異形の機体と出撃の刻
ブリッジを後にし、マイを先頭に通路を抜けていく。微かに振動する床、開閉する各区画の扉、次々と現れる艦内表示を横目に、ノアたちは艦の中央部に位置するパイロットデッキへと向かっていた。
扉が開くと、薄い蒼光に包まれた広い発艦デッキが現れる。無数の補助リフトとドローンが待機し、天井に取り付けられた照明が艦内のざらついた空気を白く染めていた。
ノアは視線を巡らせながら、各々の機体が配置された格納スペースへと足を進める。機体識別用の赤いラインが床に沿って伸びており、その先に見慣れない“バイクのようなシルエット”が浮かんでいた。
――それはマイの愛機。
どう見ても、いわゆる“機動兵器”とは呼び難い形状だった。むしろ、戦闘機の機能を備えたモンスターバイク。いや、正確には“前輪付きバイク”に“戦闘機の後部ユニット”を強引に継ぎ足し、さらにその接合部から変形機構が展開されて――逆関節風のスラスターが横座りしているという異様なフォルム。
(なんだこれ……いや、ちゃんと武装も推進機もあるし、格好良くまとめようとしてるのは分かるけど……これをアヤコさんが設計したってマジで?)
戦闘力と趣味性を無理やり同居させたようなこの機体には、ピンクを基調とした塗装が施されていた。曲線の多い装甲ライン、機首には白地の可愛らしいクマのマーク。そしてその横には、筆記体で飾られた一文。
《One hit kill》
その文字は、可愛さと殺意のアンバランスをこれでもかと訴えかけてくる。
(……しかもフォント、やたらオシャレだし……なんだこれ、ギャップの暴力ってやつ……)
思わず見惚れてしまったその瞬間、マイが腰に巻いていたパイロットスーツをバサリと解いた。
そのままくるりと体を反転させ、手際よくスーツの袖を通していく。浮遊姿勢のまま、ぶかりとしたパイロットスーツが音もなく体に沿って締まり、背中がくるりとノアの方へ向けられる。
――そこには、機体と同じくピンクの“クマ”と《One hit kill》の文字が可愛らしくプリントされていた。
(背中にもあるんかい!)
つい突っ込みたくなる気持ちを押し殺していると、マイがゆっくり振り返る。睨むような視線、そして“なにか文句ある?”と言いたげな不機嫌顔。そのまま、ふんと鼻を鳴らして機体へと乗り込んでいった。
(なんでこっちが悪いみたいな空気になるんだよ……いや、怒ってないし、むしろ尊敬すらしてるけど……)
気まずさを拭い切れぬまま、ノアは視線を横に滑らせた。
その先に佇んでいたのは――藍色の装甲に包まれた、どこか異様な重厚感を放つ巨体だった。
藍色の塗装は落ち着いた光沢を帯び、鋭利なラインと鈍重な量感を併せ持っていた。ひと目で分かる――これは、戦場での支援や中距離火力戦を前提に設計された“火器特化型”。
肩上部と大腿部にはコンテナ式の多連装ミサイルポッドが内蔵され、肩の両側面には両腕の長さに匹敵する二連量子ビームキャノン。そして背部ユニットには、長大なスナイパータイプの主砲――大型量子ビームキャノンが鎮座していた。
さらに目を引くのは両腕の武装。右腕には多連ビームランチャー、左腕にはビームガトリングが固定され、腰部ユニットにはビームガンが左右対称に装備されている。
全方位、死角なしの火力偏重設計。
(まさかこれ……シゲ爺の機体……?)
そのあまりの重武装ぶりに、ノアは思わず呆然と立ち尽くす。
優雅で謙虚な老紳士――という印象のシゲルが、こんな機体に乗り込むとは到底思えない。見た目の雰囲気も、乗る機体も、あまりに剥離している。
(いやいや、これマジで動くのか? どう考えても積載過剰じゃ……いや、逆にこの見た目で高速旋回とかし始めたら……怖すぎる)
浮かび上がる数々の想像に、喉の奥が詰まるような感覚すら覚えていたそのとき。
「どうした?」
背後からふいに声を掛けられ、ノアは思わず肩を揺らした。
振り向けば、そこにはギールがいつもの柔らかな表情で立っていた。気負いのない佇まいだが、目元は周囲を冷静に把握しているリーダーのものだった。
「いえ……人のこと言えないんですが、こうもまあ、変わった機体が多いと……」
少し困ったように笑いながら、ノアは目の前の光景を改めて見渡した。
ピンクの暴走バイク型機体に、量子火器まみれの重武装砲台。これだけでも十分すぎるほど個性派揃いだ。
するとギールがくすりと笑い、肩を竦めた。
「そうだね。一応言っておくけど――俺のは特に変じゃないからね?」
ギールの何気ない一言に、ノアは思わず頬を緩めた。
張りつめていた神経が、少しだけ和らぐ。笑みを浮かべたまま、ギールがふわりと浮遊姿勢のまま持ち場を離れ、ゆるやかに滑るように自機へと向かっていく。
その後ろ姿を目で追いながら、ノアも足を踏み出す。
格納エリアの一角――そこに佇んでいたギールの機体は、ある意味で“この中では最も異質”だった。
というのも、それは“まとも”すぎたのだ。
黒を基調としたボディに、銀の差し色が絶妙なバランスで配されており、無駄のないシルエットが美しかった。曲線と直線を滑らかに融合させた装甲ライン。肩部と脛部にはコンパクトなスラスターが内蔵され、推進力と制御性を両立していることが見て取れる。
両腕にはビームシールドの発振ユニットが装備され、腕の甲にはビームセイバーの発信口。さらに腰部には、対装甲戦闘を想定した大型のビームソードがマウントされていた。
スラスター配置と脚部バランサーの構造から察するに、重力下での運用も想定された“汎用性の高い高速戦型”――洗練された、いかにもギールらしいスタイルだった。
機体の頭部ユニットには戦術用ホロセンサーパネルが多層展開されており、後衛から戦況を俯瞰し、仲間へ即座に指示を飛ばすための設計になっている。単独戦闘にも対応できる構成だが、あくまで彼の主戦場は“指揮席”なのだ――この機体は、その立場を体現していた。
「普通の機体なのに、この中だと浮くな……」
ノアは苦笑しながら呟く。ピンクの暴走バイク型機体に、火器まみれの重武装砲台、個性爆発の設計群の中で、ギールの機体だけが明らかに軍用に近い“正統派”だった。
だが――それは、ギールがリーダーである証でもある。
戦場を俯瞰する目と、仲間を支える技量。その全てを支えるために選ばれたのが、この機体なのだと、ノアは思った。
やがて彼は、自身の搭乗機の元へと歩みを進める。
そこに立っていたのは、まるで別世界から現れたかのような異形の機体――アルカノヴァ。
白を基調に、鮮やかな青と赤、そして深い黒が滑らかに交差しながら、戦場に似つかわしくないほどの美しさを放っている。まるで“神話的存在”を金属で象ったかのように、異彩を放っていた。
装甲は鋭角的で、曲面の優雅さを一切持たない。各部に刻まれたエッジと棘のような意匠は、獣の外殻――あるいは捕食者の骨格を連想させる。
そして随所に走るオレンジのラインが、まるで内側に脈打つエネルギーの流れを象っているかのように明滅していた。
頭部には大きく展開可能な二対のアンテナが生えており、その間からは細い視光が脈動している。赤く冷たいバイザーの奥には、まるで感情を持った“何か”が見返してくるような錯覚さえあった。
両肩には黒いウイングブレード。まるで切断のために存在するかのような鋭さを湛え、静止状態でありながら周囲の空間を圧迫している。
背部の中央に組み込まれた推進兼高出力ブースターユニットは、軍用設計とは明らかに異なる独自構造をしていた。形状は非対称、だが機能美に溢れている。その周囲には複数の小型スラスターが散るように配置されており、それぞれが個別制御されるよう設計されている。
そのすべてを囲うように存在していたのが、六枚の展開式ブレード。今は静かに閉じたまま、翼のように折り畳まれていた。
そして一番異質なのは、この機体は――“生きている”。
(……やっぱり、どこから見ても普通じゃない)
ノアは一歩前に出て、手を差し出した。
指先が装甲に触れるほんの刹那、胸の奥で何かが小さく脈打つのを感じる。音ではなく、肌の下に広がる共鳴のような気配。それはまるで、自分と機体が繋がった瞬間を知らせるかのようだった。
マニュアルも、設計図も存在しないこの機体――だがノアにとっては、何よりも確かな“相棒”だった。
すっとコクピットハッチが開き、ノアは浮かぶような動作で中に滑り込む。
座席は身体に吸い付くようにフィットし、スターターを押すと、装甲全体に静かな光が走った。赤い視光がヘルメットの奥を照らし、ホロディスプレイが一斉に立ち上がる。
(大丈夫。行こう、アルカノヴァ。もう僕たちを支配する存在なんて、どこにもいない)
心の中で言葉を送ると、機体の“瞳”が淡く光った。意志を持つかのように、ノアの覚悟に応えるように。
その瞬間、通信が鳴る。
『いいか、一撃を入れた後、順次発艦させる。順番はマイとノア、ギールとシゲ爺だ。左右のリニアカタパルトでスタンバイ』
テリーの声が冷静に響き、発艦準備が一気に現実味を帯びる。格納庫上部では、ハンが操作する整備ロボが素早く動き出し、武装格納庫から次々とドローンが発進していく。
『マイはいつも通り、メガショットガン二丁を両手に、自動レーザーポッドを上部に――で、ええな?』
『OK!』
マイの声はどこか弾んでいた。発艦前の高揚と、戦場への渇望が混ざり合ったようなトーン。
ノアのホロディスプレイに、マイのコクピット内映像が共有される。
跨るようにして座るバイク型のシート。その姿勢のまま、彼女は口角を上げて武装を迎えていた。
(ほんとに……バイク型なんだ……)
思わず呟くように思考が漏れた。戦闘用とは思えないそのコックピット設計に、ツッコミたい気持ちを抑えきれない。
ドローンが到着し、ピンクの機体に次々と装備がマウントされていく。メガショットガンを両手に持ち、背面には丸みを帯びたレーザーポッドが鎮座。そこだけ見れば、確かに“いつも通り”らしい。
続いて、ハンの声が通信に乗って跳ねた。
『シゲ爺。今日はどないする?』
『リニアカノンで良いじゃろ』
穏やかだが断言するような声。
(はっ? 今の火器にさらにリニアカノン追加……!?)
ノアの顔が明らかに引き攣る。
『大型? 通常?』
『大型が良いかの』
そのやり取りの直後、大型のドローンが二台連携しながら、長大な砲身をゆっくりと吊り下ろしていく。シゲルの機体に装着されるその瞬間、格納庫内の空気がさらに重たくなったような錯覚すらあった。
ノアは言葉を失い、ディスプレイの表示に目を疑い続ける。
(あれに……まだ追加するんだ……?)
そんなノアの動揺をよそに、ハンの通信はあっけらかんと続いた。
『ギールは、いつものやつで?』
『ああ、いいよ』
それだけで話が通じてしまうあたり、信頼と実績がにじむ。
ドローンが運んできたのは、シンプルなビームライフルと、連射対応のビームマシンガン。
無駄のない設計、過不足ない火力、そして取り回しの良さ――
だがノアは、思わず呟いてしまう。
(普通だ……普通だけど、この中だと……逆に異質すぎる!)
全機の武装搬入が完了した直後、整備区画から通信が再び入る。
『ノアは……ホンマに武装、要らんの? 後から“あれください”言うても知らんで?』
ハンの声はいつも通り軽快だったが、どこかに本気の心配が滲んでいた。
その問いに、ノアはホロパネル越しに真っ直ぐ応じる。
「ええ。僕は……大丈夫です」
静かに、けれど迷いのない声。
アルカノヴァは武装がないわけではない。ただ――それが他の機体とは“違いすぎる”だけだ。説明しても、理解されるとは限らない。されなくても、自分が信じていればいい。
マイの機体は一撃離脱で接近し火力で敵を薙ぎ払い、シゲ爺は火器の嵐で制圧する。ギールは味方全体を支えるために、正確さと安定性を選んでいる。
だがアルカノヴァは違う。武器を“装備する”のではなく、“備わっている”。必要なとき、必要なものが、自然と呼応して現れる――そういう存在だ。
『……しゃあないなあ。けどほんま、覚悟しときや』
ハンはそう言い残すと、全ドローンの回収を指示し、整備ロボごとデッキから退いていった。戦場は、もうパイロットたちの手に委ねられたのだ。
そして、ブリッジから重みのある声が響く。
『始めるぞ。準備はいいな?』
テリーの確認が静かな緊張をもたらす。
すかさず飛び込んできたのは、娘のマイの勢いある声。
『お父さん! 早く早く! 我慢できないって!』
コックピット越しにも笑みがこぼれそうなほど、はしゃいだ声。緊張をかき消すかのように響くそのテンポに、艦内の空気が少しだけ柔らぐ。
だが続くのは、まるで真逆の静けさを携えた声。
『天網恢恢、生滅滅已――全ては我らの掌の上じゃよ』
シゲ爺の呟きは、詩のように静かでありながら、確かな重さを持っていた。空間を切り裂くようなその声音に、一瞬、全員が無言になる。
やがて、その沈黙を破るように、ギールが穏やかな声でノアに呼びかけた。
『今日は、ノアを含めた初依頼になる。いいかい、ノア。君はこの作戦でアタッカーだ。――好きに、思い切り暴れてくれ』
その声には、信頼と任せる覚悟が込められていた。
「はい。ノア、いつでも大丈夫です」
ホロディスプレイ越しに軽く頷きながら、ノアは自らの覚悟を内に固める。
その直後、いつもの調子でマイの声が通信に割り込む。
『足手まといになんじゃねえぞ! 調子乗って私より先行すんなよ!』
だがその声に、苛立ちではなく“気遣い”の色がにじんでいた。まるで、口の悪い姉が弟を送り出すかのように。
――そして、そのときだった。
艦内の照明が一斉に暗転した。発艦警告の灯が赤く点滅し、格納庫全体が緊張の空気に包まれる。
警告灯が回転を始め、リニアカタパルトの始動音が艦底から響いてくる。
ギールの声が、すっと空間を貫いた。
『――さあ、狩りの時間だ』
その呟きと同時に、戦艦ボガードが微かに震えた。内部を伝う低い唸りが、艦全体の動力を叩き起こすように鳴り響く。
リニアカタパルトが加速シーケンスを開始し、空間がうねるような緊張を帯びていく。そして、アルカノヴァの視界に、射出位置を示すラインが描き出される。ノアの鼓動とシンクロするように、機体の各部が淡く輝いた。




