険者などと言う過酷な職業につくなど狂気の沙汰だ。
こんなことを続けていれば、近い将来テッドは死んでしまう。
……というか、テッドは何故そんなことを馬鹿正直に守ろうとしているのだろうか?
はっきり言ってその条件ならば、最悪反故にしてしまっても、よっぽどのことがない限り父親にばれることは無いだろうに――
だが、そんなことを考えながらも、同時に――俺だったらどうなのだろうと考えている自分がいた。
俺がもしテッドと同じ立場だったらどうだろうと考えて――もしかしたら、俺もテッドと同じく課された条件を守ろうと意固地になってしまうんじゃないかと思った。
ヒトの事をとやかく言える義理は無いのかもしれない……
「――はぁ、そのことについては帰ってから要検討だね。僕の相棒がこんなだって思うと溜息しか出てこないよ、これから先の事を思うと気が重いなぁ」
俺はわざとらしくため息交じりにそんなことを言ってやった。
俺の物言いにテッドは目を真ん丸に見開いて驚いている――その変な顔に、俺は思わず笑ってしまった。
だがテッドはと言うと、そんな俺の事を咎める事は無く――俺につられるようにして豪快に笑いだす。
「――カハハっ、お前が考えてくれるんなら百人力だな。頼りにしてるぜ、アルクスセンセ」
「先生はやめてよ、ていうか、君も考えるんだからね!? 何僕に丸投げしようとしてるのさ!!」
「えー、いいじゃんかよー、今日の事で俺は分かったんだ。俺は難しい事を考えるのには向いてねぇってな!!」
「――そんなことを高らかに宣言しないでよ。聞いてるこっちが悲しくなってくるよ……」
俺はそんなことを言いながら、石の上から腰を上げた。
施した治癒の魔導のお蔭で、如何にか動ける程度まで回復出来たらしい。
そんな俺の様子に、テッドも勢いよく立ち上がる。
「――それじゃあ、取りあえず帰ろうか」
「ああ、んじゃ行くか」
それなりに長い会話をしていたせいで、既に太陽は遠くに見える山の向こうへ引っ込んでしまっていた。
大森林はこれより深い宵闇に飲み込まれてしまうことだろう。
俺たちは迫りくる暗闇に飲み込まれない様にと、急ぎ足でその場を後にするのだった。
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――大森林上空にて――
暗闇に飲まれた大空に、二つの影が浮いていた。
その二つは共に翼を有している――否、翼を有しているからこそ空に浮かんでいられるのだ。
「――ふぅ、壊されるとは思っていたけれど、都市に入る前に、しかもあんな人間種の子供に壊されるなんて想定は流石にしていなかったわ、せっかく貴方に立派な魔石を提供してもらったのに、ごめんなさいね」
蝙蝠にも似た翼を有した影が言う――空から地上を見卸しながら、愉快そうに言の葉を放つ。
その言葉に、もう一つの影は返答する。
「なに、あの程度の魔石都合を付けるのは容易い事じゃが――どうしてなかなか異様な光景じゃ、火炎龍の様な童じゃったな――」
「ええ、全くね――クフフっ」
「おや? なんじゃなんじゃ? 儂はてっきりぬしが作った最高傑作が壊されて不機嫌なものとばかり思っておったのじゃが、随分と楽しそうじゃの?」
「ええ、楽しいわね。まさか人間種の中にあれ程魔力を自在に操れるモノがいるなんて、思ってもいなかったから」
弾む声を響かせながら、蝙蝠の翼を有した女は宙を泳ぐ。
「ふむ? 確かに見事な魔導じゃったな。あの燃える切っ先――随分昔、勇者が同じことをしておったなぁ、いや懐かしい」
「違うわよ、私が言ってるのはそっちの子では無いわ」
「――となると、全身から炎を噴出していた童の方かの? 儂には魔力任せに暴れているようにしか見えんかったがのう」
もう一つの影は、鱗で覆われた尻尾を揺らしながら、疑問の声を上げる。
「ええ、確かにあの子の魔導は貴方の言う通り力任せに見えるもの。だけどあの魔導は少しでも魔力操作を誤れば成り立たないでしょうね。豪快でありながら繊細、矛盾した現象――あれは私たちの様に魔力を潤沢に持っている者じゃあ、決して手にできない技――人間種や妖精種が磨いた御業よ――ああ、思い出しただけでゾクゾクしてしまうわ」
「……儂には良く分からんの」
龍人種の影が呆れたような声で言った。
蝙蝠翼の影は意を解していない様に、変わらず優雅に泳いでいる。
「――決めたっ! あの子はもうちょっと大きくなったら、私の眷属にしちゃおう! ああ――あの子の鮮血はどんな味がするのかしらっ、今から楽しみ――クフフっ」
「おうおう、おぬしの様な畜生に狙われるとは、あの童も難儀なモノじゃのう、同情してしまうわい」
二つの影はそんな会話を交わして消えてゆく、宵闇の中に消えてゆく。
二人の会話を聞いているものなど、誰も居はしなかった。




