発艦の号令、戦艦の咆哮
ブリッジではテリーとマリーを残し、他の乗員が次々と発艦デッキへと向かっていく。その瞬間から、空気が一変した。日常の名残を一切断ち切るように、艦内は一気に“戦闘モード”へと移行する。
テリーはホロディスプレイに指を走らせる。その巨体からは想像できないほど滑らかに、そして正確に指が舞い、声と共に各種操作を進めていく。
「ブリッジ降下、戦闘モードに移行。QE戦闘数値、固定。複合ビームシールド、展開。後部スラスター、戦闘出力へ移行」
指示に応じ、戦艦ボガードの構造が変形を開始する。紅と蒼の塗装が施された流線型の船体。その両翼部に備えられたQE推進スラスターが唸りを上げ、船体の後方にスライドして配置されると、構造全体がより鋭く、攻撃的な形状へと再構成されていく。
戦闘時には船体後部が可動し、推進効率を最大化。さらに、全面複合ビーム装甲を展開することでシールドの効果を最大化させていく――ボガードは戦艦でありながら“変形艦”でもあった。
「操艦モードから疾走モードに、シート変形」
前のマリーが静かにそう言うと、彼女の操縦席が変形を開始する。通常のコマンドシートが分離し、バイクのような低姿勢のライディングポジションへと変形。彼女は息を吐く間もなくアクセルをひねり、戦艦の挙動に直結する操作系を制御下に置く。
その刹那、エンジン基部からQEコアの音が重々しく鳴り始め、船体全体を震わせるような波動が艦内に伝わる。
しかし、テリーはまったく動じない。次々とホロディスプレイを切り替え、攻撃モードへの完全移行を無駄なく進めていく。
「湾曲量子ビーム砲、カバー展開確認。第一から第六主砲、発射姿勢完了。後部垂直ミサイル発射管、第一から第十、装填完了――ボガード、戦闘モード移行完了」
その報告と同時に、ブリッジ全体の照明が落ち、作戦開始の静かな幕開けが訪れる。
戦闘ブリッジが暗闇に包まれたまま、テリーは操作パネルの一つに手を伸ばす。通信モジュールを起動し、艦内広域チャネルを開くと、静かに告げた。
「いいか、一撃を入れた後、順次発艦させる。順番はマイとノア、ギールとシゲ爺だ。左右のリニアカタパルトでスタンバイ」
ホロディスプレイには、発艦デッキの様子が多角的に映し出されていた。ドローンが武装を運搬し、それぞれの機体へ正確に取り付けていく。警告灯がゆっくりと点滅を始め、各機の発艦シーケンスが起動されているのが見て取れた。
「あなた、射程圏内に入ったわよ」
マリーが前方視界を注視しながら、落ち着いた声でテリーに伝える。
その声を受け、テリーの目が鋭く細められる。
次の瞬間、再び通信が走った。
「始めるぞ。準備はいいな?」
『お父さん! 早く早く! 我慢できないって!』
マイの明るくせっつくような声が、艦内に一瞬の笑いをもたらす。
だがその直後、打って変わって重みのある声が静かに響いた。
『天網恢恢、生滅滅已――全ては我らの掌の上じゃよ』
シゲルの声音は穏やかでありながら、言葉の奥に“執行者”としての決意がにじむ。
そして、ギールがブリッジへ顔を向け、静かに語りかけた。
『今日は、ノアを含めた初依頼になる。いいかい、ノア。君はこの作戦でアタッカーだ。――好きに、思い切り暴れてくれ』
『はい。ノア、いつでも大丈夫です』
その返答は落ち着きながらも、どこか凜とした緊張を含んでいた。
『足手まといになんじゃねえぞ! 調子乗って私より先行すんなよ!』
マイのやんちゃな声が再び飛び込み、皆の気持ちを軽く浮かせる。だが、そこには仲間を想う“気遣い”が確かにあった。
そして――
ギールの声が、発艦直前の艦内にしんと響いた。
『――さあ、狩りの時間だ』
その呟きが合図となった。
テリーの指が滑らかに操作パネルをなぞり、攻撃モードを解除する。
「主砲一番から六番、斉射準備。ミサイル発射管、第一から第十、即時発射――攻撃開始!」
その声と同時に、戦艦ボガードの側面からスライドして現れた湾曲主砲が、青い光を帯びながら次々に発光する。
巨大なレンズのような構造体から放たれた量子ビームは、曲線を描きながら空間を滑り、敵戦艦の装甲を貫いた。
発射された主砲の反動が艦体にわずかな“のけぞり”を生じさせ、船体の巨大質量が微かに軋む。慣性制御装置が即座に艦のバランスを取り戻すも、その一瞬の揺れが、ボガードという巨獣の“重み”を鮮烈に刻みつけた。
続いて、垂直発射された十発のミサイルが弧を描きながら宙を旋回し、各ターゲットへ一斉に突入。閃光と爆音が連鎖し、敵艦の輪郭が激しく揺れる。
「敵マーク1、マーク2、撃沈確認。カタパルト発艦開始!」
テリーがそう告げると同時に、左右のリニアカタパルトが光を放ち始める。機体ごとのロックが外れ、次々と発進軌道へ移動を始めた。
ノアたちの機体が順に宙へと飛び出していく。
――宇宙へ。
「発艦確認。カタパルト閉鎖。支援砲撃に入る。マリー、いつも通り戦艦の動きは任した」
「ええ。腕が鳴るわね」
マリーが低く笑みを浮かべる。
その手には、すでに戦艦ボガードという猛獣の舵が完全に握られていた。




