終焉を告げる者
ドォォォォォォォォォォォォォン――!!
世界そのものが悲鳴を上げた。
花畑が崩れ落ちる。
満月は無数の破片となって夜空へ砕け散り、空間そのものが硝子のように音を立てて裂けていく。
《エンド・リライト》。
世界終了命令。
その最終中枢から溢れ出した力は、これまでシオンたちが相対してきたどの管理者とも比べものにならない。
圧倒的。
その一言では到底表せない存在感。
ただ、その場に現れようとしているだけで、世界そのものが耐え切れず崩壊を始めていた。
ルナリアは思わず息を呑む。
全身が震える。
クロノですら感じたことのない圧力。
魂そのものが拒絶反応を起こしている。
シオンは無言で剣を握り締めた。
その視線は白い扉から逸れない。
そして。
この場でただ一人。
その正体を知る者がいた。
アーカイヴだった。
⸻
「……ありえない。」
銀色の瞳が大きく揺れる。
管理者の王。
何億年という時を観測し続けてきた存在。
そのアーカイヴが、初めて明確な動揺を見せた。
一歩。
また一歩と、無意識に後退する。
「なぜ……。」
掠れた声が漏れる。
「なぜ今になって目覚める……。」
シオンが視線だけを向ける。
「知っているのか。」
問い掛ける声は静かだった。
しかしアーカイヴは答えない。
ただ白い扉を見つめ続けている。
その銀色の瞳には、これまで決して存在しなかった感情が宿っていた。
恐怖。
管理者ですら恐れる存在。
それが今、この世界へ姿を現そうとしていた。
⸻
白い扉が、ゆっくりと開いていく。
ギギギギギギ……。
重く、鈍い音。
まるで世界そのものが軋みながら口を開いているようだった。
その向こうには何もない。
光もない。
闇もない。
時間も存在しない。
空間すら存在しない。
あるのは、ただ一つ。
完全なる『無』。
存在という概念すら失われた領域。
ルナリアは息をすることさえ忘れていた。
本能が叫ぶ。
見てはいけない。
理解してはいけない。
あれは生命が認識してはならないもの。
存在そのものの終焉。
世界という概念が生まれる以前から在る”終わり”だった。
⸻
その『無』の中心。
静かに、一つの影が現れる。
人の姿。
そう見えた。
だが違う。
男にも見える。
女にも見える。
老人にも。
子どもにも。
見る者によって姿が変わる。
認識するたびに輪郭が崩れ、再び別の姿へ変化していく。
存在そのものが固定されていない。
シオンは静かに目を細めた。
アーカイヴが苦しげに呟く。
「……終焉を告げる者。」
ルナリアが振り返る。
「終焉を告げる者……?」
アーカイヴは小さく頷いた。
「第一世界が滅ぶ以前から存在していた。」
その声は震えている。
「全ての終わりを観測する存在。」
銀色の瞳が影を映す。
「世界が限界へ到達した時。」
「必ず現れる。」
「終焉そのものだ。」
⸻
影が静かに一歩前へ踏み出す。
その瞬間。
花畑の半分が消えた。
壊れたのではない。
燃えたのでもない。
存在していたという事実ごと消滅した。
最初から無かったかのように。
ルナリアの顔から血の気が引く。
シオンは反射的に彼女の前へ立つ。
影は二人を見つめる。
瞳はない。
表情もない。
敵意も悪意もない。
ただ、世界の終わりを告げる役目だけを持つ存在。
静かに口を開く。
『第四世界。』
その一言だけで。
世界全体が震えた。
『終了を確認。』
ルナリアの鼓動が止まりそうになる。
影は淡々と続ける。
『存続理由なし。』
『削除を開始する。』
⸻
「やめろ!!」
花畑へ叫びが響いた。
ルナリアも。
シオンも。
同時に目を見開く。
叫んだのは。
アーカイヴだった。
世界終了命令を発令した本人が。
終焉を止めようとしている。
彼は影の前へ立つ。
銀色の瞳が激しく揺れていた。
「まだ終わっていない!」
その声には、これまでなかった感情が宿っている。
終焉を告げる者は沈黙したまま彼を見つめる。
アーカイヴはさらに叫ぶ。
「可能性は残っている!」
「希望は……!」
言葉が詰まる。
そして、ゆっくりと続けた。
「希望は、まだ消えていない!」
その瞬間。
アーカイヴ自身が驚いていた。
希望。
管理者となった日に切り捨てた言葉。
演算できないから不要と判断した概念。
それを今。
自分自身が信じようとしている。
⸻
シオンは静かに笑った。
「ようやく分かったか。」
アーカイヴは振り返らない。
それでも。
その口元が、ほんの僅かに緩む。
笑顔。
何億年ぶりなのか。
本人ですら思い出せないほど昔に失った、人間らしい表情だった。
⸻
その時。
深淵領域。
無限の静寂の中で。
巨大な蒼い瞳が完全に開かれる。
瞬間。
世界は止まった。
風が止まる。
時間が止まる。
花びらが空中で静止する。
終焉を告げる者も。
アーカイヴも。
ルナリアも。
すべての存在が動きを失う。
ただ一人。
シオンだけが立っていた。
蒼黒い光が身体を包む。
黒星王。
最後の観測者。
そして――。
世界の選択者。
深淵より、古き観測者の声が響く。
『資格確認完了。』
『継承開始。』
シオンの蒼い瞳が大きく見開かれる。
膨大な情報が雪崩のように流れ込む。
数え切れない世界。
無限に繰り返された歴史。
第一世界。
管理者誕生の真実。
黒星王という存在の意味。
最後の観測者に託された使命。
そして。
すべての始まり。
すべての終わり。
世界の真実が、一つずつ明かされていく。
静かに、その光景を見つめていた終焉を告げる者が、初めてシオンだけへ視線を向けた。
長い沈黙。
やがて。
その存在は、小さく呟く。
『なるほど。』
世界が震える。
続けて発せられた言葉は、あまりにも静かだった。
『お前だったか。』
その瞬間。
蒼黒い光が天を貫き。
第一世界から続いてきたすべての運命が、一人の少年へと収束していく。
物語はついに――。
すべての始まりへ辿り着こうとしていた。




