突然の婚約 1
王宮の大広間は、光の海だった。
天井に連なる無数のシャンデリアが放つきらめきが、磨き上げられた大理石の床に降り注ぎ、まるで夜空に星を散らしたかのように揺れている。
その中央で、優雅なワルツの調べに合わせて、私の婚約者――ハンスが踊っていた。
相手は公爵令嬢ルイーズ。
ハンスの熱っぽい視線が、彼女の白い首筋をなぞるように絡みつく。ステップを一瞬踏み外した瞬間、ルイーズの鋭い視線が彼を射抜いた。
けれど、ハンスは怯むどころか、むしろ嬉しそうに口角を上げ、蕩けたような笑みを浮かべるのだ。
ルイーズもまた、そんな視線に抗えず、頬を淡い桜色に染めて目を伏せた。
(……ツンツン令嬢とデレデレ男子。実に微笑ましい組み合わせね)
私とハンスは婚約者同士。
けれどそこに恋愛感情は一片もない。
ハンスにとって私は好みのタイプでないらしいし、そもそも私自身、16歳になっても誰かを好きになるという感覚が未だにさっぱり分からない。
私の本音としたら、両片思いにみえる2人を応援してあげたいところだけど……。
「でも、ルイーズ様は……、王太子殿下の婚約者なのよね」
小さな呟きが、口から漏れた。
「君も、ルイーズとハンスがお似合いだと思う?」
「………っ!?」
背筋が凍った。
誰もいないと思っていたのに、すぐ横から、静かで、でもどこか哀しげな声が降ってきたのだ。
振り向くと、そこにいたのはキリアン王太子殿下。水色の瞳が、遠くで踊る二人をじっと見つめていた。
初めての会話が、こんな失礼な内容だなんて。
血の気がひいたのが、自分でも分かる。
「……申し訳ありませんっ!その、他意はないのですっ……!!」
慌てて頭を下げると、キリアンはゆっくりと視線を私に移した。
「1人目の婚約者は病死。2人目は精神的な病で田舎へ。ようやく3人目を見つけたと思ったら、別の男に心を奪われてしまった」
眉毛が困ったように八の字になり、悲しげな瞳が私を見つめてくる。
細く高い鼻梁、薄い桜色の唇は、どこか女性のように柔らかく、しかしその輪郭は確かに男性のもの――中性的で、まるで神話に出てくるエルフのように美しかった。
「ソフィア嬢」
名前を呼ばれて、肩がビクリと跳ねた。
「私を慰めると思って、一曲だけ踊ってくれない?」
「そ、そんな……恐れ多いことです!!」
「どうして?身分の差が気になるのかな」
彼は柔らかく首を振った。
「私の母親は隣国の平民出身だよ。君は侯爵令嬢だ。なんの問題もない」
そう言うと、キリアンは片膝をおり、白い手袋をした手を差し伸ばしてきた。
「……ソフィア嬢、私と一曲お願いします」
王太子にそこまでされたら、その手を取るしかなかった。




