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 一週間ほど経った頃。

 私たちは無事にエクスの師匠が住んでいる魔の山へと辿り着く。近くの街から一時間ほど歩いた場所にある。下から眺めてみると、真上を向いても頂上らしき場所は見えないので、思った以上に標高も高そうだ。


 街には活気があったけれど、魔の山の周辺は人が全くいない。やはり、この場所が魔物の多い山だからだろうか。

 静かな中、たまに聞こえてくる遠吠え。羽音。遠くからでもおどろおどろしく聞こえるソレらに、私は少し身震いした。


「……大丈夫か?」


 エクスが落ち着かない表情で声を掛けてくれる。私の事を案じてくれているのだろう。「ありがとう」と感謝を告げた。

 けれども、恐怖は消えてくれない。某遊園地にある廃病院を利用したお化け屋敷の前に立ったような、重たい空気を感じる。背筋が凍りついているだけでなく、足元からも冷たいものが這い上がっているような……。

 

 私は弱気になっていた自分を追い出すかのように、首を左右に振った。

 

 エクスが「大丈夫」と言うなら、大丈夫なのだろう。彼は信頼できる。ここまで私を手助けしてくれたんだから。


 ただ、それでも恐怖を打ち消せるか……と言えば、そんなことはない。頭の中で色々な想いが交差していたため、私はじっと山を見つめたままだった。けれども、エクスはそれを咎める事なく、私が落ち着くまで見守ってくれる。

 しばらくして気持ちが整ってきた私は、エクスへと顔を向けた。

 

「ありがとう。落ち着いた」

「お嬢の世界には魔物が居ないのか?」

「そうなの。あ、それでも凶暴な動物は居たけど、ほぼ会う事もなかったから……」


 会ったとしても動物園くらいだろうか。でも動物園は安全性が高く、襲われるなんて考えもしなかった。けれども、この山はそんな危険な魔物達が野放しで生きている。そんな山の中へ自ら歩きにいくのは、やっぱり怖いよね。

 少し動きが固い私を見て、エクスは何かを思い出したのか自分の鞄をゴソゴソと漁る。そして彼に手を出すように言われた私が両手を差し出すと、エクスは取り出した何かを渡してきた。

 

 指二本ほどの厚さがある金色のバングルだ。中心には宝石のような石が埋め込まれている。私がエクスを見ると、彼が言った。

 

「これは魔物避けだ。それをしていれば、この山の魔物にはほぼ気づかれない」

「え、そんなすごい効果のある物、私が使っていいの?」

「ああ、問題ない。昔俺が弱い時に師匠が作ってくれた魔道具だからな。この山の魔物を倒せる俺には必要ない」

 

 すごい自信。まあ、この山で育ってきたのなら、倒せても不思議ではないよね。

 ほら、よくあるじゃない? 転生者である主人公が偶然その国の実力者に拾われて、とんでもなく強くなる話とか。幼少期、既に周辺にいる強い魔物を倒している話をして、驚かれる、なんて話もよくあるわよね。

 エクスも特殊能力を持っているし、師匠さんは『賢者』と呼ばれるすごい人なのだそう。そう考えたら、エクスって物語の主人公になりそうな器よね。いやいや、そんな人が令嬢じゃなくなった私の護衛って、どんだけよ。

 

「ありがたく使わせてもらうわね。エクス、ありがとう」


 彼もきっと師匠さんに会うため着いてきたのだろうから……この後私はどうにか暮らしていけるようにならなくちゃ。まずはこの場所に足を踏み入れてから……ね。

 少しだけ震えていた足も、エクスから渡されたバングルを腕にはめると止まったような気がする。私は先導するエクスの背を見ながら、一歩ずつ足を動かしていった。

 

 

「着いたぞ」


 目の前には確かに木板で組まれた小屋があった。ほら、富士山にありそうな山小屋よりも、ひとまわりくらい小さい小屋がね。

 それよりも、目まぐるしい展開についていけなかった。


「ねえエクス。私たち、さっきまで山の麓にいなかった?」

「いたな」


 そう、一時間ほど前くらいだろうか。

 私たちは山の麓の獣道? みたいな小道に足を踏み入れた。草がぼうぼうに伸びていて踏まれた様子もないことから、長い間利用されていなかった小道だと言う事は分かる。

 実際エクスに聞いてみたら、スタージアの護衛になる数年前からここには足を踏み入れていないらしい。それだったら、ここまで伸びるよね……と納得した。


 恐怖だった魔物も、全く出なかった。一体も。


 あの決意は何だったのか、というくらいあっさり事は進んで……拍子抜けしてしまった。

 その上、てっきり山頂まで自分の足で歩くのかと思っていたら、師匠さんが残してくれた転移陣? があるんですって。そこに足を踏み入れて、すぐに頂上に辿り着いたわけ。


 一人で呆然としていると、エクスは私に「いくぞ」と声をかける。我に返った私は、エクスについていく。


 彼が扉をノックすると、奥から「はぁい」という少し抜けたような男性の声が聞こえた。

 

「師匠、俺だ。帰ってきた」

「おや、エクスかな? ここに来るなんて珍しいね」


 扉が音を立てて開く。そこにはエクスの黒髪よりもさらに闇を濃くしたような、漆黒の長髪を持つ若い男性が立っていた。

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