コンビで挑むギルドの依頼(中)
思いのほか投稿が遅くなりました。
一応活動報告にて報告した日にちで投稿しましたので、どうか許してください。
さて、テッドの初任務は一悶着あった後、結局依頼は九等級推奨の採取系の【フラグレンスシードの収集】に決まった。
フラグレンスシードとは主に香料に使われる木の種だ。
雑貨屋からの依頼であるところをみれば、使用目的も香料で間違いないだろう。
ちなみにグランセルの周辺でフラグレンスシードが取れる場所といえば、南門の先に広がる大森林くらいなので、半ばなし崩し的ではあるが目的地も決定した。
俺の希望としてはテッドの初任務であることを考慮して、グランセル内でこなせる依頼が望ましいと思っていたのだが、討伐系の依頼が受けたいとテッドが散々駄々をこねた。
まぁ確かに討伐系の依頼というのは、冒険者の代名詞であると同時に、所謂”花形”と言えるものだ。
事実、都市での冒険者についての噂話と言えば、二つ名の付いた者が強力な魔獣を討伐した時のものが殆どだった。
つまり、冒険者に憧れを抱いていたテッドは、当然そういった噂話も収集していたようで、それ故に討伐系の依頼を受けたいと主張してきたのだ。
自分が憧れていたモノと同じ土俵に立ちたい――分かりやすく言えば、テッドの願望は其れだった。
だが、だからと言って、テッドの要求をはいそうですかと受け入れられる訳には行かないと言うのが正直な処。
今日冒険者に成りたての――十等級の彼では、そもそも討伐系の依頼を受けられる立場にいないのだ。
本当なら、本日選択したフラグレンスシードの収集とて、テッド一人では受けられない依頼なのだけれど、七等級の俺が同伴するということを条件にして、如何にか受注してきたものだった。
……因みにこの依頼を受注するのも何故か物凄く労力を要した。
意外なことにその徒労の原因はウィルダさん。
駄々を捏ねるテッドに向かって、何故か彼女がちょくちょく毒を吐くのだ。
それが原因で話が拗れに拗れ、気が付けば依頼を受注するのに一時間もの時間がかかってしまっていた。
本日のギルドでの冷ややかな視線といい、どうやらウィルダさんはテッドの事を快く思っていないらしい。
正直なところ何故そうなってしまっているのか、俺には全く分からなかった。
とは言えテッドが冒険者になり、尚且つ俺とコンビになった以上、顔を合わせる機会は自ずと増える。
一刻も早く、二人の仲(というかウィルダさんのテッドに対する印象?)を改善する必要があるだろう。
……奇しくも俺の頭痛の種がまた一つ増えてしまった。
頭痛の種と言えば、テッドの言動もまた俺にとってのそれだろう。
採取系の依頼という事でブー垂れていたテッドだったが、採取場所が大森林であるということを聞いて、渋々ではあるが、如何にか納得してくれた。
だが何故大森林と聞いて、テッドが納得したのかは分かりやすい。
大森林というフィールドが、グランセルの外”にあるということ、更に言えばテッドにとって未知であるからだ。
グランセルの外であるが故に、獣と遭遇する可能性があり、未知であるが故に、想定外の事が起きる可能性が有る。
……つまり、我が幼馴染は、未だ戦闘を諦めてはいないのだ。
俺は不意に、何故テッドと友人をやっているのかを疑問に思ったが、流石にそれを思うのは人としてどうかと思うので、頭を振ってそんな考えを追い出すことにする。
兎にも角にも、何事もなく無事に依頼が達成できますようにと内心で願いながら、俺たちはグランセルを後にした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
南門から出発した俺たちは、当初の予定通り大森林へと踏み込んだ。
依頼品のフラグレンスシードはサリクスと呼ばれる木が落とす種であるが、実はアルケケルンの中でもサリクスの木はちょっと珍しい木で、見つけるのは少しだけ大変だった。
サリクスの木は他の木々と違い、枝が柳の木の様に垂れ下がっているので見れば直ぐに分かるのだけれど、如何せん数が少なかった。
”木の葉を隠すなら森の中”とはよく言ったものだ。
如何に外見で見分けがつくとは言え、これだけ木々が密集している場所となると、見つけるのは急に難しくなる。
実は、フラグレンスシード収集の依頼は俺も何度も受けた事のある依頼であり、南門の周辺で、何本かサリクスの木が生えている処を知っていた。
だからこそ、そこを回れば納品に必要な量も集まるだろうと、若干安易に考えていたのだが、どうもその考えは甘かったらしい。
俺の知っている木の周りには、どこも少量しか目的の種は落ちていなかったのだ。
他の冒険者が俺たちと同じくこの種を採取したのか、はたまた獣に食べられてしまったのか……
真相は分からないが、どうにもタイミングが悪かったようである。
そんな訳で、俺たちは必然的に森の奥へ奥へと、サリクスの木を探して入ってゆくことになってしまったのだった。
…………
「それにしてもアルクス、お前っていつもそんな恰好してんの?」
不意にテッドがそんな言葉を投げかけてきたのは、フラグレンスシードを探しだして約二時間程の時間が経った時だった。
あと一本サリクスの木が見つかれば、恐らく納品に指定された一定数の種が集まるだろうと話をしていた直後だった。
「そんな恰好って、どういうことさ? テッドも僕と同じような恰好をしてるじゃないか?」
「いや違うだろ。なんつーか、ちぐはぐじゃん? 上は皮鎧なのに脚だけ金属の脚甲とか見た事ねーし」
……なるほどと思った。テッドが疑問に思っているであることが何となく分かった。
テッドは典型的な剣士の恰好――生前の父さんがしていた兵士の鎧によく似た装備をしていた。
ガッチガチのフルアーマーという訳ではなく、金属製の手甲、脚甲、胸当て、そして肩鎧を身に纏っている。
あくまで動きを阻害しない様に、要所を守る為の装備だった。
そして左の腰には約九十メルトほどの刃渡りを持つ片手直剣を吊るし、更に背中には小型の盾まで背負っていた。
……完全に戦闘を想定した装備であることは一先ずおいておく。
とは言えテッドの恰好は、戦闘を生業とする冒険者ならば別段おかしな恰好ではなかった。
現に、冒険者組合の中で、テッドと同じような恰好の人物は、簡単に見つけることが出来るだろう。
そんなテッドの恰好と比べると、確かに俺の装備はテッドの言う通りちぐはぐだった。
上半身だけ見れば、軽量な皮の胸当とグローブを身に着け、マントを羽織っている。
これだけ見れば狩人の人が身に着けている装備とあまり変わりは無いだろう。
それ故に、テッドに指摘された様に、金属製の脚甲は確かに統一感の無い装備だった。
だけど、これを身に着けているのには、俺なりの理由が勿論ある。
「そうだねぇ、それじゃあ聞くけど、テッドにとって脚甲ってどんな物かな」
「どんな物って、そりゃ防具だろ、足は俺たち冒険者の生命線みたいなもんだしな」
――思いのほかちゃんとした答えが返ってきたので、少しだけビックリしたのは、今この時としてはどうでもいいことなので隠しておくことにする。
確かにテッドの回答は正解だ。
足を潰した冒険者は、冒険者生命を絶たれたといっても、決して言い過ぎではない。
ヴァンクールの近くで串焼き屋を営むウォルファスさん何かは、その一例だった。
「うん、確かに防具だ。僕のこれもテッドの言う通り唯の防具だ――だけどね、僕のこれには防具以外の役割もあるんだよ、例えば君のそれ代わりとかね」
そういって俺はテッドの腰に下げている片手直剣を指さした。
俺の指の指す物へと視線を手繰らせるテッド――そうして彼は気持ちをそのまま表情に現した。
彼がどんな感情を抱いたのか、実に分かりやすい――恐らく不可解とでも思っているのだろう。
「それって、剣じゃねぇか、脚甲が剣とかわけわかんねぇよ。お前ってたまにそうやってまわりくどい事言うよな」
「あはは、ごめんごめん――僕が言いたかったのはつまり、僕のこれは防具であると同時に武器でもあるってことさ、僕にはテッドみたいに剣を操る才能はないけど、体術に関してはそれなりだって父さんにお墨付きをもらったからね」
百聞は一見に如かず――俺はテッドの見せるために、頭上目がけて大きく右足を振りぬいて見せた。所謂ハイキックという奴だ。
剣や槍を扱うことは出来ないけれど、事体術に関してはそれなりの時間を修練に当てていた。
前世では脚を此処まで振り上げることは恐らく出来なかった。これもまた訓練のたまものだろう。
それに金属で覆われた足で放つその蹴りは、当然のことながら生身の其れとは威力という面で段違いだった。
「よっと、とまあこんな感じかな――防御にも攻撃にも、その他もろもろにも使える。だから結構愛用してるんだ」
「へぇ、なるほど脚甲で蹴りねぇ――あんまり考えた事なかったな。てっきりお前の獲物は腰の吊してあるそれなんだとばっかり思ってたよ」
俺の腰に交差する形で吊るしている二本の得物を指さしてきた。
それは最近新調したばかりの俺の得物だった。
否、正確には、新調させられたと表現した方が適切なのか。
「まあ主力はこれか、魔導のどっちかだね――コンビを組むんだから、その辺の事もちゃんと話しておいた方が良いかもね」
「そうだなぁ――それにしてもそのナイフ、持ち手の部分がかなり独特でかっけーよな」
独特なのは当然だった。
何せこの腰につける真新しい二本のハンティングナイフは、鍛冶屋のテムジンさんから、マルクス学園の入学祝いという名目で鍛えてもらった俺の新しい武器だからだ。
好きな武具を打ってやると直に言われて、それならばと、俺の望み通りの形状で作ってもらった。俺だけの、俺専用の武器。
そんな武器の存在を改めて自覚し、俺は僅かににやけ顔を零した。
ナイフ存在を自覚してにやけるとは、可成り危ない言動ではあるのだが、今この時だけはそれを責めるのは勘弁願いたい。
どんな物であっても、自分専用の物があると言うのは、嬉しい事だった。
そして、そんな嬉しさゆえに、俺もテッドと同様、討伐系の任務で無いにもかかわらず、フル装備で今回の”|フラグレンスシードの収集《採取系》”の任務にあたっている原因でもあった。
我が事ながら情けない――これでは与えられた新しい玩具を手から離せない子供と同じで、採取系の依頼にフル装備でおよんだテッドと同類だ。
……テッドの事をとやかく言う資格は、俺には無いのかもしれない。
まぁ、どうでもいいことではあるのだけれど。
「なぁアルクス、そのナイフちょっと良く見せてくれよ」
「別に構わないよ――と言いたいところだけど、それはまた後でね。都市に帰ったら見せてあげるよ。その前に依頼を終わらせちゃおう」
「っと、そーだな、丁度木もあったし、ちゃっちゃと終わらせるか」
そう言う俺たちの目の前には、立派なサリクスの木が現れた。
見れば相当な数の種が周囲に落ちているのが分かる――どうやら依頼は無事に達成出来そうだった。
…………
時間にして見れば、十分程度だった。
大きな木ではある、二人がかりともなれば、周りに落ちている種を拾い集めるのにかかる時間は僅かその程度。
だが、納品規定数を大きく上回る成果を、その木は俺たちにもたらしてくれた。
「よっし、あらかた拾い終わったしそろそろ帰るか」
「そうだね、ちょっと都市からは離れちゃったけど、日暮れまでには十分戻れそうだね」
日暮れまでに残された時間は、恐らくあと一時間程度。
真っ暗な森の中では安全を確保するのは難しいので、日が暮れ始める前には森を抜けたいというのが希望だった。
最後の木を見つけるまでには二時間の時間を費やしてしまったけれど、それは木を探してたが故に要してしまった時間だ。
ただ帰るだけならば、一時間は十分すぎる時間だった。
「それじゃ、暗くなる前に帰ろうか」
「おうっ ――それにしてもあれだな、お前の初任務に比べると、俺のはなんかパッとしない終わりだよな。帰り道で魔獣とか出てきてくれねぇかな」
「――無事にすんでよかったじゃない。と言うか、そういうこと言うのやめようよ。本当に出てきたらどうするのさ」
「冗談だよ。それじゃあさっさと帰ろうぜ――っっ!!」
――そんな呑気な会話をしている最中だった。
その剣呑な音が聞こえてきたのは、そんな呑気な会話の最中だった。
初めに聞こえてきたのは、木々の葉擦れの音に混じって聞こえてきた、大きな音。
――ビキリ、ビキリと亀裂の走るような音と、続いて聞こえてきた盛大な裂ける音、そして一際大きい転倒の音、最後にザワザワという葉擦れの残心。
聞こえてきたこの音は、恐らく倒木の音だ。
だが、それはこの場ではあまりに不自然な音だった。
今現在俺たちの居る場所は曖昧だが、少なくともこの周辺に集落が無い事は知っていた。
故に、倒木という事象が起こる事自体が不自然だった。
つまりは、俺たちの近くに倒木をした何者かがいるということだ。
何ともなしに、顔を見合わせる俺とテッド。
少しだけ不安が心の中で顔を出す。
――瞬間、同じ音が聞こえた。またしても倒木の音が聞こえた。
今度は初めに聞こえた物よりも大きく、それでいてはっきりと聞こえてきた。
そのおかげで、その音が聞こえてきた方向が分かった。
――三回目の音が聞こえてきたのは、二十秒ほどの時間を空けてだった。
その頃になると、倒木の音とはまた別の音が聞こえてきた。
ズシャリッ、ズシャリッという重い音、倒木とは違い、これは等間隔で、だんだん大きく聞こえてくる。
――音は近づいていた。
嫌な予感が加速する。
だが、嫌な予感を感じていながらも、俺たちはその場を動かなかった。
否、動けなかったというのが、表現としては正しいのだろう。
その理由は、怖いもの見たさというか、少しばかりの好奇心。それと、未知のものに対する恐怖。
その二つがごちゃ混ぜになって、俺の体はその何とも言えない感情に雁字搦めになっていた。
だが、殆どの場合、こういった感情の後に来るものは決まっている――
――とりわけ大きな音がした。
今度は、先ほどまで俺たちが種を採取していたサリウスの木が倒木した。
あの大きな木が為す術もなく、容赦もなく、呆気なく倒木した。
そうして、音の原因は俺たちの目の前に姿を現した。
――それは後悔の念。どうして俺は逃げなかったのか言う後悔の念。
目の前に現れたのは赤土の体躯。三メルトルを優に超える赤銅色の巨体。
人の形を模してはいるが、生き物ではない。
直に見るのは初めてだったが、学園の図書館で読んだ、魔導の蔵書に描いてあったものである事がすんなりと理解できた。
これは土属性の魔導の御業の一つ――
「――ゴー、レム?」
――魔導製の土人形。
それが俺たちの目の前に現れたのだ。
先ほどから聞こえてきた倒木の音は、きっとこいつが生み出していたのだろう。
土人形の後方では、ほぼ一直線に進んできた事が予想出来る痕跡が残されていた。
土人形の体の幅に合わせて、一本の道が出来ていた。
「――カハハっ、おいアルクス、なんだこれ!! 良く分かんねぇけど面白くなってきたなおい!! とりあえず攻撃してみようぜ!!」
盛大に笑い声をあげる幼馴染は、唐突に耳を疑うことをのたまった。
「――っテッドっ! そんな不用意に近づくなっ!」
慌てて静止の声を掛ける俺だったが、俺の声は間一髪、テッドを止める事は出来なかった。
剣を鞘から抜き放ち、上段から一気に切りかかるテッド。
「っしゃー、行くぜー!! うおらぁ!!」
振り下ろした剣は、土人形の左腕へとぶち当たる。
結構な勢いのある剣戟はしかし、ガシャンと大きな音を立てて跳ね返される。
見た目は赤土だが、それなりの硬度のあるゴーレムらしい。
その結果に、舌打ちを打つテッド――連撃は諦めてくれたようで、彼はそのままバックステップで俺の元まで身を引いてきた。
「やべぇ、スゲー硬てぇぞ、あれ!!」
「テッドのバカっ、何いきなり切りかかってんのさ!!」
呑気な感想を漏らすテッドに、俺は思わず悪態を返した。
得体のしれないものに嬉々として切りかかるとか、本当に何を考えているのか――
俺はテッドに悪態をつくと同時に、彼が切りかかっていった土人形の動向を探るべく、前を向く。
ゴーレムは、そのゆっくりな歩みを完全に止めていた。
今までとは一転し、森には一瞬の静寂が訪れる。
――それは嵐の前の静けさだった。
「――っ?!」
一瞬だった――それは秒を遥に下回るほどの一瞬。
その一瞬で目の前の土人形から、在りえない程の魔力が噴出。
――次の瞬間、俺たちの目の前は真紅で埋め尽くされた。




