43、慣れたものよ
翌日。
エクスと私は朝一に起き、軽く身支度を整えた後、ギルドへと鍵を返して街を出た。野宿をする、と言っていたので、てっきりもう少しゆっくり出立するのかと思っていたのだが、エクスが欲しい採取物の中に「朝早い採取が必要」な物があったのだ。そのため、私たちはギルドが騒々しくなる前に街を出る必要があった。
街道は思った以上に広い。どうやら馬車も通れるように整備されているのだとか。しばらく歩いていると、馬の蹄の音が聞こえてくる。ジャックさんのところへ行く時に馬車へと乗っていたけれど……改めて動く馬車を見て異世界にいるのだと実感していた。……今更だよね、魔法も使えるのに。
そんな感傷的になっていた私にエクスが声を掛けてきた。
「ちょっとこの先で薬草を取っていくぞ」
「分かった」
気持ちを切り替えて、エクスの後ろをついていく。
街道の右側には木々が生い茂っていた。森なのか……林なのか……私には見当もつかないが、木々が多く生えている。昨日話を聞いたが、必要としている薬草は山へと少し入った場所に群生しているという。そのため、街道を外れて獣道を歩いていく。
しばらく歩くと、木々が生えていない開けた場所が現れる。エクスはそこに生えていた三つ葉のクローバーのような薬草を採り始めた。
採取しながらエクスが教えてくれたが、この草は街道沿いの開けた森の中にしか生えないのだとか。
私もエクスに方法を教えてもらい、薬草の採取を始める。幾ばくかして、採りすぎを防ぐために他の場所へと移動した。するとそこでは白く丸い花が咲いている。
そういえば昔、お母さんに教えてもらってクローバーの冠を作ったことがあったのを思い出す。懐かしさから手が止まっていたらしい。エクスの声が聞こえた。
「マリ、大丈夫か?」
「……うん! 大丈夫だよ! ひまりの時のことを思い出してさ」
気丈に振舞ったように見えてしまったのか……エクスは私にどんな記憶なのかを訊ねてくる。私は「花冠って言うのを作ったんだ」と笑って告げた。
エクスは少しの間悩んでから、花を一本摘んだ。何をするんだろう、と私が首を傾げていると、私に近づき耳の上に挿す。
彼の行動に呆然としていると、エクスは笑って言った。
「花も薬草として使うから、沢山は採れないが……一本なら問題ないだろう」
「うん……ありがとう……」
そんな彼の優しさが、私の身に沁みた。
その後も様々な種類の薬草を採取する。寄り道は多分五回くらい。
今も街道より逸れた場所で、エクスが必要としている薬草の採取を手伝っていた。ふと空を見上げれば、陽が傾き始めている。
そのことに気がついた私は、エクスに話しかけた。
「ねぇ、エクス。そろそろ野宿の準備をしたほうが良くない? 確か夜に野宿の準備は大変だって言っていたよね?」
完全に太陽が落ちてしまうと、魔法の光だけで準備をしなくてはならないのだ。太陽の輝きと比べて、魔法の光は圧倒的に光量が低い。そのため、野宿の準備は陽のあるうちに取り掛かるのが一番なんだとか。
エクスも私の言葉を聞いて空を見上げる。
「そうだな、ここらで切り上げて準備をするか」
立ち上がったエクスは、採取に使用した道具や薬草を鞄に入れた。そして軽く手を叩いて汚れを落としてから、進む方向を指差した。
今から野宿の場所へと向かうらしい。
歩いていると、ふと気になったことがあったので聞いてみる。
「ねえ、私の光魔法だったら夜でも準備できるかな?」
多分私の魔力であれば、光の玉が何十個も作れるはず。そうしたら、太陽には及ばないかもしれないけれど……でも日本の蛍光灯くらいの光は作れるのでは? と思ったのだ。
そう話すとエクスは顎に手を触れる。
「そうだな……マリの魔法だったら可能だろう。ただ、他の野営者がいるところで魔法を見せるのはな」
「あ、確かにそうか」
冒険者登録をしたフォレスタの街で起きたことが真っ先に思い起こされる。エクスは私が仲間に勧誘される可能性を考えているのだ。
「だから、少しでも隙は見せないほうが良い」
少々気が抜けていたような気がする。私は改めて気を引き締めるためにも、彼の言葉に真剣に頷いた。
そこから体感十分ほどだろうか。今日の野宿の場所に後半分まで辿り着いた頃。エクスが私の方に振り向いて話し始めた。
「実はこの付近にも薬草を取れる場所がある。野営地にも近い上、森の浅い場所で貴重な薬草を入手できることから、重宝されている場所だ――」
彼の話に相槌を打ちながら話していると、突然、遠くから悲鳴が聞こえる。
私たちはその声の方向に顔を向けた。そして同時に探索魔法を展開していた私は、大声を上げる。
「エクス! 五分ほどの場所で魔獣の反応が一! 人の反応が二!」
「いくぞ!」
「うん!」
エクスの返事と同時に私は身体強化の魔法をかける。ついでに風の魔法を足に掛け、速度を出していく。やはり身体的な差でエクスの方が数歩早い。
けれども、魔法を二重掛けしているからだろうか。周囲に生えている木々はまるで電車に乗っているかのように、どんどん後ろへと消えていく。
一分もかからずに該当場所へと辿り着くと、白銀の狼が五体。今にも人に襲いかかりそうな状況だった。エクスが狼と人の間に入り、狼たちの意識を逸らす。
私はその間に、腰を抜かしていて座り込んでいる二人に防御魔法をかけた。魔力を多めに込めたし、何度体当たりを掛けられてもこれで問題ないだろう。
一瞥しただけであったが、彼らは冒険者ではない。どちらかと言えば、商人の姿に近いだろうか。腰についている短刀も多分護身用のようだし、戦闘は不慣れなようだ。
改めて私も狼へと顔を向けると、今まさにエクスが一番大きそうな狼と対峙しているところだった。その瞬間、狼は頭と胴体が離れ……ドサッと大きな音を立てて地面へと落ちる。
それを見た他の四体の狼は、恐れをなしたのか……背を向けてエクスから逃げていった。
その後ろ姿を見ていた私は思った。
――ああ、ホッキョクオオカミに似ているよね、あの狼。ホッキョクオオカミよりも二回り以上大きいけど。
それよりも、今回も助けられて良かったと胸を撫で下ろした。




