突然の婚約 2
キリアンとのダンスは、驚くほど踊りやすかった。
彼のリードはハンスのそれとはまるで違っていた。力強くも繊細で、私がただ身を委ねていれば、自然と足が動く。安心感さえ覚えるほどに、完璧だった。
「……ハンスのことが気になる?」
耳元で静かに囁かれた言葉に、ぎくりとする。
確かに私は、キリアンと踊りながらも、何度も視線を壁際へと流していた。そこではハンスとルイーズが、楽しげに顔を寄せ合って笑い合っている。
キリアンに、その視線がバレていた。
彼の顔を見上げると、穏やかな微笑みの奥に、ほんのわずかな翳りが浮かんでいるように見えた。
「……いえ、そんなことは……」
「無粋な質問だったね。婚約者なんだ、気になって当然か」
そう言った瞬間、彼の手が私の腰をぐっと引き寄せた。距離が一気に縮まり、吐息がかかるほどの近さになる。
「……それとも、本当に彼のことが好きなのかな?」
意地悪く、けれどどこか試すような声音。
――ハンスのことは好きじゃない。でもここで否定するより、「好き」と言ってしまったほうが、後々都合がいいかもしれない。
私は思い切って、大きく頷いた。
「………ふうん」
キリアンは一瞬、目を細めた。
納得したようで、どこか納得していないような、複雑な表情を浮かべながらも、それ以上追及はしてこなかった。
ただ、曲が終わるまで、彼の手は私の腰から離れることはなかった。
※※※※
王城の舞踏会で、ハンスとルイーズのあまりに親密な姿を目撃してから、早くも半年が過ぎていた。
それまでは婚約者としての義務として、ひと月に一度は必ず顔を合わせていたのに、もうずっと会っていない。
ハンスと取るにたらない話をしたり、歌を聴いてもらうことは、貴重な時間だったと今になって分かる。
幼馴染みたいな相手に会えない寂しさは、思ったよりも胸に染みてくるものだった。
そんなある日、父に呼び出された。
「ソフィア、侯爵家に二通の手紙が届いている。どちらもお前に関するものだ」
父の声はいつもより重く、表情は厳しかった。
「まず、アイゼンハルト伯爵家からだが……ハンスが、ルイーズ公爵令嬢を妊娠させたそうだ」
瞬間、世界が音を失った。
「………!?」
青ざめるのも忘れて、ただ呆然と父の顔を見つめる。
確かに、あの夜の二人はとても仲睦まじかった。でも、まさかそこまで――。信じられない思いが、喉の奥で固まる。
そして同時に、頭をよぎったのはキリアンの顔だった。
あの穏やかで、少し寂しげな微笑。ルイーズを見つめる柔らかな眼差し。キリアンは、きっと彼女を……。
胸が締めつけられるように痛んだ。
「……それから、もう一通。王家からだ」
父はさらに重い声で続けた。
「お前を、王太子の婚約者として正式に推薦したいそうだ」
一瞬、耳が疑った。
目を見開き、息を呑む。
――これは、まるで運命が、残酷な冗談を仕掛けてきたかのようだった。




