再会
世界と世界の狭間。
蒼黒い流星は、なおも加速を続けていた。
行く手を阻むAE軍団。
世界を監視する終末機構。
そして、第四世界そのものを消去しようとする《エンド・リライト》。
あらゆる障害を突き破りながら、蒼黒の光は一直線に進む。
目指す場所は、ただ一つ。
王都セレスティア。
帰るべき世界。
命を懸けて守ろうとした場所。
そして――。
何よりも会いたかった人が待つ場所。
蒼黒い光の中心で、シオンは静かに前を見据えていた。
蒼い瞳に映るのは、世界全体を覆う巨大な白い法陣。
世界終了命令。
管理者が世界そのものを初期化する、最後の権限。
圧倒的な力。
圧倒的な絶望。
だが、不思議と恐怖はなかった。
胸の奥が温かい。
耳を澄ませるたび、ルナリアの声が聞こえる。
仲間たちの想いが届いてくる。
世界各地で少しずつ記憶を取り戻した人々の願いが、光となってシオンの胸へ流れ込んでいた。
三年間。
誰にも届かなかった存在。
誰にも認識されなかった英雄。
世界を救ったにもかかわらず、その世界から忘れ去られた少年。
それでも――今は違う。
自分を覚えていてくれる人がいる。
帰りを待ってくれている人がいる。
帰るべき場所がある。
その事実だけで十分だった。
シオンは小さく息を吐く。
「……もう少しだ。」
その呟きと同時に。
ドクン――。
世界そのものが鼓動を打った。
蒼黒い光が脈打つ。
それに呼応するように、遠く離れた記憶の海でも蒼銀色の光が大きく輝きを増した。
蒼黒。
蒼銀。
決して交わることのない二つの光が、互いを求めるように共鳴し始める。
まるで離れ離れになっていた魂が、再び一つになろうとしているかのように。
⸻
記憶の海。
ルナリアは静かに膝をついていた。
胸が苦しい。
鼓動が速い。
涙が止まらない。
それでも、その涙は悲しみから流れるものではなかった。
近い。
はっきりと分かる。
シオンが近づいている。
あと少し。
あと少しで届く。
あと少しで会える。
三年間、胸の奥で願い続けた奇跡が、ようやく現実になろうとしていた。
「……シオン。」
震える声で、その名前を呼ぶ。
その瞬間。
胸元の月の紋章が眩く輝いた。
蒼銀色の光が爆発するように広がり、記憶の海全体を包み込む。
「まさか……!」
クロノが思わず息を呑む。
海面が激しく波打つ。
空間が歪む。
世界と世界を隔てていた境界が、ゆっくりと溶け始めていく。
現実と記憶。
現在と過去。
二つの世界が重なり合う。
ルナリアの意識は、その光へ導かれるように深く沈んでいった。
⸻
気が付くと。
そこは、あの花畑だった。
夜空には満月。
一面に咲く白い花々。
頬を撫でる穏やかな風。
何度も夢で訪れた場所。
何度も探し続けた場所。
けれど。
今日は違う。
花畑の向こうから、一人の少年が静かに歩いてくる。
黒髪。
蒼い瞳。
その優しい笑顔。
見間違えるはずがなかった。
シオンだった。
⸻
ルナリアの呼吸が止まる。
夢じゃない。
記憶でもない。
これは幻ではない。
理由なんて分からない。
それでも確信できた。
今、この瞬間だけは。
二人は本当に繋がっている。
シオンも歩みを止めた。
互いに見つめ合う。
言葉はない。
必要なかった。
三年間。
会えなかった時間。
伝えられなかった想い。
奪われた記憶。
積み重なった孤独。
そのすべてが、静かに二人の間を満たしていた。
やがて。
シオンが少しだけ笑う。
「ああ……。」
小さく息を漏らし。
いつもの調子で口を開いた。
「久しぶりだな。」
あまりにも自然な一言だった。
何も変わっていないような。
昨日まで一緒に旅をしていたかのような笑顔。
その瞬間だった。
ルナリアの中で張り詰めていたものが、一気に崩れ落ちた。
「……ばか。」
涙が溢れる。
止めようとしても止まらない。
「本当に……ばか。」
気付けば身体が動いていた。
白い花を踏み分けながら駆け出す。
距離なんて関係なかった。
そのまま勢いよくシオンの胸へ飛び込む。
⸻
「っ……!」
シオンは思わず目を見開く。
腕の中で、ルナリアが泣いていた。
肩を震わせ。
声を押し殺しながら。
三年間、誰にも見せなかった涙を、今ようやく流していた。
「なんで……。」
掠れた声。
「なんで一人で行ったの……。」
震える拳が、何度もシオンの胸を叩く。
弱く。
優しく。
それでも抑えきれない想いをぶつけるように。
「なんで何も言わなかったの……。」
もう一度。
「なんで帰ってこなかったの……。」
シオンは答えられなかった。
全部、その通りだったから。
守るためだった。
救うためだった。
それしか方法がなかった。
けれど。
残された者がどれほど苦しむかも、誰より分かっていた。
だからこそ。
胸が締め付けられる。
ルナリアはゆっくり顔を上げる。
涙で濡れた瞳。
それでも真っ直ぐシオンだけを見つめていた。
「私は……。」
震える声。
「ずっと待ってた。」
月明かりが静かに二人を照らす。
「忘れてても。」
「思い出せなくても。」
「苦しくても。」
涙が頬を伝う。
そして、ようやく心の奥にしまい続けてきた想いを口にした。
「ずっと……会いたかった。」
⸻
シオンは静かに目を閉じた。
胸が痛い。
戦いで負った傷など比べものにならないほど。
ずっと。
ずっと痛かった。
誰にも覚えられなかった三年間。
誰にも名前を呼ばれなかった三年間。
帰ることのできなかった三年間。
それでも今。
ルナリアがいる。
思い出してくれた。
待っていてくれた。
それだけで。
本当に、それだけで。
すべてが報われた気がした。
シオンはそっと手を伸ばす。
昔と変わらない優しい手つきで、ルナリアの頭を撫でた。
「……ごめん。」
小さな謝罪。
ルナリアは首を横へ振る。
涙を流しながら笑う。
「謝らないでよ……。」
震える声。
「帰ってきてくれた。」
少しだけ笑顔になる。
「それだけで……十分だから。」
⸻
その瞬間。
バキィッ――!!
静寂を引き裂く轟音。
花畑の空へ巨大な亀裂が走った。
満月が揺れる。
風が止まる。
白い花々が一斉に震えた。
世界そのものが悲鳴を上げる。
裂け目の向こうから、純白の光が滝のように降り注いだ。
シオンの表情が引き締まる。
蒼い瞳が鋭く細められた。
「……来たか。」
ルナリアも涙を拭い、隣へ並ぶ。
空を裂いて現れる銀色の光。
管理者による直接介入。
《エンド・リライト》は、二人だけの時間さえ許さない。
だが。
もう違う。
シオンは一人じゃない。
ルナリアも一人じゃない。
失われた絆は戻った。
忘れられた記憶も戻った。
互いの想いは、もう誰にも消せない。
だから。
今度こそ負けない。
⸻
純白の光の中心から、一人の男がゆっくりと降り立つ。
銀色の瞳。
純白の外套。
一切の感情を宿さない静かな表情。
管理者の王。
世界編集者。
アーカイヴ。
彼は二人を静かに見つめた。
その視線に怒りはない。
憎しみもない。
ただ、世界を観測し続けてきた者だけが持つ、絶対的な静寂があった。
そして。
無機質な声が、花畑へ静かに響く。
「──最終確認を開始する。」
その宣告とともに。
再会の時間は終わりを告げ、世界の命運を懸けた最後の対話が、静かに幕を開けた。




