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ゴシップ記者令嬢なので婚約破棄の真実を暴いたら侯爵令息さまに付きまとわれています。邪魔です。

作者: 山田あとり
掲載日:2026/03/10


 ルーシー・ミルフォードは王立学園の新聞部員だ。しかもけっこう有能な。ルーシーの取材メモと脳裏には様々な事象が書き留められている。


 学園内で起こったあらゆる動きには意味がある。

 一見すると単なる恋愛沙汰であっても、スルーはできない。何故なら――。


「恋愛は、政治だからよ!」


 ルーシーはキリッと言い切って学園内を闊歩していた。何か、いいネタは転がってないだろうか。


 この学園に通うのは、一部の富裕層の子女をのぞけば貴族ばかり。

 恋も婚約も、その先に政治的意図をはらんだ派閥の形成につながる。ゆえにルーシーはゴシップを探し求めてやまない。


 しかしルーシー自身はというと――貧乏男爵令嬢なせいで、浮いた話は一切なかった。ミルフォード家と縁を結んでも相手にメリットがないのだ。

 それでけっこう。ルーシーは結婚に興味がない。


「私は、官僚として身を立ててみせるんだから」


 キャリア志向のルーシーは不敵に微笑む。

 しかしその時、前庭から穏やかでないセリフが聞こえてきた。


「――君との婚約を破棄したい! もう無理だ!」


 ルーシーの耳が確かならばその声は、とんでもなく高貴な人のもの――。


「ローランド王子じゃないの? うっわ、取材に行かなきゃ!」


 ルーシーはウッキウキで駆け出した。

 これはとんでもなく重要な政治情報となるに違いない!




 学園の前庭には学生たちが集まっていた。彼らが遠巻きにする輪をスルリとくぐり、ルーシーは渦中の人に近づく。


 そこにいたのはローランド王子。そして婚約者の公爵令嬢、キャサリン・アッシュボーンだった。

 でも何故か、ローランドの隣で青ざめる少女もいる。クララ・ブライトという有名人だ。


「どうして聖女候補が?」


 そう。クララは生まれ持った聖力が非常に強くて聖会に見出された身だった。貧しい庶民出身らしいが、基礎的な教養を学ぶため学園に通うことになったそうだ。


 素朴な雰囲気を残しているが、なかなかの美少女であるクララ。

 それと対峙して立ち尽くすのは優雅で気高いキャサリン嬢。


「ローランド殿下とキャサリンさんはうまくいってると思ってたのに」


 ルーシーは小声でつぶやきつつ首をひねった。

 二人が婚約したのは十年も前。もちろん政略による婚約だが、ルーシーの取材によれば互いに支え合う関係を築いていたはずだ。

 ローランド王子は苦々しい視線を婚約者へ向けた。


「キャサリン……君はこのクララ嬢にひどいことをしたらしいな?」

「なんのことでしょう殿下」

「とぼけないでくれ。クララが私と近しくしているのが不満だったのだろう? 彼女は慣れない学園生活と貴族社会のしきたりに戸惑っていて、助けが必要だっただけなのに」

「理解しています」

「ならば何故クララが大切にしていたハンカチが紛失する? クララは突き飛ばされ噴水に落ちたこともあるそうだ。犯人の姿は見ていないが、後で君に呼び出され私との関係を詰問されたと。何もかもキャサリンがやったんだな?」


 キャサリンは驚いたように目を見開いた。


「わたくしが? クララさんとはお話したこともありませんが」

「嘘をつくな。寮生のクララには聖会が小間使いをつけているが、その者もキャサリンに呼ばれたと証言している」

「おかしいですわ、それはいつのことですの。わたくしには覚えがありません」

「……日時はわかるね、クララ」


 ローランド王子にうながされたクララはなんとか呼吸をととのえると、小さな声でつぶやいた。


「先週金曜日、午後四時頃のことです」

「……先週金曜日? わたくしは放課後すぐに学園を離れたはずですわ」

「そんなはずはない。その日、君を迎える馬車が来なくて不思議に思った記憶があるぞ」


 ローランド王子は追及の手をゆるめなかった。

 キャサリンが視線をそらし、口ごもる。これはキャサリンが嘘をついているのかと皆が息を呑んだ時、ズバリと言う声が響いた。


「あーそれ、お忍びの用事があっただけですよ。キャサリンさんは徒歩で街へ向かったんです」


 発言したのはもちろんルーシーだ。そこにいる全員の耳目が集まる。キャサリンがハッと慌てた様子なのは図星なのだろうか。


「君は誰だ。割り込むのならそれなりの責任を負う覚悟はあるんだろうな」


 ツ、と前に出て来てルーシーに問いかけたのは美形の上級生だった。

 アーサー・ゴールドウィン侯爵子息。これも学園の有名人だ。高位貴族なうえにイケメンすぎて縁談が降るように殺到し、相手をしぼれないというモテ男。ローランド王子の友人でもある。


「申し遅れました、私はルーシー・ミルフォード。新聞部員です!」

「ほう……なんだかズケズケ切り込む記者がいるというのは聞いたことがあるが」

「あ、きっとそれ私ですね! いやあ私も名が売れてきちゃいましたか、ふふふ」

「別に褒めていないのだが?」


 アーサーの表情がくもった。これ、ヤバい女なのでは。でもルーシーはしゃあしゃあと申し出た。


「私の証言では足りなければ、キャサリンさんのアリバイの証人たる一般人をご紹介しますが」

「や、やめて!」


 悲鳴のように制止したのは当のキャサリン。頬がやや赤らんでいるように見える。その反応でローランド王子が顔をゆがめた。


「後ろめたいことがあるんだな、キャサリン」

「ち、違いますローランドさま。わたくし」

「キャサリンさんのは、なんの違法性も問題もないお出かけですよ殿下。このルーシーの名にかけて保証します!」


 聞いていた生徒たちにもざわめきが広がる。何が真実なのか、これでは膠着状態だ。


 キャサリンに詰問されたと訴えたクララ。

 お忍びに出かけていたと反論するキャサリン。


 そして、何故か自信満々のゴシップ記者ルーシーは嬉々として取材する。


「ええっと、クララさんの大切なハンカチというのは聖女候補になって転居する際に幼なじみたちから贈られたハンカチのことでしょうか」

「どうしてそれを知って……?」


 ルーシーに確認されて、クララはおろおろした。周知のことのように語られたが、ハンカチの存在は学園で親しくなった数人にしか言っていない。


「こっちも仕事なんで取材は頑張りました。あと、落水したというのは学園中庭の噴水でしょうか」

「あ、はい……」

「ふうむ、その件はチェックできてません。私もまだまだですね……ちなみに突き落とし事件の日時も教えていただけますか?」

「え、あの。その……」

「いいかげんにしないか!」


 声を荒らげたのはローランド王子だった。クララをかばってルーシーと向かい合う。


「公衆の面前で被害者を尋問するような真似は許さん。たかが新聞部の分際で何様のつもりだ」

「……お言葉ですが殿下、公衆の面前でキャサリンさんへの詰問を始めたのは殿下の方では?」


 ルーシーは言い返した。不敬にあたるかもしれないが、学園規則では生徒同士なら身分に関係なく一人の人間として対等に振る舞うことが許されているはず。

 ぶつけられた正論に、ローランド王子は口ごもった。


「……う、うむ。しかし今日のところはもうやめておこう。クララもキャサリンも品位を守るべき女性だからな」

「あれ、私もいちおう女性なんですが、仲間外れですか?」

「さあ行こうクララ!」


 ローランド王子はルーシーの主張を無視した。去り際に振り返り念を押す。


「キャサリン、婚約破棄の件は積極的に検討するように。冤罪だと言うならその証人とやらを私のところに連れてくるがいい!」


 捨て台詞を残し歩いていくローランド。クララは申し訳なさそうな顔をしながらも後を追った。


「え、ここで終わりなんですか!」


 ルーシーの叫びが前庭にむなしく響いた。あきれ果ててアーサーが叱りつける。


「何を言ってるんだ君は。部外者のくせに」

「だって……事実が明らかにされてませんよ」

「事実よりも、今はキャサリン嬢の名誉の方が大切だと僕は思うね」


 チラリと視線を送った先には、ぼう然と立ち尽くすキャサリン。今にも泣きそうになっている。クララをいじめたというのは嘘なのか、それともこの態度がすべて演技なのか。ルーシーにはわからなかった。


「さあ皆、解散したまえ。憶測だけで噂を広めた者には、それなりのペナルティが与えられるぞ!」


 アーサーは生徒たちに釘を刺すのも忘れない。成人すれば王子の右腕になろうかという立場のアーサーなので、スキャンダルをそのままにしておくわけにはいかないのだ。

 三々五々に散っていく生徒たちを見送りながら、アーサーは独りごちた。


「妙だな……」


 誰に聞かせる言葉でもなかったが、ルーシーが食いつく。


「何がですか?」

「まだいたのか君は」

「そりゃいますよ。で、何が妙なんです?」

「メモを取り出すんじゃない! いや……君もローランド殿下のことを取材していたんだよな? ならば普段の殿下とは様子が違うと感じなかったか」

「わたくしも、そう思います」


 泣き声で訴えたのはキャサリンだ。


「ローランドさまは、いつも人の話に耳をかたむけ熟考なさいます。わたくしに言い訳の機会すらろくに与えず決めつけるだなんて、ローランドさまらしくありません」

「いや……それはこのルーシーが邪魔をしたからかもしれないが」

「私ですかぁ!? アーサーさん、理不尽な言いがかりはよして下さい。むしろ客観的な証拠を提示しようとしたのに殿下が逃げたんですってば」


 一国の王子を逃げたとそしってはばからないルーシーに衝撃を受け、アーサーはよろめいた。なんなんだ、この新聞部員は。


「君……うっかりすると不敬罪になりそうだな。立場が危なくなるとか考えないのか」

「でも、真実が歪められているんですよ。追及しないと」

「正義感からなのか?」

「違います」


 ルーシーはキラキラした瞳で言い切った。


「記事が売れます!」

「最低だな」


 アーサーは鼻にしわを寄せる。それでもイケメンなのはさすがだった。

 軽蔑のまなざしを受けつつルーシーは悪びれない。


「でも、事実は人を助けますから」


 物怖じせず事件に切り込んでいくルーシーは自信ありげだ。

 悠然とした態度のゴシップ記者をアーサーはしげしげと見つめる。そして――とにかく変な女だ、と判断した。



  ✻ ✻ ✻



 その日の放課後、ルーシーは学園の談話室に行った。キャサリンに呼ばれたのだ。

 無実を証明する手伝いをしてほしいそうで、貸し切りにした小さな談話室にはアーサーを加えた三人だけ。


「なんでアーサーさんもいるんです?」

「君が記者根性を発揮するとキャサリン嬢のプライバシーが危険にさらされる。公平な交渉を担保するために同席させてもらうだけだ」

「アーサーさまはわたくしを心配して下さっているの。ローランドさまともご友人でいらっしゃるし、冷静に相談に乗って下さる方よ」


 上品な微笑みを浮かべてキャサリンが口添えする。まあいいか、とルーシーは引き下がった。警戒されているのはおもしろくないが、ルーシーは事実を突き詰めていくだけだ。

 話を始めるにあたり、まずはキャサリンが礼儀正しく謝意を示した。


「先ほどはかばっていただいてありがとう、ルーシーさん」

「あ、丁寧に呼んでいただかなくてけっこうです。私は後輩ですし、身分も下ですから」

「では親しくルーシー、と。あの場では、わたくし泣きそうになってしまって。情けないわね」

「いいえ。あの言われようは驚きますよ。とても興味深かったです」

「興味深い?」

「ローランド殿下が言い立てたこと、どれもこれもあやふやで。よくあれで相手を非難しようとか思えるなーって」

「だから君は不敬だって!」


 アーサーが天井をあおぐ。


「婚約を考え直すとか聖女候補への嫉妬だとかいう話を聞いて、最初に出る感想が証拠が弱い? 普通じゃないな」

「そうですか?」


 それはルーシーにとってなんのダメージにもならない論評だ。というかむしろ誉め言葉。視点や切り口の斬新さは記事を書くのに必要なこと!

 アーサーを放っておいて、ルーシーはさっさと要点に移った。


「キャサリンさんを助けるというか、事実関係を洗い出すのは私の本望でもあるので。協力するにやぶさかではないです。ええと、殿下が並べた事案を整理しますね」


 一、大切なハンカチが紛失。

 二、背後から噴水へ突き落された。

 三、キャサリンから呼び出され、ローランド王子との関係を詰問された。


「三番目が濡れぎぬなのは明白です。その時間、キャサリンさんは刺繍教室にいました」

「きゃああっ、ルーシー!」


 キャサリンが顔を赤くして悲鳴をあげる。アーサーは困惑気味だ。


「刺繍……なんだって?」

「裁縫の達人が個別指導する教室です。キャサリンさんはこの何週間か、金曜日の夕方にそこへ通っています」

「……わたくし、刺繍が得意ではなくて」


 キャサリンはうつむいて白状した。


「ローランドさまの誕生日が間もなくですの。わたくしの手による品をいつも身に着けていただけたら嬉しいと思って、ネクタイの裏側に刺繍を……」


 つまりローランドへの愛ゆえのお忍び手芸教室。上手にできるかどうかもわからないため、絶対に内緒で通うと決めていたそうだ。

 それにしても人目につかないネクタイの裏側へ刺繍とは、控えめなことだ。


「だって恥ずかしいですもの……」

「いやいや、本気でローランド殿下に恋しちゃってるんでしょ。仲良きことは美しきかな! めちゃくちゃ好感度高いですよ、これいい記事になるわぁ」

「だからメモを取るな! だいたい君はなんでキャサリン嬢の行動を把握しているんだ!」


 取材メモを手から叩き落したアーサーに、ルーシーはムッと真顔を向ける。


「新聞部ですから」

「いや、もうストーカーだろう」

「正当な取材活動です。アッシュボーン公爵家令嬢にしてローランド王子の婚約者ともなれば、ほぼ公人のような立場ですので」


 しれっと主張して手帳を拾うとルーシーは話を戻した。


「クララさんの話の裏付けは小間使いの言葉だそうですが、その小間使いは利害関係者にもなり得ますし証言効力が弱いですね。具体的には、金で買われている可能性が」

「本当に君の思考はえぐいな」

「あと『キャサリンさまに呼び出されたわ、どうしよう』とか告げておいて、小間使いは置いていかれたパターンもありそうです」

「僕の言ったことを無視しないでほしいんだが。クララが独りで出かけた説はうなずける」


 それでもルーシーはアーサーの方を見なかった。「ストーカー」だの「えぐい」だの言う男など放っておけばいい。


「二番目の噴水の件は、ちょっと調べないとわかりませんね。生徒に目撃者がいないか……あるいは学園の庭園管理課にでも、噴水が荒らされた痕跡がなかったか訊いてみましょう」

「そうだな。あとクララのハンカチはどうする?」


 答えなければならない質問をブチ込んで、アーサーはじっとルーシーを見つめる。ビジュの良さに軽く圧倒されながらルーシーはつとめて冷静に応じた。


「それはどうしようもありません。クララさんの部屋と荷物を探してブツが出てくれば反証になりますが、捜査権がないです」

「他の部分でくつがえしていくしかない、と」

「逆に、他がくつがえればハンカチなんてどうでもいいです。ハンカチをキャサリンさんが盗んだという証拠を向こうが出していないんですから」


 ルーシーはあくまで理詰めだ。整然とした論調にキャサリンはホウ、とため息をついた。


「ルーシーは頭が回るし口が立つわ。すごいのね」

「ありがとうございます。私、官僚として宮廷に勤めたいと思っているので」

「勤め?」


 アーサーが目を丸くする。


「君は男爵家の令嬢だったと思うが」

「ウチは貧乏なんです。どこぞの夫人におさまるのは無理だと思います。持参金も用意できませんし、うちと縁組したら下手すると借金を連帯して負うことになるので相手が見つかりませんよ。自力で生きていく覚悟はできています」


 胸を張って言い切るルーシーに、アーサーもキャサリンも絶句する。どちらも侯爵家・公爵家の血すじで何不自由ない生活しか知らないのだ。


 でもルーシーは身の上を不幸だとは思っていなかった。やりたいことをして、好きに生きられる。そんなに楽しい人生ってあるだろうか。

 キャサリンにしてみればルーシーは初めて出会うタイプの女性だ。しきりと感心している。


「ルーシーは、おもしろい方ね」

「お褒めにあずかり恐縮です」


(僕は……なんというか怖いけどな)

 アーサーは誰にも聞こえない小声で言った。



  ✻ ✻ ✻



 ところでクララがなるであろう聖女というのは、王国に複数存在する。男性の聖人もしかり。

 聖力を持つ者はそこそこ稀少だ。彼らは聖会に所属し、人々のために働くのが原則だった。


 とはいえ聖力でできることは限られている。

 癒しの効果はあるが、みるみる傷を治すようなことはできなかった。治癒力を底上げするのがせいぜいだ。

 では聖会は何を行っているのか。


 聖力は主に――魔力へ対抗する結界の維持に使われていた。


 王国の外に存在する魔物。魔物たちは人間の国々を隙あらば蹂躙しようとした。

 ゆえに聖会は国境に結界を張る。国々をつなぐ街道を守護する。聖会の活動がなければ貿易もままならない。

 すなわち聖会は、対魔の戦闘組織としての性格も併せ持つのだった。


「でもクララさんは学園で勉強させられている。それはどうしてです?」


 ルーシーの質問はアーサーへ向けたものだ。


 ここは新聞部の部室。

 乱雑に資料が積まれた机の前に座る超絶イケメンが、おそろしいほど場に似合わない。圧倒的な光がそこにいた。

 他の部員たちはアーサーに追い出されていた。ルーシーとサシで話すためだそうだが横暴すぎる。


「――彼女の聖力は、異常値なんだ」


 アーサーは淡々と極秘事項をバラした。


「不安定というか。非常に強い時もあるが、使えなくなるほど弱まりもする。若さのせいかもしれないとの判断で、ひとまず勉学の場に保護している」

「へええ……苦労してるんですね」

「稀に現れるケースだそうだ。実力が安定すれば、後々聖会の中枢に入るかもな。だから学園で学ぶ意味はある」

「おお、クララさん出世の可能性!」

「彼女は特に癒しにすぐれているらしいので、前線に出てもらえればありがたいな……」


 アーサーはすでに国政を見据えて物事を考えている。国を守り導く気概を持っているのはさすがだ。


「ところでクララの小間使いのことだが」

「はいはい、供述取れましたか」


 この密会は情報交換のため。それぞれが調査した成果を報告するのが目的だった。


「やはり留守番していた。誰も連れてくるなと指示されたので独りで出かけたと」

「てことは、キャサリンさんと会ったのを誰も見てないんですね」

「ああ」


 ふむ、とルーシーは唇を結んだ。


「噴水突き落とし事件の目撃者探しの方は難航しています。申し訳ありません」


 ルーシーから謝罪され、アーサーは面食らった。てっきり「謝るなんて言葉、私の辞書にはないですね!」ぐらいの性格だと思っていたのに。


「そ、そうか……」

「なんで動揺するんです?」

「別に」


 いぶかしげに首をかしげるルーシーは、よく見れば普通に可愛らしい女子生徒だった。

 むしろアーサーに対して色目を使う令嬢たちに比べ、真っ直ぐに向き合ってくれるぶん好感度が高い。最初の印象がぶっ飛んでいただけで、実家の凋落に負けない努力家なのもポイント高い――と考えて、アーサーはぶんぶん首を振った。落ち着け、自分。


「……これも嘘の事件なんですかねえ」


 挙動不審なアーサーにかまわず、ルーシーは肩をすくめた。


「そうかもな。となると……そもそも何も起こっていなかったということになるが」

「クララさんはどうしてそんなことしたんでしょう」

「殿下の気を引きたかったのか?」


 だがローランド王子は、王家と公爵家の婚約をないがしろにするような人物ではない。普段ならば。


「――やはり殿下の言動がおかしい」


 アーサーは苦虫を噛んだような顔だった。


「くそっ、どういうことだ」

「――洗脳、とか」


 そう言ったルーシーの瞳がチカリと光った。アーサーは息を呑む。


「ルーシー、それは――」


 ドンドンドン!

 いきなり部室のドアが乱暴に叩かれる。外から部員たちの声がした。


「ちょっとルーシー、いる?」

「開けるよ? ヘンなことしてないでしょうね!」


 ヘンな、とはなんだ。アーサーはうんざりしてバンとドアを開け放った。


「やましいことはない。なんだ」

「ぎゃああ、侯爵子息さま! 相変わらずまぶしい!」


 廊下にたかっていた新聞部員の男女が目を押さえてのたうち回る。ルーシーはあきれて厳しい声を出した。


「そーゆーのいらないから。何があったの」

「あはは、ごめん。あのさ――新聞部を廃部にするって学園側が言ってきたんだよ」



  ✻ ✻ ✻



「ルーシー・ミルフォード、君がストーカーだという訴えが出された。ローランド殿下への付きまといが度を越えている、と」


 指導室に行くと、教師は重々しく告げた。

 呼び出されたルーシーはいちおう真面目な顔で聞いている。隣にはアーサーも付き添っていた。「たぶん今回の件のせいだろうから」と。


 教師いわく――。

 学内に設置された王族専用のサロンにルーシーが張り付いている。

 ルーシーは履修していないはずの授業にもぐりこみ、王子を観察している。

 王子の所有する本が紛失したのだが、それが新聞部の部室前に落ちていた。


「――などなど! 申し開きがあれば言ってみなさい」


 並べられた罪状を聞いていたルーシーは、深刻な顔で小さく手をあげた。


「ひとつ、あります」

「なんだ」

「殿下所有の本なんて貴重なネタ、キッチリ部室内に確保せずしてなんの新聞部員でしょう! それは誣告(ぶこく)のための偽の訴えかと」

「威張るんじゃない。まあそれについては調査しよう。他には」

「すべて認めます」


 ルーシーはあっさり言い放つ。教師が机についていた肘がガクンと落ちた。


「なに?」

「殿下のサロンを外から窺いましたし、授業にももぐりこんでますし、何も否定することはありませんねえ」

「君、付きまといを認めるのか」

「いいえ、これは正当な取材です」

「やってることは変わらん! 王族に対してなんたる不敬、やはり新聞部は廃部にするべきだな!」


 キラン。ルーシーの目が光る。ずい、と乗り出す姿勢から圧がにじんだ。


「先生、それは危険ではないかと思います」

「な、なんだ」

「王家という絶対的な存在だからこそ、その情報は市井へ開かれるべきではありませんか? 敬意はあって当然ですが、それがベールとなってしまっては民と王との距離が次第に離れていってしまいます。この状況は統治システムとして破綻へ向かうモデルだと愚考しますがいかがでしょうかっ」

「うむ……?」

「ワタクシはそのような危機を回避するため殿下の個人情報をも探り出し生徒たちに愛される姿を発信すべく日々活動しているのであります!」


 完全に詭弁だ。勢いにタジタジとなりながらも教師は丸め込まれるのに抵抗する。


「黙れ! 君はただ殿下のことをなんでも知りたいだけだろう、この強火ファンめ!」

「先生、お言葉ですが」


 微笑んで割り込んだのはアーサーだった。半歩前に出てルーシーを肩でかばう。


「ルーシーの行動はすべて取材の範囲内だと僕が保証します」

「む。それはどんな根拠で」

「彼女は殿下のファンではありません。何故なら――彼女の好意は、この僕へ向けられているのですから。ね、ルーシー?」


 やわらかな声色で告げる、とんでもない嘘。

 教師はあんぐりと口を開けたが、同時に廊下からも黄色い悲鳴があがった。どうやら大勢がこのやり取りを盗み聞きしていたらしい。



  ✻ ✻ ✻



「どうして、あんな嘘を」


 ルーシーは小声で抗議した。

 ここはなんとゴールドウィン侯爵家の馬車の中。呼び出しのせいで帰りが遅くなったので送る、とアーサーに無理やり乗せられたのだ。

 落ち着かないのは慣れない豪奢な造りのせいか、密室にアーサーと二人なせいか。美形な侯爵子息は余裕の顔でうそぶく。 


「……まあ、面白いからかな」

「最低です」


 あの言い方だと、ルーシーから寄せられる好意をアーサーも受け入れていることになってしまう。黄色い悲鳴はそのせいだ。

 まったく、明日からルーシーに向けられる視線をどうすればいいのか。取材を邪魔する気か。


「君は言ったね。事実は人を助けると。だけど嘘だって同じだ」

「そりゃまあ、新聞部は助かるかもしれませんけど」


 アーサーから出た熱愛宣言もどきで毒気を抜かれた教師は、処分保留のままルーシーを帰してくれた。ルーシーとしてもありがたいことはありがたい。だが納得できずムスッとしているルーシーに、アーサーはいたずらな目を向けた。


「――で、話を戻すが」

「え、どこに戻すんです」


 キョトンとするルーシーを見て、アーサーは嬉しそうだ。ここまでだいたい会話の主導権を握られてきたから。


「洗脳、てところに戻ってくれ。殿下の行動がおかしい理由についてだ」

「ああ」


 呼び出し直前の話だ。

 ローランド王子は何故クララの話を信じ、彼女に都合のいい行動をするのか。このままいけばキャサリンとの婚約を破棄しクララとの仲を深めてしまうかもしれない。


「私もいつもの殿下は思慮深い人だと思います。だから今は――クララさんに操られてるみたいに見えて」

「うーむ。だが人を操るなんて可能だろうか。クララは癒しの聖力がとても強いが……心にまでそれが及んでいるとか?」


 アーサーのその推理に、ルーシーは膝を打った。


「心への癒し……それ、いいセンです!」

「そ、そうかな」

「はい……てことは、他に例がないかどうかクララさん周辺に探りを入れてみようっと」


 褒められてまんざらでもなさそうなアーサーを放っておき、ルーシーは取材計画を練り始めた。



  ✻ ✻ ✻



 結果、クララには親友がたくさんいることがわかった。

 話を聞いた誰もが自分はクララの親友だと自認しているのだ。クララとは心の奥の繊細なことまで分け合う仲だ、と。


「完全に心に忍び込む力を持っているじゃないですか。聖力ってそんなことできるんですか?」

「いや……初耳だ」


 今日はキャサリンも交えて談話室に三人が集まっていた。さすがにアーサーも公爵家令嬢を新聞部の部室に押し込む気にはならなかったので手順を踏んだのだ。


「ということは、ローランドさまもクララさんに心を捕らわれているのですね」


 キャサリンは絶望の表情になった。長らくともに歩んできた婚約者がそんなことになって、さぞつらかろう。


「捕らわれるというか……依存みたいなものじゃないでしょうか。〈親友〉さんたちが言うんですよ、『クララに触れられると安らぐ』って」

「安らぐ?」

「聖力が及んでいるのは間違いないと思います。クララさんは心を癒してるんです」


 最初はちょっとした体の不調を癒そうとしたのかもしれない。そうして触れた手が、相手の心の弱った部分に聖力を届け、癒す。そして誰もがクララに心を寄せていった。

 解説されて、アーサーは頭を抱えた。


「大変な力じゃないか」

「そうですよ、殿下を篭絡しちゃうんですからね。殿下にも何か悩みとかがあって、それを癒してくれるクララさんに依存していったのではないかと」

「ローランドさま……」


 キャサリンは痛々しげにつぶやく。

 真面目なローランド王子のことだ、一国の王子としての責任を感じ常に張りつめていたのだろうと推測できる。同じく重い立場にあるキャサリンにそれを打ち明けなかったとしても、それはきっと優しさから。


「――だけどおかしいんですよね」

「どこがだ」

「クララさんは、立身出世とか望むタイプじゃなさそうで」


 キャサリンとアーサーは顔を見合わせた。どちらもクララ本人とはあまり接点がない。


 ローランド王子とキャサリンの仲を裂く目的、といえば。

 普通に考えればクララが婚約者に成り代わり、ひいては妃になりたいのだと推測される。

 でもクララはド庶民の出だ。上流階級のしきたりに馴染めず、ささやかな暮らしに戻りたいとしきりにこぼしているらしい。


「心を通じ合わせた親友たちが言うんですから、嘘じゃないと思います。それに貧しい時代の幼なじみたちからの贈り物を大切にしているのも本当です。贅沢したいわけじゃなさそうですよ」

「……じゃあ何が目的なんだ」

「わかりません」


 ルーシーは難しい顔で考え込んだ。

 取材できるのは事実だけ。人の心の奥を語ろうとすれば、それは客観的な記事ではなくなってしまう。


「よし」


 アーサーは大きくうなずくと言った。


「本人に突撃しよう」

「はい? アーサーさん、そんな」

「ルーシーの取材もそろそろ限界だろう。あとは皆でやろう。殿下もクララも集めて、大暴露大会を開催だ」


 ぽんぽん。

 アーサーはルーシーの頭をやさしくなでる。いきなりそんな仕草をされて、ルーシーはものすごく嫌な目をした。


「さわんないで下さい」

「うん、やはり僕には癒しの力はなさそうだな」

「めちゃくちゃ気持ち悪いです。あと、取材の限界とか言わないでくれますか」

「限界だろう? 昼間は授業そっちのけで駆けずり回っていて、夜中に勉強しているじゃないか」

「そりゃ有利な就職のためには成績落とすわけにいかないので。ていうかなんで知ってるんです」

「ただの勘だよ。ほら、目の下にくまができてる」

「だから、さわんないで下さいってば!」


 二人のやり取りで、キャサリンは目をしばたたいた。アーサーが女性に対してこんなに距離を縮めるのは見たことがない。

 熱愛宣言はもしかして真実なのかしら。キャサリンは友人の春をそっと祝福した。



  ✻ ✻ ✻



「クララが……私を洗脳だとっ」


 王族専用サロンに集まった関係者の前で、ローランド王子は絶句した。

 ルーシーが導き出した「聖力による心への癒し、結果としての依存」という推論を、アーサーが話して聞かせたからだ。アーサーの言ならば王子も聞くしかない。


 この場にいるのは五人だけ。

 ルーシー、アーサー、キャサリン。そしてローランド王子とクララだ。

 もしクララの力が思った通りのものならば、外部に広まってしまっては困る。


「洗脳は言いすぎかとも思っています。魅了とか、過度の共感とか、そういうものですよ」


 ルーシーはしゃべりながらクララの反応をじっと注視していた。話が進むにつれ青ざめていき、今やガタガタふるえている。


 クララは、先日訴えた事件への反証だけだと思ってここに来たのだ。

 アリバイの証人がいるとしても、呼び出しがショックで日時の記憶があいまいだとでも言えばなんとかなると考えていた。なんといってもローランド王子はクララの味方なのだから。

 なのに、そのローランド王子との絆が壊されてしまった――。


「クララ……」


 ローランド王子が苦しげに名を呼ぶ。みずからの行動や思考回路に違和感を覚え始めたのだった。


「君は、私にそんなことを」

「違います……!」


 責める口調のローランドに耐えられなくなり、クララが悲鳴のように言い返す。


「いえ、違わないけど……キャサリンさまとの間を引き裂こうだなんて思ってなかった……!」


 ワッと泣き出したクララはか弱い少女でしかない。クララを囲み、全員が困惑していた。



  ✻



「皆さんは、人が死んでいくのを見たことありますか」


 泣きはらした顔で語りだしたクララが、まず口にしたのはそんな問いだった。


「わたし、聖会に所属してすぐ国境に連れていかれたんです。聖なる結界の見学に」


 それは、ただの見学のはずだった。しかしちょうどそこに魔物が襲来し、護衛の王国軍と戦端が開かれてしまったのだ。

 初心者のクララが矢面に立たされることはなかった。だが前線で癒しの加護をほどこして回るベテランたちや傷ついて倒れる兵士たちの姿は、少女にとって大きな衝撃だ。

 そして――不意打ちの初撃を食らって後ろに運ばれていた聖人が目の前で息を引き取ったことで絶望したのだという。


「みんなで癒しを重ねました。でもダメだった。聖女として働いていたら、わたしもいつかこうなるのだと思ったら……怖くて」


 学園に入って、そこにいる者たちの優雅さにも腹が立った。この人たちが魔物と対峙することなど一生ないのだ。


「ずるいなって。聖力があるばっかりに、わたしは魔物の前に立たされる。なら聖力なんていらない。貧民街に暮らすままでいたかった……」


 クララが実家を恋しく思っているのは事実だったらしい。理由がちょっとルーシーにも予想できないものだったが。

 ならば何故、ローランド王子に近づいたのか。


「殿下の大切な人になれば……危ないことはやらされないだろうと」


 別に妃になりたいとは思わなかった。王子ともなれば、愛人の一人や二人いてもいいんじゃないか。そういう立場になれたらと考えたのだ。


「ローランドさまは、そんな不誠実な方ではありません!」


 キャサリンは泣きそうになりながらクララをさとした。

 この優しいご令嬢はとっくにクララに同情している。クララがしたことはよくないが、突然置かれた境遇に怯えてしまうのは理解できた。


「わたくしたちが安全な場所にいるというのは、そうかもしれません。でもねクララさん、貴族の男には戦う義務があるわ。そして貴族の女は、生き方を選ぶことができない。それぞれの立場で誰もが戦っているの。それを知ってちょうだい」

「キャサリンさま……」


 気高くて教養もそなえた公爵令嬢の言葉はクララに届いたようだ。唇をかんでうなだれてしまう。

 罪を認めたクララを見つめ、ルーシーは静かに声をかけた。


「死にたくないって思うのは悪いことじゃないです」


 クララがゆっくり顔を上げる。そこにいるのは聖女でもなんでもない、かわいそうな少女。


「皆が弱い部分を持っている。クララさんもそういうのに共感して引っ張られたのかもしれないですね」

「そう……思ってくれますか」

「ええ。でも今回の件はとにかく雑でした。やるならとことんやらなきゃダメです」

「やめろルーシー」


 アーサーが渋い顔でコツンと頭を小突いた。ルーシーはその手を振り払う。


「クララさん、せっかくの才能なんだから活かせばいいんですよ。ただの聖女にしておくのはもったいない」

「なに?」


 ルーシーが言い出した先が読めなくて、全員が怪訝な顔をした。ルーシーは力強く言い切る。


「クララさんも官僚を目指しましょう!」

「かん……りょう……わたしが?」

「そう。その魅了というか共感というか、ぶっちゃけ洗脳でもいいんですけど――交渉ごとに最強だと思うんですよね」

「その手があったか!」


 叫んだのはアーサーだ。納得して笑いが止まらなくなる。


 たとえば利害の対立する隣国。外交団の一員としてクララが加わっていれば、初っぱなの握手の段階から相手にこちらの要求を強く刷り込むことができるのだ。


「なんという……!」


 ローランド王子もほとほと感心したという風情になった。まだぼう然としているクララ本人に、ルーシーはニヤリと笑いかける。


「私も宮廷で活躍するのを狙ってるんで。どう? 一緒にお勤めしましょうよ」

「わたしが……」

「そうしたらたぶん、前線には行かないですむでしょう? 自分の望む生き方は、自分の手で勝ち取らなきゃ!」


 どこまでも前向きなルーシーの心の輝きにあてられて、クララはまぶしそうに目を細めた。



  ✻ ✻ ✻



「こんな記事、出せるわけないだろう」


 新聞部の部室で、アーサーは一枚の号外を机に放り投げた。

 そのタイトルは「ローランド王子・婚約破棄騒動の真相――聖女と依存の心理学」。


「学園側にはかるまでもない。発禁だ!」

「ええぇーっ!」


 今日もルーシー以外の部員はいない。ルーシーの新記事という情報にアーサーが部室へ駆けつけたら、全員が自主的に出ていったのだ。

 だがルーシーにとって発禁処分は、部員退去以上の横暴。アーサーに恨みがましい目を向ける。


「なんで邪魔するんですか」

「邪魔してるわけじゃない。こんなもの世に出したらルーシーがつぶされるぞ」

「え」


 はあ、とため息をついてアーサーは立ち上がった。ルーシーの椅子に歩み寄る。


「王子の婚約や結婚が高度に政治的なものなのはわかるな?」

「馬鹿にしないで下さい。だからこそオープンに論じるべきだとの主張を盛り込みました」

「聖力の応用というのが非常にまれな状態なのは」

「知ってます。だからかなりボカシて書いたつもりですよ」

「まあそれは認める。何も知らない一般人になら、ギリ読ませられるとは思った」

「なら」

「これは学園新聞だろうが!」


 アーサーはガツンと怒鳴る。

 ローランド王子が婚約破棄を言い立てたあの日から、生徒たちは息をひそめて成り行きをうかがっていた。そこにこんな燃料を投下したらクララの能力が白日の下にさらされるも同然。それではルーシーが聖会を敵に回すことにもなりかねない。生徒たちに口外を禁じて事を進めたアーサーの努力が水の泡だ。


「まったく……危なっかしい」


 アーサーは座っているルーシーの上半身をそっと抱き寄せた。

 いきなりの行動に硬直したルーシーは目玉をひんむいて動けなくなった。男に不慣れなルーシーに、アーサーは容赦しない。


「ルーシー、僕に興味はないかな?」


 笑みを含んだ声に、ルーシーは必死で言い返した。


「……取材ならいくらでもしますよ?」

「だろうね。そうじゃなくて、僕個人への興味のことなんだが」

「っ……とりあえず放して下さい。邪魔です」

「ひどいな」


 アーサーが腕をゆるめると、それを突き飛ばすようにしてルーシーは逃げる。ドアの方へ。だがノブに手をかけた時、タン、とアーサーの腕がルーシーを閉じ込めた。


「逃げるのなら――」


 ドアとアーサーの胸板に挟まれて、ルーシーは真っ赤になる。


「もっと邪魔することにしよう」


 甘いささやきはやっぱり横暴だ。

 返事のできないルーシーの背中、ドアの向こうで「ひあぁぁ……」「ふぐぅっ」と妙なうめき声がする。ルーシーは腹立ちまぎれに叫んだ。


「ぬ……盗み聞きしてんじゃないわよ!」

「おや、自分が取材されるのは嫌だなんて我がままだな」


 アーサーはどこまでも楽しそう。その言い分にルーシーは反論できない。


 でも誓った。

 ――いずれ理論武装してアーサーを言い負かしてやるのだ!



  了


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