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「師匠、ただいま」
「お帰り、エクス。いつも突然に帰ってくるね……おや、後ろのお嬢さんは?」
優しそうな瞳が私を見つめる。彼がエクスの師匠さん……見た目、二十代後半くらいの若い男性のようだ。あとは、羨ましいくらいに顔が整っている。そう言えば、エクスも平民とは思えないくらい顔が綺麗よね。彼は元々孤児で、師匠さんに拾われたらしいけど。
私が軽く頭を下げると、エクスが師匠さんに話した。
「俺が働いていたところのお嬢様」
「えっ……? エクス、勤め先のお嬢様を攫ってきたのかい……? それは良くないんじゃないかなぁ?」
……うん、エクス。もう少し詳しく教えようよ。そしてエクスの師匠さん、どうしたらその発想になるんだろうか……。これは埒が明ない。
私からご挨拶するべきだろうと思い、エクスの横に並び立った。
「お師匠様、初めまして。私、スタージアと申します。現在事情がありまして公爵家を除籍されましたので、ただの平民のスタージアとして接していただけると嬉しいです」
「スタージアさん、丁寧なご挨拶ありがとうございます。私はエクスの育て親であるジャックと申します」
「ちなみに年齢不詳だ。俺が幼い頃からこんなんだった」
「えー?!」
ずっとこのまま! 年齢不詳のイケメンじゃない!
叫んだ後、私は口をあんぐり開けながらジャックさんを見ていたからか……彼は困ったような表情で話し始めた。
「そんな事ないよ? 最近は皺も増えたからねぇ」
「皺なんてどこにあるんだ?」
「ほら、この口角の横とか」
「……見えないもんは、皺ができたとは言わない」
エクス、その通りよ……見えないモノは、ないのと一緒よ。
それよりも、シミひとつない艶々の肌に、濡羽色の髪……そして、眼鏡……。うん、なんかミステリアスな感じでモテそうな方ね。
先程まで大人びていたように見えたエクスが、子どもっぽくなった気がする。
そんな優しそうな表情のジャックさんは、私たちを部屋の中に入れ、部屋の中心に置かれていたテーブルへと私たちを招いた。
私たちが椅子へと座っている間に、ジャックさんは飲み物を用意してくれる。彼がマグカップの上に手を乗せるた一瞬で、飲み物から湯気が立っていた。
「え……むえ……無詠唱?」
私はエクスとジャックさんの顔を交互に見る。だって、いきなり湯気が立つわけないじゃない?
「師匠は魔法の達人だ。無詠唱で魔法が使いこなせるし、魔道具も作れる……まあ、たまにネタに走りすぎて使えない魔道具を作るぐらいか……」
「え、そんな事ないと思うけど〜?」
そう笑うジャックさんに、エクスは肩をすくめて言った。
「俺が帰ってきたら、小屋が燃えてたり、氷漬けになってたり……跡形もない時だってあった気がするが?」
「あー、そうだね」
「威力が強すぎて、何度この小屋が壊れたか、覚えていないのか?」
エクスの視線から逃れたジャックさんを見て、人は見た目に寄らないんだなぁ、と思う。そして、大体が小屋に関する事なんだ。何回この小屋は建て直されたのか、ちょっと気になった。
と言っても、そんな事を訊ねるのも失礼だと思って、戴いたお茶を飲む。すると、懐かしい味がした。
「あれ、これって……緑茶?」
中をよく見てみると、液体の色が緑だった。これは緑茶だ。公爵家では紅茶しか出なかったから、てっきり無いものだと思っていたのだけれど。
「これは師匠特製の茶だ。緑茶、と言うのか? 初めて聞いたな」
エクスも飲みながら、私に訊ねてくる。
「うん。よく飲んでたよ。私はこれくらい……少し渋みのある緑茶が好きかな」
昔はよく飲んでいたな、と思いながらゆっくりとお茶をいただく。その間にエクスは飲み終えたのか、奥に置かれている急須に似たような形のポットからお茶を注いでいた。
お茶を淹れる音が部屋の中に響く。その心地よい音を聞きながら、私は久しぶりの緑茶を楽しんでいた時――。
「このお茶はね、僕が独自で作成しているお茶なんだ」
これまで静かだったジャックさんが話し始めた。
「だから名前は無い。けれど、その名前を知っていると言うことは……なるほど、君はこの世界の魂では無いのかな?」
「え……」
「ちょっと失礼するね」
呆然としている私をよそに、ジャックさんは細目で私を見つめた。彼に見つめられてから、少しだけ体が温かくなったように感じる。
ジャックさんの目の瞳孔が開き、私を凝視している。少しだけ怖く感じたので、エクスに視線を送った。
「ああ、椅子に座っていれば問題ない。師匠が魂を見る時にああなるだけだ。もう少ししたら終わるはずだ」
その言葉と同時に、ジャックさんは目を閉じる。そして眉間を軽く揉んだ後、和かに告げた。
「理解したよ。君は元の体の持ち主であるスタージアさんの魂が抜けた後に、代わりとして入った魂なんだね。名前はなんて言うの?」
「えっと、橘 陽葵です。あ、名前が陽葵です……」
「そっか、ひまりさん、って言うんだね。ひまりさんがここに来たのは、エクスに連れられて、だよね?」
ジャックさんの言葉に同意をして、私はここに来た理由を話す。途中で、エクスとの出会いも語る事になり、刃物を私に突きつけたと聞いたジャックさんが笑顔で「ダメじゃないか〜女の子に」と嗜めていた。エクスも悔しそうな表情をしていたので、少し笑ってしまったけど。
話を聞き終えた後、ジャックさんは考え込んでいた。そして真剣な表情で――。
「スタージアくんの魂は、まだひまりさんの周囲に留まっているよ」
私はその言葉に目を見開いた。