入学試験と番(つがい)の魔導
何とか2014年が終わる前に、もう一話更新することが出来ました。
何気に過去最短記録。2015年も同じことが出来るかは分かりませんが、何とか1~2週間間隔で更新できたらと思います。
来年も『WILD COLOR』をよろしくお願い致します。
それでは、2015年が皆様にとって良き一年でありますように。
アルトさんから学費という名目でお金を受け取ったその後――真っ先に俺がとった行動は、お礼回りだった。
アルトさんから聞き出した出資者は総勢で二十人、ということはつまり一人当たり二十五万カルツもお金を出してくれた計算になる。
そんな大金を出してもらうとなると、やはりどこか気が引けてしまう。
今の処直ぐに返せるあてはないけれど、それでもお礼の一言位は言って回らないと俺の気が済まなかったのだ。
だが、いざお店に出向いてお礼の言葉を述べてみれば、帰ってくる答えは言い方は違えど、皆似たようなものだった。
お金は必ず返しますと言えば、出世払いで良いからなと、笑って返された。
そして何より、皆一様に言うのだ――「頑張って偉くなって来い」と。
それを面と向かって言われるたびに、涙腺が崩壊しそうになって大変だった。
まだ試験さえ突破していないというのに、気の早い事だと思う。
だが、そんな風に言われてしまったら、まかり間違っても、入学出来ませんでした。なんてことになることは出来なかった。
俺が集めた情報では、マルクス学園の入学試験は筆記と実技が有るらしい。
筆記に関しては算術と語学、後は王国史――グランセルの歴史に関する事――の三種類があり、その三つの合計点で判断されるとのこと。
筆記の算術と語学については何とかなると思うが、正直王国史についてはお手上げもいいところだ。
俺が知っていることと言えば、初代の国王と、先代、今代の国王の名前――後は今代の王妃や姫の名前といった所謂常識の範疇の事位。
だが、これに関しては周りの人たちに聞いて回る位しか調べる手段も無いし、オマケに時間もない――となれば、算術と語学を取りこぼさないようにして、王国史については開き直って捨てるしかないだろう。
まぁ、王国史はグランセルの外から来た入学希望者にはどうしてもネックになる科目となるので、算術や語学と比べると若干ではあるが配点が低くなるのが、救いと言えば救いだった。
あとはまぁ、実技という問題もあるのだけれど――これに関しては現状”どうすることも出来ない”というのが正直な処だった。
というのも、実技の試験に関しては毎年、担当する試験官に内容が一任されるらしく、毎年バラバラなのだ。
ある年は、何でもよいからオリジナルの魔導を披露する。なんて内容であったり。
またある年は、使用する魔導を指定されて、その魔導の威力や規模、発動速度で優劣をつけた事もあったらしい。
臨機応変と言えば聞こえはいいが、完全に出たとこ勝負の内容となるのは、火を見るよりも明らかだ。
結局入学試験までに俺に出来ることと言えば、算術と語学についての見直しと、後は日常行っている魔力操作の訓練を継続して行う程度の事。
これからの人生を左右するであろう大事な試験の前に、これと言って対策を打てないのは、これまた精神的に来るものがある。
俺は日に日に強くなるプレッシャーに押しつぶされそうになりながら、来るべき日を待った。
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時の流れは不可逆なればなり――止める事も、戻すことも人には出来ない。
故に俺は時の流れに抗うことも出来ず、マルクス学園の入学試験の当日を迎える事になったのだが――
……とりあえず、結論から述べると、マルクス学園の入学筆記試験に関しては、良くも悪くも予想通りの出来だった。
試験当日、遅刻だけはしない様に、後は試験を受けるにあたってトラブルごとが無い様にと、試験開始時間の一時間前に試験会場に辿りついた俺。
試験開始前に多少のいざこざはあったけれど、如何にか無事に試験を受けるに相成った。
入学試験は丸一日をかけて行われ、午前中は筆記試験となる。
筆記試験の出来は、算術はほぼ完ぺきで、語学については其れなりの出来、そして王国史については予想通り、ほぼ惨敗だった。
というか、○○代目の王様が行った政策は何か、だとか、○○の戦いは何時あったか、など、歴史を勉強していないと出来るはずもない内容が目白押し。
はっきり言うと初見の単語が多すぎて、ほぼ手が付けられない状態だった。
初めから王国史は捨てるつもりでいたけれど、ここまで無残な出来だと、この後に控えている実技の試験も意味もなく不安になってしまうのは、俺が小心者であるからなのだろうか?
と、まぁ、色々と不安要素が多いのが現状である。
実技の試験は、一人一人別々に見る形であるようで、先ほどから受験番号を呼ばれた者から、一人ずつ実技試験場へと入って行われていた。
因みに人が入って行って、次の人が呼ばれる間隔は十分程度しかない。
つまりは、先ほどの筆記試験とは違い、短時間で決着がつく試験ということだ。
俺の前に実技の試験を受けたものは誰一人として戻って来ないところを見ると、終わった端から別の部屋に移動されているのだろう。
まぁ、そのまま同じ部屋に戻ってきて、他の受験者に試験内容が伝わるようならば、公平性が保てず、試験として成り立たないだろうから、当然と言えば当然なのだけれど……
誰一人として戻ってこないその様子は、心境としては、閻魔大王様の裁きを受ける直前の様な錯覚を覚える。
果たして俺は天国に行けるのか、それとも地獄行きなのか――なんて一度”死”を経験した俺には、笑えない冗談を思い浮かべてしまう。
……如何やら王国史の試験の弊害は、こんな処にも出てきているようだった。
『……成る様にしか、成らない、落ち着け俺……冷静に、出来ることを出来る限り』
不安なせいか、自然と呟きが口から洩れてしまう。
その呟きが耳に入ったのだろう、俺の隣で試験の順番待ちをしている金色の髪の女の子が怪訝そうな表情を浮かべていた。
……おっといけない。思わず日本語で呟いていたらしい。
俺はぎこちなく愛想笑いを浮かべながら、一言ゴメンと断りを入れようと口を開きかけた――
「――次、十二番中へっ」
……如何やら用意した言葉は飲み込む他なさそうだ。
俺は見知らぬ女の子に軽く頭を下げて、立ち上がる。
肺の中に入っている空気をいったん全て吐き出して、新しい空気を大きく吸い込んだ。
そうして俺は覚悟を決めて、試験会場へと踏み込んでいった。
「では、受験番号十二番――これよりお前の試験を担当する試験官のラディウスだ」
試験会場は一言で言い表すならば、運動場だった。
そんな開けた場所には、試験官と名乗る男性が一人佇んでいる。
これでもかと言うくらい容姿の整った男性試験官――ただし、切れ長の瞳には余り覇気が見られず、余りやる気は無いようだった。
ハニーブロンドの長髪の隙間からは、長耳が見えており、整った様子とその耳から彼がエルフであろうことが何となく想像できる。
アルトさん以外の妖精種を見たのは初めてだった。しかも男性のエルフであるため、その物珍しさは更に高まる。
だが、エルフの男性試験官様は、俺のそんな奇異の視線などお構いなしという感じだった。
アルトさんとは違い、エルフの特徴を隠すことをしていない処を見ると――如何やらあまりそういったことには拘らない人であるようだ。
そんな試験官さんは、俺の事を一瞥しただけで、すぐさま手元の資料に視線を落としてしまった。
「――それでは、試験の内容を説明する。一度しか説明しないのでよく聞くように。試験についての質問は後でまとめて聞く、だから話の腰は折らない様に」
「は、はいっ」
「よろしい、では試験の準備をするから少し待っていろ」
そう言うとラディウスさんは俺を置き去りにして、運動場の中央部分へと歩みを進めた。
離れた距離は、だいたい二十メルトル程度、その場所で彼は突然しゃがみ込んだ。
徐に右手を地面に当てるラディウスさん――
「――”クリエイト・モノリス”」
彼が発したのは、恐らく魔導名だったのだろう。
ラディウスさんがその言葉を発した瞬間、地面に当てていた手から橙色の魔力が生み出された。
橙色の魔力――それは土の魔導を使用する時に発言する色。
――変化は劇的だった。
地響きを轟かせながら盛り上がって行く地面――その光景に唖然としていると、数秒もせずに大きな岩がその場に現れた。
岩の大きさは傍らに立つラディウスさんより二回りは大きい。
恐らく二メルトルは優に超える直径を持っているだろう。
「――試験内容は簡単だ。お前に五分やる。その時間内にその場所から攻撃魔導を放ち俺が用意したこの岩を粉砕して見せろ。攻撃魔導種類は問わない、また制限時間内なら何度魔導を放っても構わない。――以上だ、何か質問はあるか?」
ラディウスさんの説明は簡単というか、とにかく簡素なものだった。
情報開示は必要最低限、ただし、質問を受け付けてくれている処から判断するに、目標を達成するために必要な情報を、自分の頭で考えて引き出せということなのだろう。
実質既に試験は始まっているのかもしれない。
だとしたら、遠慮なく質問させてもらうことにする。
「そ、それでは、とりあえず一つ――試験時間の五分はどのタイミングからスタートなんでしょうか? ラディウス試験官の合図ですか?」
「いや、そこは大目に見ている。”お前が初めの攻撃魔導の準備を始めた段階から”五分だ、お前から魔力発光が確認され次第開始とする」
魔力発光とは、魔導を使用する際に色の属性に応じた魔力が発生する現象の事を言う。
つまりは、攻撃魔導を使うために魔力を練り上げた瞬間から試験が始まるという訳だ。
……なるほど、そういうことならば、もう一つ質問をさせてもらうことにしよう。
「すいません、もう一つだけお願いします。今の条件でしたら、試験開始前に攻撃対象の岩を調べても良い、ということになると思うんですけど、それは可能ですか?」
「――ほう、つまり?」
「魔導を放つ場所は今立っているこの場所、試験は僕が魔導を使い始めてから五分、ということはつまり、攻撃魔導を放つ前にこの場所から移動し、攻撃対象の岩を調べて同じ場所に戻ってくる。それから試験を開始しても良いですかということです」
「……面白いな、そんなことを質問してきたのはお前が初めてだ。確かに違反は無い。――許可しよう。ただし後が詰まっているので、調べる時間は五分までだ、それに調査に対し魔導の使用は禁止する」
「――十分です。ありがとうございます」
俺はラディウス試験官に礼を述べると、急いで大岩に近づいた。
魔導は使えないので近くで見るだけ、後は触るだけしか出来ないが、それでもわかることがある。
「こりゃあ、思った以上に厄介そうな試験だなぁ」
岩を触診して、俺は思わず独り言を呟いてしまった。
試験用に用意された岩――それは近くで見る限り、昔小学校の理科の授業で習った玄武岩によく似ていた。
つまり、普通の岩だった。
だが、今は用意されたのが普通の岩であることが問題となる。
これを”魔導”で粉砕しなければならないというのが大きな問題だった。
想像するに容易いだろう、岩に向かって火炎放射器で炎を吹きかけても”粉砕する”ことなどできない。強い風が吹き付けてもそれは同じだ。
強い流水を当てれば削ることは出来るかもしれないが、”粉砕する”には至らないだろう。
通常、”攻撃魔導”というものは一部の属性を除いて、純粋な物理防御を貫き難いのだ。
例外と言えば、土属性や上位属性の金属性など、直接質量を持つ攻撃が出来る属性位だろう。
しかしながら、当然持ちえる魔導属性には個人差があり、当然ながらそういった属性を持ちえない人も大勢いる。
だからこそ、この世界では刀剣類や打撃系の武具が廃れずにいるのだ。
魔導が効かないのならば、直接物理で殴る――原始的ではあるが、これ以上に効果的な事は無い。
だが、この実技試験はそういった物理は禁止されている。つまりは純粋に魔導の力だけでこの大岩を粉砕しなければならないのだ。
「…………」
俺はしばらくその大岩の観察を続け、許可された調査時間のリミットが過ぎる前に、再び元の場所に戻ることにした。
……はてさて、いったいどうしたものか。
俺が持っているのは世間一般で言うところの下位属性の火と風と水の三種類。
その三種類で、あの大岩を粉砕するとなると正直言ってかなり難しい。
となると、正攻法以外で、あの大岩を突破しなければならないということだ。
俺は、目をゆっくり閉じて、ゆっくりと検討する。
あの大岩を粉砕出来るほどの威力を秘めた魔導、試験内容と照らし合わせてどんな魔導を使えばいいかを、脳内で検索する。
…………
「よしっ」
俺はゆっくりと目を開けて、一つの魔導を組み立てる事にした。
現状用意するのに手間がかかるので、実戦で使用したことはまだないが、それでも俺の練習してきた中では一番の威力がある攻撃。
俺はだらりと構えた両手の掌に、魔力を込める。
両手に込めるのは、緑色の魔力――
……さあ、試験スタートだ。
まずは左手、そちら側に込めた緑色の魔力で、想像した魔導を発現させる。
想像するのは押し固めた風、ただただ何かを貫く事に特化させた風。
『――尖風』
左手を起点に想像通りの風が現れた。
続くは右手、こちら側も込めた緑色の魔力で、想像した魔導を発現させる。
想像するのは渦巻く風、ただただ回転することに特化させた風。
『――旋風』
魔導名の読み方は同じだが、全く違う種類の風が右手に現れた。
そしてこの二つの風にもう一工夫。
『――併わせっ!』
両手に発言させた風と一緒に、手を併わせた。
その際魔導の威力によって、両方の掌の皮膚が裂ける。
半ば強引に二つの魔導を併せている為に、その余波が俺の掌を傷つけているのだ。
掌が痛い――風の魔導だというのに、掌が焼けているような錯覚を覚える。
だが、この程度の事で泣き言なんて言っていられない――だって俺は、俺の為に協力してくれた人の為に、なんとしてでもこの試験を突破しなければならない。
それを考えれば、この程度の痛みなど何でもないっ。
それにこの魔弾ならば、例え標的があの大岩だったとしても問題にはならないだろう。
固く押し固められた弾頭と、それを押し込む火薬――それが十分に込められたこの魔弾ならばきっといけるはず――
『――穿てっ! 番穿風っ!!』
魔弾を解き放つ――
穿つための風の魔弾は、余波で地面を盛大に削りながら、目標へと飛来し、そして食らい付いた。
「っつ!?」
破砕音が盛大に響き渡る。
試験官さんが息を飲む――それ程の一撃。
俺の放った風の魔弾は大岩に削り、その体内に盛大にめり込む。
全体には魔弾の着弾によってひび割れが生じ、見るも無残な姿になっていた。
――その全容に俺は笑みを作る。
それはほぼ計算通りの結果だったからだ。
先の番穿風、規模的にあの大岩を粉砕するには至らないと思っていた。
しかし、これで良い、既に”仕込み”は終わっている。
後は、打ち込んだ魔弾に”点火”すれば全てか終わる。
俺は傷だらけになった右手に赤の魔力を込める。
威力も何もない、ただ”飛ぶだけの炎”。
『――続け、飛炎っ!!』
俺の右手より放たれた炎は特定の形を持たず、ひび割れた大岩へ、”開いた窪みの中へ”飛んでゆく。
――瞬間、空気が震えた。
一拍遅れてやってくる破裂音に備えて、耳を閉じ、顔を伏せる。
それでも襲いくる風圧に、俺は思わず尻餅をついてしまった。
恐る恐る顔を上げて見れば、視界の先には、注文通り粉砕された大岩の姿があった。
「――ちょっと配合の量を間違っちゃったなぁ」
その惨劇に、思わず独り言ちる俺。
実は先ほどの番穿風だが、用意した二つの風の成分を少しだけ弄っていた。
尖風の方は酸素中心の構成で、旋風の方は水素を中心とした構成。
その二つが良く混ざり合った風に、火を放り込めば爆発するのは当然。
――水素爆発。
俺が番穿風に仕込んだのはそれだった。
試験官さんには、きっと俺が何をしたかは分かっていないのだろう。
唖然として俺の方を見てきているのはその証拠。
何をしたのか詮索されたらどうしよう、なんてことを考えながら、俺は傷ついた両手に水の回復魔導を施すのだった。
試験番号十二番――アルクス・ウェッジウッド、所要時間八秒、所要魔導回数二回で試験をクリア




