コンビで挑むギルドの依頼(後)
今回は結構なボリュームに成りました。
前回更新から、割と短い期間で更新できましたし割と満足かもです。
まぁ、一番は読んでくださる皆様に楽しんでいただけるかどうかなのですけどね。
楽しんでいただけたら幸いです。
――それは咄嗟の行動だった。
目視ではっきりと確認できる程に、膨大で、濃厚な赤の魔力。
その魔力を確認すると同時、半ば脊髄反射にも近い反応で、俺も同時に魔力を練り上げていた。
それは所謂ところ、防衛本能という奴だったのだろう。
でなければ、練習していた魔導とは言え、あれ程スムーズにあの魔導を発動させることなんて、俺には出来ないことだったのだから。
だが、これが出来ていなければ、俺もテッドもどうなっていた事だろう。
色々な結果を想定することは出来るけれど、想像した結果はいずれにしろ良くはない。
だからこそ、俺の咄嗟の魔導はさり気なくも、確実に、俺たちの命を繋げる一手だった。
練り上げたのは青《水》の魔力。
何が起こるかは分からなかったが、とりあえず、何が起こっても、対処ができるように魔導を展開する。
それは防御用水流魔導――。
『――囲めっ! 水層っ!!』
――魔導名に反応して展開されるは、水の壁。
前後上下左右――空間を切り取る様に全六面に展開する、正立方体の防御壁。
それを、謎の魔導土人形が放出した大量の赤の魔力が、火の魔導として顕現する前に――その一瞬前に、辛うじて展開させた。
――世界が真紅に包まれた。
俺たちを襲ってきたのは、空間を丸呑みにする様な凄まじい閃光と、耳を物理的に削り取りに来るような轟音。
視覚と聴覚の両方を一度に奪われ、俺には――恐らくテッドにも――何が起きたのか分からなかった。
わかったのは一瞬だけ感じた自分が浮遊している感覚と、背に強く受けた衝撃。
「――カハッ!」
俺はその衝撃に、思わず肺の中の空気を残らず全て吐き出しきった。
あまりの衝撃に、次の空気が吸えない――その苦しさに俺は体を横たえたまま、無様に悶える。
そんな情けない様が続く事約十秒、俺はようやく新鮮な空気にありつくことが出来た。
「カハッ! ゲホッ! プハッ!! い、いったい何がっ」
一生懸命息を整えながら、閃光で狂った眼を何度も開閉させる。
そうしていると、少しずつではあるが、俺の視力は本来の性能を取り戻してくれた。
だが、ようやく戻った視力で視た光景は――あまりにも凄惨だった。
「っっ?! な、なにこれ!?」
視線の先に捉えるのは、あの魔導土人形だが、その全長は最後に見た時よりも小さくなっていた。
だが、それは魔導土人形を構成する赤土の、その質量が減ったからという訳ではない。
単純に俺と魔導土人形との距離が開いたからだった。
吹き飛ばされたのだ――俺たちが、無様にも、無残にも、展開した防御壁ごと吹き飛ばされたからだった。
その痕跡はありありと大森林の一角には、刻み込まれていた。
――魔導土人形の半径約十五メルトル、その範囲にはむき出しの地面以外何も存在していなかった。
魔導土人形が展開した火の魔導で、あの圧倒的な魔力で、爆炎で、周囲の物を文字通り根こそぎ吹き飛ばしていたのだ。
その圧倒的なまでの火力を目の当たりにして、俺の背中を嫌な汗が伝った。
……なんだあれは、と、そう思った。
未知の性能を秘めた魔導土人形、それは明らかに規格外だった。
あれ程の規模の魔導土人形を生成できる魔導士など聞いたこともない。
更に馬鹿げていることは火の魔導を操る事だ。
橙の魔力と赤の魔力、二種類以上の魔力は決して相容れる事は無い――下手に混ぜれば反発暴走を引き起こすはずなのに、魔導土人形に反発暴走が起こった様子は見られない。
それにあれが魔導土人形だというのなら、あれを作り出した魔導士がいるということだ。
その魔導士が何を考えてあのようなモノを生み出したかは知らないが、あれは俺たちにとって明らかに脅威たりえるものだった。
「……カハハッ、おいおい、なんだよあれ」
不意に、何時もの調子で、しかし力ない声が聞こえてきた。
慌てて音源へと顔を向けてみれば、俺と同じ様に、上体を起こしているテッドの姿が見て取れた。
俺はそんな彼のもとへ慌てて駆け寄った。
「――テッド大丈夫? 怪我は!?」
「……何とか平気だ、サンキューな、アルクス。お前のお蔭で助かった」
力なく俺へと礼を述べてくるテッド。
如何やらテッドにも、魔導土人形から攻撃を受ける直前に、俺が防御魔導を展開したことが認識できていたみたいだった。
元気のないテッドに首を傾げる俺だったが、それでもテッドが無事だった事実に一先ず安心した。
俺も打ち身以外の目立った傷は無い、となれば、この場は逃げるのが正解だと思った。
あんな規格外は、俺たちでは手に余る。
「そっか、ならよかった。なら急いでこの場を離れよう! 幸いあれは足が遅い。走って逃げれば多分逃げられるよ」
そんな提案をテッドに投げかけて、俺は何とか立ち上がる。
体は痛むけれど、動けない程では、走れない程ではなかった。
だが、体調以外に俺の動きを阻害する物があった。
身に着けていたマントが引かれていた――何事かと抵抗のある方へ視線を落としてみれば、未だ立ち上がらぬテッドが、俺のマントの端をしっかりと掴んでいた。
「――すまねぇアルクス」
「どうしたのさ。さぁ早く立って、この場を離れよう――」
テッドに立ち上がるよう促すが、しかし彼は腰を下ろしたまま立ち上がろうとは――この場を離れようとはしなかった。
そんなテッドのどこか煮え切らない様子に、俺は戸惑う。
「――っ、まさかどこか怪我をして動けないとか?」
「違う、違うんだ――俺に怪我は無い、だけど俺はあの魔導土人形から、逃げることは――出来ない」
テッドのその一言に、俺は不覚にも一瞬で頭に血を上らせた。
あの出鱈目な規模の爆炎を見て尚、否、味わって尚、テッドはあの魔導土人形に挑むという。
それは明らかに、向こう見ずで――下手をしたら、自殺行為にも等しいと思った。
この世界では、人の命は、前の世界と比べ物にならないくらいに軽い。
そして、冒険者と言う職業は、それに輪を掛ける。
冒険者は冒険をしてはならない――それは矛盾しているように聞こえるが、冒険者にはあまりにも有名な格言だった。
冒険者の冒険は、死につながる。
あのような規格外の魔導土人形に挑むのは、まさにその冒険だった。
「っ!? 何言ってんだっ!! テッド! カムテッド!! お前は今日、冒険者になった!! だったら引き際を考えろ! あの魔導土人形はさっきみたいに無計画で突っ込んで倒せるモノじゃない!! そのくらい分かるだろ!!」
俺は余りにも無計画な幼馴染の一言に、激昂し、思わずテッドの胸ぐらをつかんで、強引に立ち上がらせる。
だが、そうやって覗きこんだテッドの顔は、これ以上ない位に真剣だった。
「――分かってる、そんな事分かってんだよ! だけど俺はあれから逃げるわけにはいかない、冒険者になったからこそ、逃げるわけにはいかないんだ、此処で逃げたら、俺は冒険者でいられなくなる」
「……テッド、君は」
――震えていた。我が幼馴染は分かりやすい程に震えていた。
だけど、その上で再び同じ言葉を口に出す。
――逃げないと、同じことを表明する。
「――テッド、もしかして何かあるのか? 命を賭けても魔導土人形に挑まなければいけない理由が」
「っ、そうだ……、だからお前は、俺を残して行ってくれ。俺の愚行に付き合う必要なんかねぇ、お前だけ逃げてくれ」
テッドは、俺に焔の付いた眼を向けてきた。覚悟を決めた眼を向けてきた。
そんなテッドの右頬に向かって、振りかぶった左拳を容赦なく叩きつけてやった。
俺が初めて一切合財の容赦もなく、人を殴った瞬間だった。
「――へブッ!! ちょ、おま、アルクス、おま、何すんだお前!!」
派手に地面を転がったテッドはしかし、先ほどの弱弱しさとは打って変わって、ガバリと上体を起こし、俺へと文句を言ってくる。
だけど、そんな文句になど、聞く耳を貸してやるつもりは毛頭なかった。
「テッド、良く聞いて――あの魔導土人形のさっきの爆炎、あれは強力だけど、範囲は限定されてる。他にどんな攻撃をしてくるかは分からないけど、その範囲外だったらあいつの情報を探れるはずだ」
見た処、半径十五メルトル――それが先ほどの爆炎の有効射程。
「魔導土人形だったら、体のどこかに核になるのもがあるはずだ、それを範囲外から探って、ピンポイントに砕く――それが一番有効な手段だと思う」
「って、なんだよ急に、何を言って……」
「何って、あの魔導土人形の攻略方法だよ、二人でやればなんとかなるかもしれない」
「っ!? アルクス、お前――」
テッドの両目が驚愕に見開かれる。
……まぁ、テッドが引かないというのならば、仕方がない。俺も覚悟を決める事にした。
「言っておくけど、あれを倒した後で聞くからね。逃げられない理由」
「――っああ!! 分かった。何でも答えてやるよ!!」
そんなテッドの返事を聞いて、俺はよしっ、と、頷いて見せた。
テッドには元気と一緒に笑顔が戻った。
…………
「よし、それじゃあまずは、核探しから始めるんだけど――これには考えがある」
「――カハハ、流石アルクス、頼りになるぜ!」
「茶化さないでよ。全く」
スッカリと言うかチャッカリと言うか、テッドは何時もの様子を取り戻して、俺の後についてくる。
あれから魔導土人形はと言うと、俺たちの事など気にも留めずと言った感じで、元通り歩みを再開していた。
その魔導土人形の様子を、十五メルトル以上から観察して、分かったことが二つあった。
一つ目は、如何やらあの魔導土人形は、俺たちの都市を目指して歩みを進めているということ。
それも一直線に――目の前に木々が有ろうとも、平然となぎ倒して向かっていた。
その圧倒的な膂力に恐怖を通り越して、最早呆れてしまったものだった。
そして二つ目、あの魔導土人形はどうやら独立で動いているらしいということ。
これは、魔導土人形の周辺に、操り主である魔導士がいないことから判断した。
膨大な魔力、精緻な魔力操作、そして、一定の動きを定着させるだけの豊かな想像力、その三つも何れが欠けてもあの魔導土人形の存在は成り立たないことだろう。
あれを生み出した魔導士は紛うことなく凄腕だった。
……――閑話休題。
「で、その考えなんだけど――これはきっともうちょっと時間が有ったらテッドでも思いついたと思うよ」
「あん? なんだよそれ」
「ほら、マルクス学園の入学試験」
「……あ、なるほど」
俺が鍵となる言葉を言った途端、テッドにも合点がいったようだった。
そう、この状況はマルクス学園の入学試験に、エルフの友人が行った。あの意地の悪い試験によく似ていた。
距離の離れた場所にある強固な試料を、魔導のみで粉砕するあの試験。
まさかいくらラディウスさんと言えども、この様な状況を想定してあのような試験を出した訳ではないと思うが、それでもあの試験が、まさかこのような場所で役に立つとはこれっぽっちも思っていなかった。
「俺は時間いっぱい使って割る事しか出来なかったが、お前は粉砕したんだったよな?」
「うん、だからまずは、あの時と同じ魔導を試してみるよ」
「おう、任せた」
俺はテッド応援に、片手を振って答えた。
そして集中――目の前には、約三十メルトル前方には、同じペースで此方に向かってくる魔導土人形がいる。
とりあえず、体の中心目がけて――人で言うところの胸部あたりを目がけて魔導を放つことにした。
まず左手に貫く事を特化させた風を創造する。
緑色の魔力が湧き上がると同時、掌にそれは現れた。
『左手に――尖風』
続いて右手、こちら側には回転することに特化した風を想像する。
こちらも緑色の魔力が湧き上がり、掌に風が渦巻く。
『右手に――旋風』
魔導名の読み方は同じだが、全く違う種類の風。
そしてこの二つの風にもう一工夫。
『――併わせっ!』
両手の風を掌と一緒に合わせた。
相変わらず暴れる風に、俺の掌が悲鳴を上げる。
鮮血が周囲に舞飛ぶが、気にせず魔導を完成させた。
『――穿てっ! 番穿風っ!!』
放った魔導は一直線に、魔導土人形へと飛び掛かってゆく。
標的となった魔導土人形はと言うと、如何やら番穿風の魔力に反応したらしい――二振りの剛腕を胸部の手前でクロスさせた。
まるで意志があるかのような行動に、少しだけ驚く俺。
だが、如何やら、攻撃した場所はビンゴであったらしい。
圧倒的質量を持つ魔導土人形が防御態勢をとるということは、その先に守らなければならない物があるということなのだから。
――轟音
斯くして、俺の魔導は魔導土人形へと着弾する――魔導土人形の両腕を砕きながら、砕ききりながら、前へ――
両腕を砕いたころで、この魔導であの魔導土人形に風穴を開けることが出来る様に思えたが、しかしそうはならなかった。
番穿風が魔導土人形の胸部に届き、砕き始めると同時、魔導土人形の再生が始まったからだ。
そんな様子に思わず舌打ちをしてしまう俺。
だが、番穿風にはもう一つ隠れた能力があることを忘れてはいけない。
『――続け、飛炎っ!!』
俺は傷だらけになった右手で、威力も何もない、ただ”飛ぶだけの炎”を放つ。
ただしその炎は水素と酸素で出来た番穿風へと飛んでゆく。
「伏せて、テッド!!」
その言葉を言うと同時に、俺も地面に我が身を伏せた。
――爆音!!
あの魔導土人形が放ったモノには流石に劣るが、それでも大地を揺るがすほどの爆発が発生する。
「――カハハッ、マジか!! すげぇなおい!!」
近くでテッドがはしゃいでいる声が聞こえたが、無視した。
そうしていると、一拍おいて巨大な何かが倒れる音が俺の耳へと届いてきた。
その音を聞いて慌てて頭を上げる俺――視線の先には大地に膝をついている、彼の魔導土人形の姿があった。
「……えーと、番穿風は僕の渾身の一撃だったんだけどなぁ」
思わず愚痴ってしまった俺だったが、それは仕方のない事だと思う。
番穿風はあの入学試験で、大岩を粉砕した魔導だ。
だというのに、それを食らった魔導土人形は、両腕と胸部の半分を犠牲にしながら、しかし、それだけの犠牲だけで収まっていた。
この結果は、あの魔導土人形に再生機能があったからに他ならない。
削ってゆく端から再生されてしまっては、いくらとっておきの番の魔導であっても、粉砕するには至らなかったようだ。
魔導土人形はまるで時間の流れを巻き戻すかのように、見る見るうちに元の姿を取り戻してゆく。
後数秒もすれば、あの魔導土人形は元通りになってしまうことだろう。
その事実は悔しいが、しかし――無駄撃ちにだった訳では決してない。
「おいおい、化けもんだなありゃあ――でも収穫はあったみてぇだな」
「――うん、あの魔導土人形の核はあそこだ――あの赤い魔石、あれがそうみたいだね」
魔導土人形の、修復されてゆく胸部の中に――俺たちは確かに見た。
赤く煌めく宝石を確かに目にしていた。
大きな魔石だった。色を見る限り、純度の方もかなりの物だろう。
なるほどと思う――確かにあれだけの大きさの魔石ならば、あの大きさの魔導土人形を動かすには十分事足りるだろう。
あの爆炎を数度放ってもまだ、お釣りがくるかもしれない。
それほどまでに、魔石とは力の籠ったものだった。
どのようにして、赤の属性の魔石で、土魔導の土人形の核としているかは分からないけれど、それでもあの動力源が分かっただけでも一歩前進と言えるものだった。
「――さてと、一つ聞くが、アルクス、お前さっきの魔導連発できるか?」
「――その答えは否だねぇ、今のを見てても分かると思うけど、番穿風は組み立てるのに少し時間がかかる。あの魔導土人形の様子を見てると、次弾を打ち込む頃には完璧に修復されちゃう、撃つだけ無駄だよ」
「……そっか」
――ズシャリ、ズシャリと再び遠くから音が聞こえてきた。
如何やら、魔導土人形が再び歩みを始めたらしい。
俺は掌に水の回復魔導を施しながら、その様子を覗き見た。
相変わらず赤銅色の巨人は、歩き続けている。
「ねえテッド、一つ聞くけどあの魔導土人形核、あの魔石――割れるかって聞いたらなんて答える?」
俺は、唐突にテッドへと質問を投げかけた。
テッドはと言うと、少しだけ考える仕草を見せてから口を開く。
「……そうだな、二分貰えれば、何とかなると思う、カルブンクルスに伝わる秘儀だったら割れるはずだ」
自信なさげに答えを返してくるテッド。
だけど、割れると言えるだけで、実は大したものだった。
魔石は強固だ――純粋な物理攻撃では余程の事でもない限り、傷つく事は無い。
だが、魔石は、魔石と同色の魔力を込めた攻撃ならば、傷をつけることが可能だった。
だが、割るとなれば、相当な大魔導でなければ為すことは出来ないのだから。
「……二分か、それなら何とかなるかな?」
呟きながら、体に残った魔力量を確認する。
俺の体に残る魔力は全快時の約九十パーセント――うん、魔力の方は大丈夫そうだった。
後は、俺の息が続くかどうか、それが問題だ。
「それじゃあテッド、次の策だ――テッドは二分かけて秘儀ってやつを完成させてほしい、それであの魔導土人形の核を割ろう」
「っ!? いや、俺はそれでもかまわねーけど、核は内側に引っこんじまってるじゃねぇか――流石に家の秘儀でもあの胸元の土くれごと粉砕できるかどうかは怪しいぞ?」
「いや、あの核を、あの胸部の土くれを引っぺがすのは僕がやる――テッドの秘儀が準備出来るまでの二分で何とかする、だから準備して待っててよ」
俺の言葉を聞いて、ポカンと間抜けな顔をするテッド。
だが、見る見るうちにそんな彼の顔は猛々しい、炎のような笑みへと変わってゆく。
「――カハハっ、分かった。スゲー一撃用意しといてやるよ。だから、準備は任せたぞ!」
「うん、任された。それじゃあ行ってくるよ」
そういって剣を鞘から引き抜くテッド、秘儀の準備の為なのか、その状態のまま集中を始めた。
テッドから赤の魔力が立ち上がるのを目視する――南方の火炎という二つ名の付く、貴族の秘儀――当然のことながら火の魔導であるらしい。
そんなテッドの様子を確認して、俺も彼の為に準備をすることにした。
まず用意するのはテッドと同じ赤の魔力。
それを右手に準備しながら、俺はゆっくりと歩みを進めている魔導土人形の方へと近づいてゆく。
あの爆炎の危険域――半径十五メルトル――さえも踏み越えて、魔導土人形の前へ――
そうして、俺の攻撃が届く範囲まで踏み込むと同時、俺は一気に魔導土人形の脚目がけて、蹴りを繰り出した。
「――シッ!!」
それは此処に来る途中に、テッドにも見せた攻撃の一つ、所謂ハイキック。
脚甲で強化されたその攻撃は、狙い通り魔導土人形の脚へと吸い込まれた。
――バシンと鈍い音が響く。
まぁ、大きさが大きさの為、俺がハイキックとして放った攻撃は、魔導土人形にとってのローキックになってしまったが、別にそこは気にしない。
此処で重要なのは、魔導土人形に攻撃をしたというその事実。
すかさず俺はバックステップで魔導土人形から距離を取ると、次に来るであろう反撃に備えて身構えた。
――来た!!
目の前で起こるは、馬鹿みたいな量の魔力の放出――あふれ出る真紅の殺意。
あの爆炎が、再び目の前で起ころうとしていた。
まともに食らえば、前回の二の舞――否、あの時は水の防御壁があったからあの程度で済んだのだ。
まともに食らえば、もしかしたら、骨も残さず炭化してしまうかもしれない。
…………
……――まぁ、まともに食らえばの話だが。
目の前で爆炎が起こる瞬間、俺は前方に向かって用意していた魔導を開放する。
『――大いに爆ぜろ、爆炎っ!!』
目には目を、歯には歯を――爆炎には『爆炎』を!
目の前で俺と魔導土人形の爆炎が衝突する。
轟音で再び耳が捥げるかと思ったが、それでも準備していただけ、今回は幾分マシだった。
それに今回は、俺の『爆炎』がある。
魔導土人形が放ったモノと比べると、込められた魔力の量は雀の涙ほどだが、それでも全方向に放射状に放たれた爆炎に対して、一方向に圧縮して放たれた『爆炎』なら、密度という面で、俺の『爆炎』に分があった。
――事実そのへ理屈は、見事目の前の爆炎を晴らしてくれたのだから、何も問題は無い。
そうして俺は目の前の爆炎が晴れると同時、再び準備を整える。
用意するのは先ほどと同様――赤の魔力。
だけど、それを用意すると同時、俺はもう一つの俺の主力武器へと手を伸ばした。
それは腰に吊るした二振りのハンティングナイフ、それを両手に、両方とも逆手に握って鞘から引き抜く。
そうして、ナイフを逆手に握ったまま、構えを作った。
イメージするのは、前世で視たモノの模倣――見様見真似のボクシングのファイティングポーズ。
そうして、俺はそのポーズを形作ると同時、身にまとった魔力を使って魔導を発動させた。
体に、破裂せんばかりに張りつめさせながら発動させる火の魔導。
常時展開型炎熱系補助魔導、その名は――
『――火達磨っ!!』
魔導名を唱えた瞬間、俺の体が燃え上がった。
腕から、足から、体から、頭から――いたるところから吹き出す炎。
それを確認して、俺は一度深い息を吐き出した。
息を吐き出すと同時――俺の口から漏れ出た魔力が炎となるのはご愛嬌。
――さて、今の段階で残りの時間は約九十秒、全力で動くには丁度いい時間だ。
――テッドが、あの魔導土人形を相手にすると言い出した時は、肝を冷やしたが、こうして打倒までの道筋を立てられるようになっている当たり、俺も少しは成長しているということなのだろうか。
あの隻眼の灰色狼を相手にした時と比べて、成長しているということなのあろうか。
まぁ、何はともあれ、テッドと同じく、俺には魔導土人形を止める理由はある。
魔導土人形は我が都市に向かっている。
何故、グランセルに向かっているかは知らないが、一つだけ確かなことがある。
――魔導土人形は危険だ。
『――お前みたいな危険物を、グランセルへ踏み込ませてなどやるものかよ! 俺の大切な人達がいるあの場所へ進ませてなどやるものかよ!!』
俺は、そんなことを吠えながら、一歩を踏み出した。
踏み出した瞬間――足元が爆ぜる。体内に張り巡らせた火の魔力が、踏み込むと同時に外に漏れ出たからだ。
足元で爆ぜる炎は、俺の体を急激に前へと押し出した。
更に一歩踏み込めば、これまた足元が勢いよく爆ぜ、俺の体を更に加速させる。
それはさながら、ジェットエンジンの爆風と同じ、俺の体は爆風で加速しているのだ。
俺は加速した状態で――右腕を振りかぶり、魔導土人形の右腕を殴りにかかる。
殴る瞬間、右腕の肘から同じく爆風を噴射させて、己が拳を加速させた。
ハンティングナイフを逆手に握った状態で、その刃の方ではなく、柄を握った拳で魔導土人形の右腕を殴りつけた。
実はこのハンティングナイフは――鍛冶屋のテムジンさんが俺の為に打ってくれたこのナイフは、持ち手の部分に刃と同じ材質で作られたナックルガードが付いていた。
アダマント鉱石と呼ばれる。とてつもなく頑丈な鉱石で作られたこのナイフは、実の処ナックルとしても使える物だった。
爆風によってこれでもかという程に勢いの付いた俺の拳は――ナイフで固められた俺の拳は、魔導土人形の腕を容易く削り取って見せた。
――残り、八十秒。
魔導土人形の右腕の再生を、再び爆風を吹かしたナックルの連打で上書きする。
――残り、七十秒。
今度は魔導土人形の左腕側へと、足元を発破しながら高速で踏み込む。
指、掌、手首、肘、片口――先から根元までを殴って壊した。
――残り、六十秒。
左腕を壊しつくした後は、足を潰す――先ほどと同様のハイキックを繰り出すが、今度は踵からの爆風を噴出しているので、その威力は段違い。
脚は砕け、魔導土人形は状態を大きく傾けた。
――残り、五十秒。
右腕、左腕、左脚、その三か所を一息で潰された魔導土人形は、再生を試みているようだが、故障個所が多いために再生の速度が遅くなっているようだった。
その好機を逃すようなまねは勿論しない。俺は残った四肢である右足へと拳で打撃を放つ。
ここまで来ると、爆風によって付いた加速によって、既に砕くのは容易かった。
――残り、四十秒。
四肢をすべて砕かれ、まるで尻餅をつくように地面に倒れる魔導土人形、上体をゆっくりと起こしてきたそいつの胸元に目がけて、俺はナックルを叩き込んだ。
四肢よりも固いその胸板は、それでも少しずつ亀裂を作ってゆく。
――残り、三十秒。
殴り続けている胸板の亀裂は、だんだん大きくなって行く――俺は休まず拳を振るった。
――残り、二十秒。
ここにきて、腕が動かなくなってきた――常時展開型炎熱系補助魔導『火達磨』。
そのデメリットが影響しだしたのだ。
火達磨は炎を身にまとう魔導、爆風を利用して圧倒的な機動力と攻撃力で敵を一気に畳みかける魔導だ。
だが、その稼働時間はその効果に反比例するかのように短かった。
その理由は、息が続かないからだ。
爆風を利用するこの魔導は、俺から、俺の周囲から急速に酸素を奪ってゆく――要は酸欠になってしまうのだ。
魔導土人形の胸の亀裂は大きくなっているものの、未だ核である赤の魔石の姿は見えなかった。
――残り、十秒。
恐らく、傍から見た俺の顔は見事に青紫色になっていることだろう。チアノーゼという奴だ。
腕が止まりそうだったけれど、気力で動かし続ける。
なけなしの体力を込めて一撃、気持ちを載せて一撃、気力を載せて一撃。
最後の方は爆風の補助もない、唯の変哲もない殴打に成り下がってしまっていたけれど、それでも俺の気持ちをこれでもかと言うくらいに込めたその打撃は、最後の土くれを崩すことに成功した。
崩れた赤土の向こう側で、先ほど姿を確認した
――紅蓮の輝きが現れた。
やっと見つけた。
――残り、零秒
俺は、最後の最後、肺の中に――体に残った空気をかき集めて、叫ぶ。
「――今だ、テッドッッッ!!!!」
俺に出来るお膳立ては全てした。
後は我が幼馴染に、俺の相棒にすべてを託すだけだ。
そうして託した俺の希望は――
「おお、待たせたな!! 特大のをお見舞いしてやるぜ!!」
――見事に、テッドが引き継いでくれた。
彼が掲げるは、炎を纏った片手直剣――否、緋色に輝く刃。
「――燃えろぉ、『紅炎切り』!!」
上段から一気に振り下ろされたテッドの刃。
見ただけで分かる、あの剣先には凄まじいまで熱量が籠っていることに。
そうしてそれは、むき出しの魔石へと吸い込まれ――そして見事に両断して見せた。
それは狙い通りの結果――望んだ結末。
その光景に満足して、俺は意識を手放すのだった。
誤字脱字等あれば、教えていただけると嬉しいです。
感想、評価等いただけると尚嬉しいです。
よろしくお願いします<m(__)m>




